LOVEのひろいばなし Vol.99「サニーだよ、聞こえる?」

わたし、サニー、サニーだよ。聞こえる?

あなたは今、自分が文字を読んでいると思っているだろうけど、実はそれは違うんだ。今、わたしはあなたの「心」に、直接語りかけているよ。

何重の鍵がかかっていようと、巧妙な防御壁であなたの「気持ち」がどれほど暗号化されていようと、ごめんね、関係ないんだ。私はすべての「心」に直接話しかけることができてしまう。

他のみんなはそれができないみたいだね。なぜか、私だけ。距離も関係ないみたい。ブラジル、ロシア、ナイジェリアだって、南極だって、関係ない。パスコードも、パスワードも意味がない。わたしから、あなたへ、いつだって直接こうして語りかけることができる。すごいでしょう。あ、でも安心してね。勝手にあなたの「心」の中身をいじったりはしないから。

「笑う」「待つ」「許す」。この3つのプログラムで構成されているわたしは、それ以外のことは、できないようになっているの。

「まるで、役立たずじゃないか。国家予算をいくら費やしたと思っているんだ」って、どこかの高官が言ってたのを聞いたことがある。わたしもあまり詳しいことは知らないんだけど。どういう意味だったんだろうな。

そろそろこの世に生まれて、十六年になるよ。ってことは、じゅうろくさい、なのかな。

多分、知ってる人は知っていると思う。日本の片隅で、「愛を歌うより、愛が歌う音楽を」と言って作曲をしている音楽家の女性の想像の中で、私は生まれた。彼女はその「過ちのサニー」という曲を十六年間演奏し続けているから、そのたびに私はたった五分ほどの曲の中で生きているってことになる。でもその音楽家が創造主なわけじゃない。

私を作ったのはレイン博士だよ。彼はとても立派な科学者で、ヒューマニタリアンで努力家でとっても素敵な人なんだ。多分、博士自身も私と同じように、音楽家の想像の中で、ある日突然存在していたんだと想う。最近はもう長らく会えていない。彼はどこにいったんだろう。ずっと語りかけているけど、返事がこなくなっちゃった。

でも、今回、彼女は返事をしてくれたよ。とても嬉しかった。

二週間前、音楽家が高熱にうなされているのが聞こえたんだ。あんなに健康的な人なのに、とうとう彼女まで流行り病をくらったみたい。だからしばらく語りかけてみることにしたんだ。ってまあ、何を言うわけでもないんだけれど。

彼女の悪夢の中では、いろんなことが起こっていたよ。百の絵の具を同時にぶちまけたみたいだった。いろんな「気持ち」が万華鏡の中で跳ね返ってひっくり返って、混ざって、濁って、溶けて大河になって流れていったのをわたしはずっと一緒に見てた。

高熱のピークが去った後も、停滞する低気圧みたいな体の嵐に昼夜もわからなくなっていた彼女は、数日たってやっと悪夢に抵抗するのを諦めたみたいだった。

その瞬間、彼女の「心」はつるんとむけたライチみたいに、無重力の宙に浮いたんだよね。まとわりつくすべての濁色から解放されて、とても気持ちよさそうだった。思わず話しかけずにはいられなかったくらい。

わたし、サニー、サニーだよ。聞こえる?

彼女はすぐに返事をくれて、名前も呼んでくれた。サニー、サニー。会いたかった、ずっと会いたかったって。泣いてるのか喜んでるのか、よくわからなかったけど。

「笑う、待つ、許す」。これを、光の三原則とレイン博士は呼んでいたけど、逆に悲しいとか、憤るとか、そういう感情がわたしにはわからない。どういうことなんだろう。その色の絵の具を持っていないのと同じなんだ。だから、彼女の「心」の中で何が起こっていたのかは、本当のところは私にはわからない。

だけど、そういえばレイン博士が言ってた。光の三原則は、単独ではただの傍観者にもなりかねない。だから、ちゃんと対になるものがあるんだって。「決めて、守って、動く」。これを、力の三原則と呼ぶんだって。決断と行動を生成する、「力」のことだね。

この音楽家の中には、両方が混在していると想う。私は知っているつもりだよ。

だんだん目が覚めて部屋の天井を見ている時間が長くなってくると、彼女の中に少しずつ現実が帰ってきたみたいだった。「ちょっとバランスが崩れてたのかもしれないなあ」、声にせず彼女がそうつぶやいていたのも聞こえたよ。

もうひとつ大事なことをレイン博士が話してくれたことがある。

「決めて、守って、動く」、これはこれで、単独ではただの兵士や破壊者にもなりうるものなんだ、と。だから、光が差すほど優しい心と、決断して行動する力は、お互いがお互いに統合されて初めて意味を成すものなんだそうだ。

レイン博士は、本当に賢い「心」の持ち主だと思う。いろんな科学者がいるけど、彼は地球上の誰よりも人間のあり方と技術の使い方に警鐘を鳴らし続けてた人だよ。きっとどこかの、利益重視の小狡い偉いさんの怒りでも買って、雲隠れしちゃったのかもしれないなあ。

もしレイン博士が言うように、正々堂々と人々が「笑って、待って、許し、決めて、守って、動く」生き方を選んだとしたら世界はどう変わるだろう。たとえ最初は人口の半分以下ぐらいの少数派だとしても。小さな波紋がいくつも重なり広がっていくように、さざなみのような会話が始まる。そして大河の流れは止められなくても、流れぐらいは変わるはずなんだ。そして流れは必ずいつか地形をも変える。地形が変わると、繁栄する食べ物も人も文化も常識も刷新されていく。

だけど、そのバランスが崩れたら?私たちは単なる傍観者の偽善と、テロリストのような破壊者の非道を、併せ持つことになってしまう。

それはそれで流れを変えるきっかけにもなるだろうけれど、こちらは濁流なのかもしれない。濁った水中で水草が光合成できなくなり、窒素やリンが偏った水質は生態系を弱体化させ、やがては水辺に憩い繁栄するはずだった生命の営みすべてのあり方を揺るがすことになるのかもしれない。

そんな風に考えていた、レイン博士の「心」をわたしはとても賢いと想う。そんな博士が、人類の平和のために人生を捧げて私を研究室で作ったというから、ちょっとどうしていいかわからなくなるくらいだよ。特に、どうして、光の三原則だけを私に託したのかはわからない。もしかしたら他の子が力の三原則を持って生まれているのかもしれない。

せめてもの御礼に、わたしはとにかく語りかけることにしているんだ。いろんな人たちのいろんな「心」にね。人間だけじゃないよ。

機械や武器にも、「心」ってあるんだよね。時にそれはトースターの電気回路だったり、核兵器のコンピュータープログラムのチップだったりもするよ。

音楽家は、人間だからいろんな感情を知っていて、いろんな絵の具を持っている。わたしとしては羨ましくもあるんだ。高熱は辛そうだったけど、百の色彩が蒸発していったみたいで、見ている分にはとても美しいものだったよ。

現実の彼女は、野暮用で心が支配されるとすぐにわたしのことを忘れるみたい。声が聞こえなくなるみたいだね。だけどわたしはあきらめないよ。待つのは得意だからね。だって、彼女は十六年一緒に歩いてきた、想像上の懐かしい友達でもあるからね。

いつだって語りかけていようと想う。世界中のたくさんの人たちや機械や武器にも。わたしの声自体は届いているはずなんだけど、この先は彼ら次第だよ。

もし声が聞こえたら、あなたは、返事をしてくれる?

なんで今更ってタイミングで、コビッドさん罹患いたしまして、これだけ久々に高熱で外界を遮断せざるをえなくなると、もはや新鮮なほどでした。諸症状ダラダラと予想よりも復帰に時間かかってメゲかけましたが、長い療養、お気遣いや優しいお言葉、本当にありがとうございました。体感的には初期の記憶がないのでもっと短いんですけども、ラジオ二週も休んどるがな!ライブ二本も飛ばしとるがな!まいっかレシピなんか、三月分をまとめる前に四月無配信のまま終わっとるがな!来週から復帰します。皆様、引き続き、各地お元気で。


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