LOVEのひろいばなし Vol.98「日本の電車、逆にすごいから」

「いや、ほんと、日本の電車、逆にすごいから」という話です。

大都会東京、千四百万人の足となる電車。JR、地下鉄、私鉄。ただでさえ複雑な地図上、各社どんどんと乗り入れ工事が進んで、近郊都市とのルートが繋がり続けています。

そう、直通運転。

普段仕事などで行く先々への乗り換え案内を検索する時、「直通運転」と出た時の「やったー」感。乗り換えしなくてよし、座れたら座ったまま目的地にいけちゃう。わーい。

同じ電車に乗っているのに、ここまでは●線、ここからは▲線。その境目の駅で乗務員さんが交代されて、線路は続くよどこまでも、です。ただし直通運転の弱点は、他の線でのダイヤの乱れがどんどんと波及してしまうことですね。

先日、私が乗った電車が、これでもかとお乱れになられました。

平日夜八時ごろ、私は世田谷で仕事を終えて田園都市線に乗っておりました。田園都市線は、神奈川は中央林間から東京渋谷駅を結ぶ沿線です。終点渋谷から先は半蔵門線に直通運転で乗り入れており、シャレた表参道やら。武道館がある九段下やらを経て、終点押上駅まで繋がっています。

渋谷方面、到着まで後少し。「お腹減ったー」とぼうっとしておりましたら、ひとつ手前の池尻大橋駅のホームに到達するまえに電車が止まってしまいました。

しーん。

車内はさほど混んでおらず、席もまばらです。この時間、神奈川方面は帰宅でごったがえすのでしょうが、渋谷方面はそこそこ。停車のアナウンスがあったあと、思いのほか長く停車するので乗客はみなキョロキョロそわそわとしはじめました。

車掌さんが、状況が分かり次第またアナウンスをすると数分おきに告げました。

「停車信号が」とか「お客様救護のため」などと理由があるとなんとなく待ちやすいんですけど、うむ、どうも原因がわからないと落ち着かない。

夕飯を食べに同級生と合流しようとしていた私は、スマホ充電残り「8%」の表示に内心ビビりながらも、まあどうにかなるっしょと思っておりました。すると、来ました、急に詳細な情報が。

「この先、渋谷駅からの半蔵門線、乗務員不在のため停止しております。現在、渋谷駅前の間に五本、電車が停車しております。随時、前の電車が動き次第、運転再開いたします」 乗務員、不在?

聞いたことがない理由でした。私の平和な脳みそはすぐに「車掌さん、う○ち行った?ながくね?何か、あたった?」ともっとも平和な想像を生成。

とりいそぎ「遅れる」とラインを送った先の同級生の脳みそは「乗務員さんが倒れたとかじゃないといいね」と心優しい想像を生成。嗚呼、人格の違い。

こういうとき、リアルタイムで役立つのがTwitterです。何が起こっているか、見てやろう。いざ「田園都市線 遅延」で検索すると、渋谷までにつっかえている五本の電車内にいる同志たちが続々と確認できました。心強い。そして、その先渋谷で足止めを食らっているひとたちも。ありとあらゆる感情が百四十文字のなかで踊っていました。

「終わった……会議に間に合わない」この時間からまだ会議?そんな仕事もうやめれば。

「帰らせろ、俺を家に帰らせろ」気持ちはわかる、お疲れさま。

「トイレ行きたい人もいるだろうに、田園都市線最悪」おお、第三者への心配込みで苛立ちを。

「田園都市線いっつもいっつもなめんじゃねえぞまじで‘#$’&””!#!!!」なるほど、日頃の鬱憤。

「半蔵門線、どうなされた」おお、武士がいる。

しばらく胸中で Twitter民と会話。かれこれ停止から二十分たってます。続いて「乗務員不在」で検索しなおしてみました。すると、どうやら原因は田園都市線にあったとわかりました。

数時間前のこと。神奈川の方の駅で乗客の救護にあたった際にまずダイヤが乱れたと。それが起因となり、半蔵門線もダイヤが乱れに乱れたあげく、この時間になって乗務員さんのシフトが対応しきれなくなり、渋谷駅から先の半蔵門線を引き継ぐ乗務員さんが確保できていない、という自体が起きてしまった模様です。

ほほう!そんなことがあるのか!

でですね。その情報の間には、田園都市線半蔵門線を利用中の方々の、怒号と苛立が飛び交っていました。BARI ZOUGONが。すごいです。皆様のストレスの矛先が、この二つの沿線に向かって一気に向かって噴出。上司が自己中なのも、彼氏が浮気したのも、年金が信用できないのも、宝くじが当たらないのも、ぜんぶお前らのせいだあああ!といわんばかりに、皆さんお怒りが止まらない。

いやいやいやいやいやいや。

私、上京して二十年。少なくとも、これまで「乗務員不在」なんて聞いたことがなかったですけど、みなさんあります?つまり、ダイヤが乱れた際に、乗務員交代を調整する、という仕事があるってこと。私は知らなかったし思い及んだことがなかったです。おそらく、ダイヤが乱れるたびに行われてきたこのパズル。ねえ、それって。

……すごくない。

……すごいことじゃない?

めちゃくちゃ、すごいんじゃない!?!?

「ねえ!!」と隣に座っていた不動産仲介業風サラリーマンをゆさゆさしてしまいそうになりました。あなたは知っていましたかと。

その采配の向こうに、何百万件もの会議、デート、コンサート、再会、出会い、冠婚葬祭、もしかしたら命の今際すら待っている。その重みを初めて想像しました。なんというプレッシャー。恐ろしい。ケポ。私だったら吐いている。

「いや、ほんと、日本の電車、逆にすごいから」

ですよ。逆に。そう、逆に。

さらに逆に言うとですね、ってもう天地がぐるんぐるんになりますけども、つまりはそれだけ正確で乱れることのない電車を期待する人たちがいて、応えようとしている人たちがいるという、この高水準っぷり。日本の、クオリティの基準の高さ、仕事人としての志の高さ、ですよ。それもすごい。

「遅れて当たり前」の国じゃないし、一分到着が遅れても謝ってくれるし、これだけの短間隔で走っててよくダイヤ乱れてもパズルしてる人がいるっていうね。でもって、そもそもですけど、神奈川の方でのダイヤの乱れ「お客様の救護」ですし、何を怒ることがあるねんと。

「だあああああ終わったあああ」くらいの絶望はわかります。けどよっぽどな理由があっても「"#悪$%呪&’(0)死(Y’)」は、言っちゃあいけやせんでしょう。いや、ほんと、日本の電車、逆にすごいですから。

ちなみに少し経ってからとりあえず池尻大橋駅に着き扉が開いたので、多分トイレ民たちはぎりぎりダッシュしたはず。結果、四十分ぐらいで運転再開。私のスマホ充電は残り「4%」でした、あっぶな。

ありがとう、田園都市線、半蔵門線。そして他のすべての乗務員さんたちも。すごいです。いつもありがとう。今日もがんばってください!

 

途中、我が電車の乗務員さん、アナウンスをしたあとマイクを切り忘れました。

「……到着遅れまして申し訳ございません。(切ったつもりで)……(ため息)…ゴン、ブズズッズズ……モモモモモ(無線のくぐもった会話)」

その瞬間、車両の全員が共に耳を澄ませ、イヤホンをしていた人は外し。この電車に乗り合わせた俺たちだけが、何か聞いてはいけないことを聞けるんじゃないかと一同静かにわくわくと過ごしたあの時間。

ちょうど空調の音にかき消される程度の音量で何かを無線で話してらっしゃる、ピリついたそのトーンだけは聞こえまして。

「あのやろう」とか。

「なんなんだよー」とか。

言わないかなー。わくわく。

アナウンスでは「申し訳ございません」と冷静に繰り返している車掌さんご自身の本音が聞けたりして。わくわく。

全員が耳をそばだてる、急な共同作業。聞こえた?聞こえた?と向かいのお姉さんと目くばせしたような、いや、目線を外したような。

ちなみに向かいのお姉さんはモバイルバッテリーをつないでドラマを見始めていました。いざとなったら「すみません、電池が切れちゃったんですけど、ちょっとだけいいでしょうか」とお願いしよう、と企んでました。絶対嫌がられるので、声をかけさせていただくシミュレーションを丁寧に、と妄想していたら電車が動きました。ふー。

あともう一個。どうでもいい話ですが、充電「8%」しかなかったくせに、この間ずっと家族に中継しておりました。すると、

母「にっちもさっちもいかないくらいお腹くだしはったんかな」 私「いやー、電車が5本フン詰まりですわ」 姉「うまいこと言うな」 姉「半蔵門線五人も乗務員さんどうやって確保するん、運転士、下り線着くと同時に登り線へ?トイレ行く暇ない」

ずっと話題の方向性が統一されていました。平和な脳は遺伝っぽいです。


You may also like

VIEW ALL
Example blog post
Example blog post
Example blog post