LOVEのひろいばなし Vol.97「困った時は相談だ」

ラジオにみなさん悩み相談は送れますけれど。ラジオについての悩みを、私はどこに相談すればいいのでしょうか。

あ、ひとりいたわ。と思い出して最近連絡しました。

私の父方のいとこに、報道畑の人がいます。十三も年上で、話は長いけど、はっきりものを言ってくれます。

彼は父方の実家の寺を継ぐはずだった長男ですが、弟に坊主業を譲り、報道記者希望で大学卒業後はTBSに就職しました。その後はワイドショーやバラエティ歌番組(うたばん、など)のプロデューサーに配属され務めきった人です。が、そもそも人権や環境関連で社会記者を目指していた人間ですから、芸能色の強いバラエティに骨を埋められるわけもなく、結果テレビまるごとご退職。

TBSラジオに移行してからは、長年久米宏さんの番組をプロデュース。三十代後半から久米さんと日々意見交換をしながら社会に切り込む番組作りをしていたようで、それなりに素養と広い視野を鍛えられてきたリベラルな仕事人だと思います。組織にいることが得意ではないようで、今はフリーランスとしてニュースを制作、NHKなどでも彼の取材が放送されているようです。

つまり、遠からずな業界とはいえど、私が触れ合ってきた音楽番組とは全く毛色が違う。普段わたしが会話しているラジオ局のスタッフさんたちとは、日常会話の言語もトーンも違う、少し、新聞社の人に近いノリ。

実は、私、ここ一年ほど、夜中に目が覚めるとモヤって寝られない、というのが続いています。ロングスリーパーの私にあるまじき。ベトナムにも行ったし、休んだら少しはおさまるかと思いましたが、帰国した瞬間にまた始まりました。

心が無理を続けていると、どこかに歪みがくる。みなさんもきっとそうだと思います。私も例外ではないだけでしょう。原因ははっきりしていて、ロシアのウクライナ侵攻以降のラジオの仕事、一部の企画です。

ウクライナで人が死んでいます。というか殺されています。それをきっかけに音楽を届ける。内容としてはそれだけの企画ですが、「なんのために」や「いつまで」という放送局としてのしっかりとした理念がないままスタートしたという経緯があります。今、侵攻開始から一年以上たちましたが、当時なかったものが今になってできるわけでもないようです。

理念なく、人の死をきっかけに、音楽を使うなど。

当初から、音楽が「そんな考えなしで使われても困るよ」って言うのが先に聞こえた私です。マネジメントにちゃんとご相談いただけていたら熟考したかった企画です。

当初からこの企画がはらんでいる危険を内部には伝え続けながら。同時に選曲してくれているピーターバラカンさんとは思いを共有し現場スタッフで意義づけをし、工夫しながら走り続けて一年になります。聞こえがずいぶん定着してきている分、内部ではもっと今後問題視されなくなっていくでしょう。私が水面下で一生懸命やればやるほど、責任を負って欲しい人たちが外野に回っていくようなイメージ。そのうち知らず知らずに地雷を踏む日がくると思います。

夜中に目が覚めて、頼りたいのに頼れない人たちの顔と、緊迫した戦争の情報が絡み合って眠れなくなる。本来の私の仕事は、寝ても覚めても希望のあるメロディやアイデアを思い浮かべることです。二足のわらじで一番難しいのはこういう時。努力しても、そう簡単に、割り切ったり切り替えたり、できるものではありません。身の置き所で、曲の出来具合も変わります。

久々にマネジメントにもSOSを出したところです。きっとここから、もう一度会話が始まって、いい方向に向かうはず。そう思ってみようと思います。

さて、同時並行で、そのいとこに放送を聞いていただきアドバイスをもらうことにしました。

「もちろんコンテンツとしては非常に有意義だとは思うけど」

そんな前置きが返ってきました。

「ただね」

国際政治学者が一時間かけてでも慎重に話しきれないようなことを、お昼の音楽番組で、ミュージシャンのあなたが数分でまとめる責を個人で負っている。この危なっかしさ。大手の放送局でたくさん制作部の人間も聞いているだろうに、どうしてこれが一年もまかり通っているの、と。

ご指摘の通りです。すぐにピンときてくれてありがとう。久々にまともな声を聞いたと思って少し安心しました。その後しばらくテクニック的なお話もしつつ、話は多岐に及びました。頭が整理されていくようでした。

ジャーナリズムというのは、記者が独自取材をして、自分の名前を公表し、「私はこの時勢をこう見ました」と発表するもの。それまで人が知らなかった課題を知ってもらい、たとえ逆の視点をもった人たちとでも会話が生まれるよう促すのがジャーナリストの役割。今でいう「炎上」とは違う、人々に「議論」を促すための責任をもった発信。やはりその取材の深さに説得力があるので、ちょっとやそっとの真似事では成立しないものです。

なるほど。じゃあ。

「報道フロアのある放送局でもあるからしっかりやって欲しい。LOVEちゃんなら国際ニュースにも明るいでしょ」と指令や期待だけはあり、この一年なんとか時間と知恵と心と人間性を絞り切って私が一生懸命調べてやってきたこと。私がジャーナリストではない以上は、ただただおこがましいことだったのでしょうか。

メディアのはしくれとしてただただ責任を感じたからだけど、ウクライナの戦争遺族や戦時下の人たちに誠実に向き合い、日本の今の社会に反映させる何かをありとあらゆる角度で探してきたこと。誰も通訳してくれないその何かを私なりに伝えようとしてきたこと。これ自体が謙虚さに欠けるということでしょうか。

何万人ものひとたちが、LOVEの音楽含むたくさんの素晴らしい音楽やメッセージを聞いてくれているとても貴重なラジオの席に座っているのに、この企画だけはどうして私はこんなにも孤独な気持ちになるのでしょうか。

内心葛藤しつつ、彼の話を聞いていました。結局、「責任」についての雑談になりました。

「ちょっともう与太話なんだけど」

最後に、TBSラジオ時代のお話でした。

「とある天文学者に、伊集院光さんが質問してたことがあるのよ。どうして宇宙のことなんか調べるんですかって。そしたら”天”からの“文”、宇宙からの手紙に返事をしているんです、とおっしゃってた。ふーんと思って。で、たまたま次の週に、今度はとある社会学者に会ったんだよ」

ふんふん、と聞いていたらこれが意外と腑に落ちる話だったのです。

「今度はその社会学者が、歴史を勉強することは、過去の人たちの思いに応えることなんですって話してた。で、それを、レスポンスと言うんだと。そして歴史と向き合い社会を知り、過去の人の思いに応えることを、“レスポンスビリティ”、責任と呼ぶんだっていうんだよ」

ほほう。

「過去の人たちのメッセージや遠い国の出来事が聞こえた時に、返事をすること。それが俺たちが、個人として、社会人として持てる責任の正体なんだよ」

いとこながら、さすが報道畑のプロデューサー。

ふとイメージが湧きました。

選挙に行けなかった時代に命懸けの公民権運動を起こした黒人に対する返事として、選挙に行く。それもひとつ。

ウクライナのブチャで亡くなったあのご遺体に返事をするために、国連を見直す。それもひとつ。

先の戦争で亡くなった方に返事をするために、何ができるか。人それぞれに答えは当然違ってもいい。けど歴史を知ってメッセージを正しく受け取らないと、対話すら始まらない、と。 その通りだと思いました。

心のありかをまた一つ確認した気がしました。

なるほど、私は、アーティストの先輩方が書いた過去のメッセージソングに返事をするために、ここにいるのかと。

共に渦中にいる現場スタッフさん達とでは見つけられない視点だったのかもしれないと思いました。

なるほど、困った時は相談だ、ってよくいうけれど。

本当だったんですね。

しばらく私の胸の内は簡単には晴れなさそうですが、とはいえ戦争の最中にいる人たちに比べたらよっぽど贅沢な悩み。背筋を伸ばして頑張ろうと思います。

 

さらに別の方に相談してみたら、どんどんと追加情報が。

「LOVEちゃんにこれだけ負担がかかってることが知られてない」

まじか、笑。

あと、「LOVEちゃんの社会に向き合う本気度を理解できてる人が少ない」

なんで!笑。

「LOVEちゃんなら結果オーライにしてくれるからと投げられがち」

そうなの?笑。

しまったなあ。今日まで、ケタケタ明るくやりすぎたかなあ。

とはいえ平和活動、社会貢献、あと英語のニーズもあるのか国際トピック方面の仕事を信頼していただけるのは私としては本望です。ちゃんと責任のある立場の人たちと一緒に熟考しながら、ご一緒していけるようにしたい。

余談ですが、坂本龍一さんが亡くなって、改めて自分の抱えていた気持ちに整理がついたのかもしれないです。引用するのも憚られるくらいですが。

彼が、音楽を届けること、と、社会に働きかけることをしっかり線引きしてらしたことのすごさに光を当てたいです。音楽の価値をそこなわず侵食せず、あれだけ社会的な声を上げることに成功している音楽家の背中はそうそう見れるものじゃなかった。

音楽は音楽。社会を変えるのは一人一人の責任。その線引きです。

音楽業界の人にとってこそ、趣味ではなく仕事の大部分になる音楽ですから、プライドやロマンチシズムもあるし混同しがちなのかもしれない。誰がなんのために「音楽の力」を、使うのか、借りるのか、後押しするのか。曖昧になりがちな主語と立ち位置ですが、まちづくりにしても、平和作りにしても。生意気かもしれないけど、熟考されている現場には必ず綺麗な「リスペクト」という線引きがあるものだと、経験上痛感します。


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