LOVEのひろいばなし Vol.92「SNS泥試合選手権」

Netflixにあるドキュメンタリー「監視資本主義・デジタル社会がもたらす光と影」をすでに見た方は多いと思います。まだの方は改めておすすめします。
もはや音楽屋のみならずどんな仕事でもFacebook、 TwitterやInstagramを宣伝に使うことが当たり前です。そして、TikTok。どうですか、やってます?
私の界隈にもこの春、TikTokへの動画投稿の要請が来ました。悩んだ末に、マネジメントにお断りしてもらいました。ごめんなさい、わたしピコピコ動きながらおどけるのは大得意なんで、本当はみなさんを笑わせたい。バリエーションもけっこう撮れる自信がある。でも断りました。これでとうとう、「LOVEさん恐竜化」「めんどくさいやつだな」とどこかで言われてしまうかもしれないなあ、とちょっと遠い目をしております。
実は今にはじまったことではなく、以前からTikTokだけは賛同できないとうちうちでは意見しておりました。
今回、「やってください」と企画が降りて来たのは初めてかもしれない。番宣、ってやつですね。その意味はよくよくわかるので番組のためを思えばとても悩ましいところです。
ただ、ここ数年の世界の潮流を見ていて、あらためて私たちの周辺で放送局のみならずユーザーのみなさんも、TikTokの危険性がピンと来ていないとしたら、ちょっと心配になるのです。
そりゃあイノセントにTikTokを楽しんでいる十代やユーザーの人たちは「なんで?」と思うことでしょう。可愛いもんね。楽しいもんね。悪いこと、私たちは何もしていないもんね。そうだよ、別に悪いことはしてない。
ただ、まずひとつめの懸念であり、主にこれしか議論されていない問題点。それは、「TikTokを運営する会社ByteDanceからユーザーデータが中国政府に流出しているんじゃないの」案件ですね。
アメリカ、カナダ、ヨーロッパ各国が「個人情報が政府に渡ってるだと?何してくれてんねん」と政府公用のデバイスからTikTokを削除する方向で動き始めた二○二二年の真っ最中、日本政府ではデジタル河野大臣が信じられないほど間が悪いタイミングでTikTokをはじめ、マイナンバーカード制度の啓発動画をアップしはじめました。この時点で、日本やばいな、と感じていたのは私だけではないはずです。
からの、つい今週のことです。アメリカ議会公聴会にて、FBIのレイ長官、ざっくりまとめるとこうおっしゃいました。
「中国政府がTikTokを利用して数百万人に上るアメリカ人ユーザーのデータを管理すること、できちゃうんだよね。TikTokを経由して、政府デバイスに保存されている機密情報にアクセスすることも可能。さらに、例えばだけど、中国がこれから台湾に攻め込んだとき、TikTokを見ているユーザーに対してはそれが正当であるとプロパガンダキャンペーンもできちゃうし、下手したらアメリカ国内での世論まで操作できちゃうくらいなんだよね」。
ってまあ、それは先の選挙の時なんかにFacebookも似たようなこと、アメリカ国内でガンガンやってたんですけど。(ちなみに、私はFacebookももう開いておりません)
だんだんとSNS泥試合選手権の形相になってきました。
が、とりあえず今週七日、アメリカ上院では「そらまずいやろ」ということで、アメリカ国内での「TikTok」の利用を禁止する超党派の法案もビシッと提出されました。
ただ、「言論の自由」が憲法で保障されている国ではアメリカのみならず完全に TikTokを禁止するのは難しいと思います。
さて、私が一番危ないと思うことは、「情報の漏洩」それ自体ではありません。
そもそも、政府への情報漏洩って、それ自体は、要は諜報活動に近いというか、昔からどの国もやっていること。他国に潜入してハットかぶって暗号で会話してた精鋭たち。今では、おそらくデータを集めるためのアプリがその役割で、同時にもっと奥深くにあるその国のデータにアクセスするための入り口の役割もこなす。そのルートを作り使いこなす優秀なプログラマー、ハッカーの需要は鰻登りだそうで、各国リクルートに全力をあげています。
ちょっと話が脱線しますが、元彼のプログラマーくんはまずまず優秀だったらしく、アメリカ政府からリクルートされた経験があると聞いた時はびっくりしました。信じられないくらいの年収&優遇だったそうですが、プログラマー界では、それは「堕ちる」ことを意味するんだそう。どう正当化したとしても、政府の利益のためだけに働くことになるので、愛国心のみならず他国に対する敵対心に蝕まれるとか。どの業種にも倫理観というものがいかに最終的な盾になるかをとうとうと語られたことがありました。せやな。
「言論の自由×インターネット」と一緒に暮らす私たち、漏洩やらなんやらはどのSNSだとしてももう避けられないリスクなので、「そのアプリを使わない」限りは、まったく除菌はできません。そう理解して私たちはユーザーになりましょう。選択権は私たちにあるし、ある程度の流行り廃りはあるけれど、まあ楽しくやればいいかな的な。
でですね。前置き長くてすみません。私が一番不気味だと思っているのは、中国の国内では逆に自由なインターネットアクセスがなく、国民の方々に制限があるということです。 彼らは外国製の FacebookやTwitterではなく中国国内のWeiboを使います。中国の一般市民はインターネットを通して外の世界を見ることができない仕組みになっている。
つまりアンフェアなのです。
中国だけは、他国のユーザーの情報をTikTokを通していくらでも集められるけれど、他国は同じことができない構造になっている。
そのパワーバランスの不均衡がよくできていて、私はとんでもなく不気味で気持ち悪いのです。
それでもせめて「報道の自由」があれば、不正の摘発もされるでしょう。ですが中国は去年も、百八十の国の中で、百七五位です。(まあ、日本も七十一位って特別高くはないんですけど)。
他国の「報道の自由度」ランキングも見たい人はこちらをどうぞ
https://eleminist.com/article/2111
えてして日本企業や会社員の方々も、中にいる人たちはみなさん「一生懸命素敵なコンテンツを作ろう、楽しんでもらおう、そして成績もあげよう」と働いている人がほとんどだと思います。ですから私の立場からすると、その人の顔が見えるほど線引きが難しい。「NO」というのが辛くなります。
ただ、個人が遊びで使う、と企業が芸能人や表に出る人間を立てて宣伝に使う、の責任は、重さも種類も違います。しっかり自覚を持っておかないと、後に及ぼす影響は計り知れず。気がついたらじわじわと取り返しがつかないことに加担してしまったらどうしよう、と私はいつも胃が痛いのです。
と同時に、そう考えることはプロフェッショナル意識としてマスト事項でもある気がしています。「発信する立場にある」私だとか、「影響力を与えることができる」立場にある人たち、放送局のひとたち。倫理観ってのはみんなでスタンダードを作っていくものだから。
もしTikTokラバーズが読者さんにいらして「ちーん」ってさせちゃったらごめんなさいね。私の懸念は、頭のすみに置いておくくらいでも。
そして、冒頭に戻りますが、Netflixにあるドキュメンタリー「監視資本主義・デジタル社会がもたらす光と影」は、大変勉強になる内容なのでまだの方は機会があったらぜひご覧ください。

ほら、わたしチベット旅行しちゃったから。情報統制、というものの仕組みを肌で感じまくって、ゾゾゾとしてしまい。
今の時代ってどんな主張をするにしても、ソースを明らかにするのがマナー。文献、記事、インタビューひとつにしても引用なら引用と書くことでファクトチェックとか、信用に繋がるっていうアレですね。
ただ、逆に言うと、「チベットのおじさんが言ったこと」「私がチベットに行って見聞きしたこと」などは、それ自体がソースであるのにも関わらず信用に値しないわけです。
本当によくできています。
もし国外に出たチベット人の娘さんが地元の歴史を主張をしたら、地元に残っている家族が投獄される危険性がある。また、地元の人たちは、何らかの文献を自由に発表したくても外のインターネットにアクセスできない。国際的に信用に値するソースがないから、いつまでたっても政府は内部で何が起こっているか、否定し続けられる。
外国人の私ですら、あまり批判的なことをオープンに言ってしまって、現地でお世話になった方々が投獄されたらどうしようと心配します。
ですから情報統制の怖さについて、話せる場所もあらへんがな!!ってなるんです。それが情報統制です。
私はアメリカ政府もマジで好きじゃないし、日本政府も心底頼むよ、って思ってますが、中国政府の情報統制のやり方とこの規模感。本当に不気味で、この気持ち、どうしたらいいか教えてください、って中国の人に聞きたいくらい。
TikTokだって、楽しいコミュニケーションツールとして開発したいち企業のクリエティブプロダクトだったんじゃないのかな。属する国のあり方や自由度で人間的信用が左右されるっていうのは不本意な話でしょうが、どの国だってそういうもの。中国だけのことではありません。
おまけの話ですが、日本は日本で別ジャンルで似たような話があって。
日本で起業した友人が、海外の投資家から散々「素晴らしい技術をお持ちなのになぜ日本にへッドクオーターを置いているのですか」と聞かれるそうです。確かに、国際企業のアジアヘッドクオーターはシンガポールなどが多いですね。
日本は「時の政治家の派閥によって企業の優遇に差があるから、アイデアと実力だけで本来成功できる事業が実を結ばない。ビジネスとしての成長が見込めない」という評判があるとか。
日本にヘッドクオーターを置かない理由が、まさか日本の政治の評判が影響したとは。日本に貢献したいと思っている国内の起業家やクリエイターからしたら、実にふがいないお話です。日本の政治のあり方が、経済的にも自国の首を絞めているとは馬鹿馬鹿しいものです。
とかね。
そういうこともね、時々は考えながら、暮らしておるのです。