LOVEのひろいばなし Vol.9「マダムAmazon」

大変お世話になっております。

共同制作プロデュース、アレンジャー、エンジニア、マスタリングまでできる上に、レコード大賞も受賞された作詞家作曲家としてもご活躍、加えてアーティストとして歌心も持っていて、さらには LOVEさんのゾロ目ライブでは映像のスイッチャーとスタジオ機材屋さんまで務めていて、まったく同じ熱量を「ソロキャンプ」に注ぎ込み映像編集に凝ってはYouTubeのチャンネル登録数を着々と伸ばしていらっしゃる、とことん追求研究肌の井上慎二郎氏の誕生日が、7/14にありました。(慎二郎さん、こんなもんでいかがでしょうか)

ということで、何か誕生日プレゼントを贈ろうとAmazonでとあるミニキャンプグッズを買いました。ところが間に合わせたい誕生日に間に合わなかったんです。

Amazonの配達員さんから何度も日中に電話を頂いていたのですが、留守電もなく。入れ違って二日目、また時間を空けずに何度か着信があったので、かけなおしたらやっと繋がりました。大変焦ってらっしゃいます。

Mr.A「す、すみません、お届けの荷物なのですが」

L「あ、はい!すみませんご連絡いただいて入れ違ってしまって〜」

Mr.A「あのですね、いやどうしてもお届けできなくて」

L「は?」

Mr.A「ありとあらゆる場所をですね、その、探したんですけれど、…なくて!」

L「ない?」

Mr.A「ふんし…いや、時々あるんですけれども、大変申し訳ないのですが、ないんです」

L「はあ」

Mr.A「ですので、キャンセルしていただくか、再オーダーかけさせていただくか…」

ここにきてやっと理解しました。荷物が途中でなくなっちゃったんだなと!結局再オーダーかけることにしました。

間に合わなかったことは慎二郎さんに申し訳なかったのですが、同時に「ほほう、こういうこともあるのかあ」と、妙な人間味を垣間見たようで、しみじみしました。だってこれだけ機械化に成功し、あっという間にお手元に荷物を届ける完全なるAmazonシステムなのに。それでも、最終的には荷物がカートから落ちちゃう事態だってありうるよなあと。普段から失くし物が多い私は、自分にも甘ければ人にも甘いので、そんなことを考えておりました。

さて、時は流れて数日後のことです。

我がLOVE城には白髪の門番がいらっしゃるのですが、って、おっと失礼、「管理人室」って書いてありますね。(…こういうの、もういらない?)

うちの管理人さんは、めちゃくちゃ素敵な方なんです。いつもお知らせが丁寧で、手書きの字もお言葉使いもフランクでありながら美しいので、私、大好きなんですね。お会いできた時に会釈をするのが楽しみなくらい。

さて、そんな管理人さんから呼び止められました。わざわざ部屋をでてきてくださり、一言。

「預かり物があるんですよ」

手に持っていらしたのは、ペシャンコになったダンボールの小さなパッケージ。雨に濡れたのか少し汚れて角がひしゃげています。

「先日ですね、70代くらいでしょうか、隣町にお住まいだという女性の方がね、届けてくださったんですよ」

って、えええ!

これ、慎二郎さんへの誕プレじゃないかしらと思いつつ確認。そうか、すぐ目の前の道路などに落ちていたのを拾ってくださった方がいたのねと思いましたら。管理人さんのお話は続きます。

「話を聞いたらですね、お隣町のポストの上に、置いてあったんだそうですよ。おそらくどこかで荷物が落ちてしまって。道路に落ちていたのを拾ったどなたかがポストの上に置かれたんでしょうとおっしゃってましたけど、“これじゃあどこにも届かない”ということでね、郵便局まで持っていってくださったそうなんですよ」

って、えええ!!なんて親切な方なんだ!!と思ったら話は続きます。

「ところがね、郵便局の方では、”うちの荷物じゃない”ってんで、預かるわけにもいかない、と。警察に届けたらどうですか、と言われたそうなんですが。幸い郵便物の住所は汚れずに見えていることだし、ここから遠いわけでもないから、と隣町から、お散歩がてらその女性が直々に届けにいらしてくださったんですよ」

さすがの管理人さん、きっと私がお礼を言いたいだろうと思ってくれて、お名前や連絡先をしっかり聞こうとしてくださったんだそうです。ただ、「荷物が届けば嬉しいですから〜」と、マダム、何も記さずに帰られてしまったと。

管理人さん、ひとしきりここまでご報告くださり、そして私も手にした荷物を見つめ、この素敵な事態を分かち合った二人として、次の瞬間、同時にため息をつきました。

それは驚きの”はああ”と、感動の”ほおお”と、「まあなんて素敵なの」の”まああ”が混ざったため息で、それはそれは幸せな時間でした。

「本当にありがたいことですね」

「ええ、素敵な方でしたよ」

この場を借りて、マダムAmazonに御礼申し上げます。いつか素敵な贈り物が、あなたの元にも届きますように。どこかでたまたますれ違うかもれしないことですし、これからまた隣人には親切を心がけます。心から感謝いたします。ありがとうございます、見知らぬマダムAmazon!

 

その昔のことですが、ある大雨の日。

東京の街に、最初の一粒の雨が落ち、建物を洗い、道路を洗った先で側溝に吸い込まれ、都会の隙間を流れる渋谷川に集まってごうごうと流れ込むのをみました。そして、それが渋谷の駅の下に流れ込んでいるのだという話を聞いた時に、ふと浮かんだイメージがありました。

ピアスのキャッチです。

これまで何百個と私が落としてきた、ピアスのキャッチ。

雨が天から降って、渋谷の駅の下にざあざあと流れ込んでいくまでの間の、どこか片隅に、いつぞや失くしたピアスのキャッチがひっかかってんだろうなあと。

片方だけ無くした小さなピアス本体もそうだし、サイズが合わなくてうっかり失くした指輪もそうかも。

でも、軍手や、冬によく落ちているかたっぽだけの手袋などは、違うんです。

よくガードレールに「これ、どなたかが落としましたよ」風に置いてあったりするので、雨だけで流れていくものではないかと。

でも、子供の頃ランドセルにつけていたキーホルダーとか、あとポッケに入れてたBB弾とかは、ありですね。

忽然と消える、小さなモノたち。あれはどこにいくんだろう。

もし盗まれたのだとすれば、中身だけ奪われて、ゴミ箱や見えない側溝などに、見えないように捨てられることがほとんどかと思います。財布とかってそうじゃないですか。

でも、もし単に落ちただけなら、誰かが意図して焼却場へ向かわせない限り、雨や風に流されたとしても、どこかには、ある。

いや、「在る」。

「あのBB弾は?ピアスのキャッチは?今どこに?もしかしてこの水の下に?」

と、汚い大雨の日の渋谷川を眺めていたんです。すると次第に、なぜでしょう、こんなに汚ないのに、それは街や人の汚れを洗い流してくれた浄化なのだという気がしはじめて、ああ、妙に感謝の念が湧いてきて…。そしたら、急になぜでしょう、ふつふつと、自分だけはクリーンゾーンに身を置いて手を汚すこともなく人に泥を洗ってもらってのうのうと暮らしている一部の人間の存在を思い出し止まらない憤りが襲ってきて、くそうう…悔しい、恥を知れ…と泣きたくなるような気持ちになり…。

…などとですね、とりとめのない思いを、湧いたままそのままデモにして、完全にボツったことがあります。

え?何の話?ですよね、笑。ただの話の続きです。

いやしかし不思議なもんで、その後、そのデモ曲はもののみごとに爽やかに生まれ変わり、ラジオのエンディングテーマにもなった’Drive’という曲として世に送り出されました。やっぱ意味不明の曲でも、デモでも、形に残しておくべきなんだかなと再確認。

さて、マダムAmazonに見つけてもらったこのキャンプグッズですが、かなりラッキーな「落とされもの」だと思います。でもこれってやっぱり送り先の慎二郎さんが、普段から本当にクリーンに生きていらっしゃるからじゃないかなと思います。ノリは高田純次さんみたいな、照れ屋なのかなんなのか、のらりくらり風キャラの方なんですが。

自分が使う機械や楽器、内部ソフトにいたるまで。誰が作って、どうやって届けられているのか。その道すじのあいだで、卑怯なことをしている人や会社はいないか。自分本意な発想の人が混ざっていないか。純粋な思いだけで作れたときの作品にどんな力があるのか。

そんなことを考えるきっかけを下さった共同制作者でもあるので、今回マダムAmazonがこのタイミングでこの落し物の物語に登場したのも自然なことだったのかもしれません。

本当に素敵な方々が世の中にはいらっしゃるものです。自分もいつか同じ境遇になったら、同じようにできたらいいなと思います。


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