LOVEのひろいばなし Vol.88「透明人間・その1」

小学生の頃のラヴ少女が、命をかけて挑んでいたことがある。
もう一度、言おう。
小学生の頃のラヴ少女が、「命をかけて」挑んでいたことがある。
わずか数年の人生で培った最大限の経験値をもってして、最重要の重みを持つ、それ。小学生にとっての「命がけ」とは。
日常のじゃんけん、夕飯のおかずバトル、正月の坊主めくり、横断歩道の白いところ以外はマグマ。いずれにせよ小学生が「命をかけて」挑む時、それは天地を分けるほどの一大事だ。彼らにとってその負けは死に値する。「死んだ!」とその場に崩れ落ちては瞬間的に死を受け入れ、そこそこ夕飯を食べ、宿題をそこそこやり、しぶしぶ風呂に入って寝る。そして次の日になれば、また母親に叩き起こされ、日々無限に「生」を更新し続ける、小学生。彼らこそは、真の生命の猛者なのである。
「一生に一度のお願い」も、似たような使われ方をする。命ある限り一度しか使えない魔法。他の何が叶わなくてもいいから、今この瞬間に私の味方をしてくれたまえ、と全身全霊をかけて願う案件。それはだいたいが、ホールケーキを一回一人で食べさせてくれだの、どうしても欲しかった歩くとピコピコ鳴る靴を買ってくれだの、一生をかけるに値しない案件でもある。彼らの痛切な願いは、「ダメ」「考え直せ」「まだ言うてんの」「宿題やったの」という母親の軽い一言で、風に舞う花粉よりも細かい粒子になって夕焼けの彼方に消滅するのだ。そして翌日になれば「一生に一度のお願いだから」と、また違う条件で新しい何かをねだることが可能になる。
ただし、小学生のラヴ少女は少し違った。「一生に一度のお願い」を真剣に受け止めすぎており、安易に使うことができなかったのだ。十歳上、七歳上の姉に対して、物心ついたときから数字も言葉も脳みそも歯が立たなかった幼少期。いつしかあの姉たちをギャフンと言わせられるなら、一生に一度しか使えない魔法の切符があるのなら。その時が来るまで後生大事に持っておこうと思った。ちなみにまもなく四十歳になろうとしている今もまだこの切符は使ったことがない。たぶん。
前置きが長くなったが、そんなラヴ少女が「命をかけて」何かに挑むとき、それは平均的な小学生とは同類にして欲しくないくらいの真剣勝負なのであった。
孤独な戦いだった。著名なアーティストやオリンピック選手などの成功者と同じく、やはり自分との戦いでしかない。
彼女が命がけで挑んだのは、「透明人間」になることだった。
五人家族に生まれた最年少。可愛がられたのも事実だが、同時にどれだけがんばっても仲間に入れない存在でもあった。大人たちとの、圧倒的な存在感の違い。
たとえば、どれだけ「前髪を切って」と家族に訴えようとも誰一人として話を聞いてくれない日があった。あきらめて洗面所で自分で切った前髪は、ぱっつんどころかおでこラインギリギリま切り上がった。半泣きのまま「どうしよう」とリビングに登場すると、意に反して爆笑をさらうことになる。「猫がにゃあにゃあ言ってるのと同じで全然耳に入らなかった」。そういってヒイヒイ笑う大人たちを見て「そうか、私は猫と同じなのか」と妙に合点がいった。その後半年間ほど、すべての写真におでこ全開の私のふくれっ面が残った。
前髪事件にて、「大人の皆さんは、自分がヒマで私にかまいたい時以外、こちらのニーズに合わせてくれることはないのだ」と遠い目をして悟ったラヴ少女は考えた。
だったら。
いっそ、透明人間になればいいじゃない。
いかに気づかれないか。いかに空気になれるか。やってみればいいじゃない。
そう、これは自分の存在感の薄さを逆手に取った新しい遊びであり、プライドをかけた真剣勝負でもあった。手始めに、私はリビングの家具の隙間にハマってみることにした。
我が家のリビングは十二畳くらいはあったと思う。扉を入ると、左側にキッチンとダイニングテーブル、右側にテレビとこたつがあった。右側の壁は、一面飾り棚になっていてセンターにテレビ、両サイドには両親が海外で集めたボーンチャイナやらレコードやら、あれこれが飾られていた。そして、その右端に何もない隙間があった。四十センチくらいだろうか。小学生女子がちょうど一人ハマれる幅だ。
学校から帰ってきた私は、母親が夕飯の準備を始める頃に、その隙間に、そっと、ハマった。
母が冷蔵庫を開け閉めする音や、ベランダに何かを出す音、トントンと野菜を切る音などが静かに響いていた。
部屋の隅の隙間にハマって見るリビングの景色は、いつも見ている景色とはまるで違う。全体像がよく見えるものだ。手前から、こたつ、ダイニングテーブル、そして壁沿いのキッチン。料理をしている母親は、背後から彼女を見つめる座敷童と化した三女に全く気づかなかった。
父がリビングに入ってきた。野球中継の時間だ。テレビに向かって長らく直視されるとなれば、さすがにこれはバレるかもしれない。心拍数が少し上がった。私は微動だにせず、心を静かに保とうと、気配を消した。
父はこたつに入って、テレビをつけた。愛知県出身なのでもちろんドラゴンズファンである。私は小学六年生まで父と一緒に風呂に入っていた。もう上がりたい、熱い、と言うと、必ず「♪燃えよドラゴンズー♪」を二番たっぷり歌い切るまで上がらせてもらえなかった。
父は私に気づかなかった。タバコに火をつけて、野球中継を見始めた。この時、彼の視界には、左から、飾り棚、テレビの中のドラゴンズ、飾り棚、三角座りの三女、が映っていたはずである。私は完全に壁と一体化していた。ちなみに服装は特にカムフラージュしていない。
父が立ち上がった。私はいちいち反応しないように、自分の目線を宙に固定した。心を、静かに、落ち着ける。息も、最低限の、穏やかさを、保って。
父はイカの干物が好きだった。片付けはしないが、料理好きで何かと自分で作る人だった。立ち上がった父はイカの干物を冷凍庫から出して、魚グリルに入れて、こちらを振り返った。
当時のドラゴンズの試合は、星野監督が試合中に怒り始めるのが定番だったが、まだまだ序盤なので監督はまだ腕を組んでしかめっ面をしているのみだろう。基本的にブラウン管と時空を超えて星野監督と情緒がリンクしている父も、アイドリング状態だ。私に気づかないように、もっと試合に集中してくれ、と心の中で願った。
高校生の長女が入ってきた。テレビにちらりと目をくれて、すぐにキッチンの冷蔵庫へ向かった。麦茶を入れて、飲む。また麦茶を注ぐ。母と何やら話しているが、麦茶のコップを持ったまま姉は自分の部屋に戻るのだろう、すぐにリビングを出て行った。部屋を出て行く時にこちらが目に入るだろうから、絶対に姿を見られると思った。心臓がバクバクした。だが長女はまったく気づかないまま出て行った。
父がこたつに戻ってきた。また距離が近づくので、少し緊張する。落ち着け、平常心だ。ここにいることがバレたら、私は死ぬんだぞ。
イカの干物のいい匂いが漂う中、父がビールをあけ、ドラゴンズは得点せず、そのまま時はすぎていった。父が何やらテレビに向かってヤジを飛ばしているうちに、だんだんといい香りが漂いはじめた。夕飯ができる頃になり、母が急に振り返って次女の名を呼んだ。「ちょっと、手伝ってー」。
一瞬だったので母は気づかなかったようだ。ふう、命拾いだ。私は引き続き、無の境地へと向かった。
続いて、中学生の次女が入ってきた。私がいるテレビ側を見ることもなく、母のいる台所へ向かった。母とあれこれ話しながら、ダイニングテーブルを片付けて箸を並べ始めた。もう夕飯の準備が整う。勝負は、あと少し。
「みんな呼んできて」と母が言う。「うん」と次女がリビングを出て行く。目の前を通って行く次女と絶対に目が合わないように、私は伏し目がちにした目線をちょうど彼女の足元ぐらいに落としていた。
次女が戻ってくると、ドラゴンズが先制点を決めた。父は、わあわあとなにやらテレビに向かって声を荒げていた。たとえ得点が決まっても、嬉しいのか怒っているのかがわからないトーンである。それもおそらく星野監督と心がリンクしているせいだ。監督も今頃ベンチでガッツポーズを決めながら怒号を飛ばしていることだろう。試合はクライマックスへと向かう。私の勝負も、同じく。
父がダイニングテーブルに移動した。もちろんテレビが見える位置に彼は座る。我が家は食事中のテレビは禁止だったが、野球中継とニュースだけは許されていた。父ルールである。幼い私にとってニュースは意味不明なので、せめて星野監督が時に乱闘を起こす野球中継のほうがマシだった。
先程の麦茶のコップを持って、ダラダラと長女がリビングに入ってきた。母の料理をよそう手伝いをしたりしなかったり、早々に長女は席に着く。
ダイニングの座り位置を説明しよう。向こう側からこっちを向いて長女と母が並ぶ。右側のお誕生日席に父が座る。テレビに背をむけて座るのは次女と私だった。
私が描いていた、このあとのシナリオはこうだった。
夕飯だと言うのに呼んでも呼んでも三女が出てこない。一同はいったん食べ始めるが、あまりに三女が出てこないので「どこに行った」と、食事を中断して誰かが探しに行くという展開だ。おそらく次女が行かされる。そして「どこにもいない!」と戻ってきた次女が顔面蒼白で、初めてパニクった家族が私を心配しはじめる。そのタイミングで、リビングの家具の隙間にハマっている私が「やあ、皆さん」と立ち上がり「ここにいたよ、ずっと」と驚かす手筈になっていた。完璧な展開である。
さあ、いよいよだ。ドラゴンズもがんばっているようで、中継のアナウンサーにも熱がこもってきた。湯気を上げる美味しそうなおかずがテーブルに並び、次女が白ごはんをよそって茶碗を配った。そのまま次女は私に背を向けて座った。最後に母も座った。みんなが席についた。
三女はどこだ、と母が聞いた。時がきた。さあ、探しにいけ、大人たちよ。
そう思った瞬間、次女が振り返って指をさした。
「あそこにいるよ」
「あんた、なにやってんの」「いつからよ」「いただきまーす」「はいどうぞー」「それでね、部活のね」「おい何やっとんだ盗塁しろ、攻めんかいバカタレが」「え、これおいしーい」「でしょー、タレも作ったんだからー」ざわざわ。ざわざわざわ。
死んだ……。
そう、私は死んだのである。この勝負、負けた。命がけだったのに。こっちが聞きたい。次女よ、いつから気づいていたのだ。
へへへ……。
分が悪そうなヘラヘラ顔で私はテーブルにつこうとし、「手、洗いないさいね」と言われてキッチンで手を洗い、ワンテンポ遅れて夕飯に参加した。
なぜだ。なぜ、誰も心配しないのだ。
ラヴ少女の、命がけの透明人間勝負は次回に持ち越しとなる。
~はなしの続き~
このはなしの続きはまさに次回「透明人間・その2」に続くので、短文、あしからず。同じ経験、同じ心境を分かち合える三女の方いらっしゃいましたらご連絡をいただきたい。これは三女特有なのか、うちだけなのか。家具の隙間にハマったことがある方、ご一報を待っております。