LOVEのひろいばなし Vol.86「チャイニーズファーマー」

こんな話があります。
とあるチャイニーズファーマーの話です。彼には息子がいて、農場があり、馬を一頭飼っていました。
ある日、馬が農場を逃げ出してしまいました。村人たちは家に来て、「悪い知らせを聞きましたよ、馬が逃げたんですってね。残念でしたね」と。チャイニーズファーマーは答えました。「まあ悪い知らせかどうかはわからないですけどね」。
次の週、逃げた馬は、二匹の新しい馬を連れて農場に戻ってきました。村人たちは家に来て、「良い知らせを聞きましたよ、馬が増えたんですってね!よかったですね!」と口々に言いました。チャイニーズファーマーは答えました。「まあ良い知らせかどうかはわからないですけどね」。
翌日、息子が新しい馬のうち一頭を連れて、調教に出かけました。ところがその一頭が暴れ馬だったもので、息子は振り落とされて腰の骨を追ってしまいました。結構な重症です。村人たちは家に来て、「なんてことでしょう。悪い知らせを聞きましたよ、ご愁傷様です」と口々に言いました。チャイニーズファーマーは答えました。「まあ悪い知らせかどうかはわからないですけどね」。
その週、軍隊の高官が村にやってきて、若い青年たちを片っ端から召喚して戦争に連れていきました。立ち上がることすらできない息子は兵隊に入ることができませんでした。村人たちは家に来て、一部は「悪い知らせを聞きましたよ。国のために働けなくて残念でしたね」と言い、一部は「良い知らせを聞きましたよ、戦争に行かなくて済んでよかったですね」と言いました。
グッドニュース、バッドニュース。そのコンセプト自体に意味はあるのかしら、と問うエピソードです。なるほどです。ネットで流れてきたライフレッスン的な映像クリップで知った話です。金髪の心理カウンセラーっぽいひとが、甘ったるい声の若い女性を諭しながら話しているのを見たのです。ベッドに寝そべり「めんべい」を食べながら。ぽりぽりぽり。
なるほどな。なるほど、なんですが。
この話、一直線に次から次へとすごい展開を遂げているのは承知しておりますが、そんなにシンプルな構成じゃないのでは。もっと立体的なのでは。運命のあれこれが絡み合っている球体のようなお話なのでは。で、一度そう思ったら止まらない思考。
だってね。まず、馬が逃げましたよね。で、その子が逃げたままだったら、後に続くシーケンスはひとつも起きないはずなのです。話は終わりです。ウマ、ニゲタ、ハナシ。イジョウ。
ですから、次のシーケンスがものすごい決め手だったなあと。
新しい馬、二匹連れて帰ってきちゃいましたよね。これが運命の分かれ道だったかと。でも気になるんですよね。
……誰の。どこの。ていうか野生なん。
まず、誰かの馬だった場合。この話の裏側で、馬を二匹も失った別の農場主がいるという世界が生まれます。しかも、そこの娘さんは学校に馴染むことができなかったけれど馬とだけは会話ができた子で、子どもの頃から一緒に生まれ育ったその馬を兄弟のように思っていた……とかじゃないといいんですけども。もしそういうのだったら今その子どんだけ悲しんでいるか。うっうっ。
とはいえ、二匹のうちの一匹は暴れ馬だったらしいですから、とりあえず野生だったということでいいです。
で、次のシーケンスから急にハードコアになります。
息子、調教に行って、落馬して、腰の骨を折らなあかんのです。ひどい。
この辺りで、この話に違和感を覚え始めました。そんなもんバッドニュース以外のなんでもないやん、と。あと、なんで親父じゃなくて息子やねん。息子は若いから回復が早いからまだいいのか。いうて、まあどっちゃでもいいんですけども。
そろそろお気づきですね。イチャモンをつけています。私は、インスタグラムでたまたま見た映像にイチャモンをつけております。
あと、そもそもこのファーマーは、なんでチャイニーズなのだと。ベトナムでもいいし日本でもいい。メキシカンでもアルジェンティーナでもいいですよ。というか農業国として、大豆&とうもろこし&牛肉、農業国として世界ナンバーワン、アメリカでもいいんですよ。「中国三千年の」というエキゾチックな何かがこの話に「仙人の知恵」的な説得力かなにかを足すのでしょうか。いや、実際たぶんそうなのでしょう。これも別角度のイチャモンです。アメリカ人だったら「ファアアーッ××ッ」いうて話が早く終わってそうですもんね(ステレオタイプ)。
そもそもですね、この話、ちょっとした不幸を不幸で終わらせないために、不幸度を上げていくという構図になってませんか。いや、確かにね。いつでも「自分が最悪最低の不幸な人間だ!」と嘆いている人に「いや、そうとは限りませんよ」と教えるにはいいのかもしれないですけども。
落馬で腰の骨とか、どんだけ痛いと思ってるんですか。想像もつかないですよ。私なんか、スキーでこけて中指にじゃっかんヒビが入っただけでももう落ち込んで落ち込んで仕方なかったのに。椅子から落ちて仙骨にヒビが入ったときも文字通り笑えないほど痛かったですのに。どうしてもライブがあって会場にタクシーで向かい、腰を丸めて降りた私の姿を見た相談役が一回大爆笑するほど、無様だったのに。落馬で腰の骨折るとかもう悶絶でしょうに。誰か息子の気持ち、聞いたれよと。息子の腰を折ってやるなよと。
とやたら息子に共感する私。
なぜならですね。
この時、私ぎっくり腰をやっておりまして。ええ。
「めんべい」をぽりぽりやりながら数時間ベッドで同じ体勢でいたのも、それしかできなかった的な。ピクリとも動けずにおりましたもので。
いやー、これまで私がギックリ腰だと思っていたものは、一体何だったんでしょう。これは何。マジで動けない。故にスマホにむかってイチャモンをつけるという暇極まりない所作で時間をやり過ごしておりました。
グッドニュースもバッドニュースもあらしまへんやろと。比較軸で「最初のほうがまだまし」っていうそれだけの話とちゃうんかい、そんなん言い始めたら、そりゃ戦争に行くよりはなんでも良いに決まっとるやろ、とスマホに向かってベッドで声に出している私がおりました。私このたび初めて知りました。「ぎっくり」の恐ろしさを。バッドニュース以外のなんでもありませんでした。
でもね、あれ?
よく考えてみたら?
まるで孫息子のように男性スタッフが歩くのを手伝ってくれたり、良い歳こいてなんですが母がすべて身の回りの家事を代行してくれたり、姉がしゃべりに来てくれたり、何よりこっそり生放送をリモートに変えていただいたり。友人と行くはずだった舞台に行けなかったのに優しい言葉をもらったり。たった数日で数えきれぬ優しさを頂いたのも事実。これは紛れもないグッドニュースのはず。
てことは?これも?
馬が?三匹になって?帰ってきた的な?それと同じ、的な?
いや、じゃあこのあとは?
息子が?
調教に行って腰の骨を折る的な?それと同じ何かが?
いや、もう腰痛関係は無理。いやーみなさんこの寒さ。日本全国、大寒波。くれぐれもぎっくり腰にはお気をつけください。

イチャモンが止まらない。あの心理カウンセラー風おじさん、もしかしてこのチャイニーズファーマーの話の本質を捉えちがっていたのでは。ジャパニーズシンガーの話に置き換えて検証します。
あるところにジャパニーズシンガーがいました。一本のギターを持ち、一匹のうさぎを飼っていました。ある日、ライブハウスでギターをなくしてしまい、プロデューサーから「悪い知らせを聞きましたよ、新しいのを買いなはれ」と言われて、貯金を叩いて新しいギターを買うことにしました。
その後、ライブハウスからギターが見つかったと連絡があり、なんと自分のものではない二つのギターケースと合わせて全部で三つのギターが手元に戻ってきました。近所のミュージシャンは「良い知らせを聞きましたよ。余りを売ってしまえばいいじゃないですか。飲みに行こー」と誘ってくるのです。もちろんシンガーは無視します。
ところが、全部で四つにもなってしまった置き場のないギターケースを重ねてリビングに置いていたところ、かわいいうさぎがそこに登ったり降りたりして遊び始めてしまい、ケースのバックルに足を引っ掛けて足を折ってしまいました(あああああああああ、無理、この想像、無理)。たまたま来た近所の人が玄関で「悪い知らせを聞きましたよ、可哀想なことでしたね。ところで回覧板が」と言うので「そのトーンでうちの大事なうさぎの話をするなああああああ」と一言で追い出すことになります。
ところがその拍子に、玄関でつまづいてぎっくり腰になって、いい年齢なのに母親に介護してもらっていた際、自治体の担当者がやってきて「日本は戦争を始めることにしました、ちょっと色々必要なのであなたも来てもらうことにします」と言われ、結局ぎっくり腰程度では治ってしまいますので行かねばならなくなり、シンガーと母親とうさぎは離れ離れになるのでした。
……この話、結局もしかして本当は「最悪なのは戦争」っていう教えなんじゃ!!
失くした順に、馬「物質的財産」、息子の腰「家族と健康」、最後が「命」だとしたら。
大事なもんがある限りはなんとか生きていけるんやで、という教えが本質だったのかもしれない。そんなことを考えながら。ゆっくりと、寝返りを。あたたたた。ワンマン終わってからで本当によかった。お越しいただいたみなさん、ご覧いただいたみなさん、ありがとうござ、あたたたた。