LOVEのひろいばなし Vol.84「母島のこうちゃん」

絶景です。太平洋のど真ん中。見渡す限り、360度、近隣の無人島以外、海しか見えません。山登りで汗ばんだ体に潮風が気持ちいい、山頂。東京から千キロメートル南、小笠原諸島は母島のてっぺんです。視界に映る範囲だけでも、どれだけのくじらがこの波の下にいるんだろう。
私と、大学時代の同級生おちよちゃんの二人旅です。ひとしきり記念撮影でお互いをぱしゃりぱしゃりと撮り合ったあと、小さなベンチに座りました。リュックからおにぎりを取り出した私たちの隣には、島ガイドの「こうちゃん」がいます。「母が沖縄で、父が鹿児島で」という超・南国フェイスながら、兵庫県加古川市出身。元・甲子園球児で、日に焼けた筋肉質。島に移住してから長いそうで、ウィンドブレーカーに半ズボンの島スタイルが板についています。一日目は島と海を、そして翌日は山を案内してもらいました。
さすがのガイドっぷりで、希少な固有生物や植物についても詳しく、道すがら一緒にカタツムリを探したり、ここまでの道のりは非常に楽しいハイキングとなりました。昔からの学校の後輩みたい。「こうちゃん、こうちゃん」と私たちは呼び、こうちゃんは常に「あはははは」と笑ってくれていました。
山頂で食べるおにぎりの美味しさったらありません。宿の方が握ってくれた、ひじきやら梅やら昆布やらお気遣いたっぷりの愛情おにぎりを食べ終えた我々。サーモスボトルからコーヒを紙コップに注ぎながら、食後のチョコレート、ちまっとした、特に大したことないひとかけらを取り出しました。
おちよちゃん「これ、こうちゃんにあげるんじゃなかった?」
私「そうそう。これドイツの友達が送ってくれたベルリンのチョコ」
おちよちゃん「では、ここ二日間の感謝を込めて。こうちゃんにここで」
私「♪ぱんぱかぱーん」
おちよちゃん「どうぞー。こんな素晴らしいものをもらえてよかったね(棒読み)、アハハ」
こうちゃん「最高です〜。ありがとうございます、もうほんとにこんな〜。昨日のバナナからはじまり」
私「バナナ・りんご・チョコレート、と」
おちよちゃん「小松菜」
こうちゃん「ハハハ!小松菜もですね!」
私「ああ、小松菜!」 こうちゃん「ありがたいです。いやもう本当に。こんな高級なものを〜」
おちよちゃん「ハハハハ(爆笑)」
こうちゃん「ありがとうございます。神棚にかざっとこうっと」
おちよちゃん「こらこら、わかるぞ。そういうのわかるぞ、こっちも○十年生きてんだよ」
私「こうちゃん、アンタもわかってきたね、我々のいじり方を」
ささやかな茶番を楽しめるぐらいに、私たちとこうちゃんは本当に楽しく馴染んでおりました。朝から少し曇っていたのに、我々が山頂にたどり着く頃に合わせたように晴れてくれた空の下。ただの観光客とガイドにしてはずいぶん楽しそうな三人でした。自然のありがたみと友のいる幸せを噛み締めた、母島のあの日。今からちょうど一年前のことです。
実は、この日、本当なら私たちは二人きりで山を登るはずでした。こうちゃんは、同行する予定じゃありませんでした。
事前にガイドさんを予約しておいた方がいいことを知らなかった私たち。島に到着した夜に予約を入れようとしたもののなかなか決まらず、困り果てました。かろうじて宿泊先にご紹介いただいた青年に連絡をとり、翌日の日中「車で島内観光」コースだけなら、ということで予約がとれました。
といいつつ、ドライブだけではなく、どうしてもシュノーケリングがしたかった。電話口で「でですねー、あのう、どうしても泳ぎたくって、水に浸かりたいんですが。必要機材はあるんで帰りにどっかの港によって落としていっていただければ!お願いします!!」と無理を申し上げました。
翌朝、十一時。
初めましての南国フェイス、こうちゃんはさっそく色々とプランを作ってくれていました。
「郷土資料館。絶景ポイント。島内観光のあと、最後は、飛び込める港にいってから帰ってきましょう」
素晴らしいです。ただし、さっそく、誤算がひとつ。こうちゃんにとって「十一時」は朝ではなかったらしく、もう昼食を済ませてきたとか。
私たちはてっきりどこかでお昼を一緒に食べるのかと思っていました。食べれる店もやっておらず、テイクアウトもなく。じゃあ商店で何かつまめるものを買って車で食べましょう、ということになったけれど、立ち寄れる商店も島内にたった二軒しかない。
できるなら現地産のものが食べたい私です。結局、島のベルベットプチトマト、生の小松菜、小笠原の塩を買いました。あとは、島産じゃないきゅうりとりんごとバナナや菓子パンなど。車に乗り込み、いざ島内観光に向かう途中で食べよう、と横を見ると。
おちよちゃん、テンションそんなに上がってません。
ごめん、そういえば昨日私が言ったんだよね。「寿司屋あるみたいだし、テイクアウトすればいいじゃない」的なことを。寿司からの、小松菜。いや、小松菜に罪はないのだが。
「ほらこれ、混ぜたらスムージーになるやつだし」と言い張る私。後部座席で生の小松菜に塩を振ってくるくると巻き、しゃくしゃく、と自ら食べてみせました。運転席のこうちゃんは「いい音ですね」と、優しい相槌で笑っています。おちよちゃんはおちよちゃんで動画を回しながら「どう?」と興味津々。
これがとてもおいしかった。小松菜、生、いけるんですね。私も知らなかった。
「ほんと?じゃあちょっと、こうちゃんにも作ってあげて。アハハ」
この辺から「こうちゃん」呼びが早くも定着してきました。なぜかおちよちゃんより先に、島民であるこうちゃんに現地産の小松菜を巻く私。いつも食べてるだろうけど、生は食べないでしょう。半ば強制的に運転しているその口元へデリバリー。こうちゃんも、笑いながら受け入れてくれて、しゃくしゃくしゃく。
「うん!うまい!めっちゃくちゃ、うまい!!」
ナイスリアクション。おかげで安心して最後におちよちゃんの番を迎えられます。しゃくしゃくしゃく。
「美味しいじゃん。おー、これ素晴らしいアイデアだったね。よく噛んだらセルフスムージーだわ」
たとえそれが生の小松菜、ひと房でも。人間、食べ物を分かち合えると仲良くなれるって本当みたいです。
このあと、我々は最高の一日を過ごしました。規定のコースを周り、港に飛び込み、泳ぎ、大笑いしました。その間、いちいち一緒に会話も楽しんでくれて、にこやかに笑い続けてくれたこうちゃん。いいやつ。
人口二千人超えの父島より、五百人足らずの母島です。必然的に、より手付かずの自然を身近に感じられました。小笠原諸島の中でも特に母島周辺は、子育ての時期にくじらの親子が入江に入ってくることもあるそうで、やはり海が主役。港で潜るだけでも楽しくてすばらしくて、あっという間に時間は過ぎました。一月でしたので、シュノーケリングとはいえウェットスーツで泳いだ我々。若干くちびるが紫になったころ、すでに時刻は夕方でした。
「宿に戻る道すがらに‘御幸の浜’ってのがあります。くじらが飛ぶのが見れたらラッキーかもなんで、ちょっと降りてみて、寒くなったらすぐ帰りましょう」
小さなデッキが展望台になっていて、入江を眺めることができるとのこと。車を降りてビーサンをつっかけ、期待もせずにおりていった我々は、直後、度肝を抜かれることになります。
「うわああああああああああああああああ!!」
いきなり、入江の真ん中で、くじらのジャンプショーが始まっていました。一回見れるだけでも歓声をあげるほど感動するのに、ノンストップです。
くじらは一度空気を吸ったら三十分ほどは水中に潜れるそうで、息継ぎのためだけに浮上しているくじらを連続で見れることはまずないんだそうです。で、だいたいはブロウと呼ばれる潮吹きのみ。
ところが、この時私たちが見ていたのは、ブリーチとよばれるくじらのジャンプです。しかも連続。全身が空中に飛び出るぐらいの、大きなジャンプ。大飛沫があがりつづけます。
二匹の姿を確認しました。こうちゃんいわく、まさに、子育てに来たくじらの親子だそうです。母くじらが、泳ぎを教えているとか、子どもが遊ぶように飛んでいるとか、子どもが離れすぎると親が尻尾で水面を叩くとか。子供がヒレをパタパタするところがもう超絶かわいいです。手を振っているみたいにも見えます。そして、母くじらが飛ぶと、ものすごい迫力があります。
距離は二キロメートルくらいだったようですが、肉眼でこんなに見れるとは思わなかった。飛ぶ時には、一分間に何度も飛んでくれるのです。え、こんなにすごいの?こんなに見れるもんなの?
「いや。こんなの人生で一回あるかないか。十年間住んでますけど、こんなの僕も初めてです」
こうちゃんも、すごく嬉しそうでした。おちよちゃんは、「こうちゃんがここに来ようって言ってくれたから」と心から感謝しています。結局、我々は三十分以上も我々は御幸の浜でくじらを見ていました。
大感動で大満足のありがたい一日を終えて宿に戻った我々に、夜、こうちゃんから連絡がありました。次の日は予定が入っていたにもかかわらず、調整してくれたそうです。私たち素人二人で地図をみながら登ろうとしていた翌日のハイキングに同行してくれることになったのです。
そして冒頭に戻ります。
先に生の小松菜と、一生に一度のくじらジャンプショーを分かち合っていたおかげです。山頂にて、あのしょうもないチョコひとつで大笑いできる関係になれていた幸せ。ああ、本当に楽しかった。
さて、ハイキングを終えて山を降りた後。港をとおりがかると、ちょうど、船が母島を発つところでした。
「小笠原諸島では‘見送り’ってそれ自体がイベントなんです。船が出港するたびに、島に残る人たちは誰もが手を振って見送るんですよ。見送り、してみます?」
何をするのかなと思ったら。こいのぼりならぬくじらのぼりを全力で振って、ひたすら手を振るのです。船の甲板から乗客がずーっとこちらに向かって手を振っていました。私たちも、船が沖に見えなくなるまで手を振りました。このとき、私はただただきゃきゃきゃと楽しく見送っていたのですが、いざ、自分が見送られる側になった出発の日、初めてその意味がわかったのです。
私たちが母島を出る日、こうちゃんは奥様を連れて見送りにきてくれました。私たちは船が出港する瞬間まで甲板の上から、下にいるこうちゃんに「姉さん女房と仲良くせーよ―」などとわいわい声をかけていました。
ところが、おおきく汽笛がなって、船が桟橋を離れた瞬間、猛烈な寂しさが押し寄せました。
こうちゃんは、くじらのぼりを一生懸命大きく振りつづけてくれました。
船が沖に出て、もう港の人々が米粒ほどに小さくなっても、こうちゃんはまだ振っていました。船のスピードが上がり潮風が強くなるほどに、「またきてね」と、くじらのぼりを振っている彼らの気持ちがどんどんと伝わってくるようでした。おちよちゃんと私は思わず涙ぐんでいました。完全に予想外の涙でした。
東京の竹芝埠頭から船で二十四時間かかって父島にたどり着き、母島なんてそこからさらに小型船に乗り換えて数時間。またすぐ会えるような人たちではありません。私たちなどただの観光客だけど、それでも、小松菜、一緒に食べたよね。一生に一度のくじらジャンプを一緒に見たよね。山頂でチョコ食べたよね。
今日もこうちゃんは母島で暮らしています。そして、東京の私の自宅の神棚の隣には、夕日をバックに飛ぶくじらのポストカードがあります。一月のゾロ目ライブは、くじらのピアスをつけて歌いました。
人間のこうちゃんも、子くじらのこうちゃんも、元気かなあ。今年も元気でいて欲しいと願う一月です。

「♪涙をふいてー」と一人が歌えば、もう一人が「♪涙をふいてー」と追いかける。
「♪息を切らしてー」と一人が歌えば、もう一人が「♪息を切らしてー」と合いの手を入れる。
走る君が無様なもんか、追い風上昇。
「♪人と違って」「♪人と違って」
「♪冷やかされたって」「♪冷やかされたって」
生きることが無礼なもんか、その命上等。
ハイキングの間中、我々はひたすらこのやりとりを、気合い入れのように続けていました。テーマソング、LOVEさんの「共鳴-resonant-」です。こうちゃんは二人のうちの一人が歌手だとは知りませんから、ひたすら笑って聞いていました。
チョコを食べ終えたあたりの山頂のベンチ。我々、またも何気なく歌い始めました。
「こうちゃん、知らないの?」
「知らないです」
「なんでだよー!いい曲なんだよー!最近のテーマソングなのよー!」
山頂なら電波ありますよ、ということでSpotifyを開いて、いざ、本物の歌手の方の声で再生することに。さんざん山登り中に聞かされていたAメロの続きを一番のサビまで聞いて、ふむふむとうなずくだけうなずいていたこうちゃんに、隙を与えない我々。二番くるから、こうちゃんもいくよ。「えっ?」と振り返る暇もなく。
私「♪噂話をー!はい!」
こうちゃん「♪うわさばなしをー!」
おちよちゃん「♪ひらり交わしてー!はい!」
こうちゃん「♪ひらり交わしてー!」
こうちゃん。できる子です。
二番のサビまでスマホの限界爆音で聴いていると、おちよちゃんがおもむろに、歌わずに歌詞をなぞり、読み上げはじめました。
「もう私たちは恐れない。誰かの評価や承認も。いい歌詞だな、しかしこれ」
「ほんといい歌ですねえ……誰の歌ですか、これ?」 私を指さす、おちよちゃん。
手を挙げる、私。
爆笑する、こうちゃん。
「まじすか!!」
ほどなく曲の締めが来て歌が終わると共に、おちよちゃんと私はユニゾンでこうちゃんに向かってまた読み上げてやりました。
「もう私たちは選ばない」
「そこに愛のない?」
「未来など!!!!」
二日間のこうちゃん物語。いい締めでした。