LOVEのひろいばなし Vol.78「ピーターさんとティラミス」

私は先にカフェの席について、コーヒーとティラミスを頼んでいました。
ピーターさん、「靴下を買ってきたの」と紙袋を持ってにこやかにご登場。
お昼は食べないんだそうです。でも、甘いものくらいならいいかな、じゃあ僕もティラミスを頼もうかな!とおっしゃったそのタイミングで、私のティラミスが運ばれてきました。
「意外と大きいですね?」
私も、一人でこれを食べるのかと思ったくらいちょっとサイズが大きい。立派なティラミスが置かれました。ピーターさんも同じように思ったみたい。
「はんぶんこしましょうか」
「じゃあそうしましょうか、僕は少しでいいですから!」
想像したことがありませんでした。ピーター・バラカンさんとティラミスをはんぶんこする日が来る世界を。
今日は、真面目なお仕事の裏話です。学びがあったお話なんですが、戦争についても、私の葛藤についても触れます。大丈夫な時に読んでくださいね。
ピーター・バラカンさん、みなさんご存知、ラジオ界の大先輩です。どのくらい大先輩かというと、四十年以上この業界にいらっしゃる上に、音楽のラジオDJのみならず、アメリカの報道番組を紹介するTBSのTV番組「CBSドキュメント」の司会を二十年以上務められていました。音楽に対する豊富な知識のみならず、多岐にわたって国際政治や世界情勢についての知見も広く社会派でいらっしゃいます。インターエフエムの執行役員も一時期務められていました。
そして何がすごいって、ご出身はイギリスなので、第二言語である日本語でこのすべてを的確に表現されるところ。物腰が柔らかく、ときに本質に切り込んでいかれます。その言葉のセレクト、バランス、本当に簡単にできることじゃありません。
私の母よりも年上ですね。ハンサムです。そして理知的ながらチャーミング。そんなピーターさんと、カフェで待ち合わせをしました。
私がいま東京エフエムで担当しているお昼の番組ALL-TIME BESTには、正午ちょうどにピーターさんが一曲選曲する「Message In The Music」というコーナーがあります。今年の四月から始まって半年以上になりますね。ベトナム戦争、人種差別など、歴代の音楽の背景にある社会的時勢と、曲に込められたメッセージをご紹介いただいています。
私自身ものすごく勉強になるとともに、私たちの日常のなかに「平和について考えられる時間」を持てること自体、大変意義深いと思っています。とくに、今のさまざまなメディアがどれだけ日常的に近代史から学ぶ姿勢を持てているかしらと思う中、こういう機会に恵まれたことは貴重です。
タイトルこそつけてはいなかったけれど、実はピーターさんが登場する前から、この企画は放送にのっていました。
今年の二月、ロシアのウクライナ侵攻が始まったときのこと。東京エフエムは報道局がある放送局として「反戦歌やプロテストソングをかけていくことにする」という方向になったと連絡がありました。私の国際的感性や、オールタイムベストな音楽を選曲している番組の特性上、まずこの番組でかけていきましょう、という意向が届いたとのこと。
ディレクターさんたち、いろんな曲をたくさん調べていて、私もけっこうシビアに意見を言うし、みんなもコメントが長いと頭に入らないよ、などとはっきり私に言ってくれました。やりがいはすごくあった。
けれど、実を言うと、当初、私はこの企画自体、反対でした。というか、本来は賛成。ただ、メディアとしてスタートする前に熟考の必要があると思ったのです。
人が亡くなっているのが戦争です。もっというと、人が人を殺すのが戦争ですよね。それを題材に何かを企画するということは、結果的に「旬な話」としてブームのように一定期間だけ扱うことになってしまったら不本意です。つまり、ウクライナの侵攻がきっかけの企画は、それが終結するまで続ける責任がある。けど当然ながら、その決定権は私や現場スタッフにはないのです。なかなか社長や重役の皆さんと接する機会も私にはありません。彼らのやりたいことが何なのか、どこまで共通の気持ちでやっていけるのか、生意気にも不安になったのです。
また、凄惨な話をせざるをえない反戦歌を電波にのせることの危険性。赤ちゃんが昼寝していたり、一生懸命みんながお仕事をしている時間帯。目の前のことで精一杯な私たちです。部屋の空気を明るくするためにやっているラジオなのに、戦争が忍び寄ってきて浸潤してくるのを許す感じもしました。
気を配らないといけないことがたくさんあると思いました。ちくしょう、平和の積み重ねをずっとこっちはやっているのに、戦争なんか始めたの誰ですか、と悔しい気持ちになりました。
そこに大先輩ピーターさんが登場しました。
これも降ってきた話だったので、最初は経緯がわからなくて面食らったのですが、当然ながらピーターさんの選曲は勉強になるものばかりです。この半年間、私たちはやっぱり率直に意見を言い合いながら、そして現場のディレクターさんはディレクターさんで、一生懸命ピーターさんとも会話をしながら作ってきたコーナーになりました。
今日、ティラミスを食べながら、ピーターさんはピーターさんで、ものすごく悩みながら選曲をしていらした、ということを初めて聞きました。
ご自身がジュークボックスのライブラリみたいな人なのに。それでもやっぱり、世界やご時世と向き合って、たった一曲の音楽を毎日選ぶということの重みの話になりました。
ヨーロッパやアメリカの曲がどうしても増えてしまうこと自体が不平等かな。 ベトナム戦争や人種差別など、似たようなテーマに偏ってしまうよね。 戦争の話ばかりではいけないよね、いろんな課題があるのだから。 ウクライナのためには、簡単に辞められないよね。
このウクライナの戦争が終結することを最大限願いながら、同時に次の戦争がもう起こらなくなるように、いろんなものを消して、いろんな土台を耕していく必要がある。この時代にたまたま居合わせた私たちは、このすべてを同時にやっていくことになる。
んなもん、しんどくないわけがないです。
けど、しんどい時は業務がしんどいというより、一人で何かをやらなきゃいけないと思うことが一番しんどいのかもしれません。誰かとはんぶんこできたら。それだけで無理だったはずのことができたりするのかもです。話をしているうちに、ティラミスは半分ほどなくなっていました。
ロシアによるウクライナ侵攻以来、私の中には、これまでとはまた違う大きな大きな怒りがあります。すべての世の中のあり方、こんな状況になるまで放置した前の世代への憤り。もっとできることいっぱいあっただろうに、という悔しさ。その怒りと悔しさを感じている時間帯、ミュージシャンとして曲は書いているけれど、私は特にアイデアを出したり、企画書を書いたりしていませんでした。
でも今日、ピーターさんと二人でティラミス食べてたら、とにかくこんな曲もある、あんな曲もある、とアイデアしか湧きませんでした。知らない曲ばかりでした。そして、もっと広く、社会全体の底上げに繋がるようないろんな切り口があることを思い出しました。
教育、科学、自然、政治、経済、燃料、音楽……何かひとつが未来を救うわけじゃない。でも、音楽は何をテーマにしても奏でることができるものです。遠回りなようでも、いつの日かそれが次に起こるはずだった戦争を止めることになるといいなあ、と思いました。
とっとと漠然とした怒りやら悔しさやらを乗り越えて次のことを考えねばと思った今日です。
「スポンサーに向き合うよりもリスナーに向き合って音楽をかけるのが僕の仕事だと思ってきた」という言葉もかっこよかったです。
ピーター・バラカンさんとティラミスはんぶんこ。
あともっと大きなものを、はんぶんこ。
こんな未来が来るとはね、です。

私は、ある意味で、潔癖症です。筋が通らないお話、同じ結論にしてもプロセスが雑なものが許せなくなる時があります。とくに、人が亡くなっていることや、特定の政治と宗教に関することなど。私はもともと触れたくないし、無理に触れさせられることが身の毛がよだつほど嫌いだからです。
恥ずかしながら、それを時に人にぶつけてしまうことがあります。
ラジオの現場だと、ヘッドディレクターのM氏。この春、私は自分に選択肢が与えられなかったことに震えるほど怒ってしまいました。確か十二年前、ラジオを始めた当初の一度だけ本気で刃向かった時以来。私には私の理論があったけど、久々に電話ごしに震えるほど怒ってしまったのです。いわゆるブチギレっていうやつです。半年たって今日、遅いですが、ものすごく後悔しました。
あの時に私が怒りまくった皺寄せが、半年間、彼の肩に乗っていたことに気づいたからです。彼は彼でカオスの中ではんぶんこしたかったものがあったのだろうと思いました。公開謝罪します。本当にごめんなさい。
ピーターさんと話しながら、上の世代が持ってくれている荷物もたくさんあるのだと思いました。経験値が高いのだから、荷物を持ってくれて当たり前だとどこかで思っていた気がします。すみませんでした。ごめんなさい。これからもどうぞよろしくお願いします。
本当に早く、戦争、終わりますように。
今年が終わる前にできること、きっとまだたくさんあるはず。できること、がんばろう。