LOVEのひろいばなし Vol.75「上を向いてアルコール」

ヴォーンさんが、カルチャー雑誌の撮影があってランチパーティーをするから来ないかと誘ってくれました。美味しいご飯を食べに来ませんかと。まったく初めましての方々ばかりになるけれど、せっかくのお誘いだから行ってみたい。実は人見知りの私ですが、今回はためらいがまったくありませんでした。
「素敵な人たちしかいないから安心して!」
きっとそうだろうな、この言葉に嘘はないに決まってる。そう思ったのは、ヴォーンさんご自身がとても素敵な方だと思ったからです。
……誰やねん、ヴォーンさん。
はい、実は私も一週間前のラジオのホリデイスペシャルで会ったばかり。先週木曜に初対面して、次の水曜にパーティにお呼ばれするとは思ってませんでした。
2時間半たっぷりオーストラリアの魅力をご紹介した番組の最後に、ゲストで登場してくださったのがヴォーンさんです。東京在住十年以上のプロフィールが面白い。池袋近くの東長崎にオープンしているカフェMIA MIAのオーナーであり、モデル/音楽プロモーター/その他諸々……百の肩書を持つ男だといいます。
入ってくるなり一分で「あ、この人素敵なひとだ」と思いました。私はこういう時の勘は外れない方だと思っています。案の定、というか想像以上。めちゃくちゃ良い時間になりました。
「オーストラリアのアボリジニーの人たちの住居、というか定住しない彼らが行く先々でシェルターのように組む家のことをMIA MIAというの。そこは友人や家族のみならず知らない人たちもウェルカムする場所だから、その名前をとったカフェをやっているの」
日本語は大変お上手でいらっしゃいます。とはいえ、第二言語で伝えたいニュアンスまでツルツルとスムーズに話すことはむずかしいものですし、ましてや笑いをとるなんて。キラキラした目でエモーショナルに熱弁してくれるヴォーンさん、いい感じです。
「オーストラリアのカフェ文化はただのコーヒーショップじゃないんだ。みんなの生活の一部になって、日本よりもっと気軽に毎日でも行く。朝から行く。話したければ何を話していい場所でもある。それはもう、人生の一部なの!辛い日があっても‘上を向いてアルコール’だよ!」
予想もしないタイミングで急にダジャレもぶっ込んできます。
「ありがと、あじだどー、アディダース!常連さんがね、教えてくれたのダジャレ。常連、じょうれん、ジョーンレノン」
いや、はたして‘ありがとう’と ‘アディダス’、‘常連’と‘ジョンレノン’は駄洒落として成立しているのか。そういえば登場から「ヴォーンです、でもジョニーデップでもいいでーす、似てるって言われるからァ」と、明らかに系統が違う顔でかましていたヴォーンさん。明るい。でも、どこかシャイな感じもあって、大変魅力的です。
ふいをつかれて大笑いしつつも、進行役のホストとしてはほどよくスルーしつつ、おすすめのカフェを聞いてみました。
彼の出身地メルボルンには、1954年にできたイタリア系移民の方によるカフェPellegrini’s Espresso Barというカフェがあるそうです。ラッセルクロウなどの著名人や大統領からホームレスまで。垣根なく誰でもウェルカムする非常に珍しいカフェで、街の人々に愛され本当に多くの尊敬を集めていたオーナーがいたんだそうです。もう亡くなってしまったのだけれどいい人で……。
と、そこまで話して、ヴォーンさん。急に込み上げてきた涙を抑えきれなくなっていました。
実は、彼の手元にはびっしりとメモが書いてあるペーパーがありました。使命を持って、時間をかけてメモを作ってから、このスタジオに来てくれたこと、彼の真面目さを私も感じていました。ただの明るい人じゃない。
「LOVE、何か曲をかけて、僕は悲しくて話せない、ごめんね、ごめんね」
実はこのカフェ、2018年に非常に凄惨なテロの事件現場になっています。日本ではあまり報道されていなかったかもしれないですが私はネットの記事で読んでいました。イスラム過激派のISISに影響を受けている精神不安定な青年に複数回刺されたオーナーは、それでも最後人命を助けるために亡くなっています。警察が駆けつけた時、オーナーは彼を尊敬していたお客さんの腕に抱かれていたといいます。オンエアで詳しくは話したくないほど辛い話でもあるので詳細は伏せつつ。ヴォーンさん自身がカフェオーナーとして見上げているその人のお葬式はオーストラレリアで国葬になったんだ、と震える声で伝えてくれました。
ゲストでもホストでも、お昼のラジオでこんなに素直に涙を流す人はあまりいないと思います。でも、今回の嗚咽を私はまったくおかしいと思いませんでしたし、むしろ、なんてオープンハートな人なのだろうとしか。そして、どんなに流暢に話すよりも、深く人に届く言語をお持ちだなあと尊敬の気持ちが溢れました。
案の定、ランチパーティに伺ったら、そんなヴォーンさんのように素敵な人たちしかいませんでした。誰もが少し風変わりだったけれどオープンハートで人を警戒しない。信頼を築いて生きていく方法を見つけているように感じられる人たちばかりでした。
まず、ヴォーンさんの奥様、りえさんが超かっこよかった!建築家でいらっしゃいます。クールなボブカットで、はきはきしてるけど柔らかい。とにかく社交辞令とかがなくて、急に楽しくて、しかも楽にさせてくださる方だった。オープンハートとしか言いようがないような人。あれ、どうやったらできるんだろう?
私のフレンドリーさは、時に「その方が本当の自分を見せなくて済むから」という防御癖だったりもします。でもりえさんのは本物だった。めちゃくちゃ憧れます。
さらに、りえさんの建築事務所の若いスタッフさんたちは、好奇心の塊で、私に遠慮なくいろんな質問をしてくる子どもみたいな人たち。常連さんだというクネクネおじさまは現役ベリーダンサーでありつつ、元々は文化人類学のあれこれで北インドからヒマラヤに登るフォトグラファーだったとか。すごい経歴。大正時代の文豪みたいな人がいるなと思ったらオリンピックのエンブレムを手書きしたグラフィックデザイナーさんでした。アパートの住人もいたし、みんな名前で呼び合うからパーティに来た人かと思ったら、ただただ通りがかりのご近所さんだったり。みんなほどよく声をかけあっています。なんなんだ、ここは。
マガジン映えする食事を作ってらしたあらきシェフは「サラダに入ってるいちじくは僕が作ったいちじくです〜」とさらっと控えめに言ってました。いちじくの作り方なんぞ私はわからんけども、片手間で作れるようなもんじゃないことぐらいはわかります。そこ、ちょっとくらいは自慢するとこじゃないの?さっきのオリンピックエンブレムもそうだよ?
なんでみんなそんなに自然体なの?お互いに全面的な信頼を置いているこの雰囲気、なんなの?
極め付け、ヴォーンさんのお父上がいらっしゃいました。終始柔らかい物腰でにこにこしているロバートさん。「私は雑誌にのったことなんてないから、デビューですよ。雑誌バージンですよ」とチャーミングな冗談まで飛ばしてます。さすが親子。おいくつですかと聞いてみたら我が父と同じ七十六歳だとか。同じ歳でもここまで違うのかと驚きました。
無事、雑誌の撮影も始まり、じゃあ食事を食べよう!とヴォーンさんが短くみんなにお礼を伝えるスピーチをした後、おもむろにお父上のロバートさんが立ち上がりました。英語ですがみんなに向けてスピーチをはじめました。ちなみに全員が英語をわかるわけじゃありません。でも、そんなことは大事なことじゃない。ここにいる人たちはみなさん、自分の「言語」をお持ちの上に、感度のいい「耳」もお持ちの様子。
「これが私の自慢の息子です。そこにいるヴォーンの素敵な妻、りえのことも僕は大変誇りに思っています。みなさん今日は素敵な時間をありがとう、本当にありがとう」
「やばい泣くー」と笑いながらこんどはりえさんが笑いながらなぜか泣きだしました。みんな笑顔でした。
なんだか、異次元でした。日本にいる気がしなかった。というかどの国にもいる気がしなかった。
泣いて大丈夫な場所がある……多分、そういうことだと思うんですけど。
帰りの電車で、ふと思いました。
普段、いかに、涙の弁を閉じて、人に弱みを見せてはいけない社会生活に私たちが身を置いているか。なんだか急に思い知らされたような気がしました。泣いても大丈夫な場所があるだけで、泣いても大丈夫な人たちに囲まれているだけで、人はあんなに感じが良くなれるのか。
生きてりゃ悲しかったり嬉しかったり、泣きたくなることもある。なのに泣いちゃいかん、なんて誰が言いはじめたんだろう。で、その教え?のようなものを自ら頑なに守ろうとしているのはなぜなんだろう。人前で泣かないように耐えてるつもりでいるけれど、もしかしたら、実はとても寂しいところへわざわざ行こうとしていたのかもしれない、と小さくハッとしました。
‘上を向いてアルコール’、くだらないんだけど、なんだかとても幸せになれる呪文を手に入れた気がします。

ギターがあるからもしよかったら歌っていって、と言われていたので、生歌で「Someone To Love」を最後ヴォーンさんご夫婦に捧げてきました。
ヴォーンさんのマネージャーさんと、りえさんがまた号泣していました。どんだけ泣くの、ここの人たち。どんだけオープンハートなの。で、ご馳走になったお礼にって言って歌ったのに、さらにお土産に持っていってと追加でワインくれました。どんだけ GIVINGなの、ここの人たち。なんなの。
ちなみに多分あのオーストラリアワインもすごく美味しいモノだったはずだけど、お酒に弱い私が、初対面の人たちの中で全く悪酔いしなかったこと自体初めてです。
今回はまた長文になっちゃったから、話の続きは特にないけど、こういう幸せな日に急に恵まれることがあるから、マイ人生は面白いです。ラジオのおかげ。音楽のおかげ。いろんなことのおかげです。