LOVEのひろいばなし Vol.67「相馬アベンジャーズのエイトノット」

「一回の花火なら、やらないで。でも、継続してやる気があるなら俺たちは全面的に協力する」

これまでいろんなことを人に提案してきた中で、歴代いただいた「もっとも潔いお返事シリーズ」の中でも上位にランクインのこのお返事。

福島県相馬市の漁師、菊地さんに初対面のときに言われた言葉です。二○十七年の夏。地元の夏祭りの日、スーパーの駐車場でした。暑かった。縁日がでてました。

あ、どうも初めまして〜、のあと、菊地さんのお子さんと和んでいた私。「フライドポテト食べたい」って言うのでなんとなく三百円渡したら、次々に兄弟姉妹が向こうから出てきて、結局みんなに数百円渡すことになってしまって。餌付け大会みたいになっちゃった直後。菊地さんははっきりと遠慮なく大事なことを言ってくれたのです。

この年の春、相馬市の小学校の入学祝い&進学祝いの文房具セットを贈るために開催した「LOVEの今日ここにいるという事」ライブの六年目が完了していました。最初の年の小学一年生が卒業するまでの六年間を目標に関西と関東で続けたこのイベント、いや〜、毎年、大変だった〜!ふふふ。

ですから、私は、ご褒美じゃないけど「ファイナル」を作る気持ちで一度は相馬市の現地でイベントを開催して子どもたちに会いたかったのです。ただ、それだけなんです。

「えんぴつ送った歌の人ですよ〜、と、遅ればせながらの自己紹介も兼ねてイベントをやりたいのですが」と現地の人に相談していたら、「相馬でなにがやりだいなら、もどふみ(菊地さんのこと)ど話すのが一番だよ。相馬一といっでもいいぐらい、クリエティブな人間だがら」とご紹介いただいたのです。

本当にその通りでした。

高校の先輩と二人でスーパーの駐車場にたむろしてるみたいな構図。ですが、完全に中身が本質的。どんな会議室よりも濃厚な、三十分ぐらいだったかな?

「なんかさー、復興支援って色々あって。もちろんありがたいんだけど、なんだろう、誰のためになってんのかなって。ちゃんと相馬のためになるまで誰が見てんのか、本当に未来に繋がることなのか、主役は誰なのかな、とか、色々あんのよ。あと相馬の大人もやってもらうことに慣れたらだめ。俺たちは俺たちで色々成長する必要があるから」

それまでの六年間で被災者当事者としての経験からいろんな角度で思うことがあったのでしょう。あとから聞いたら、「LOVEなんて名前で来たからなんの宗教かと思ってちょっと警戒した」って笑ってましたけど、よそ者である私が子どもたちに直接ハローって言いに来るその意味をわかっているのか、どこまでの覚悟とプランがあるんだい、ということを問われたんだと思います。

私がやっていたことはただの支援物資郵送じゃないという自覚があったし、相馬の子どもたちの成長に対する「おめでとう」という全国のみなさんからのモノホンの気持ちを背負っている自負がありました。なので、何も気まずいことはなく、むしろ、菊地さんの率直さに、私は救われました。私もずっとそう思ってたから。

「例えば小学校六年間は文房具を贈りましたが、今度は中学校三年間をここ相馬でイベント開催にするのはどうですか?相馬のキッズとプロのアーティストのコラボとか。もしできたら未来に繋がる経験になるのでは」

「うん、それならみんな協力すると思う。じゃあ具体的なことはまた今度ね!」

初対面、スーパーの駐車場でのヤンキー座りミーティングだったけど、この日の菊地さんとの会合が、私の中で大きなエイトノットになりました。

エイトノット。

漁師さんたちがつかうロープの、ほどけない、とある結び方のことです。力強く、しなやかに、結びます。「ご縁もほどけないようにしよう!」とのちに菊地さんが今日ここライブのデザインに使ってくれたのも、これでした。かっこいいです。

さて、次に相馬に行った時、私は、菊地さんに「魚さばいてやっからここの居酒屋にきてー」と言われた先で、やたら声のでかいおじさんたちの集まりに参加することになります。今ならわかるんですが、私、どうやら相馬で、ものすごいパワフルで推進力のある方々とド頭から出会わせてもらったみたいなんです。エイトノットがぎゅぎゅっと結ばれた豪快な人たちが待っていました。

今から、わざわざ細かく説明をしてみます。さて、誰が、彼らを集めたのでしょうか。想像してみてくださいね。

漁業を代表する菊地さんの本業は漁師です。アンディーウォーホルやらバスキアやらのアート Tシャツを着ています。「漁師が長ぐつとかおしゃれじゃないとかいうのは、偏見だぞ」とお茶目に笑うイケメン。漁師や生産者と消費者をつなぐマガジン「そうま食べる通信」など、多岐にわたってデザイン力やアイデアが豊富、ピュアロマンチストで相馬の良心のような人。

続いて、旅館観光業代表、管野さん。元会計士。ご自身は松川浦の旅館「みなとや」やその他の経営をしながら、菊地さんとセットで海沿いのカルチャーをレペゼン。にこにこ、色白でもち肌。さすが旅館業、気遣いの塊みたいな方。今日ここツアーのお客さんをおもてなししてくれました。優しさが頼もしい。

のちに仙台に転勤しちゃったけど、大手企業に勤める只野さん。色褪せない顔料「インミンブルー」を初めて持って行った時に、いきなりまず自分の顔面につけた人。「おい、高いんだぞ!」と、居酒屋の席で爆笑しましたが、たぶん、いろんなことをまず試す人。SOMA BLUEタイルに夢を見てくれて自社で研究してくれたことも。野馬追祭りのときにはサムライになります。

ここまでが推定四十代。続いて五十代。

石附さんは建設業。津波が到達したエリアに施行された新しい「こども公園」の施工も担当。最終的にSOMA BLUEステージを作ってくれたのはこのおじさんです。色黒で、完全に声がでかくて、少年野球の監督もやっていて、豪快、パワフル、「ガハハハハ!!!」。中身がたぶん八歳ぐらいのいたずらっ子おじさんでもありつつ、言ったことは必ずやる、ゴリ押しでもやる行動派。

福祉関連の代表の愛澤さんは、完全に妖精みたいなハッピーな人。何言ってるかだいたいわからないけど愛に溢れています。そして、合いの手に愛しかない。ずっと笑顔。こういう人、大事。

最後、商店街の長を務めるスポーツ店オーナー、土屋さん。姿勢がいつも柔らかい。ただ酔うと目が据わってきて、隣にいる人に「あんた誰?」ってからみます。だいたいうちの社長の手をにぎにぎしたりして、時々グーで殴られたりもしています。けどこの人が実は一番「やりたいことが現実的かどうか」というリスク管理の目線を持っているので、欠かせない。ざっくり商業代表。

そして、最近は地元の信金の銀行マン、グリくんという三十歳の若手も参加しています。

どうですか、全員がバラバラの産業ですよね。

実は、これ、市長が集めたメンバーなのです。で、私はなぜ彼らを市長が集めたのか、わかる気がするんです。

役所と民間ってだいたいコンセンサスをとるのがめちゃくちゃ難しい、めちゃくちゃ時間がかかるもの……ってみなさんだいたい想像がつくかと思います。ましてや東日本大震災の直後です。ところが相馬市では、社長もヒラ社員も役場も市長も一緒になって、復興にかける民間の力を信じた、街の人の力を信じたのです。

それぞれの産業間で「連絡をとる」ために作られたこの会。全ての自治体におすすめしたいアイデアです。すべての産業がお互いの立場を理解し、協力体制になるのですから。

例えば、私の今日ここライブを一つとっても、本来はイベントを作るのにはイベンターさんが必要なところ。キッズを無料招待するためにはイベンターさんにお願いする予算がありませんでした。ですので、私とうちの社長は、主にこのチームと一緒にイベント業を遂行。全産業にアクセスできたら、設営も電気車も出店も宿泊も、だいたいなんとかなるのだと知ったのです。こんなチームに会えたことは奇跡です。私は彼らを相馬アベンジャーズと呼んでいます。

じゅうぶん偉い立場の人たちなのではと思います。でも一人として汗をかいていない人はいません。最初の仕込みから掃除まで現場系。連携が素晴らしいです。

とはいえ、震災後に集められた当初は、お互いにめちゃくちゃ仲が悪かったんだそうです。

「復興のためには、福祉が一番最初にケアされるべきだろう」

「漁業なくして相馬の復興はないだろう」

「誰がいま建て直しをやってると思ってるんだ、建設業だろう」

みんなそれぞれの産業を代表して会議に出ていますから、当然の主張でしょう。

きっと今でも、いろんな地方の会社や自治体で、似たような軋轢はあるかもしれませんね。どうやって彼らがこんなに仲良くなれたか。もともと友人じゃなかった人間同士がエイトノットを結ぶにはどんな秘訣が必要なのか聞きました。どうぞ、参考までに。

「らちがあかねえがら、一回全員で温泉旅行に行ったんだよ!風呂入って、飲みまぐって!」

「ガハハハハハ!それだけだよ!!」

 

復興ってなんなんですかね。

どうなったら、復興なんですかね。

今日ここライブをきっかけにずっと相馬に通ってて思うんですけど、支援する側とされる側の境界線。これが消えたら復興なんですけどね、私としては。

つまり、日本全国が復興してほしいんです。壊れたものをとっとと直し、予算を組んでも中抜き業者と自分の利益しか考えていない人が邪魔をしない、苦労したときの助け合いを基礎に人の心と心が通う社会がで子どもたちが安全に育ち可能性が満ちてしかたない、みたいなサイクルの国に住みたい。だから福島だけの話じゃないんだよね、まじで。

遠くの災害を見る人も。自分の街に届いた支援を見る人も。特に災害などなく平穏に暮らしている街も。とにかくまちづくりや社会づくりを自分ごとにしていけるようにと私も願うようになりました。

例えば東京でラジオやってて届くメールはもちろん温かいものがすべてだけど、時々違和感があったりするのです。それは、被災地や被災者が、今では圧倒的に先輩になっていることに意外とみんな気づいていないということ。

こっちが「助ける」なんてもってのほか。引き続き災害被害が大変なので確かに支援は必要なんですけど、とはいえ、彼らは圧倒的先輩です。経験値が半端ない。他地域にとっての参考にしかならない。私からしたら、学ばせて欲しい、としか思わない。もうとっくにそんな感じ。なのに耳を傾けないどころか予算を減らしていくとか、意味がわからない。

ちなみに、支援慣れした被災地側も、街のためにならこれからまたひと肌脱げる市民かどうか。それをアベンジャーズのみんなが、よく話していました。一部の俺たちばっかりがんばったって仕方ねえ。みんなが自分の街をよくしたいと思えるかどうかにかかってる。だからです、「二年目の今日ここライブは、大人にはちゃんとお金を払ってもらおうよ。大人に理解してもらって協力してもらおうよ」って言ったのはアベンジャーズでした。いちいち理にかなってる。

打ち合わせなんて、おじさんたちが夢や冗談のように新しいアイデアを空中にぶん投げてはボケ、ボケては語り、また新たなアイデアを思いついた!と次の人がぶん投げてはボケ。の連続でした。でも、相馬アベンジャーズを見てるといろいろ無敵な気持ちを体験させてもらえたのです。

それは、彼らがちゃんと意義や理念を持っているからだと、私は尊敬しています。

高校生がボランティアすることで、小さな子どももいつか自分に順番が来るってわかるでしょ。 イベントの1日だけじゃなくその後も商店街が潤うようにできねえか?クーポンつくればいいんじゃねえか?

すべてのアイデアが、協力をあおぎ、誰かががんばって誰かに理解してもらえたら、叶うものばかりでした。やればできること、解決できることがありすぎる。なんで東京でこれやってねえんだ!!って、逆に希望が湧きすぎて謎のストレスが生まれるほどの体験。

どの街も、どの会社も、どの国も。言い訳はいろいろできると思うけど、いやまじで。ほんとに、もう一度言わせてください。やればできること、解決できることが、実はありすぎる。

みんなが「そうだそうだ!できる!」っていう気分になれるような成功例がもっとこの世に増えていくように祈っています


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