LOVEのひろいばなし Vol.65「チベットの星空」

〜お願い〜

現地の方々が判別されてしまわないよう注意深く書いていますが、万が一トラブルになったら、彼らとご家族の命に関わる可能性があるそうです。絶対に気をつけて、と現地友人から厳しく言われています。クローズドのひろい話だからこそ書けるチベット旅行記です。みなさんくれぐれもネット、SNSなどにリークなきよう、ご理解ご協力お願い申し上げます。お約束を守れる方のみ、続きを閲覧ください。

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たった一晩のローカルナイト。村ホームステイ先は、山間にある古ぼけた村の古ぼけた土づくりの家。我々の寝床を用意していただいた離れの二階から、三階へと上がる階段、さらにその先に案内された場所は、天井が低く、大変埃っぽい。空気も乾燥しています。完成しているのかまだ建築中なのか。ガッタガタなっている木製の階段を登って私は屋上へと上がりました。足元が危うい。

「どうぞ」

二十七歳の現地ガイド、チベット人のティーくんが振り返って手をとろうとしてくれます。

先に星空を見に上がっていた友人のおちよちゃんが、「なかなかよかったよ、超寒いけど」と戻るのと入れ違いで、私はティーくんの後を着いて行ったのでした。

そもそも「星空が美しいので見に行きましょう」と私の目をガン見して誘っていた時点で、こやつ好意を持っておるなというのが透けて見えていたティーくん。話を聞く限り、これまでの旅行者の中でも私とおちよちゃんは、楽しく仲良く打ち解けられた方だったのでしょう。私が「可愛い可愛い」と日に焼けた彼の笑顔を可愛がっていたのも、それを助長したのだと思います。

今思うと、決定的だったのはこの夜。ロマンチックだったから、というより、私が最後まで彼の話を聞いたから。そう、この屋上で私が彼の人生と夢をゆっくり聞いてしまったがために、それから数日後、私はティーくんから猛アタックされることになるのです。

そして、あまりの内容の重たさに「もうマジでまいて、まいて」と酔ったふりをして友人に部屋に運んでもらうなどという見えすいた嘘でやりすごす…という無様な姿をさらすことになる数日後の未来を、この時の私はまだ知りません。

「なんで英語を勉強しようと思ったの?」

彼の英語は独学です。ネイティブほどではないけれど、十分に細かな説明などができます。寺院をまわりながら歴史の説明をしてくれたのは全て彼でした。チベットローカルの方々は、英単語は一言も話せないのが普通です。

チベットの人たちは、ビートルズの存在すら知らないのです。「ビートル?どんな人?にこっ」、いやバンドだけど、みたいな。もちろん、中国の国内ではインターネットはGoogle もYouTubeも見られません。ですから、独学で英語をここまで習得していることは、本当に立派だと思ったのです。

今日まで市内をいろいろ案内してくれていたティーくん、この屋上ではリラックスして話せる様子でした。明らかにいつもよりスムーズです。

屋上は、砂と土のまざったような、乾いた砂利が敷き詰められていました。じゃりじゃり、と音がしてしまうので、建物の縁に腰掛けてからはもう歩き回ることをせず、夜ですから私たちは小声で話していました。なんとなく、胸のうちにあるパーソナルなお話をするにはちょうどいい条件が揃っています。

星はまだよく見えません。多く出ていた雲が流れていくのを待っていると、山脈の向こうから大きな月が上がってきました。明るいものです。

「いつか、パスポートをとって国外に行きたいのです」

ほう、とればいいじゃない、と思いました。

「チベットでは、パスポートは…もちろん自由に誰でも取れる、と言われていますが、実際は難しい。ほぼ無理。チベットは自治区、でも大きな国の指揮下にあります。理屈でいくと中華人民共和国のパスポートを自由に申請して取れるはずなのですが。しっかりお金を貯めないといけない。偉い人にコネクションがないといけない。パスポートはなかなか僕のような一般庶民には発行されないのです。でも僕はそのためにガイドをしています。お金をためて、コネクションを作ろうとしています。とても楽しみです」

目をキラキラさせて彼が話しているのを聞きながら、私は果たしてこの青年がいう「お金」が発行代なのか賄賂なのか、「コネクションを作る」ことにどれだけの効力が保障されているのか、心が陰るような気持ちになりました。

「私たちが国外に出て自由に発言する機会があると困る人が一部いるのでしょう」

はあ。それはどういう意味ですか。この日まで、いくつもの寺院を回りながら実はずっとしっくりこなかった部分。古代史ではなく、中国の自治区となったあたりの近代史に、どうやらわけがあるようでした。

映画「セブンイヤーズインチベット」を観たことがある方はわかるかも。彼曰く、基本的にはその世代のチベット人が理解している歴史は、あの映画そのまんまだそうです。‘内部汚職で腐敗したチベットから人民を解放する’ために、1950年代に毛沢東がチベット高原に軍を進めたときのこと。

一つの街に何百の寺院がひしめき、ひとつの寺院に大きいところだと何百人も僧侶がいる国です。市民と僧侶とどっちが多いかわからない。石を投げれば僧侶にあたるチベットで、一般市民は僧侶という彼らを絶対的に尊敬しています。

世界最高峰の山脈に囲まれている高原がゆえに地政学的にも守られ、千五百年もの時間をかけて、社会全体がチベット仏教の教えを守ることを軸に発展した末、「非暴力」の国になったところ。

一部武器を持って抵抗した僧侶もいたけれど、無抵抗が主流。銃を向けられるがままにされ、強制的に銃を持たされ、仲間の僧侶を撃たねば自分が撃たれるという圧力の連鎖があったといいます。八万の僧侶が死に、八千の寺院が破壊されたとか。

第三者機関が入って調査したわけではないので、中央政府はきっと否定する数字です。私も正確な数はわからないけれど、彼個人というより、経験者の世代が内々に語り継いでいる数字と物語がそれなんだなと私は理解しました。

これ以上、人命が失われないようにと、当時の若きダライ・ラマ十四世が国外へと亡命することを了承した際のこと。「優しさを弱さと勘違いしないでください」というような内容で彼が残した言葉をティーくんはこの屋上で教えてくれました。

「この家の中には、盗聴器がある恐れもない。あなたのような旅行者にお話を少しでも聞いてもらえる」

どの国道を走っていても検問があったし、移動のバスの中にはマイクもカメラもあった。自分の仕事や、ましてや家族へ弾圧が行く危険は絶対に冒せないというティーくんの立場がだんだんとわかってきました。

続いて、この村に来る途中に見た美しい大河のことを彼は話し始めました。

「乳白色と紺碧を混ぜたあの川、あなたは綺麗だと感動していましたね。このあたり一体は金銀ターコイズ、レアアースなどの資源がとれるがために、実は発掘が進んでいて、汚染がひどいのです。あれは汚染の色」

そういえば、私が最初に乗ってきた青蔵鉄道。ずっとトロッコみたいな列車と何度もすれ違ってたけど、もしかして。

「そう、あの鉄道で採掘した資源を本土に運んでいます」

じゃあ、友だちがいるからと急に寄り道をした建設中の住宅街は?作業員用?

「石を掘るには、山や草原を順番に崩していきます。もともと広く旅をしていた遊牧民が邪魔になります。みんな遊牧やめてあの新しい住宅街に住んでくださいと言われています。断ると、牢屋行きです。遊牧の文化はもう終わりです。みんな、住む家を決められて、でもローンを返さなきゃいけないので、そのエリアで採掘の仕事をする以外に手がないんです。故郷を自分で壊すことになります」

ちょっとまって。今日まで楽しく一緒に景色見てたとこ、全部、めちゃくちゃしんどい話じゃん。

「〇〇の寺院、再建したって僕言いました。何で壊れたかってあなた聞きました。チベットの閉鎖的な政治に腐敗があったのは事実です。ですが腐敗政治から‘人民を解放’するために、歴史的建造物、破壊する必要はなかったはずです。壊れたんじゃない。人間が壊した。再建したポタラパレスなど、一部はいま観光で入れますが、私のように本国のガイド検定を受けた者だけが案内可能です。自由旅行は禁止です。僕らガイドは、検定で学んだ通りの案内以外はしてはいけません。まわりに本国からの観光客たくさんいましたね。でも全員がツーリストじゃない。チェックする人が混じってます。僕たちガイドは、ちゃんとマニュアル通りに歴史を伝えているか、いつもチェックされています」

え。何それ。ドン引きなんですけど。当時の話じゃなくて現代でもそんなに?

あの車内のカメラ、私たちみたいな資本主義ど真ん中のアッパラパー観光客が調子に乗らないように監視されているんだと思っていました。じゃなくて、あなたたちチベット人を監視するため?

「中国の人たちは自由にチベットに遊びに来れます。ビジネスも推奨されています。どんどん開発進んでます。チベット語の授業、今禁止です。もうすぐ完全になくなります。一部寺院でチベット文字を塾みたいに教えていた僧侶、去年逮捕されました。元来のチベットの姿は、観光地以外では伝承が途絶えます。本当のチベット、たぶんあと五年ぐらいで消滅します」

この感情は何だろう。憤り、でしょうか。なぜに君はそんなに穏やかなのだ。思わず、浅はかな質問をしてしまいました。

「中国の人に腹が立たないの?」

「本土の人たち、悪くない」

えええええ!!どうして!!とそのまんまのリアクションを返した私にティーくん、大事なことですからしっかり聞いてくださいと言葉を続けます。

「チベット仏教の教えでは、悪の根源は’無知’そのもの。途中の寺院で仏教の勉強しましたよね。本土の一般市民の人たち、何も聞かされていないです。だから誰も悪くない。で、軍を信じてる政府は、愛を知らないです。罪の正体は、‘無知’なのです。チベット仏教を信仰する私たちは、毎日‘慈悲’を練習するのみです」

……はあ。

「怒ることは恥」という、千五百年分のチベット仏教の教えの重みが、あなた方の肩にこんな形で乗ることになるとはね。

どうりで、チベット人は輪廻転生するはずです。そんなゆっくりな考え方で生きていたら、何かひとつの問題でも解決するのに一回八十年の人生じゃ足りるわけがないよね。途方もないことを言うよね……と、圧倒された私。そろそろおひらきにしたくて、最後ティーくんに聞いてみました。

「君の夢は」

「パスポートをとることができたら、世界を見て、他の国ではどのように人権が扱われているかを知るのが夢です。人権についての本を読むのです」

ほう、人権ね。まじか。

はい、思い出してください。我々屋上にいますから。強い冷たい風がここでビュビュン、と吹きまして。見上げると、雲も綺麗に晴れて満天の星空が広がっておりました。それは明るい月にも負けない、美しすぎる星空でした。

で、この瞬間、私は夜空に向かってバズーカでも撃ってやりたい衝動に駆られておりました。

「おりこうさんだね」と感心する気持ちと、「どアホか!」とちゃぶ台をひっくり返したくなる気持ちと、私の正義感などというちっぽけなものを軽々とこえていくチベット人の果てしないモノの考え方に驚いた衝撃と、やっぱり「オマエや!」と元祖ブッダの襟首を締め上げてやりたい気持ちと、同時に、そのすべてが無駄な気がして全身の力が抜ける感情。これ、伝わりますかね。

人間の受動体で受け止められる限り、相反する感情がいろいろMAXで振り切れた私は、実際のところ、もう大したことなど何も言っておりませんでした。

「おう、がんばれな。将来が楽しみやな。いつか日本に来れたらお茶しよな。で、もう私は下に戻りたい。寒い。そして寝たい」

はい、この中の一言ですね。

ニホンニ、コレタラ、オチャシヨナ。

これがティーくんに火をつけてしまったんですね。

日本でお茶をする気満々になってしまったティー君による猛アタックまでにはまだ数日あります。が、チベット旅行記、だんだんラストが近づいてきました。チベット最後の夜の舞台は、音楽バーです。引き続き、お楽しみに。

 

全然違う話ですけど、話を聞いただけで恋する男子なんなの話です。らぶちゃんのひとでなし!と言われるかもしれないんですが、かまわぬ。ねえ、なんなの。

大学の時、とある男の子が、大学の夕日が沈むキャンパスの大階段で、寝不足でぼうっとしていた私の隣に座ってきて、「うち、母子家庭なんだ」と話しだしました。

こちらとしては、「はあ」としか。

「母子家庭なんだ」という事実が打ち明け話になってしまうくらい、この世界は生きづらい世の中なのだと当時の私はわかっていなかったのです。高校時代、いろんな事情を抱えていた友人たちは、悩み事含めて何かと堂々と自分をレペゼンしている子が多かった。ですから、大学に入って初めて「通常の日本の社会はそこまでカラフルではないのだよ」と痛感した事例のひとつです。

そんなもんどこにでもおるやろ、という前提で暮らしていた私は、本題はその先にあると思ったのです。

「で?それで?」

「え、ごめんこれ何の話?」

「何か困ってるの?」

根っからのインタビュアー気質を発揮してしまった私はこの数週間後に同男子に告白され、お断り申し上げることに。そして「あのとき、あれだけ話聞いてくれたじゃん!」と逆ギレされてしまい、心底困惑したのでした。なんなら「私が悪い」くらいの感じで言われてしまったもので、そうか、私が悪いのかとしばらく考え込んだものでした。

夕陽か?夕陽がいけないのか?で、この場合は星空か?星空がいけないのか?ロマンチック要素×話を聞く、の構図がいけないのか?人の話は目を見て親身に聞け、と教わったのがいけないのか?

ということで、あの夕陽ボーイの一件以降、「人の打ち明け話は男女問わずほどほどに聞く」を徹底していた私でしたが、まさかのチベットで痛恨のミス。でも、予測できないですよね、チベット級のこんな打ち明け話、普通ないですもんね。


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