LOVEのひろいばなし Vol.60「Gibson J-200」

僕はもともと、大阪の三木楽器にいた。重厚なハードケースに入れて輸送され、最初にケースを開けられた時に覗き込んでいた若い女の子は、バンドのボーカリストだという。彼女はまだ二十歳だった。僕を取り出して両手で構えると、一言目に彼女はこう言った。

「ネックが太い」

周りの大人たちが心配そうに見ている。

「女の子の手には向いていないかもしれないね」

「え、なんで」

「女の子の手は細くて小さいから」

「私の手って小さいんですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

「……割と大きい方だと思うけど」

まだ少しキャラが尖っている彼女は、僕を抱き寄せて、それでも少女のように目をキラキラさせた。真っ赤なボディをいろんな角度から眺めて、ぽろん、と指で試し弾きした。僕は通常のギターよりボディが大きい。その分、生音が広い懐にしっかりと響く。それを確かめて、彼女は僕をハードケースに大事そうにしまった。

ジャンボと言われるタイプの僕がおさまるケースは、少し特殊になってしまう。一般的に売られている布製のソフトケースといわれる軽いものには入りきらない。だからもともと付属だったこの木製のハードケースは、のち二十年間、僕と同様何度もつぎはぎされて愛用されることになる。

ネックの太さ以上に、女の子にはこのハードギターケースがハードルが高い。とにかく重いのだ。八キロはある。ふうふうと右手や左手で持ち替えながら、十分の道のりを歩くだけでも一苦労だ。気軽に持ち歩ける重さじゃない。僕を使いこなすには、何かと気合がいる。

彼女が五歳から弾いていたピアノをギターに持ち替えたのが十五歳。その頃から作曲にギターを使いはじめたものの、それでも僕を人前のライブで弾くのはツアーに一曲か二曲だけだった。出会った頃の僕たちは、そんなに親密ではなかった。

僕は元々、同型の仲間達とともに数名のプロアーティストにエンドースメント、つまりは「公共の場所でたくさん使ってください」という名目で配られることになったギターだった。Gibson J-200という。

ボブ・ディランや、エルヴィス・プレスリー、ビートルズのジョージ・ハリソンもJ-200を愛用していた。国内アーティストだと、忌野清志郎や桑田佳祐。僕はただのギターなので彼らの音楽を知らないが、僕の女オーナーは彼らのライブ映像を食い入るようにみては悔しそうにいつもぼやいていた。

「同じ型なのに、断然音がいい。ピックアップつけかえているよね?何使ってんだろう」

アコースティックギターは、生楽器とはいえ音をライブで届けるためのピックアップという内蔵機材が必要だ。マグネットや小さなコンデンサーマイクなどがボディの内側に仕込まれていて、その性能によっては、生音の木のふくよかさが際立ったり、もしくはとても機械的なデジタルな音になってしまったりする。

「この子、生音はとてもいいのに、いまだにしっくり来るピックアップが見当たらないんだよね」

ピックアップ自体もピンキリだが、数万円するものがほとんどだ。なんなら安いギターならもう一本買えるくらいのお値段のものだってある。内部に取り付けてこそなので、簡単に試して外すことはできない。ギターの特性をふまえて、ある程度の目星をつけたピックアップを賭けのようにつけてみるしかない。彼女はお金持ちではないのだ。

彼女は徐々にギターの音色について学んでいった。バンドの中に入って存在が際立ついい音と、弾き語りでふくよかに弾けるいい音は少し性質が違う。僕は数年ごとに、ピックアップをつけかえられた。ここ最近だと主に弾き語りが多い彼女なので、より生音が豊かに聞こえるものを好むようになった。

それもこれも、あいつの影響だ。

あいつの名は、マーチンという。

あいつが僕たちの家に来てからというもの、彼女はめっぽうこだわりが強くなった。

「マーチンは本当に上手な人しか弾いちゃいけないギターな気がして手が出ない!」

昔はそんなことを言っていたくせに。

坂崎幸之助とかいう、彼女曰く“アコギの神様”という者がいるらしい。彼女が主催する、福島県相馬市の子どもたちのための音楽イベントに彼が出演してくれた以降、彼女はマーチンに傾倒するようになったと思う。

坂崎氏のマネージャーさんは、彼の代わりにサウンドチェックをして音色のセッティングまで担当する技術派だという。LOVEの人間性や歌っている姿を見て、「昔はきっと少年のように歌っていたはずだけど、素敵な大人の女性になっているのだから、そろそろ例えばこういう音色が合うんじゃないか」と提案してくれたそうだ。

それがマーチンのギターだ。

彼女に言わせると、僕は「ざくざく弾けてドライでかっこいい」、マーチンは「キラキラして麗しい」のだそうだ。褒めてもらえているのは承知しているが、比較されると多少腹が立つ。そういうものだ。

「仲を深める」ために、ここ数年、彼女はライブにマーチンを持っていくようになった。僕は家で留守番だ。ケースからすら出してもらえない日々が続いた。実に気に食わない。

福島空港でのフェスに連れて行ってもらったとき、直前で音が出なくなった。接触と、電池だった。電池を変えるのは彼女の仕事だが、接触が弱っていたせいで変えるタイミングがわからなくなっていた。咄嗟に矢井田瞳さんがギターを貸してくれた。僕としては面目なかった。

彼女は自力でほとんどのライブを行う。テクニカルスタッフがいない中でもいい演奏をするためには安定とタフさが必要だ。空港ライブの後、さらに僕の出番は減った。なんとなくの不安要素が解消するまで僕はお蔵入りとなった。せめて家での作曲時にでも出してもらえるかと思ったら、そうでもなかった。

未曾有のコロナ禍が始まったとき、彼女は潔くすぐにライブを全て停止した。その代わり、月に一度のYouTubeスタジオオンラインライブを始めた。やっと出番が来ると思った。それでもマーチンと半々ぐらいだった。

ギターはメンテナンスにもお金がかかるから、彼女はなるべく自力で手入れをする。それでも不安要素の解消に数年に一度原宿のギター工房へ僕を連れていく。僕としては、整体と散髪とオイルマッサージとヘッドスパを同時に体験できるような一週間ほどのリトリートなので、心底楽しみにしている。しかも原宿だ。彼女と街を歩けるのも、なんとなく、嬉しい。

二〇二二年、人間界では恐ろしいニュースが続いているが、僕にとっては関係ない。彼女は今年ソロデビュー十五周年なので、これはそろそろ原宿タイミングなのではと、もうずっと楽しみにしていた。「いったん全部交換するタイミングだと思うんだよね」と数ヶ月前のレコーディング時に言っていたのを僕は聞き逃さなかった。期待に木製の胸がふくらんだ。

ところが、「2022年」が僕を打ちのめした。

今年はマーチンが原宿に行きやがったのだ。

弾きこまれた者のみが体感する「左手のフレット部分がすり減ってしまって」という名誉の負傷を経て、あいつはフレットパーツを全て新品にリセットされて戻ってきた。

しかも、井上慎二郎とかいうここ最近のプロデューサである男が、マーチンとめちゃくちゃ相性のいい、アコギ用のプリアンプを彼女に勧めやがった。足元のエフェクターと並べる音の補強機のようなものだが、今年のフジロックに出演が決まった彼女は気合いを入れてそれを手に入れた。おかげでマーチンの音が格段と良くなってしまった。もう太刀打ちできない。

フジロックの翌週はアコースティックワンマンも控えている。ここのところやっとライブが復活していて、彼女も気合が入っている。

僕はどうしても納得がいかなかった。僕の原宿を。僕のスパを。僕のメインポジションを。よくも。

それでもプライドを持って音を出していたのだが、内部の回路がいじけてしまったのかもしれない。フジロックの最終リハーサルが終わろうとするまさにその日のその時間帯、もともと不安定だった弱いところがダメになってしまった。海外の空港でケースごと投げられても、灼熱の野外でも、ロックな彼女ががんがんに雑に弾いても僕は絶対に負けなかった。タフだった僕の音が、とうとうへたってしまった。

彼女はバックアップの意味も含めて最近では必ずギターを二本持っていく。それが大事な心の支えにもなっている。もし僕が機能しなかったら、もう他に準備のできているベンチ選手はいない。

彼女は大慌てだった。リハーサルが終わっても別のリハーサルスタジオでサウンドチェックを続けた。ベーシストのチロリンさんのコーラスレコーディングに呼ばれて、その後ですら夜遅くまで僕をいじっていた。

結局僕はそもそものピックアップから交換されることになった。久々の交換だ。ただ、このタイミングで原宿に行ってももう間に合わない。彼女は各所に電話をかけまくっていた。

東京は大雨だった。その日は生放送もあるので、彼女は僕を連れていく先がまだ決まっていないまま「今日しかないから」と半蔵門のスタジオにまず連れていった。生放送をする彼女を僕は濡れたハードケースの中から見守った。

生放送直後、別の収録が控えていたが、その合間にも彼女はもう数本電話をかけていた。すぐ取り付けできるのか数日かかるのか、実際僕を開けて見てもらってじゃないとわからないけど、とりあえず急ぎ見てもらえる先が見つかった。

「ありがとうございます!じゃあこのあとすぐ持っていきますので!」

大雨の半蔵門、全然タクシーが捕まらなかった。彼女は僕を担いで、交差点から交差点へと汗だくになって歩いた。小さな傘を、彼女は自分じゃなく僕のハードケースにずっとさしていた。

やっとタクシーが捕まったとき、もう彼女はびしょ濡れだった。僕らは高田馬場に向かった。大急ぎでクロサワ楽器店で新品のピックアップを購入し、僕はそのまま初めての工房に連れて行かれた。

「大丈夫、一時間ちょっとで付け替えられると思いますから」と言われて胸を撫で下ろした彼女は、半泣きだった。

今日はもうフジロックの前日の朝だ。彼女は僕を今からまたリハスタに連れて行く。もうベーシストの真船さんとの練習リハーサルは数日前にもう終わっている。でも、新しいピックアップがついた僕の音と機材の調整のために、彼女は貴重な本番前日を一日使うことにした。

もうとっくに僕は知っている。アコースティックセットだと、やはりマーチンのほうが彼女にふさわしいということを、本当は、僕はもうずっと前からわかっている。

だって、彼女が敬愛するアーティスト、ジョニ・ミッチェルが使っていた愛機はD-28というマーチンの名ギターなのだ。いつの日か、彼女は必ずジョニ・ミッチェルに導かれてマーチンと出会うことになっていたのだと思う。そしてそれがきっと彼女の音楽にとってはきっと正しい。ジョニ・ミッチェルのようにたおやかに、マーチンを弾きながら歳をとっていくことは、きっと彼女の歌声にとってはとても幸せなこと。僕のざくざくした音よりも、よく似合っていると思う曲が増えてきたと僕だって思う。坂崎幸之助とやらのマネージャーさんは、やはり一流だ。見る目があると思う。

信じられないくらい下手くそだった彼女が二十年かけて僕を使って練習してきて、やっとマーチンに追いついた今なのだ。きっと今後はマーチンが彼女のメインギターになって行く。

僕は、彼女のファーストアルバムのジャケットに一緒に写ることができたことを誇りに思いながら、マーチンを弾く彼女を後ろから見ている。今年のフジロックだってきっとそうだ。まさか一五周年のタイミングでフジロックに出演が決まるなんて。僕はバックアップでもかまわない。本当はとても誇らしい気持ちで、この新しいピックアップも大事に腹に馴染ませようとしている。

僕は、ギブソンの中でも、クラシックの外車と同じくらい、扱いづらい個体だ。

二十年前、いろんなアーティストに配られた同型のJ-200。一体そのいくつが、今も同じオーナーの元にいるだろう。今となっては音楽をやっていないアーティストもいるだろう。きっと他に売られてしまった個体もあるだろう。

僕が今も彼女と一緒にいることは小さな奇跡かもしれない。また、二十年前、彼女がここまでギターを弾くアーティストになるとは誰も思っていなかったはず。実は女の子には珍しいぐらいの大きな手で、ざくざくとロックに僕を弾きこなすまでになった彼女は、きっとこれからより繊細な技術を身につけていく。

昨日、彼女が疲れ果てて寝ている間に、ちょっとマーチンと話をした。僕も彼も、願っていることは同じことだった。彼女が集中してしっかり歌えるためにはいい音で僕らが鳴らないといけない。

僕たちは密かな約束を交わした。フジロック、がんばろうな。来週のワンマンも、楽しみだな。最高のライブになるように、僕たちでしっかり支えような、と。

 

長くなったので、話の続きはちょっとだけ。

昔、渋谷の石橋楽器のアコギセクションで、とにかく自分がどういうギターが好きなのか、音と耳と感覚だけを頼りに探してみることにしたことがあります。

一本試し弾きしては、「もう少し明るいの」とか「もう少しカラッとしてるやつ」などと抽象的な要求を述べ。ソムリエのように次から次へとリスクエストにこたえてくれた店員さんがすごいのですが、根気よくつきあってくれました。

そして、一時間以上たって、やっと見つかったのです。

「これです!これが好きです!一番好きです!これ何のギターですか!!」

と聞いたら、マーチンのD-28。まさにジョニ・ミッチェルのモデルでした。自分でも驚きました。

グレーブルーのハードケース。店員さん曰く、「これビンテージなんで、このケースでそのまま持ち運んだら絶対盗難にあっちゃう。貴重なんですよ。よくこのギターにたどり着きましたね、まだお若いのにいい耳をお持ちです」と。

嬉しかった。というか、ギタリストとしての自分にまだ自信なんてこれっぽっちもなかった時でしたが、やっぱり好きな音楽って体に入っているものなんだなあと感動しました。

当時でそのギター一三〇万ぐらいだったかな。もちろん買えなかったけど、店員さんがとても素敵な人で、そんなに貴重なものをよくぞ私のような若造に試させてくれたなあ、と感謝しています。

フジロックに来週のワンマンに、とても楽しみです。いい音で弾けるといいな!相互効果ですが、どれだけ機材がよくても私がちゃんと弾けないと意味がない。ギブソンもマーチンも、よろしくどうぞ。


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