LOVEのひろいばなし Vol.6「大谷翔平選手と和田さんご夫婦」

タクシー運転手さんの和田さんは、町田にお住まいなんだそうです。職場は都内の世田谷区にある祖師谷大蔵で、通勤に1時間半かかるとおっしゃいます。まず、家から15分バスに乗って。そこから各駅停車に乗って、職場へ向かいます。

「快速電車にのるのがどうにも好きになれないもんですから。ふふふ」

神奈川と東京を結ぶ小田急線、町田は神奈川よりの東京都です。快速に乗ればそれでも1時間もかからないのに、和田さんは各駅停車にしか乗らない、といいます。新聞をすみからすみまで読みながら、ゆっくりと過ごすんだそうです。

今、私は整体の帰りに乗った和田さんのタクシーを降り、自分の部屋に着いたところです。この20分で聞いた、タクシー運転手・和田さんの50年分の人生を書き残しておこうと思います。自分でも今これがどういう感情なのか、よくわかりません。

和田さん、いろんな話をきかせてくれました。ただただ朗らかに、終始少々遠慮しながら。

最初は、どうして快速電車がお嫌いなんですか、と理由が知りたくて質問しただけでした。

「どうしてでしょうねえ。ただ、うちの奥さんは絶対快速に乗りますからね、一緒の時はもちろん奥さんには逆らえませんから、私も快速に乗ります、ふふふ。どうしてこうも馬が合わないのに、一緒にいられたんでしょう。来年金婚式なんです。ありがたく思いますねえ」

22歳で結婚した和田さんは72歳。奥様も同い年だそうです。

「長続きの秘訣ですか?そりゃあ、旦那が我慢したことでしょう、ははは」

あらあら、それは奥さんにもお話を聞かないと平等じゃないですね、と笑いながらお返ししてみました。この時点では私も特になんの期待もしてなかったんですが。

「そうですよ。私が我慢したってことは、当然むこうだって我慢してくれたってことです。今では、大谷翔平がホームラン打った打たない、そんな話をしているときが一番二人とも機嫌がいいんです。共通の話題なんてその程度しかないんですけどね、ありがたいことです。本当にねえ。苦労かけました。家もなくしましたし」

この辺からどうも彼のトーンが好きになりました。そのままポツポツと雑談していたら、ひとつ昔話をきかせてくれました。

「新宿で事業をやってらした方がいるんです。その方がね、毎年、家族写真をとるっていうんです。その写真を大事に持ち歩くと、みんな病気しないってんですよ。お世話になった方だったんで、私もそのまんま、真に受けましてね。その通りにしたんです」

最初の数年は、奥さんと二人でツーショットをとったそうです。やがて子ども二人に恵まれて、引き続き毎年欠かさず家族写真を撮り続けた和田さん。タクシー運転手になってからはもちろんながら、以前のお仕事のときも、手帳に挟んで必ず持ち歩いていたんだそうです。

「今では同僚などに見せると、『若くて綺麗に見える奥様をみせびらかして自慢しているのか』と冷やかされたりするんです。ってそりゃ奥さんを褒めていただいて悪い気はしないけれど、私だって若い時は全国二千人の営業のトップだったこともありますし、まずまずかっこよかったんですよ。まるで不釣り合いと言われるとそりゃあ悔しいですとも」

謙遜しながら素直に憤慨する和田さん、大変チャーミングです。

「11年目からは、一番古い写真1枚を家に置いて、その代わり毎年新しい写真を足しましてね。10枚ずつ手帳に挟んでおります。おかげさまで、大きな病気もせず、私も奥さんも、血圧も何もすべて正常でありがたいことです。幸せってね、何なんでしょうねほんと」

和田さん、急にぶっこんできました。いち乗客の私に、全哲学ど真ん中の「幸せって何」を投げかけます。お答えをお持ちなのかしらと思いましたが、そうでもないみたい。

「みんなより、すこし、お金はなかったほうだとは思います」

…懐かしそうなトーンになりました。

「これでも経営者やってたこともありましたから、町田に大きな家も建てたんですけど、それもなくしてしまってね、奥さんには悲しい思いをさせてしまいました」

22歳の頃、キャッシュレジスター導入の時代に営業マンとして就職。そして独立し、無煙トースターといって焼肉屋さんなどで煙がもくもくにならないガストースターの会社を経営したそうです。全国400の店舗をもとりまとめていたそうな。

そして50歳からタクシー運転手になってもう22年。「もうお亡くなりになりましたが女優の八千草薫さんを何度もお乗せしました」というのを恥ずかしそうに少しだけ自慢して、「すみません自慢しました」と謝る和田さんはまるで青年のようです。

「20代、30代でタクシー運転手になんかなるもんじゃないぞ、なんて思ってました。けど、まさに若い同僚と先日話してたんです。タクシー運転手と言うのは、私がいち経営者のときには出会えなかった、ありとあらゆる業種の方々の人生に触れさせていただく、素晴らしい仕事だと。みなさんそれぞれ、自分には生き得なかった人生を生きてらっしゃる」

この時点で、私はだいぶグッときておりました。

自分から、見知らぬ他人に身のうちを明かすことはあまりないのですが…つい、私も。

「私も自営業です。お金持ちではないですが、人に恵まれてここまで守っていただきやってこれました。仕事は十分に礎を築けましたので、これからまたもっと自分が幸せになっていろんな方々に恩返しをしたいところです。自分はまだ独身ですが、金婚式を迎えるご夫婦なんて憧れますよ」

すると和田さん、根拠ゼロのくせに、ああ、と納得したようにおっしゃいます。

「さては選り好みされたんじゃありませんか?でもね、それでいいんじゃないですか。これまでは男のほうが意気地無しだったのかもしれませんよ」

優しいトーンで話は続きます。

「嫌な相手となんて、一緒にいる方が不幸です。僕らの時代は早く結婚しなければいけない風潮でしたが、今はちがう。キャリアも人生もまだまだ楽しみですね。これまで培ってこられたあなたのお優しさにね、見合った方にお隣にいて欲しいですよね。それに、あなたは品があるからきっとお金持ちになってもおかしくないと私は思いますよ」

なんなんだ、和田さん。

どんだけ素敵なことを言ってくださるのだ。

整体でゆるんだ心、完全に無防備な私に染み渡ります。

70代、その世代を生きてこられて、男性で女性のことを人前で持ち上げてくださる方はそもそも珍しいです。奥様はもちろん、私のことまで。昔ながらの雰囲気でいらっしゃいつつ、このトーン。昔はきっと攻め攻めで。今は丸くなられたんでしょうね。

私からは最後に「タクシーの運転手さんって愚痴を溢される方も多い中、今日は大変素敵なお話を聞かせていただいて。お礼申し上げます」と頭を下げました。すると和田さんの最後の言葉は、「こちらこそ、お客様のおかげで大変いい1日になりました、どうぞお元気で」でした。

自宅につき、玄関を開け、靴を脱ぎ、PCを取り出し、すぐこれを書き始めた私です。

だれかこの感情の名前を私に教えてください。「いつでも僕ら」という私の曲に込めた想いと近い何かかもしれません。

私が和田さんに今後会うことはないでしょう。彼が亡くなる日が来ても、私は知る由もないです。ですが、大谷翔平選手のニュースを見かけるたび、私はこれから和田さんのご夫婦の50年分の家族写真を思い出すんだと思います。

 

和田さん、金婚式に娘さんがハワイ旅行をプレゼントしようとしてくれたそうですが、ハワイには特にご興味がないようで。国内にしてくださいと変更をお願いしたそうです。

さらに、「会社で機会があったもんですから」と、ヘルパー2級の資格を取得されていました。奥様への償いとして「最後は私が介護して見取りたいんですけどね、ははは、どうせ私の方が先な気がするんです、同い年なのに」と。

「人間交差点」という漫画をご存知でしょうか。昭和、高度経済成長の華やかな流れの影で切り捨てられていった、人情物語の短編集。日のあたらぬ愛の物語や、物悲しい犠牲の上に誰かが救われることを願った人たちのお話が多いのですが、私、28巻、全部もっていたことがありました。タバコのヤニで壁の色が変わった喫茶店の本棚にあるような漫画です。

和田さん…完全に1話いけます。

できることなら、奥さんと娘さんの視点で和田さんが事業に失敗したあたりの物語から、漫画にして欲しい。(ここからは完全に妄想です)

1970年ごろ。若いハンサムな営業マンと結婚した若奥様は、二人の子供に恵まれたのち、裕福になる一方だった。小さな街の商店にもキャッシュレジスターが導入されていくこの時代、旦那は独立して経営者になったばかり。新しい機械の使い方などわからない老人経営者たちをも食い物にするビジネスだったはずが、人情家の和田は、昔ながらの友人の両親が経営する商店の保証人になってしまう。

高度経済成長の影で、縮小していく個人商店の荒波を生き残れなかった店はやがて倒産する。借金とりに追い詰められていった和田一家では、若奥様がお人好しの旦那を恨みながらも、ここは二人で乗り切るしかないと、皮肉にもスーパーのキャッシュレジスター打ちのパートでピンチを乗り切ることとなる。しかし、そんな夫婦間の絆を、十代真っ最中の多感な娘は理解しない。

「お父さんみたいには絶対にならない。お金持ちになってやるんだから」と反発する娘は、バイトで学費を稼ぎ、自力で大学へ進学。ショートカットの外資系のバリキャリ女子として90年代には肩パッドを入れたスーツで大活躍するのだ。バブル崩壊後、娘が結婚の挨拶に連れてきた男を和田父は最初から好きになれなかったが、祝福し、やがては孫を抱くことも叶った。

その後、娘の夫は優秀な嫁へのコンプレックスから暴力夫と化す。昔一文無しになった父を見下しつづけてきた娘は、暴力夫に怯えながらも、それでも父に助けを求めることができない。家族写真は、娘が結婚する前の年に撮ったものが最後になってしまった。

家族であろうとする努力が各自報われないまま、誰もが歳をとっていく和田家。

まもなく金婚式だ。「うちが破産しなかったのはお母さんのおかげだから。これ、むしろお母さんへのプレゼントだから」とハワイ旅行をプレゼントする娘だが、「国内旅行にしてくれ」と父に変更を言いわたされ憤慨する。それぞれの負い目と意地が交差する。長年家計を支えて続けてきた和田・妻は、令和3年、大谷翔平がホームランを打つときだけ、純粋にはしゃいで笑う姿を見せているが、最近物忘れが激しくなった。自分も年老いてきたが、妻の介護を覚悟する和田。

ハワイ旅行を国内旅行に変更したのは、それなら娘も孫も参加できるかもしれないからだ。旅行先でもう一度、家族写真をとりたい。

タクシー運転手になった今、最近では車を流しながらよく人生を振り返るようになった。たった今乗り込んできたショートカットの女性客は、娘とどこか面影が似ている。いかに自分が妻を愛しているか、聞く耳を持たぬ娘よりも他人になら素直に話せるものだ。

そして、見知らぬ女性客を励ましながら、和田はふと思うのだ。尊敬に値する父にはなれなかったかもしれないが、それでも愛する娘の幸せをいつだって強く願ってきた。何も言わずに見守ってきたが、もっと早く娘に伝えてやれた言葉があったのかもしれない。

「嫌な相手となんて、一緒にいる方が不幸です。僕らの時代は早く結婚しなければいけない風潮でしたが、今はちがう。キャリアも人生もまだまだ楽しみですね。これまで培ってこられたあなたのお優しさにね、見合った方にお隣にいて欲しいですよね。それに、あなたは品があるからきっとお金持ちになってもおかしくないと私は思いますよ」


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