LOVEのひろいばなし Vol.58「ホテル登戸」

最初に上京した18歳当時、私は小田急線上の生田という駅に住みました。

新宿を出た小田急線の急行電車は、代々木上原、下北沢、成城学園前、登戸、向ヶ丘遊園、の順に止まります。私はいつも向ヶ丘遊園で急行を降りて、普通電車に乗り換え、一駅むこうの生田へと帰宅していました。

なぜこの地域に住んだかというと、先に東京で就職していた10歳年上の姉1、我が家の長女が向ヶ丘遊園に住んでいたからです。当時、姉1は結婚していました。上京前の受験の際にも、ゲームと漫画に溢れた陽気すぎる義兄と暮らしていた小さなアパートに泊めてもらいました。

「映画ゾンビのテーマソング知ってる?変拍子で難しいんだよ」

ホラー映画のオープニングだけを再生しながらケラケラ笑う義兄。そこに運ばれてくる姉が作った納豆パスタ。美味しくいただきつつも「はい!ねっとりホラ〜」などとケラケラ笑う姉夫婦、など。奇怪な思い出が尽きない、そんな向ヶ丘遊園〜登戸エリアです。

さて、時はそこから流れまして。私は都内に引っ越しました。

小さなワンルームでしたが、部屋のサイズにそぐわないくらい、割と大きめの水槽をゲットした私は熱帯魚を飼いはじめました。しっかりと水草を育て、貝を定着させ。そして迎えた初代グッピー、ラルフとローレンはある日、親になっていました!気がついたら水草の間に小さな宝石のようなたまごがキラキラと光っていたのです。すごい!

ところが、吸い込み口にネットをかけておかなければならないことを私は知りませんでした。無知は罪です。知らぬ間にすべての小さな宝石がモーターに吸い上げられ、一匹も稚魚が生誕しなかった水槽の前で私は泣きました。ショックを受けたのは私だけじゃなかったのか、ラルフとローレンはやがて早めの寿命で亡くなりました。安らかに眠れ。

次こそは教訓を生かそう。この四角い世界の中にサステナブルな楽園を築き上げるのだ、と慎重に意気込んだ私は、二代目のグッピー、ドルチェとガッバーナを迎えることにしました。

パリコレランウェイさながら優雅に我が家の水槽を泳ぐドルチェ。後を追うガッバーナ。尾ヒレが美しい。

他にも、少し大きめの貝やエビ、苔を食べてくれるどじょうの仲間など、とにかく可愛い小さな水の生き物たちは少しずつその数を無事増やしていきました。コリドラス・パンダって知ってます?もうとんでもなく可愛いんですから。床を這うぽっこりした魚です、完全にパンダ柄。パンダが泳いでます。素敵な生態系。見ているだけで幸せ。

バンド活動で日々を忙しく過ごしていた私にとって、それは心の拠り所となりました。ベッドの真横に配置していたので、夜になると魚も一緒に眠ります。疲れた日も、辛いことがあった日も、水の音を聴きながら私は日々眠りに落ちていたのでした。

そう、心の拠り所。支えや癒やし。

英語ではよくEmotional Supportといいます。心が荒んだ時には絶対不可欠です。

例えば足を怪我したときには荷物を持ってもらったり、フィジカルな支えをわかりやすく必要とする私たちです。ですが、心が疲れたときや荒んだときには?

家族や友人、恋人に至るまで、人間は近しい人間同士で、心を支えあうことがとても重要な生き物です。目には見えない胸の内を聞いてもらったり、慰め合ったり、分かち合ったりすることは、人間にとってとても大事な生存本能のひとつです。

さて、日々忙しく消耗していた私は、ドルチェとガッバーナ、そしてグッピーの体一個分はあろうかというサイズまで大きく育った巻貝にずいぶんと支えられていました。

そんな水槽の楽園を一ヶ月ほど放置せねばならない日がやってきました。ツアーです。

バンド時代最後のツアーはアジアツアー。インドネシアは二都市、フィリピン、上海、北京、ソウルをゆっくりとめぐる国際交流基金主催のツアーだったため、私はこれまで経験したことがないスパンで家をあけることになりました。

出発前日、ピカピカに水槽を磨き、泥という泥を洗い流しました。最後は指差し確認です。数週前から使い勝手を確認し始めていた自動餌やり機の電池もチェック。活性炭もチェック。水槽の電気も自動でON/OFFされるように設定。オッケー、オッケー、オッケー。

「ドルチェ、またね。ガッバーナ、仲良くね」

そして鍵を姉1に預けて、一度途中で見にきてもらえるよう、お願いしたのです。

二週間後、その日フィリピンにいた私にメールが届きました。

「えっと、言いづらいんだけど、水槽が熱々になってて、みんな煮魚になってるんですけど」

えええええええ!?!?!?!なんで!!!

姉曰く、サーモスタットのセンサーが水に入ってないよと。ヒーターが水温を上げるだけ上げて、止まるべきところで止まることができなかったのだろうと。水槽自体、触ると熱いくらいになっていたよ、せめてお墓に埋めてあげたくて魚をすくおうとしたけど崩れちゃったよ、ごめん、と。

膝から崩れ落ちました。自分の不手際で、生き物を。計り知れないショック。なんだこの苦しい気持ちは。ごめんなさい。ああ、本当にごめんなさい。

その日は食欲も失せ、かろうじてルームサービスを頼むことにしてホテルから一歩も私は出ませんでした。

ツアー後半は、実は胸の中で落胆し続けていて、自分を責め、「魚ごときで」と半分でも笑われようものならピリつき。ううう。悲しい思いをぬぐうことができぬまま、なんとかツアーを完走した私は、トランクを引きずり東京のワンルームに帰宅しました。

このドアを開けてもドルチェとガッバーナはいない。ごめんね、ごめんね、と繰り返し心の中で謝り続けながら鍵を回しました。

ガチャ。

電気を、パチリ。

見慣れたはずの部屋、いつもなら水槽の電気がついていて、コポコポ水の音がするはずのところ。やっぱり音がしない。寂しいものです。

ですが、なんだか様子が、違う。

まず、ベッドの向こうの壁。保育園などで見かけるような、カラフルな画用紙が切り抜かれた丸文字が貼り付けられていました。割と楽しげに。大きめに。

「お・か・え・り」

姉1は昔から手先が器用なのです。なぜこの人は保母さんや芸術の先生にならなかったのだろうというくらい、絵画も上手だし、切り抜きなどの細かい作業も集中力がある人です。そうか、落胆した私の帰宅を想像して、こんな手の込んだことをしておいてくれたのか。

ありがたく思いながら部屋を見渡してみたところ、さらに。あれ?水槽が、なんか違う。

あの日、水槽の中身は「すべて砂も捨てておくね」と、掃除しておいてくれたはず。空っぽの水槽が私の帰りを待ってくれているはずだったのですが。

水槽の中には、ミニチュア家具が所狭しと並べられていました。

TV台、コーヒーテーブル、ベッド、ソファ。

姉1は身長がとても高い上に平気でヒールを履くBIGなキャラでありつつ、「小さいものが大好き」という謎な趣味も持っております。ミニチュア家具を見るたびにその小ささだけにテンションを上げて「やだー、ソファーがこんなに小さいー」などと、無駄に買い込んでいたのは知っていました。なるほど、こうやって使うためだったのか。

コーヒーテーブルの上には、小さい灰皿が。四角に切った小さなアルミホイルに鉛筆の逆の先っぽをぎゅっと押し付けるとちょうどそれっぽくなるという、手の込んだ手作り灰皿です。さらに紙に描かれためちゃめちゃ小さいタバコが一本、ちゃんとくゆる煙まで描かれて切り抜かれていて、灰皿に置いてありました。なんて器用な。

手前のソファには、手のひらより小さいパンダのぬいぐるみが、どかっと座っています。タバコを吸って休憩中という絵面なのでしょう。姉はパンダが好きなので、なにかとサイズの違うパンダを持っていました。これは極小の「パンダちん」という名の、確かキーホーダー型のぬいぐるみだったはず。

テレビも手描きだったと思います。で、テレビ台の横には、大きな巻貝の殻が、小さなプラスチックケースに入れられて、座布団のような物の上に鎮座。立派な置物として飾られていました。

ミニチュアベッドには、折り返したティッシュで、シーツが敷かれていました。こちらには、これまた小さな犬のぬいぐるみが、半身をシーツに入れて寝転がっています。

そして水槽の奥の方には「ホテル登戸」とネオンサインがとても上手に描かれて、貼ってありました。

……何、これ。

空っぽの水槽に、ホテル登戸の一室が再現されている。

さすがの私も、予想もつかない展開です。なんだろう、この複雑な気持ちは。

姉1に電話することにしました。姉1はあまりテンション高く話しません。声は可愛らしいですが、ちょっと平坦な話し方をします。

姉1「あ、帰ってきたー。おかえりー」

私「うんただいま。っていうか壁のおかえりサイン、ありがとう。で、水槽見たんだけど、すごいね」

姉1「あ、そうそう、いつも遊園の駅から見えてたホテル登戸、覚えてるー?行ったことないけどー」

私「ホテル登戸ね、あったね。で、これ、どういうこと?パンダちんタバコ吸ってるんだけど」

姉1「(ケラケラ)、灰皿すごいでしょー。小さいでしょー。で、シーツめくった?」

私「え、シーツ?めくってない」

姉1「ちょっとー。めくってみてー」

不可解な心持ちでいっぱいになりながら水槽の上部の蓋を外し、これまた極小の犬のぬいぐるみが寝転がっているシーツをめくってみました。赤いインクペンの跡でしょうか、ちょん、と印がつけてありました。

私「え、なんか赤いしみがあるけど?」

姉1「犬くん、初めてだったということでー(ケラケラケラケラ)」

……やばい。我が姉1がヤヴァい。

昔から、この人はちょっと普通じゃない、と思うエピソードは事欠かないのですが、そして他にももっとヤヴァイエピソードはあるのですが、今回は、いや今回も、非常に手の込んだヤヴァさ。同じ手先の器用さをとっても、なぜ彼女が保母さんにならなかったか、いや、なれなかったかがよくわかる精神性。

姉1「すごいでしょー(ケラケラケラ)」

私「うんすごいね、本当にすごい」

これが奇怪な愛のエピソードであることは伝わるかと思います。

あの日、熱々になった水槽をゴシゴシと洗い、魚たちを供養して砂とともに捨て、すべてを綺麗にするところまで全部やってくれた姉1。私が落ち込んで帰ってくるのを見越して、慰めてやろうかなと思ってくれたのでしょう。後日改めて画用紙を持ち込み、ミニチュア家具を持ち込み。なんなら1日かけてこの「ホテル登戸」 in 水槽、というプロジェクトを彼女は作り上げたのです。全てセッティングを終え、画用紙のカスをすて、

「完璧」

とガッツポーズと共につぶやいて電気を消し、部屋を出た姉が浮かびます。

人間はエモーショナルサポートなしでは暮らしていけません。辛い時ほど自分の思い描いた通りの慰めを欲しがってしまうものですが、予想通りの形でそれが来るとは限りません。ですが、エモーショナルサポートをくれようとする存在がいるということが何より大事なのかもしれません。

また、人はそれぞれに個性的なものだ、それでいいのだ、と改めて思う次第です。おかげで、私の人生は豊かです。心が荒んだら、奇怪な姉1による「ホテル登戸」in 水槽、を私は思い出すのです。

 

自分の感情を閉じ込めてしまいがちな人たちは、近しい人の前で弱音を吐けたり、不安を吐露することができるようになること自体、とても大事な自己管理能力のひとつなんだそうです。

また、他人の感情に大してものすごく無頓着な人もまれにいますが、エモーショナルサポートを上手に提供できる人間かどうか、は、信頼につながる。社会的にも必要とされるかどうかに影響する重要な能力です。

先週末以降、今週は心が荒んでざわざわしてしまう、という方々、多かったかもしれません。どうですか、支え合いましたか。エモーショナルなサポート、誰かとしあえましたか。しばらくまだこのざわざわは続くと思います。レッツ、お気を確かに。というか、お気が確かな人ほど先に気が狂いかねない2022年になっておりますが、このように一方的に届くメルマガであっても何かしらお役に立てることを願って継続していきますね。

私も公人としてはふにゃふにゃしていられないので、なるべく世の中と向き合って日々のお仕事を丁寧にと心がけております。ですが、やり甲斐があると同時に、向き合うものが美しいものじゃない時はとても胸が苦しいです。

そんな日は、我が家の奇怪なファミリーラインで飛び交う、「スサミストリート」「うまい」「言うてる場合やない」「世の中のせいで太る」「食に走るよねー」などというどうでもいいやりとりがエモーショナルサポートになるのです。

「ホテル登戸」、姉1の歴代奇怪なプロジェクトの中では首位を争う奇怪なエピソードの一つです。ちなみに、他の妙なエピソードは特にエモーショナルサポートではなく、たぶんやりたくてやったんだろうなというものがほとんどですので、今回のは珍しかった。写真が残っていないのが本当に残念です。昔の折りたたみの携帯のSDカードとか、どっかにないかなあ。探してみるかなあ!


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