LOVEのひろいばなし Vol.56「たとゅろう型」

マジで仮病でも使って帰ろうかと思いました、直前まで。
嫌だ。私は逢いとうない。
ましてやインタビューなど。
だって、山下達郎さんですよ。神ですよ。
さっそく話は飛びますが、なんというか我々アーティストは多かれ少なかれ、時に情熱的に、そして個性的に、いろんな主張をするものです。
楽屋の飲料水をエビアンに指定するディーバ型などはわかりやすい方で、それを用意すれば済むのですからある意味、簡単に対処できる主張です。スターの要求は、スターになった者しかできない要求なので、ちゃんとハードルがあるからまあOKとしましょうか。エビアンがなければクリスタルガイザーで許すくらいの許容量は持って欲しいけど、努力と成功の先にエビアンがある、「ディーバ型」。
続いて、「一生青春型」。マジで天才なのはわかった。わかったけど。その美学やら哲学やらを周囲にも同じレベルを求め、「僕と同じようにアーティスティックにモノを考えて欲しい」とフラストレーションを溜めて爆発したり。嫌われたくないので急に自信を無くし中2病のように「ああ僕って」などと落ち込むも恋をしたらスーパーマンにもなれる。で、そのテンションいつまで?と要らぬアドバイスをしたくなる、「一生青春型」。
そして私は、上記ふたつは何かと笑える主張だと思っているのですが。逆に笑えない、いや、むしろ見習いたい型があります。上記2つとは次元の違うアーティストの主張。人間的にも真っ当で、職人としても努力を怠らず結果を出し、ロマンティシズムよりも現実的な視点でものを作る。世の中に蔓延るナンセンスに付き合うつもりがない。主張というよりは強いこだわりをもち、独自の法律の中で暮らし、モノを生み出す。とにかくものづくりのためのクオリティ維持に必要なものだけが、「当たり前であるべき」というスタンダードで生きている。そういうアーティストとしての主張。もしかしたら、アーティストとしてある意味一番の理想形かも。私はそれを「たとゅろう型」と呼んでいます。
正面から「達郎型」などとお名前を使うには、リアリティがありすぎるので。 今日のところは、たとゅろう型、で話を書かせてください。
山下達郎さん、彼のことは私はクオリティ化け物だと思っております。クオリティモンスター。
クオリティ。
つまりは、品質。
そして、本質。
いつぞや、神チケットをなんとか入手し、バンドライブを見に神奈川県民センターに行きました。衝撃だったのは、いつもラジオで聞いていたエンジニア気質、プロデューサー気質の語り口調とはまったく印象が違って、圧倒的なボーカリストでいらっしゃったということ。
なんですか、そのアドリブとロングトーンと、ピッチの良さと、意外にもめっちゃロックな感情のローラーコースターは?どれだけ強靭な喉と肺をお持ちで?と見ているだけで顎が外れました。「ボーカリストってこういうことです」と言わんばかりの品質でした。
からの数年後、東京FMホールにて間近に感じられる3ピースのアコースティックライブをみました。今度はギタリストとして度肝を抜かれました。ギターカッティングが、おかしい。え、今これレコーディング中ですか?なんでそんなに正確に、めちゃくちゃグルーヴが安定しているんですか?
「これがアコギです」と堂々と言われたかのようでした。たまらん。
無駄がない。回り道がない。試せることは全部試して、これがベストですから。理に適うって、こういうことですから。と、言われているかのような。
さらに、エンジニアとしてもこだわりぬいてらっしゃる。日々のラジオレギュラーでOAする楽曲に関しても毎回ミックスをしなおしていらっしゃるというのは有名な話です。1人何役ですか。とにかく職人気質で、時間が許す限り、いろんなことを試し続けるんだそうで、締め切りの時間がきて初めてタクをいじるのをやめるとか。
そんな「たとゅろう型」は、割とアレンジャーやプロデューサーやトラックメイカーに多い気がするのですが、何よりご自身がアーティストであり、あれだけのボーカリストでいらっしゃるという全能っぷりに、私はただただ圧倒されるのです。
話は戻りますが、そんなクオリティモンスターに、私ごときから、何を聞けと。
ラジオDJのお仕事は大好きだとはいえ、自分の脳内で何百回と聞こえては毎回どうにか乗り越えている最大の疑問があります。
「お前がなぜ」
というやつです。
脳内で、閻魔様みたいな声がするんです。これまでも、アルバム特集時など。なぜお前が勝手に山下達郎を解説しておるのだ、と聞こえて仕方がないので、オンエア前には地獄の処刑台にて閻魔様に申し開きをしております。
そこは孤独な場所です。周りではぐつぐつと湯が煮えており、餓鬼たちがケラケラと笑いながらこちらを見ています。やーいやーいと野次も飛んできます。
「すごい作品がリリースになって、たくさんの方々にご紹介するべきアルバムだからですっっ」
必死で理由を閻魔様に向かってお伝えしてみるものの、轟く声。
「だーかーら、なぜ、おーまーえが紹介するのだと聞いておる……お前にその資格があるとでも……お前、昨日書いてた曲も仕上げておらんだろう……山下達郎がどれだけの時間をかけてこのアルバムを作ったと思っておるのだ……お前の努力はいかほどだ……山下達郎を語れるほどに今日まで努力をしたとでもいうのか……お前のデモは時々音が詰め込みすぎて割れておるだろう……そんなお前が音の良さを語れるとでも……あとトータルセールスを考えてみろ……」
はあああ、ごめんなさいいいいいい!!!!!もう本当にごめんなさい!何回言われてもレベルがとりきれなくてボーカルとドラムが割れてるのをなんとかリミッターでどうにかしてそのまま諦めてデモを慎二郎さんに渡し続けていてごめんなさいいいいい!!!!
どうしてもめんどくさくて「シェイカーあとで差し替えるしテキトーで、まいっか!しゃかしゃか」とかやってごめんなさいいいいいいいい!!!!
もっと丁寧にやればそのまま使えるかもしれないコーラスを「お腹減ったあー、減ったなりの力の抜け方もまたいいかあ〜、あ、ちょっと吹いちゃった、まいっか」などと録音してごめんなさいいいいいい!!!!
歴代の手抜きデモを心底反省し、繰り返し閻魔様との会話を経て、自分のレベルをあげていくしかない。山下達郎をラジオで解説してもいい自分になるしかない。トータルセールスのことなどを気にし始めたらもう何も言えなくなるので、とにかく感じた通りに話すしかない。だって、私だって、いつかは、目指すところは「たとぅろう型」なんですもの。
ていうね、1人葛藤プレイはまあ胸の中でやればいいのですが、今回はインタビューということで、ご本人に向かって色々質問しなきゃいけないとのこと。これはビビる。久々に、とんでもなく緊張しました。
というわけで先日の「山下達郎リリース記念1day」、オンエアより数週遡ることの収録日。
半蔵門、TOKYOFM、7F。見慣れたフロア。
ついた瞬間に「帰りたい……帰りたい。帰りたいかも。帰っていいですか」と口に出すことで心のバランスを取り、「えっと3月のライブでカバーしたことなどは……」と気もそぞろで独り言を言っていたら横から社長が「いいから、言わなくていいから」とフォローを入れてくれ「ですよね、よかったです、言えないです」と白目をむき。自分のベスト盤と、アルバムResonant Graceと、15周年の風呂敷を握りしめて待機。
いよいよ初めましてのご対面。
神様、とっても気さくでいらっしゃいました。そして、もはや作り手の後輩として聞きたいことをとにかく聞きまくることにした、完っ全に前のめりな私に対して、全く引くこともなく全て丁寧に具体的に答えてくれました。「たとゅろう型」の見本のような理路整然としたお話を数々きかせてくださったのです。
カッティングのグルーヴは、同じプレイヤーと長年一緒にライブをやってきたからこそ。多重アカペラ録音のコツは、1テイク目からクリックに完全に合わせてブレないように録音すること、何十テイクとるにしてもバイオリズムが変わるから2日目に持ち越さないこと。
そんな音楽屋さんとしての技術論に続き、もっと人間的なお話まで。生き死にや夢を持つことについて。とても印象的でした。そして、アルバムSOFTLYから私が好きだった「人力飛行機」という曲の説明を最後にしてくれました。
「世間は夢を持て持てというくせに、夢が叶わなかった時の対処法を誰も教えない。だから心が折れたり、そういうことになる。そして、じゃあ夢なんか持たないほうがいいという空気が生まれるでしょ。それじゃだめなんですよ。
夢は7割は叶わないと思っておいた方がいい。それでも若いうちから目標、展望、戦略がないと前に進めないから、大事なんですよ、自力でがんばるってことは。これは若い人たちへの応援歌でもあるし、デジタルな時代に自力アナログに私もこだわりますよ、というダブルミーニングです」
私、恥ずかしながら、もう最後は目に涙を溜めておりました。
ううう。まっとうな方だ。理路整然と、当たり前のことを言ってくださった。そういう当たり前の真っ当なことを、この世代の先輩から聞かせてもらえることに飢えていたと気づきました。
そうなのです、私は、「たとゅろう型」の真っ当な言葉やトーンやマナーに、もう長らくずっと飢えています。大人の世界にもっともっと「たとゅろう型」が増えて、無駄な議論が省かれ、各所に仕事人が増えることを願っています。それはマジでアーティストだけじゃなくて、いろんな職種で増えて欲しい主張の仕方、方法なのです。
自分の居心地の良さを優先する「ディーバ型」、他人の言葉にすぐ憤慨したり熱くなる「一生青春型」、理に適ってない現状を超越していく「たとゅろう型」。
きっと他にもいろんな型があると思うのですが、私自身はこれまで割と主張の方法が「一生青春型」寄りだったと思います。
今回このインタビューの機会をいただいたということは、ここからは「たとゅろう型」にあなたも移行していけたらいいね、という神の思し召しだったのでは。品質と本質にフォーカスしなさい、と。そんなふうにここに至ったキャリアをも噛み締めています。
本当に貴重な機会をいただきました。関係者各位、そしてオンエアを聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。

どっかの社長でも総理大臣でもプレジデントでも、会わなきゃいけないとして。心底めんどくさ、とは思うにしても、尊敬できない方々なら会うこと自体にはこんなに緊張しないと思います。なんなら場合によっては「あんたの方が挨拶しなさいよ」ぐらいの、ディーバ型が顔を出してしまうこともあるかもしれない。いかんいかん。
もはや本来の山下達郎さんがどうなのかはさておいて、私の中の「たとゅろう型」というイメージ、伝わりましたでしょうか。努力と技術と、あとは頭のキレがいいということなのでしょうか。結論までの距離が短いということなのかもしれません。
今解決できることならやれば済むでしょう、とか、今解決できないことには悩む必要ないでしょう、とか。そういう頭の良さと言いますか。
選挙も近いこのタイミングで、上の世代の真っ当なトーンで話してくださる方に出会うことができたという意味でも、ひとつ大きな希望が持てました。本当に、勇気もでた。
戦後の日本に定着した「汗をかこう、根性論」は努力とはちょっと違います、とか。「耐えたものがえらい、我慢論」は人事の評価ではありません、とか。「たとゅろう型」の考え方でモノを見始めると、もういろんなことが理に適ってない世の中が見えてくるのです。
ちなみに「一生青春型」の私で同じ世の中を見ると、腹が煮えて仕方ないです。腹が煮えていていいことなんかあるわけないですから、自分から自分の機嫌が悪くなるようなモノには突っ込んでいかないようにしようと、この時期は気をつけています。スルーしたいくらいのナンセンスニュースが多すぎるのと、それをメディアもピックアップしなきゃいいのになどといちゃもんをつけたくなるので、心がカサつきやすい。品質と本質だけを見るように気をつけねば。
音楽に向かう姿勢的にはもちろん、人間的にもより「たとゅろう型」になっていきたいと思った次第です。
どうでしょう。私にもその素質はあるのでしょうか。