LOVEのひろいばなし Vol.52「10歳差プレイ」

「なんで象の鼻が長いか知ってる?」
「え、わかんない、象だから」
「ふぅ〜….(首をふりながら大袈裟なため息)」
「え?なんで?」
「……知りたい?」
「うん、知りたい」
「じゃあ内緒だよ、ほんとは話しちゃいけないことだから」
「わかった」
「それはね……」
「うん」
「象って、生まれた時は鼻が長くないんだけど」
「え、そうなの」
「そう。それを無理やり人間が伸ばしたからなんだよ」
「えっっっ!?そうなの!?」
「うん。めっちゃ痛いんだって。人間ってひどいよね」
「(ショック)……うん、人間ってひどいね」
「ね。だからパオーンてなくでしょ」
「そうか……だからなくんだ、象」
「可哀想だよね」
「うん(涙)」
10歳年上の姉を持つ人は世の中にたくさんいると思います。ですが、私のように終始おちょくられ続けて育ったかどうかは、その姉の性質によると思います
我が姉1の話です。
私が5歳の時にすでに彼女は15歳、思春期ど真ん中を鬱屈として過ごしていていました。そんな彼女と幼かった私との10歳差プレイを今日は記録に残しておこうと思います。
とにかく、程よい暇潰しだったのだと想像します。
「えっっっ!?そうなの!?」
何を吹き込んでも疑わないそのリアクションを楽しんでいたのでしょう。
吉田戦車先生の漫画「伝染るんです。」にでてくる「みっちゃんのママ」をご存知の方はいらっしゃいますでしょうか。子どもに嘘を吹き込むことを生きがいにしているお母さん、というシュールなキャラクターです。キクラゲを「ペンギンの肉」と言い張ったり、夏風邪はおでこにカエルを貼るのが1番だとか、そういうホラを、戸惑うみっちゃんに吹き込むお母さんです。お肉はぶん投げて壁に張り付いてずりっと落ちるくらいが1番美味しいといって、実際に壁に投げたりします。
その姉バージョン。うちの姉1は、基本的にみっちゃんのママと同じです。ですが、ただその瞬間を面白がっているだけなので、途中から話がだいたい雑になっていきます。
「なんでそんなことするの」
「さあ。動物園で見せるためじゃない」
「ひどいよ」
「ねー。で、もうわかるよね?キリンもそうだよ」
「えっ!!キリンも!?」
「首、人間が伸ばしたんだって。痛くてなくらしいよ」
「えええ、ひどい」
「ひどいよね」
「キリンてどうやってなくの」
「さあ?知らない」
ガチでショックを受けてモヤモヤする私。それを見るのが面白かったのだそう。
しかしながら当方としては、これがタブーな話題だという認識も植え付けられているので荷が重い。幼稚園児なりに、他の大人には言わぬまま、密かに象とキリンのイラストなどを見るたびに、彼らのために小さな胸を痛めておりました。
とはいえ、大丈夫です。「いや、そんなはずはない」と、幼稚園児なりに社会生活の中で自然と情報は修正されていきました。そして、疑うことを覚え、そう簡単には騙されなくなっていきます。ところが、そうすると姉1もレベルを上げてくるのです。
ある日のこと、母がスーパーで買ってきてくれたホールケーキが冷蔵庫に入っていました。おやつに姉妹3人で食べていいとのこと。
当然ながら姉1が仕切ります。
「考えてごらん。1/4、1/3、1/2、どれが一番大きい?」
「え、わかんない」
「わかるよ、ちゃんと考えればわかるよ。4と3と2、どれが1番大きい?」
「4」
「てことは?」
「……1/4?」
「はーい、じゃあ1/4あげようね」
どうにも不平等なサイズのカットケーキを盛られ、とはいえ自分で答えた手前「自分で選んだでしょ」と言われると訂正できる空気でもなく。ほぼ残りを姉2人が分け、まあ体のサイズ的にもこんなもんか、と、なんとか納得し、とりあえず食べ始めたら美味しいので不平等の件は忘れ。
私の幼少期は、主にこの繰り返しでした。また、小学校にあがったらあがったで姉の方も謎のレベルアップをしていきます。
「私が好きなマドンナ、わかるでしょ」
「うん、マドンナ、わかるよ」
「絶対誰にもいっちゃだめだよ、タブーだから」
「え、なに」
「マドンナね、(耳元でこそこそ声で)……エイズなんだって」
「えっっ!?!?」
もはやエイズというものの実情など何も知らないのに、とにかく聞いてはいけないことを聞いてしまった感だけが色濃く残り、ショックを受ける私。何それ、とも聞けません。
姉が大好きなマドンナです。私は幼稚園ぐらいから「Like a Virgin」の歌を仕込まれておりました。熱心にファンだった姉が悲しんでいるのを見て戸惑う章学生。
それが何なのかも知らぬまま、なんだか大変なことをまた知ってしまった、秘密にしなくては、と心に誓ったのでした。そして一応申し上げておきますが、マドンナは昔も今もエイズではありません、完全なるホラですのであしからず。なんでそんなこと言うんだよ、と今更ながら突っ込んでおきたい。
10歳差ともなると、どうしてもこちらの脳の成長が追いつきません。部屋にもあまり入れてもらえないし、ましてや仲間になんか入れてもらえるわけがありません。
やがて、この攻防戦は「そもそも遊んでいただけること自体がありがたい」という次元に突入していきます。スタートからの負け試合。こちらとしてはそれをどう楽しむか、という段階に上がらざるを得ない。
私8歳、姉18歳のこと。
両親の寝室は効きのいいクーラーがあって、夏は我々3姉妹にとっていい避難場所になっていました。
先に私が昼寝していると、姉1登場。
流れで、こちょばし地獄プレイの開始です。
あれはいつ始まるのものだったのかいまだにわかりません。これまた、ただただ暇だったんでしょうね。ちょっとこちょばし始めたら、なんだか姉もマジになり、私がやめてえ、やめてええええと半泣きで叫んでも、無心にこちょばしつづけるという、地獄プレイが時々ありました。
この日は、そのプレイがそのままテンション高めに進化したのです。
涙が出るまでこちょばされた挙句、布団でそのまま私はぐるぐると巻かれ、ついでに母のベルトで布団の上から留められたのです。もちろん命に危険があるとか、そんな怖さはありません。苦しくもありません。ただただ楽しい。
ボスなるお姉様に、ああ、こんなに遊んでもらえる日になるなんて、今日はなんて日だ。ごろごろとベッドの上を転がしていただき、かまっていただいているという実感。動けないよお、とケタケタ爆笑。
至福の時間は、ふう、ふう、と一息ついた姉が「ちょっとトイレ行ってくるわ」と席を外したのをきっかけに、小休止しました。
その隙に私も息を整え、トイレから帰ってきた姉にまた転がされるときにはもっと上手に抵抗してやるぞ、と計画を練っていました。当然ながら第2ラウンドにむけて、ワクワクと待っていたのです。次はベッドから落とされないように耐えてやるからな、うふふふ。などと期待して。
期待して。
期待して。
……期待して。
やがて夕方になりました。姉1、全然帰ってきません。
疲れたし、ちょっと私もうとうと。
からの。
……よいしょ。
布団の簀巻きのまま、立ち上がることにしました。さっきの喧騒が嘘のように静かになった両親の寝室を出ます。空しい西日が差しています。その中を、キョンシーのようにぴょこぴょこと飛んで。全然、進まない。なんだこの切なさは。
廊下の左にいけばトイレです。音がしない。姉はトイレにはもういない。そうだよね、だいぶ時間経ってるから。
廊下の右に行けばリビング。テレビの音がかすかに聞こえます。
ぴょこ。
ぴょこ。
ぐらっ。
壁に倒れてみたりして、体制整えて、また、ぴょこ。
簀巻きキョンシー、廊下をぴょこぴょこと進んでやっとリビングにたどり着きました。開いたままだったドアのところに佇み、壁にもたれて立ってみました。姉はテレビを見て笑っておりました。
「あははは!……おわっ!うわ、びっくりした、そうだ、あんたのこと忘れてた、ごめんごめん」
本気で。本気で忘れられておりました。
そんなに忘れられるものでしょうか。ベルトで簀巻きにまでしておいて。
すぐさまベルトも布団も開放していただき、何もない日常が帰ってきました。
……嗚呼、一瞬だったなあ。象とかキリンとかマドンナとか。ホラを吹いておちょくられる関係性から、やっと一緒に遊んでもらえるところまで成長したと思ったのに。変わらないんだなあ。本質的にはずっとお姉様の暇潰しだったんだなあ。
それでも、遊んでいただきありがとうございました感を背負って8歳の私は1日を終えました。
10歳差プレイ。よそ様のご家庭がみなさんそうなのかどうかはわかりませんが、我が家ではこのようなプレイがスタンダードでございました。

先週は姉2との話でしたので、今週は姉1について書いてみました。まだまだエピソードはあるんですけどね。
さて、まさにはなしの続きなのですが、数年前Twitterで姉が言っていたキリンの話がバズっているのを発見しました。
イラストレータの方が描いている「〇〇動物園マニュアル」というものだったのですが、まさにキリンの首を飼育員が伸ばすハウツーがイラスト化されたものでした。「極秘」の赤いハンコも押されています。
「この仕事は、動物園で公開前にキリンの首を長くする仕事です。 えさを徐々に高い所に上げ、首を伸ばしていきます。 成功例を参考に、ゆっくりと伸ばしてください。 えさを高くする速度がはやいと失敗する可能性があります」
失敗例のイラストでは首ではなく足が伸びていました。めちゃくちゃ可愛い。そして姉から聞いていたような、痛みを伴う処置ではない。よかった。
「キリンの首をながくする仕事」で検索してもらえれば見られると思います。
そして世の中には同じ発想をしている人がいる模様。すぐさま家族ラインに投稿してお姉様達にご報告差し上げまして、ひと盛り上がりいたしました。
30年ほどかかった、どえらい長い前振りの回収と相成りました。