LOVEのひろいばなし Vol.50「村ホームステイ」

守護神と言われる、雷様のようなルックス。ほぼ鬼に見えます。そんな自然の化身たちが森羅万象を司り、人間たちに自然の厳しさも尊さも教える。

チベットに仏教が到来する前から存在する、土着の民族宗教ボニズム。その歴史の深さと神秘は、日本の神道に近いものがあるかもしれません。

カラーで描かれております2000年前の壁画、完全に剥き出しです。壁画っていうか、普通に壁じゃんね。見上げると首が痛くなるほど、天井に向かって高さもあります。その手前では尼さんたちが火を焚いたりお香を焚いたり、普通に談笑。

いやいやいやいや。もし、ここが美術館だったら、完全にガラスケース案件ですけど。

湿度温度光度など、管理下に置かれて然るべきそれ。2000年前の美術品を「もうずーっとここにあるんですよ、ニコニコ」と言われたとて、ちょっと意味がわからない。リアリティが湧かない。へえ。ぽかーん。みたいな。

「バターティー?」

しまった、見惚れているうちに。また出されてしまった。

歓迎の印であるバターティー、ヤクのミルクから作ったバターがふんだんに溶かされ、高地を生きる方々のエネルギー源となっています。寺院、お店、人の家。どこに行ってもチベタン達が、いの一番に出してくださいます。

そのすえた香りがとにかく苦手だった私は、礼儀ばかりに口をつけるのみでここまで数日を凌いできました。しかしながら2000年前の壁画の中で鬼がこちらを睨みつけている尼寺では、そんな無礼もいかんだろう、ということで。

……ごくん。うへっ。やっぱりまずい。

私たちはラサ市内から離れた、とある村に向かう途中に、この尼寺に立ち寄ったのでした。頭を丸めた気のいい親戚のおばちゃんかのような尼たちに見送られ、さあ、もうすぐ着きますよ、村ですよと。

〜話の途中ですが、ここでお願い〜

現地旅行会社が判別されてしまわないよう注意深く書いていますが、万が一トラブルになったら、彼らが当局から営業停止をくらう可能性があるそうです。絶対に気をつけて、と現地友人から厳しく言われています。クローズドのひろい話だからこそ書けるチベット旅行記です。みなさんくれぐれもネット、SNSなどにリークなきよう、ご理解ご協力お願い申し上げます。お約束を守れる方のみ続きを閲覧ください。

村。名前は明かすことができません、あいすみません。

我々が日本を出発する前に、当局へ、宿泊先・訪問先など併せてスケジュールとして提出し、それらをもとに許可証を発行していただいて、やっと入国できたチベットです。

その段取りをつけてくれた旅行会社は、地元のチベット人が営んでいる会社です。現地に住む友人の紹介でした。

あとから友人に聞いたら、「攻めてるねえ!」とのこと。実はこの旅行会社、我々観光客にホンモノのチベットをみてほしい、という気概がすごかったみたいです。我々の行程には、チベット人の誇りがかかった特別プログラムが組み込まれていました。

名付けて、「村ホームステイ」。

27歳、同行ガイドのティーくんは独学で英語を勉強した青年。60代ドライバーのジイさんは、元僧侶。今回の私の旅の相棒は、大学時代の同級生、おちよちゃん。我々4人を乗せたバンは尼寺を出て、赤茶けた山を抜け、高地を走り、村に到着しました。

なんとなく映画でみたことがあるとすれば、中南米の砂漠の真ん中にある村みたいなイメージ。石造り、泥固めの壁に囲まれています。大きなゲートをくぐり村に入ると、これまた石造り、泥で固められた壁で囲われた民家が立ち並んでいます。ティーくんが助手席から振り返って教えてくれました。

「今夜の宿は、ホームステイです。ドライバーのジイさんの実家です」

は?実家?まじで?

車を降りると、10歳にも満たないような子どもたちがあの独特のシャイでキュートな日焼け顔できゃいきゃいと集まってきました。ピンクのダウンを着ている三つ編みちゃん。完全に「坊主!」と呼びたくなる、すばしっこい少年は青ッ鼻をたらしています。みんな着膨れてて、ほっぺがりんごみたいに真っ赤でかわいいです。

柔らかい笑顔でチョコレートを配るおちよちゃんは、さながら紛争地域に現れたアンジェリーナ・ジョリーのよう。さっそく子どもたちに話しかけています。耳を澄ましてみましたら、「鼻水つけないでよ、絶対つけないでよ、まじで、鼻、超きたないんだけど」と正直すぎる日本語で、さっそく彼らの心を掴んでいました。

おそらく一般的なサイズ感の、まさかのジイさんの実家。

四角く囲われた敷地内に入り、雑多にいろんなものが生えている庭の正面には1階建ての母屋があります。

1日の大半をみんな母屋で過ごすみたい。15畳くらいでしょうか、中に入ってみると、部屋の真ん中には煙突が天井に突き抜けているストーブと釜とテーブルが続きになっていました。それを囲むように壁沿いにはぐるっと腰かけられるベンチが作りつけてあります。

一家の年老いた長老が、置物のように奥の方に座っています。杖の先についたクルクルと回すマニ車(これを心身込めて回すことでお経を読んだのと同じ功徳があるそうな)を静かに回し続けています。500年後のハウルが、ミイラみたいな老人になるんだけど「僕、まだ最強の魔法を隠し持って生きてます」みたいな感じとでもいいましょうか。

ていうか、色々、完全にジブリ。ただ、チベット版。ぐつぐつと煮えている大きな釜にこれまた大きな麺の塊が削られていきます。スタジオジブリの質感で描いて欲しい、このグツグツ感。

お母さんがいうには、ヤクの出汁で食べる麺が今夜の夕飯ですよ、と。おちよちゃんのヨミ的には、「どっちかだな。めちゃくちゃ美味しいか、超絶いまいちか、どっちかしかないな」です。

一通り挨拶をすませた我々、ティーくんに案内されて、離れへと向かいました。よく見ると、庭には青空炊事場と青空洗面所も。庭を横切った敷地の角にはトタンでできた1人用トイレがありました。 「顔洗うのと歯磨きは外でね」「嘘でしょ超寒い」「トイレはあそこ、懐中電灯もっていって」「え、やだ」「1人じゃ無理」。

好き勝手言いながら石造の階段を登ると、綺麗にあつらえられた2階のベッドルーム。壁沿いのベンチのように、数名分のベッドが並んでいます。やっと荷物を下ろしました。

「ふう……」

急に静かで、本当に親戚の家に来たみたいな、慣れなさ。

分厚いカーペットみたいなゴワゴワのお布団は、遊牧民の名残りでしょうか。重たさが癖になりそうで、きっと暖かい。本当に異国なんだなあ。不思議な感じです。

そうこうしているうちにとっぷりと日が暮れた村。宴が始まります。

おちよちゃんは、一家のお母さんに「おはし、ちゃんと洗った?本当に洗った?絶対テキトーだし」などと、相変わらず誰にでも分け隔てなく、正直すぎる日本語でニコニコとコミュニケーションをとり、人気を博しています。

あたたかいスープ麺と、謎の発酵酒が回ってきました。この夕飯、本当にほっとしたのですが、どシンプルながら、めちゃくちゃ美味しかった!冷えていた体が温まります。ありがたくお腹いっぱい、いただきました。

私たちがもぐもぐしていると、ぞろぞろと訪問者が入ってきました。ご近所さんもしくは親戚っぽい人たち、6名くらいでしょうか。いきなり皆さんストーブの前に整列。

驚きの展開。歌のプレゼントをくださるとか!

スープの湯気がたちこめる暖かい母屋のキッチンにて、みんな手が届く範囲に座り、輪になって。その真ん中に立つ、民族衣装の人たち。もはや絵面が完全に映画です。

「遠い国からはるばる我が村にようこそ」

おもむろに1人が歌いはじめ、ひとり、またひとり、驚くような旋律の和音を重ねていきます。美しいチベット民謡。ティーくんが時折翻訳してくれました。

「故郷を愛していると歌っています、羊飼いが出てきます」

数曲つづいて、もう最後は拍手喝采。真面目な顔で歌っていた方々が、やっと顔をほころばせてニコニコしてくれました。私が日本の歌手だと紹介されると、じゃあぜひ何か日本の歌を聞きたいです、と当然の展開に。

ではお礼に、と私からもアカペラで歌をお返ししました。空気が薄いので歌うのが少し苦しくてロングトーンは伸びなかったけれど。

「志を果たして いつの日に帰らん 山は青きふるさと 水は清きふるさと」

酔っ払ったティーくんがどこまで訳せたかはわかりませんが、みなさん静かに聞いて感じいってくださいました。思いのほか静かに長く暖かな拍手をいただいたので、深々とお礼をしました。

そしたら「じゃあお礼のお礼に」と、ここからはエンドレスな宴に突入!

なんと双子の女の子がでてきました。とっておきの赤い靴をはいて嬉しそうに、べらぼうに照れています。肩を組んで、お揃いのステップを踏んで。振りつきで歌いはじめたこれ、悶絶するほど可愛かったです。終始はにかみながら、でもいざやるとなったら必死の形相。大きな声でしっかりと。私とおちよちゃん、ビデオを回しまくる親戚のオバハンと化しました。

折り紙持ってきてよかった。小さな子には鶴を作ってあげました。ハウル爺さんに「実際のところ、何歳なんすか」と話題を振ってみたり、甥っ子ですと紹介された、万国共通・中二病思春期まっさかりのダボダボズボン少年を「イケてんじゃん、モテる?」などとイジってみたり。トランプで割と複雑なゲームまで教えてもらって、どの世代もみんな一緒くたになって盛り上がりました。

やがて、近所の人たちが帰って、ハウルじいさんが寝て、子どもも寝て、大人のお酒もそろそろですねと火が消えて。

チベット村ホームステイ。宴はお開きとなりました。

母屋を出て、震える寒さの中、庭の水道で歯を磨いて。見上げると、少し曇っているとはいえ満点の星空。これから月が出てくるみたい。

ティーくんに、離れの屋上で星をみましょう、と誘われました。いや、まじで寒いけど?まあでもこれはきっと見ておくべき星空です。そして、20代男子にキラキラした目で誘われる、星空タイム。悪い気、しません。

乞うご期待、次回チベットの星空話です。

 

今まで生きてきて、どこでも経験したことのない種類の、とても素敵な宴でした。しかし、どうやってコミュニケートしたのか記憶がありません。酔っ払いという共通言語だったのかもしれない。

特に、おちよちゃんがお見事でした。

「はいはい、あの叔父さんは見栄はるタイプね」 「どこでも10代男子ってやつぁツンツンして代わり映えしないわねえ」

リアル親戚の家で飲んでるのと特に変わらないテンションで、チベタンたちにかたっぱしからツッコミを入れてました。

ハウル爺さんですが、日がな一日、あそこに座ってるんだそうです。生ける置物。すごいです。寝る時も、そのまま体を横にして、ベンチをベッドにして寝てました。あれ?って気づいたら、重たそうな何かを被って就寝。家具の一部と化していました。ただ、めちゃくちゃお酒飲んでましたから、あの爺さんは実は体力がある。只者じゃない。

ところで、翌朝の朝ごはんが衝撃でした。

テーブルの上には、昨日子どもたちに作ってあげた、折り紙でつくった鶴やら箱やらが散乱していて。「楽しかったよねえ」なんてそれをいじりながら席につきましたら。

小さなボウルに入った大麦の粉と、バターティーが出されました。えーっとこれはどうやって、と戸惑う我々にティーくんがデモンストレーションしてくれます。

「こうやって、粉を手のひらに取るでしょ?そこにバターティーをちょっとかかけて」

にぎにぎにぎにぎにぎ!!

にちょにちょにちょにちょ!!!

「はいどうぞ、大麦だんごですよ」

……まだろくに目も覚めていない中、朝イチでドン引きする我々。ただでさえ私はバターティーが無理だし。

おちよちゃんは無言です。無言ですが、「衛生面な」と全身で拒絶しています。瞬時にバリアを張って、「ふーん。いい天気」などとよそよそしくなったのがわかりました。

とはいえ、これはホームステイ先で出していただいた大切な食べ物ですよ。礼儀ってものがありますでしょう。どちらかが身を挺して食べるしかあるまい。 そしてそれはおそらく2人のうち、私しかいない。

前歯でカスって食べました。

「うわ、食べた」とつぶやくおちよちゃん。

なるほど、大麦の香りが香ばしくて、しゃりしゃりと不思議な食感。食べれないこともない。けど、あ、ダメだ。時間がたつにつれ、ダメだ。ぐいっと、水で飲み干しました。

おちよちゃんに目で訴えます。私、頑張ったけど、ごめん。どうか、この続きはあなたが引き継いで。そして、そっと差し出した大麦だんご。

なんとおちよちゃん、サッと受け取ってくれました。あれ!?天使!と思ったら、ここからが一瞬でした。

おちよちゃん、折り紙製の箱をさりげなくパッと手に取って、パサっと大麦団子にかぶせて、すかさずスーッとスライド。折り紙の鶴の軍団の中に箱ごと隠蔽したのです。

一瞬のできごとでした。

「お腹減ってないし」

すげえ!!!おちよちゃん、すげええよおお!!!

今考えてみたら、おにぎりと同じことだったのかもしれません。きっと美味しい人には美味しいはず。ただ、あれはレベル違いの究極のおにぎりでした。

残りの大麦には手をつけていないので、無駄にしたわけじゃないと思います。ただ、あの一粒の大麦だんごに関しては、本当にすみませんでした。この場を借りてお詫び申し上げます。ハウル爺さんが、のちのち折り紙の海の中から見つけて食べてくれたであろうことを願ってやみません。ごめんなさい。


You may also like

VIEW ALL
Example blog post
Example blog post
Example blog post