LOVEのひろいばなし Vol.5「サムいか、サムくないか」

2007年、DCT recordsよりLOVEとしてデビューから、来年15周年を迎える私です。

実際、2001年のバンドデビューから数えると、実は今年で20年をマーク。曲を書き世に送り出すという職を経験してきたこの間、いろんな制作ディレクターさんとご一緒させていただいてます。

ディレクター、もしくはA&Rと呼ばれたりもする裏方の役割。一体なにかと聞かれると、録音現場をコーディネートするのが主な方もいれば、プロデューサー寄りの方もいる。人それぞれの技量と個性がでるお仕事だと思います。

ちなみに現在の私は、共同プロデューサーの井上慎二郎氏と、方向性や内容を話します。作曲前なら、焼き鳥食べたりお酒飲んだり勢いでカラオケに行ったりして、あれやりたいね、こうやるといいねと、真面目とゲラゲラをサーフィンしながら。作曲中やアレンジ中なら、もう実作業の話を主にしています。で、レコーディングの手配などは井上氏と相談役と。

つまり、私の音楽制作現場に担当「ディレクター」さんはいないんですね。こうできるのも、お二人のおかげであるとともに、過去歴代のディレクターさん達がいろんな指針を私の中に残してくれたおかげかもしれません。特に、ドリカム先輩率いるDCTrecordsに入った際、1stアルバムのディレクターさんのマインドは、今もときどき思い出してはニヤっとしています。

「LOVEちゃんに合うかも。一度会ってみる?」と、レーベルのスタッフさんが期待のこもった笑顔でセッティングしてくれた男性ディレクターは当時30代前半?で、事前に5〜10曲、私のデモを聞いていただいておりました。

その頃の私は、余地のある自作デモのレベルに自分でもまだ自信はなく、ただ「できる、なんとしてもやる」というシンプルな気持ちだけはとても強かった頃です。

会議室で、初めてのご対面DAYがやってきました。

D「あー。どうもー。こんにちはー。」

私「よろしくおねがいします」

すでに独特の雰囲気。

口調が妙に平坦で、顔は…おもいっきり「日に焼けた赤ちゃん」といった感じ。

なんでもうこんなに上手にお喋りできるんだろうってぐらいの、赤ちゃん顔。

…なのにですよ?

会話のキャッチボール、3ターン目くらいで泣かされました。

D「で、この中でー。自分ではー。どの曲が一番好きなのー。」

私「えっと…どの曲も好きです、それぞれ違うっていうか」

D「そうなんだー。俺さー。これー。サニーってやつ好きー。」

私「あ、それ一番思いが強いかも」

からの、間髪入れずに。

D「はーあ?だめじゃん?自分でー。そういうのー。先に言わないとー。」

…えっ?

この間合いの詰め方。人見知りのバリアも解けぬうちに、不意打ちで日に焼けた赤ちゃんがパーソナルゾーンにどかーん入ってきて正論言うんです。「この人なんなん」と「くそう、その通りだ」の整理がつかないまま、ツーーーーーーーーーーーと頬を涙が伝ってゆきました。

紹介者の女性スタッフさんは、あ、これダメかなと思ったそうで、のちに「あの人とお仕事します」といった私の返事にはびっくりしたとか。よかったです、彼の方も、仕事を受けてくれました。

最初のディレクションは、「じゃあー。このサニーってやつー。サビがないからー。3つ書いてー。」でした。あったはずなんですけどね。

今ならわかります。とにかく数を絞り出せば、新しいパターンのサビが出たりするんです。案の定、3つ目で、もうわからん!と歌詞も乗せずに「ヒアララッタ、ティアララッタ」とスキャットしたものを録音してメールしたら、「いーじゃーん。じゃ、これでー。」と。のちにデビュー曲となる「過ちのサニー」、曲、完成。

続いて歌詞の検証です。これがしんどい…はずだった。

「好まれる歌詞3パターン」みたいな、実態のない模型があったPOPS時代の後半に私はキャリアをスタートしていたので、その模型にハマって、それでいて超えるようなものを日々求められていました。「まだ共感できないんだよね」「もっと自分をさらけだして」「だけど年相応な言葉で」そんな過去のディレクションが脳の縛りにもなっていた私に、聞いたことのないリアクションが降ってきました。

「ははは、サムい〜。」

そして、

「いーじゃーん。サムくない〜。」

彼のディレクションは2点、この2点だけだったのです。

最後まで進行します、本当にこの2点だけで。

もちろん、顔は日に焼けた赤ちゃんのままで。

…気付けばまるっとアルバムができていました。そりゃあ相性もあるんでしょうけど、没頭&追求しやすかったし、楽しかった。

「過ちのサニー」は人間が作ったアンドロイドが、自分を作った博士に恋をする歌です。けれども彼は死を迎え、アンドロイドは自分が死ねないということに疑問を持つ。命ってなんでこんなにあっけないの、人を人たらしめるものはなんなの。自分が非生産的なガラクタであることを拒否して、心のある人間であろうとする。そういう意味でも、私の原点のような歌なのです。

「たかが俺たち人間のくせにー。説教くさいの、サムい〜。お前、誰?って感じー。」

「だけどー。アンドロイドの言葉で人間に話しかけるならー。サムくないんじゃんー?」

「しかもー。人間の博士に恋をしても叶わないとかー。ああ良いー。サムくない〜」

「ティアララッタのハマりー。変えなくていーじゃーん。すでにサムくないし〜」

だそうです。

これがもし、「良いか、良くないか」の主観や、「売れるか、売れないか」の予想だったら、宿ったものがまた違ってたはずです。もちろん良い方がいいし、売れる方がいいのですが。また、「泣けるか、泣けないか」「踊れるか、踊れないか」あたりは、曲によってはアリかもしれません。

J-POPとして、私の1st ALBUM「Embryo Love Songs」がわかりやすかったかというと、決してそうではなかったと今は思います。ただ、本当にこのアルバム、サムくないんです。その点に胸を張り、彼も私も誇らしく思っています。

今でも気をつけるようにしています。自分がやっていること、果たしてどうなんだろうコレ、と迷う時には、「良いか悪いか」「正しいか間違いか」などのディレクションはあてにならない主観かもしれません。

また、あえて「サムい」ことをやるのもとても楽しいですし、意外と「サムいか、サムくないか」の線引きには感性が問われるので、いい気分転換になると思います。お役に立つかどうかわからないですが、もしそんな思考ごっこを楽しんでみようと思われた際には、もしあれば、お近くに、赤ちゃん顔の人形を置いておくと、「こっち見てるな…どっち言うかな…」と、初めての担当ディレクターがついた気分を味わっていただけるのでは、と思います。

 

このディレクターさん、後に、「南アフリカ育ちらしいよ。お父様が何かの手術の名医で、世界中、手術で呼ばれるところに転々と引っ越す幼少期をおくっていたんだって」という話を人に聞き、「それでか!あの独特のコミュニケーション法!」と腑に落ちたのをよく覚えています。ねえ、ともだちとどうやって話してたの?と本人に聞いたりして、笑。

今はレーベルなどの音楽制作ではなく、Spotifyにいらっしゃいます。もう偉い人なんじゃないかなあ。再会した時も、「いまだに俺あのアルバムいいと思うー。LOVEって名前がー。本気で相変わらずサムいけどー。」って変わらず言ってくださったのがとても嬉しかったです。どれも今では、褒め言葉です。

そんな彼にオファーをいただいて、数は多くないですが、私も若いアーティストの制作のお手伝いをさせていただいたこともあります。

共作だと、話を聞いて一緒に書いていけることが面白く、引き出すのが好きなので私も得意でした。ただ、共作じゃない歌詞のディレクションってやつだけは、私は決して得意ではありません。私の答えがその子の答えではないのに、いろんなことが言えてしまうからです。また、いろんなことを言われた方は混乱しますが、それならそれまで、というものが歌詞だからです。自分にも同じことが言えます。

自分なりの成功体験で、バーの高さを感覚的に掴んでいくしか、答えの出しようがないこと。歌詞以外でも似たようなこと、ありません?そしてそのバーが年々高くなって行くような…ってまずい、こういう抽象的なことを真面目に書いているあたり、赤ちゃん人形がもしこっちを見ていたらそろそろ何か言われそうな気がする…。

「サムい」って、いうなれば「そない、おもろない」って意味ですよね?やだなー、笑。

標準語なら、「しらじらしい」とか「わざとらしい」も近いのでしょうか。

応用編としては、「そないおもろないのに、なんか平和な気分」「しらじらしいけど言われて嬉しい」まで昇華できるぐらいには、歌詞も会話術も腕をあげたいものですね。

あ、そうだ、最後に一つだけ。「足首が痛い」などフィジカルな言葉ではなく、人柄や性格に対して「イタい」と表現するあれ、ありますよね。個人的に、日本語の中でいちばん残念な気持ちになるフレーズです。多用する人を敬遠してしまいます。楽しく聞こえるのは、プロが狙って角を丸めて使っている場合のみ。今回の「サムい」はあの「イタい」とは全くもって別物ですので、一応、ご注意くださいね!


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