LOVEのひろいばなし Vol.44「羽織の大学生」

2000年初頭、リサイクル着物屋さんがちょこちょこと流行り出しました。
キャンペーンで行った福岡の天神で、表にずらっと並んでいた羽織。その中から質感が美しい黒の羽織が目に留まりました。わーいお値段2000円。大学生の私にも手が届く!
以降、20年ほど、私はこの羽織を春の上着がわりに着ることになります。
着物ってデザインがエンドレス。植物、花、木々。花火や手毬などのモチーフ。矢のパターン柄など。自然や文化、季節感あふれるバリエーションがすごいなあ。
母方の叔母が京丹後で丹後ちりめんの着物職人をやっていることもあり、柄のみならず、布自体の質感にも大変興味があります。ちりめんはショリショリしてて気持ちがいい。
その土地や時代の人の考え方が、デザインに現れていた感じがして、それを考えるのが面白い。大学生になったばかりの私は、リサイクル着物にハマりました。羽織をカーディガン代わりに、雪駄をサンダル代わりにして、通学しました。
私が入った大学は、帰国生や留学生もいる「国際的」が売り文句の学部。さっそく英語プレゼンテーションのクラスがありました。
「テーマはなんでもいいので、自主的にリサーチをして英語でプレゼンテーションしてください」
なるほど、面白いじゃん。いっそ着物を題材にしよう。
イギリス人の教授は温厚そうです。少人数制、クラスは20人くらい。まずは各自のテーマ発表です。私の番がやってきました。
「着物の柄から近代の日本人の性格や背景を分析して、それぞれの時代の変化を見てみようと思います。というのも、今の私の世代、日本の10代20代とか。あまり政治にも興味がないし、自分の国を誇りに思っていない気がします。『NOといえない日本人』とか言われるし。でも小さくてもすごく美しい側面をもつ国だと私は感じてて。そのひとつが着物です。そもそも日本てどんな国?とか、知れば面白くて誇らしく思えることもあるかも。着物が好きなので、衣装から日本という国の性格を紐解いてみようと思いまーす」
それまでは「はい、OK。次」をリピートしていたイギリス人教授、ちょっとピリっとしたのがわかりました。ながーい、ため息。からの。
「……その考えは危険です」
え?
「今あなたが言ったような考え方。日本という国に誇りを持つ、ということはとても危険な思想です」
鳩が豆鉄砲をくらった気持ちを初めてリアルに体験しました。
教授、柔らかなトーンですが、諭すように話は続きます。
「あと、小さな国だけど美しいとあなたは言いましたね。日本の海岸沿いの何%がコンクリートで埋め立てられていると思いますか。○%ですよ」
いや、知らなかったですけど……っていうかなんだこれ。
コンクリ話自体は本題ではなかったようで、教授の話はどんどん展開して続きました。
「日本人がいう’誇り’。その思想が今までどれだけの在日韓国人を虐げてきたか知っていますか。そういう人たちが今もいて、あなたのような無自覚さにこれからも居場所を失っていくんですよ。このクラスにも1人います」
え。
クラス中が急に1人の女の子を見ました。
その子自体が「へ?私?今関係ある?」という顔で愛想笑い。
「僕はイギリス人ですが、インド人の奥さんと結婚しています。人種の差において自分の国についての誇りを彼女の前でわざわざ披露することはありません。あなたはまだお若いからこれから成長できる。でもその考えのままではこれから人を傷つけることがあるかもしれない」
え、何言ってんだろうこの人。たぶん勘違いしてる。
「誤解です、教授。私は大阪生まれ、大阪育ち、親友の1人は在日だしコリアンだしいろいろと身近に」
えっと、そうじゃない。こんなこと言う意味あるのか?こういう時の反論ってどうやってするんだ?
クラス中が「おー、なんだこの展開」と机に目線を落としました。
50代の大学教授 vs 18歳の羽織りの大学生。
こうなったら後に引けない。でもだんだん私の反論もしっちゃかめっちゃかになっていきます。一応授業中なのでスラング使わないように必死。ボキャブラリーも足りてない。
「私はインターナショナルスクールを卒業しています。各自が自分の国について知識を深めてレペゼンするのは大事だと。いろんな国から来た子たちと話しながら育ったんですけど。えーっと、奥さんインド人なんですね。素敵なサリーをお持ちでなのでしょうか。きっとサリーにも文化や性格がある。で、私も着物をですね。というかファッションも好きなので。っていうか、すみません、あなたの奥さんが私のプレゼンテーマになんの関係が」
「関係はあります。同じ話ですよ」
向こうは母国語です。詰めてきます。まじで、なんだこれ。
この後も教授からのラリーはものすごく理論的で流暢。止まりませんでした。日本人であることを強調することに良い影響があるかどうか、逆の立場だったらどう思う、とか。
「ちがうんです、高校2年の夏休みにそのコリアンの親友の親戚のソウルの家に遊びに行ったんですけどすごく楽しかったしお世話になったし、えっと」
おい教授。なんで私個人の青春が、英語のプレゼンテーマが、人種問題にされなきゃいけないんだよ。私、誰のことも否定してないよ。あなたの理論のために、被害者と加害者の当事者に私たちを仕立てないでよ。と、そういうようなことを言いたいのだけど、うまくいえない。
涙が出てきました。18歳の全身に、なんだかどす黒いものを塗られた気がしたのです。
急に、羽織を着ている自分が滑稽に思えてきました。なんでこんなこと言われているんだろう。なんで私は弁明しないといけないんだろう。みんな見てる。恥ずかしい。みんなの時間をこんな風に使っていることもおかしい。もう30分くらいたってるし。
「私服の学校だったんで、その親友はチョゴリを着て高校を卒業しました。私は着物でした。2人で撮った大好きなツーショットもあります」
18歳が持ちうるリアリティー、思い出をひとつひとつぶん投げました。
「他にも自分の国の民族衣装を着ている子もいました。あと、別の親友はキャラがプリンセスだったんでシンデレラのドレスとティアラでした。だから国とかじゃなくて。誰かの代弁とかじゃなくて、自分を知るとかそういう」
やっと、教授がハッとしたようでした。
そしてベルが鳴りました。授業はお開きになりました。
時は流れて、今年の春。今、私のクローゼットにはあの黒の羽織のとなりに、新しい真っ青なロング羽織があります。
先日、朝早く、桜の名所でもある中目黒に友人と行った際、リサイクル着物ショップに立ち寄ったのです。ウィンドウには春色の羽織が色鮮やかに並んでいて。まだ開店前にもかかわらず、中から超陽気な店主が出てきました。
「いいのよおお、朝からおじさんたちとつまんないオンライン会議してただけだからいいのよおおおお、オホホホ、やだあああ、可愛い女子2人ぃぃぃぃ、お店、開けちゃう開けちゃう〜」
店主のテンションをもらってしまい私も「買っちゃう買っちゃう〜」と数枚の羽織を手に取りレジへ。すると後ろから「ちょっと」と友人が声をかけてくれました。
「これは?似合うと思うけど?」
青の美しいスプリングコートみたいな1枚。めちゃくちゃ綺麗!ああ、やっぱりいいなあ。そして、友人の彼女がこれを選んでくれたこともきっとまたいい思い出になるんだろうなあ、と思い、即決しました。うん、これにする。
試しにそでを通しながら、本当に久々に、あの教室での出来事を思い出しました。
お会計をしながら、ちょっと懐かしくなって、なんだか穏やかな気持ちにもなりました。
あの教授と、今なら落ち着いて話せるのかなあ。
羽織の大学生は、羽織の大人になりましたよって、話せるのかなあ。

私のプレゼンが何か致命的に悪かったのかもしれないです。だとしても何かがおかしいと、18歳でも思いました。
あの日、授業のあと、教授は私を追いかけてきて「まさか泣くとは思わなかった、申し訳なかった」と謝ってくれました。でも何に謝ってるのか全くわからなかったので「許します」とだけお伝えして私は家に帰りました。生意気に見えたろうなあ。
彼が言いたかったことはよくわかります。当時の私ですら、わかってました。平和とか、平等とか、歴史認識とか。彼は良かれと思って誰かを代弁して話してました。
ちなみに私は、この授業には2度と行きませんでした。単位を落とし、この大学自体に心底興味がなくなり、大学を中退し、音楽の職に没頭して道を進みました。
その後、やっぱりあの授業を貫徹すれば良かったと思ったこともあります。ちゃんと発表までやって、教授ともっと対峙すればよかったと。でもさらにその後、いやいや、特に行かなくても大丈夫だったわと思ったり。何が自分のためになるのかは、私にもわからないです。だけど、あの教室を体験して、じゅうぶんに良かったです。
誰かの痛みを代弁できること、できないこと、両方ありますよね。
代弁していいこと、しちゃいけないこと、それも両方ありますし。
中目黒で見た桜は今年も本当に綺麗で、そして、友人が選んでくれたその青の羽織も本当に綺麗でした。
人も、内から咲き誇るものが十分な個性だったり、それだけで他人から見ても美しかったり、それだけでじゅうぶんな主張になったり。そんな風であって欲しいですよね。
そんな話をあの教授としてみたかったです。