LOVEのひろいばなし Vol.41「ルノアールの面接」

15周年イヤーがスタートしました。

いよいよスタートしたので音楽的武勇伝やら何やらをかっこよくお伝えしたいところなのですが、ふと思い出してしまいました。バンド解散からソロデビューの、隙間のイヤーのこと、15年前のことを。

私の隙間イヤー、それはルノアールイヤーでした。

当時の私のバイト先です。バイトしながら、それまでもやっていた自宅レコーディングをさらに勉強しなおして曲を書き溜めるのが目的でした。週5でみっちり働いちゃうと、勉強する時間がなくなっちゃう。できれば週2、3で集中的に。

というわけで面接に行きました。

ルノアールって主に関東圏にあるみたいですね。

モスグリーンのベルベットの椅子やソファが印象的な、なんというか、多少文学的な。それでいて、例えばちょっと怪しげな商談なども綺麗な印象に変えちゃえるような。独特の包容力を持った、昭和の温度感がある喫茶店です。お客さんとして行くのも好きでした。ちょっとお値段がはるけど、水出しコーヒーがおいしい。

働いている人たちはみんな白のブラウスと黒のタイトスカートやパンツ姿。粛々と仕事している印象。ただし、その下に何かしらのキャラを隠し持っている香りが漂っています。あまたあるバイト先からルノアールを選ぶ時点で、きっと彼らは静かなる曲者たちなのだと昔から思っていました。

面接してくださる店長もちょっとクセがありました。30代前半、清潔感のある方でしたが、まゆげ剃りまくり。

店長「えーっと、中村さん、今まで経験は?」

私「……経験と申しますと?(え、彼氏とか?)」

高校時代に英検の試験監督とかベビーシッターくらいしかバイトしたことがないまま18から音楽で働き始めた私です。ほとんどバイトは初体験です。色々基本をわかっていません。

店長「飲食の経験」 私「ああ!ないです」

店長「じゃあ何ができるの」

私「(曲作りとは言えないな)皿洗いとか?割となんでもやろうと思えば」

店長「キッチン志望?」

私「……キッチン志望とは?」

店長「いや、うち未経験者にはキッチン任せないから」

私「ああそうですか(じゃあ聞くなよ、と思ってはいかんいかん)」

人に何かを言われて「は、なんで?」などと聞かずに素直に「はい」と言えないところが自分の弱点、と自覚していた私です。自己改善のため、意識的に自分らしさを殺すつもりで挑んでいたのですが、ついつい母体の私キャラが顔を出します。その度に自分をたしなめつつ。

店長「で、週5、6いける?」

私「いや、あのう、できれば週2か3でお願いしたいのですが」

店長「週5無理なの?できれば週5入れる子がいいんだけど。なんで無理なの?」

おっと。まずい。落とされるかも。

そのタイミングで初めて気づいたのですが。やばい、私、ものすごくルノアールで働きたい。他のどこでもなく、ルノアールがいい。ここがいい。どうやらわたしも静かなる曲者の1人だったらしいです。

ちなみにマネジメントからは「一応一度デビューしている身ですから、身バレしないように、なるべく身分や個人情報は明かさずに」と言われておりました。

絶妙に身分を隠しながら、週2〜3回就労を確実に獲得するための、「週5が無理な理由」とは。自分の頭がぎゅいーんと回転する音が聞こえ始めました。

私「あのう……師匠がですね」

店長「師匠?」

私「はい、師匠がお許しくださるかどうか」

よし。LOVEさんが師匠で、バイトの私はLOVEさんのために働く弟子の身。そういうことなら、嘘にはならないぞ。

店長「別の仕事をしているってこと?」

私「はい、あの、わたくし今修行をしておりまして」

店長「えっ、修行?なんの」

しまった。LOVEさんは何の師匠なのだ。音楽と言わずしてこの場面を乗り切るにはなんと言えば。作曲?雑用?1番近くて嘘にならないものを、今すぐに、自然に絞り出せ。なかなかなプレッシャーに、ここから口調もちょっとおかしくなっていきます。やたら単語の間に申し訳なさそうに「スィーーー」って歯の隙間から息を吸って話すあのパターン。

私「お、、、お、、、音響の修行です」

店長「おんきょう」

私「はい、音響です。スィー、ただまあなんといいますか色々です。師匠、気まぐれでいらっしゃるので、スィー、その日にやると言ったらやりますし、やらない時もありますし。あと、わたくし師匠の食事とか雑用も兼ねておりますので、スィー、週5はちょっと厳しいといいますか、スィー、師匠がなんというか想像もつきませんので……」

店長「よくわかんないけど師匠に確認してもらえたりするの、それって」

私「いや、とりあえず師匠の性格的に、うーん、聞いたところでどうでしょう、スィー、なんといいますか、わたくしも困っておりまして」

店長「じゃあとりあえず週2、3なら確実なの」

私「はい、それはもう(ペコペコ)」

店長「師匠の都合でシフト飛ばしたりとかないよね」

私「はい、そこはもう。労働に対する理解のある方ですので、絶対に大丈夫かと」

店長「じゃあとりあえず週2、3からはじめて、なるべく今後増やせるなら増やしていって」

私「ありがとうございます!!何卒よろしくお願いします!!恐れ入ります!!」

我ながら、でたらめながらも辻褄の合う、嘘じゃない嘘をよく瞬時に思いついたものだと思います。そしてこの妙ちくりんなバイト志望を受け入れた、ルノアールの懐の広さにさらなる敬愛の念が湧くばかりです。

ふう、と胸を撫で下ろしたやいなや、両まゆげが斜め45度にぴっしりと剃り上がっている店長はそのままシフトと支払いの説明を始めました。

店長「うち、給与振り込み〇〇銀行しかやらないんだけど、口座持ってる?」

私「いいえ。△△銀行なら」

店長「ああ、それ無理だから。じゃあ口座つくってもらうことになるから。これ今日記入して」

えっ。いきなり銀行口座を作れと言われても。

店長、それは困るのですよ。大いに困るのです。なぜなら、本日、私は偽名であなたに会いにきているのですよ。

さっきも言ったように、指示をいただき素直に「はい」といえるようになる、という目的も兼ねていた今回のバイト経験です。普段の私とは違う「静かにうなづく子」キャラを妄想しておりました。それに加えて身バレ防止計画を練った末、この日私がなりきっていたのは「中村しずか」という別人だったのです。履歴書もすべて、しずかちゃんの人生を記入して提出しています。

で、しずかちゃん、新たに銀行口座を開設できる身分証なんて持ってないんです。

私「店長、どうしても△△銀行じゃだめですか。もしくは直接現金とか」

店長「え、無理だけど」

私「ちょっと私、銀行口座開設はできかねまして、スィーー」

店長「ふう(面倒くさそうなため息)。なんで」

私「えっと、言いづらいんですが、本名が違うんです」

店長「え、なんで」

私「……(沈黙)」

まいった。これはもう、理にかなう作り話がまったく思い浮かばない。むむむ。ここまでがんばりましたが、お手上げです。それでもなんとかこの場を切り抜けねばなりません。

というわけで、わたくし、若干の嘘泣きをしました。

ええ、すみません、こんなところで「嘘泣き」ってものをしました。

なかなか大人になって嘘泣きなんかする機会ありませんけど、和やかなクラシックが流れるフロアからは見えないルノアールのキッチン裏で、生まれてこの方他に類を見ない、渾身の嘘泣きをしました。こみ上げてくる自分自身の戸惑いをそのまま涙に変えるがごとく、がんばってみました。

ところが、本当に焦っているときって、全然涙が出てこないものなんですね。うつむいてもうつむいても、うえっと絞っても出てこない。

店長「え、大丈夫?」

私「すみません……どうしても理由は言いたくないんです」

店長「じゃあ理由はいいから。本名で口座作ってくれればいいから」

私「一緒に働く従業員の方々にも絶対に本名言わないでもらえますか」

店長「え」

私「絶対に本名を知られたくないんです……普段は徹底して店長もしずかと呼んでいただけたら助かります!!ううう!!!」

店長「あ、うん、そこは“中村さん”でいいから。とりあえず口座つくれればそれでいいから」

というわけで「中村しずか」ちゃんとして無事私はルノアールに採用してもらいました。一番の誤算は、店長もおっしゃっていた通り、みなさん苗字で呼び合っておられたので「しずかちゃん」呼びが定着しなかったことです。ちっ。

その後、記憶が曖昧ですが、6ヶ月くらい?もう少し?1年は働いてなかったと思いますが、中村しずかちゃんとして私はルノアールに通いました。

ちなみにしずかちゃんとしてバイト先に出勤する時は必ず同じ服装で行きました。おさげの三つ編み、おシャレとはいえないケミカルウォッシュのサイズのあっていないジーンズ、そして「ハクション大魔王とあくびちゃん」がデカデカと笑っているラグランTシャツ(薄紫)、だてメガネ、です。

朝6時の開店前に鍵をあけ、配達されているパンをキッチンに運び、水を汲み、オープンから夕方まで働きました。お客さんがくつろいでいるフロアからベニア一枚隔てた超小さな更衣室にて、しずかちゃんの1日は始まるのでした。日々くたくたになりましたが、極上に面白かったです。

ルノアールで働いている人たちも曲者揃いでしたが、お客さんたちも曲者が揃ってました。機会があったらまた今度、ルノアール人間模様編、綴りましょう。

店長、元気かなあ。まゆげ、生えたかなあ。

 

ルノアール、私が働いていた店舗はその後なくなってしまいました。引き続き都内もたくさん店舗がたくさんあるので、ときどき今も打ち合わせで使っています。あの時一緒に働いていた人たちにはもう会うこともないだろう、と思っていたのですが。

ある時、ジャケット写真のセレクト、プリントアウトされたカラーチェックの打ち合わせをルノアールでしたことがあります。なぜだったか忘れたけど直前撮影終わりかプロモーション終わりで、私はメイクがバッチリで妙に派手な顔(生まれつきじゃい)の日でした。

テーブルに広げられたジャケ候補の写真を見ながら、いわゆる通常の会社員ファッションではない個性的でギョーカイっぽいスタッフさんたちと一緒にそれを見ていたら、お水を運んできてくださったルノアールフロアスタッフがテーブル袖で一礼。

「失礼いたします」

クラシック音楽に馴染むジャストな音量です。

カラーチェックに目を落としていた私はそれをどけて、水を置いていただくスペースを作ろうとし。やっと彼女が水を置いてくれた瞬間に目線を上げたらそこに懐かしい顔があったので、バチーーーーーーーーーーーー!!っとガン見しちゃったのですが。

「あああ!!〇〇さん!あの時の!!」と思った私に対し、一方彼女はその時点ですでに涅槃の表情でした。「あなた、あの時の。ってことにとっくに私は気づいています。ですので、もう目は合わせませんの。しずかさんはお辞めになって、あなたと私はもう同僚ではないのですから」感。

凄かったです。さすがルノアールに勤めて長いだけあって、キャラを崩さない彼女のプロフェッショナルな「静かなる曲者」具合。

みなさん、ルノアールで気配を消しているウェイターのみなさんにキャラがないと思ったら大間違いですからね。彼らは偉大なるルノアールのキャストとして存在しているのです。

さすがに15年前なので、もう再会はないかと思いつつ。先日もルノアールにてPC仕事をしながら目の端っこでキャストの皆さんを確認した私です。で再度思った次第です。

店長、まゆげ生えたかなあ、と。


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