LOVEのひろいばなし Vol.4「DRK」

美容&健康オタクの友人がいます。
大学時代の友人なのですが、現在は映画業界でフリーランスとしてご活躍中。長らくお世話になっております。
30代になってから、突如「よっ!」と下北沢のライブハウスに現れた彼女と再会したその直後、我々はチベットに旅をすることになります。もう一人の同級生がチベットに移住したらしい、え、なぜにチベット?さあ?会いに行っちゃおうか!と。そんなノリでの女子二人旅。(チベット話はまたおいおい)
標高3500m、今までで一番宇宙に近い異国のホテルの一室の洗面所にて、私はそれまでいかに美容に無頓着ったかを自覚させられることになったのです。
並んで鏡に向かっていた際、わたしの肌の手入れを見る彼女に、ふと「お腹減ったね!」と同じぐらいの気分で、「肌荒れが治んないんだよね、どうしよ!」と話しかけたところ、「っていうか、日焼け止めは?」と聞かれました。うん?使わないよ?と返したら、「は?」という顔をされました。後にも先にもあれほどの「は?」顔を私は見たことがありません。非人道的な何か、「トイレ入ったあとに手を洗わないの?」などと同等レベルの「は?」だったのでは。
「…日焼け止め、毎日塗ってないの?」
え、塗らないけど?
さすがに標高3500mの高地を旅行中ぐらいは、塗ろうかな〜とは思って、持ってきてはいるけど?
だって、日焼け止めって肌に負担かかるから毎日なんて重いじゃん?
下地?使わない使わない。二度塗りみたいでめんどくさいじゃん。
あとさ、毎日海とかプールとか行くときみたいに塗っていたら、石鹸じゃ落ちないし、メイク落とし使わなきゃいけないのしんどいし?
「え、メイク落としも使わないの…?石鹸?」
そもそも「肌荒れが治んないんだよね、どうしよ!」から始まった会話ですから、私もだんだん気付くわけです。なるほど、おそらくこれは私が無自覚すぎるのだ、と。
見ていると、この人のポーチから出てくるブツは本気です。英語のパッケージのプロダクト、後から調べてみたら、研究論文に基づいて作られた保存料他添加物不使用の基礎化粧品でした。はい、これで洗ってごらん、肌つっぱらないでしょ。全部使っていいよ。その代わり、言う通りの順番で使ってね。毎日の日焼け止めはこれ、ほぼ美容液だから重くないよ。説明もテンションも実際のプロダクトも、決して押し付けがましくなく、まあなんとスムーズなこと。
以降、きづけば私、進んで言いなりになっております。彼女の肌はちょっとした?女優さんばりに綺麗。ただし、高価なエステやらには一切通わない。早起きしての自力アーユルヴェーダ、血液検査からの食事管理と運動、など、「自力&医学の力」というスタンスの美容健康の研究を続けておられます。おもしろいくらいリサーチしているので、サイエンス好きの私も心が踊ります。(最新情報だと、毎日?血糖値を測ってるそうです。ちょっと意味がわからない)
おかげ様でここ数年は、特に最近は、私も劇的に肌の調子が良くなりました。というのも、今年の春ごろに、「ねえねえ、最近何やってるか教えて」とお願いしたところ、彼女から長文メールが届いたのです。「デトックスプログラム」という件名。めっっっっっさ長いです。
「その体、何十年か使ってるんだから毒素が溜まってて当たり前。主に重金属とカビ毒ね」
…怖。
「普段食べてるアメリカ産の安いお肉、どれだけの抗生剤とホルモンが入ってると」
…もう言わないで。
「無理しないでできることから始めればいいから」
…わかった、それならできる。
「生きて腸に届く乳酸菌なんてほとんどないからね、それはそれで死骸になって善玉菌のえさになるからいいんだけど、本気で生きたまま届けたいなら国産の乳酸菌はこれね」
…即買い。
他にもグルテンフリー、カゼインフリー、その理由。
脱・砂糖、クロレラと泥と乳酸菌、から腸と肌の関係性、白ゴマオイル。
論文ですか?という読み応えのメールです。長い。
ジムのパーソナルトレーナー以上に私の体の特性を知ってくれた上でメニューを作ってくれたわけですが、ふむふむと読み進めてやっとメールの締めにたどり着きました。
「〜以上です。というわけで、上記の全て、できない理由がひとつでもあるなら教えて。私が解消するから」
…って、え?できることから始めればいい、って言ったやん…?
衝撃です。「無理しないで」という入り口から、「できない理由がひとつでもあるなら教えて」という出口を出るとは思いませんでした。「私が解消するから」なんて、頼もしい手土産まで持たせていただいて。
思わず反芻しました。
Dekinai
Riyuu wo
Kaisho
いや、美容の話もすごいんですけどね、とにかくこのマインドが、すごいと思ったわけです。
ここまで長くてすみません。でも、これが言いたかった。
具体的な行動手順を全て書き出すだけでもまあまあな労力。そこに、DRK乗せ。
きっとみなさんも、よかれと思って人にアドバイスした経験、ありますよね?
そして、本人にその気がなければ全てが無に帰すような、あの無力感もきっとご存知ですね?
私にははっきりとわかったのです、これまでの私には、DRKが足りなかったのだ、と。
他人の挑戦において、できない理由を解消すると宣言してあげたことが過去にあっただろうか。
平伏しました。
DRKの出口から放り出されたその世界は、元の世界とはもう同じじゃないんです。知識はUNDOできません。もう、やるしかないんです。できない理由を知らぬ間に解消され、できる状態にされちまったわけですね。M的には非常に幸せなことです。以降、私は誰にも強制されていませんが、自主的に、時にサボりながらも言われた通りの手順で美容と健康に気を使っております。
一生に一度は言ってみたいセリフです。
「できない理由がひとつでもあるなら教えて。
私が解消するから。」

この「デトックスプログラム」メール、もちろん返信いたしました。
ほぼほぼこのメルマガと同じことを書きました。あの入り口でこの出口に立たせるって、どんだけ、と。
また、当時すでに韓国では起業していた彼女ですが、日本でも会社を立ち上げるにあたって社名をどうしようと相談されていたので、「株式会社DRK」をしっかり勧めておきました。(ボツになりました)
DRK、実はこのマインドに私が震えたのは、土台があったからだと思います。
それは、私が昔からたびたび考えていた「がんばれ」の使い方と関係しています。
スポーツの試合や運動会などで聞く「がんばれー!!!!」と、音楽活動などをやっている私に皆さんが声をかけてくださる「がんばってくださいね」と、悲しいことがあった時につい人に言いそうになる「がんばってね」。これらは同じ言葉でありながら、徐々に知性をまとい複雑化していく「がんばれ」の進化形態です。
いうなれば、同じ猿ながらDNAが異なるチンパンジーとオランウータンとヒト、みたいなイメージです。シンプルに叫んでいた応援が、最終的には、どう伝えれば相手をがんばれる状態にしてあげられるのだろうか、という自問にたどり着くような…ほんと人間って面倒ですね。
曲を書くときにもよく考えます。応援歌の歌詞なんてだいたいの本質が「がんばれ」か「がんばる」か「がんばろう」だったりしますけど、実は「がんばれる状態にしてあげる」力は、歌詞よりも曲調に大きな作用があるのでは、と最近はよく思います。
EDMで長く走れたり、ボブマーレーで少し楽になったり、人によってはクラシックでめっちゃ集中できたりする、あの現象。ちょっと似てませんか、DRKと。「できない理由を解消してあげる」ことは、つまりは「できる状態にしてあげる」ことですもんね。
仕事や掃除、まだ手をつけていない夢やこれから世の中に起こって欲しい変化など。「できる状態になる」までに時間かかること、よくありませんか。私たちの世界は表面的な「できない理由」に満ち溢れています。一度自問してみると面白いです。そのほとんどが「できない理由」のフリをした「やらない理由」ではないですか?と。
お金がない。時間がない。人材がない。理念がない。やる気がない。ないないない。そう言ってる間はそれ以上の努力をしなくて済みますもんね。私もそう。一個ずつDRKしていくと、きっと人生のコマがひとつ進みます。自分も他人も世の中も、いかにがんばれる状態にしてあげられるかに、我々はもっと心を砕いていいのだと思います。
ちなみに、このデトックスプログラムメールですが、転送した先々でアラサーアラフォーの友人一同の「できない理由」&「やらない理由」をかたっぱしから解消しています。リンク先を全員が踏み、プロダクトの購入に至るという。ですからちゃんとビジネスになさいと友人にはアドバイスしておりますが、いつか彼女が美容健康オタクメルマガ等を始める日が来たら、皆様にもご案内差し上げます。