LOVEのひろいばなし Vol.32「バザールのパレード」

イスタンブール市内にはトラムが走っています。

数年前、たまたま知り合いからの紹介でホームステイさせていただいた、とあるトルコの一般家庭。中心地から電車で40分くらいの住宅エリアにあるおうちでした。

ホストファミリーの皆さんは、私と一緒に遊ぶというより、眠る場所を提供してくれるという具合だったので、数日間、主に私は1人行動。ただし、トルコ版Suicaとプリペイド携帯電話を持たせてくださったり、夜はこの人たちに会うといいよ、とお医者さんだというご友人の連絡先をいただいたり。本当に親切にしていただきました。

そんなサポートのおかげで、乗りこなせるようになったトラム内、割とみっちり人が乗っています。ジーンズ姿の若者か、立派なヒゲのおじさんたち。なぜか圧倒的に男性が多かったです。

はい、そんな車両内に、当時は緑のショートヘアの東洋人、わたくし。明らかに浮いておりました。おじさん、ガン見。いや、見て見ないフリ…おい、どっちやねん。

乗り換えはやっぱり不安がよぎります。なるべく親切そうな人を探して、「グランバザール?This train?」と聞いてみました。うーん、なかなか英語も通じないし、会話にならない。不安が拭えませんが、いざ乗り換えた車両内でアナウンスを聞きながら、路線が合っているとわかったときには1人ガッツポーズしました。やりましたよ、ご先祖様!私、トルコで乗り換えに成功しましたよ!

その日の目的地、イスタンブールのグランバザールは、トルコ語で’屋根付きの市場’という意味を持つ4000軒のショップが立ち並ぶマーケットです。古くは15世紀まで遡るとか。迷路のような作りになっているので同じ場所に二度とたどり着ける気がしません。内部の地図もありません。ただ、どこの路地に入っても活気に満ち溢れています。色とりどりの品物と伝統工芸品などが並び、アーチ型になった美しい天井も見飽きません。

ただし、ここにも。

各軒先に、おじさん、おじさん、おじさん。

トルコランプ、おじさん、家具、おじさん、服、おじさん。食器、おじさん。

全員、ヒゲ。

ひたすら、ヒゲ。

ヒゲばっかで目がおかしくなりそう。おじさんにヒゲが生えてるのか、ヒゲにおじさんが寄生しているのか。

数時間があっという間に過ぎていきます。マーケットの奥深くでやっと楽器店に出くわしました。やはり楽器屋は世界共通、楽しかった!何か買って帰れそうなものはないかしらと、試奏させていただいたりして。

30分ほど楽器屋の店主のおじさん(ヒゲ、やっと薄め)と談笑したのち、その場を後にしました。

マーケットの外に出てご飯を食べたいのですが、入り口出口もどこにあるんだか。

なんとか外に出て、ジモティーオンリーっぽい食堂を発見。テキトーに隣のテーブルの人が食べてるものを指差してオーダー。店員さん(超絶ヒゲ)が持ってきてくれたそれを食べてみましたら、べらぼうに美味しくて「なんじゃこらああああああ」と1人声にならぬ声で感動しました。お勘定して、こんなに調子がよくてどうすんだい!ってぐらい上機嫌で店を出たまではよかったのですが。

あれ…。

ない。

プリペイド携帯が…ない。

帰りも迎えにくるから電話してねって言われてて、その番号も、携帯に入ってて…やばい、これは歴代1位、失くしものとしてやばいかも。携帯を見つけない限り、家に帰れなくなるかも。

私、骨の髄から青ざめました。

空港にも迎えに来てもらったから、ホストファミリーの住所を持ってない。つまり、タクシーに乗れたとしても、行き先がわからないのです。下手したら領事館に行くしかなくなるかもしれない。いや、これ、やばいやつだ。

手元にあるのは、手書きのメモでもらっていた、今夜会う予定の「チームお医者さんの番号」のみです。ギリギリの命綱。今この国で私が頼れる人は、まだ会ってもいないこの人しかいない!

1番近くに見えたホテル、フロントへ突進しました。「電話を貸してください、後生ですからアアア」と泣きついてもみるも、ここに泊まってる?と聞かれ、いいえ…と正直にいったら門前払いをくらいました。当然の展開。

続いて少し高そうなホテルを発見。よし、落ち着け。心は高級客でいくのだぞ。電話だけ使わせてもらえたらどうにかなるはず。レディとしていけ。緑ヘアーに革ジャンで調子こいたキャットアイライン引いてるけど、心と微笑みだけはオードリー・ヘップバーンに今すぐ入れ替えろ。さあいけ、私。ハ、ハロー。

「Yes, may I help you?」

…英語、通じました。もう本当にありがとうございますと連呼しながら電話を貸していただきました。

「すみません、初めましてー、今夜会う予定の日本人の、はいはいそうです!非常に大事なお仕事をされていると聞きまして、いやー素晴らしい。ええ、で、そんな中、大変恐縮なのですが今バザールにおりましてですね」

顔も知らない命綱さんに事情を話しました。携帯、グランバザール奥深くの楽器屋で見たのが最後なんです、あそこに置いてきた可能性が高いんです。というディテールもちゃんと理解してくれて、じゃあ調べてみるから1時間後にバザールから電話して、と言われました。え?バザールに公衆電話があるんですか。

「いや、グランバザールの入り口の紅茶売りとか、適当に捕まえて携帯を借りて」

…ミッション感、ハンパない。

ホテルのフロントにお礼を告げ、どうにかこうにか、駅から1番近いグランバザールの入り口へ。数件並んでいるお店の中に、紅茶のお店が…あった!

…ちょっと待って。

すごい迫力の店主が座ってるんだけど。

今日見た中でも抜きん出て年季の入ったヒゲ。椅子に腰掛けていますが、ほぼ石像。動きません。午後のかたむいたエキゾチックな太陽に照らされている、ヒゲの塊。

あまりの迫力に、ここでふとよぎる疑問。この人、本当に紅茶売りかしら。

表向きには紅茶を売っているけれど、このおじいさん、なんらかの情報屋なのでは。正規医療従事者と闇医者の間に、本来あってはならない闇ルートをつなぎ、医療品の横流しをする業者やギャングもしくはマフィアをかくまいながらマージンをとって生活しているトルコ・アングラ界の門番なのでは。まさか地元警察も紅茶売りの老人が情報屋とは思うまい…。

本当は誰でもよかったんですけど、もうこの人しかいない気がして意を決して話しかけました。

「ハ、ハロー。あのう、電話を貸してもらえませんか。テレフォン?テレフォン?」

ぎょろっとした目がこちらを捉えます。何かを言われたけどわからない。どうしよう、まずは紅茶を買った方がいいかな。

他の店主たちはやたら愛想を振りまいてくるのに、この人は常時真顔。イスタンブールの菅原文太さんかなっていう。予想していたより声も低くてゆっくりで、怖いです。「まずは礼儀を見せるのが道理ってもんじゃけえのう」っていわれてる気がします。低く轟くトルコ語で。いや広島弁かもしれない。ひいい、わからん。とりあえず、いますぐ紅茶を1キロ買います、買わせてください。

…にょき。

奇跡です。しわっしわの手で、おじいさん、携帯を差し出してくれました。何がどう通じたか分からないけれど、携帯、貸してくれたんです。なんで。すごい。

そして、ここからが突然のパレードの始まりでした。手順はこうです。

紅茶売りの携帯を借りて、私が医者に電話する。

医者が、紅茶売りに指示するから電話を代われという。

電話を渡したら、紅茶売りが何やらメモをとりはじめて…あ!勝手に電話を切った!

紅茶売り、メモを私に差し出し、バザールの中を指差す。

私、紅茶売りにお礼を伝えてからメモを頼りにバザールに入る。ただしメモがトルコ語なので読めない。

曲がり角のお店で、どちらにいけばいいか、メモをヒゲ1に見せる。

ヒゲ1、隣のヒゲ2と相談し、メモを持ったまま私をいざない角を曲がって進む。

次の曲がり角にて、ヒゲ1と2が、ヒゲ3にメモを見せる。相談したのち、なぜかヒゲ3と4と5が合流する。

さらに次の曲がり角にて同じ現象が起きる。先頭グループが私を囲み、そのあとに、興味本位なのか暇なのか、関係のないヒゲ6、7、8が合流する。

曲がり角のたびにヒゲが増殖し、ゾロゾロとついていくる。巨大パレードと化す。

もうね、ほんと冗談じゃなくて、20人以上、30人ぐらいはいたのでは。話、盛ってませんからね。道が曲がりくねるので最後尾があんまりよく見えませんでした。

「東洋人の女の子がグランバザールの奥の楽器屋で落とした携帯を探している」という経緯を、彼らがわかっていたのかどうかも、私には知る由もありません。

もしこの人数に、あとでなんらかの案内料を要求されたらどうしよう、と不安は募るものの、もうそうなったらダッシュで逃げよう、明るい「ありがとう!」で切り抜けようと心の準備だけ、しておきました。突如として始まったこのパレードは、やがてひとつのヒゲの生き物と化し、その頭に乗った私は進むしかないのです。ぎーんのりゅーうの、せにーのってー。もういくつめかの曲がり角を曲がったところで…。

突如、あの楽器屋が視界に現れました。

「だあああ!!ここです!みなさんどうもありがとうございます!」

楽器屋の店主(ヒゲ、やっと薄め)が、私とその御一行を見つけるなり顔をパッと明るくして、これこれ!と言わんばかりに携帯を振ってくれました。

感動の受け渡しです。ありがとうございます!命の恩人!とばかりに店主に駆け寄って抱擁。私の切羽詰まった感じが伝わっていたのか、携帯を受け取った瞬間、あたり一斉わあっと喝采が湧き起こりました。約30人の、拍手と喜びの歓声。抱き合う、ヒゲ27と28。手をとり踊る、ヒゲ29と30。

その後、360度みなさんに頭を下げまくる私に構うことなど一切なく、大量のヒゲたちは散って行きました。いやーよかったよかった、面白かった!みたいなテンションで、皆さんそれぞれの定位置へ。ある意味、肩透かし。

どうにかこうにか出口をみつけて私がバザールを出た頃には、すっかり陽が傾いていました。ボスポラス海峡にかもめ。私の手にはプリペイド携帯。二度と会えないだろうあの紅茶売りの老人は、なんらかの重鎮だったに違いない。

「普通、グランバザールで失くしものをしたら、見つかるわけがないからね」、あとで地元民に言われました。そりゃそうでしょうね、無理だよね。これ、奇跡でしたよね。

…また失くしものの話じゃんか。貴重な体験、本当にありがとうございました。イスタンブールのグランバザール、記憶にあるのは、とにかくヒゲの残像です。

 

時間になると、海風に乗ってモスクから大きな音でコーランが聞こえてきます。もちろん宗教的な慣習ですが、歌がこうして町中に爆音で流れていいんだということが面白い、ちょっと羨ましいと思いました。

イスタンブール自体、ボスポラス海峡を挟んでアジア側とヨーロッパ側に分かれている街です。ナポレオンは「もし世界がひとつの国だったら、その首都はイスタンブールだろう」と言ったとか。「うん、それでええと思うで」って私もナポレオンに言いたい。納得です。

東ローマ時代の地下巨大貯水槽、地下宮殿も見ました。歴史にそこまで明るくない私でも、ここが様々な東西の文化の坩堝なんだとわかります。芸術や建築、宗教までもが入り乱れて発展を遂げた場所、本当に独特です。

ここを歩く人たちが、この場所を作ってきたんだよなあ。これからもそうだよなあ。そんなふうに街ゆく人を見ていました。頭上には西に東に飛んでいくかもめがたくさん。

私のトルコ旅行は2014年くらいです。

そのあと、2015年には大量のシリア難民がヨーロッパへ向かいました。あまりの人数の多さにこれは当時「難民危機」と呼ばれました。

難民「シリアで生きるのしんどい。国民大事にしてくれないし、ていうかテロとかISISとかもう武装ギャングの国みたいになってきたやん。ちゃんと眠られへん。トルコを経由して、ドイツとかに引っ越そう。悲しいけど、よし、逃げよう!」

翌年には、「EU・トルコ難民協定」が結ばれました。

トルコ「私らトルコが、シリアの難民、くいとめて受け入れますさかいに、金銭的援助をなんとか都合つけてもらわれへんかな?EUはん」

EU「ヨーロッパの移民問題、すでに手に余ってまして。ほなトルコはん、そういうことで頼みますわ」

っていうようなことですね。以降、トルコ国内では、足どめをくらったというか、ここを居住地にすることになったシリア人や、それでもやはり国境を超えてヨーロッパに亡命しようとするシリア人、そしてそれを受け入れたとはいえ自国の治安に不安を覚え納得のいかないトルコ人との間で、確執も絶えないそうです。

かもめは国を作りません。国も国境も、人が作ります。

私が旅をした1週間後、グランバザールの広場の近くでは爆発がありました。テロです。そして、同じ年には隣国シリアのアレポにて、ISILによる日本人人質殺害事件もありました。

なんつうか。捉え方がわかんなかったです。

私はたまたま日本に生まれ暮らしたりしてますが、もしトルコに生まれていたら?シリアに生まれていたら?ていうかあのヒゲの生き物は元気なの?みんな怪我してない?

2022年、国境があいて、再び人々行き交うようになったら。

私のようにすっとこどっこいな人間が落っことしてきたプリペイド携帯、のみならず、今の世界がどっかに落っことしてきた大事な何か。

私たちの日々が、一緒にみんなで落とし物をぞろぞろ探しにいけるパレードのように進むことを願います。我々の伸びしろは、あの紅茶売りのおじいさんのヒゲよりも無限大だと、私は思いたいのです。


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