LOVEのひろいばなし Vol.28「60年に1度の幸運期」

私、いくつまで生きられるんでしょうか。
人生100年時代といわれておりますが、うーんどうでしょう。厚生労働省によると2020年の平均寿命、男性が81.64歳、女性が87.74歳だったとのこと。
じゃあいったん、平穏に87歳を目指すとして。
先日、芸人のあべこうじさんが私のラジオを愛聴してくださっているとのことで、嬉しいことに彼のイベントにお招きいただきました。3ヶ月に一度、ルミネtheよしもとにて行われているトークライブ「おしゃべりさせていただきます」の年末のハッピースペシャルな回のゲストにぜひ、と光栄なラブコールをいただいたのです。私と、もうお一方、占い芸人のラブちゃんことLove Me Doさんもゲストで登場。
あべさんご本人がものすごく明るくてお優しいお人柄なので、辺り一帯いっきに気がよくなるような。普段芸人さんとなかなか接点のない私はドキドキしましたが、あべさんのおかげでべらぼうに楽しい時間を過ごしました。そして終演後、楽屋に戻るとLove Me Doさんが、「そうだLOVEちゃん」と話しかけてくれました。
「あのね、LOVEちゃんは今、2020年から2021年の2月頭まで、60年に1度の幸運期にいますから。で、来年は魚座がぶっちぎりの1位、引き続きこの波に乗ってがんばってください」
「え!そうなんですか!わーい。15周年が楽しみですう」
…とウキウキになった私。その日はご機嫌に帰ってきたのですが。
そこから、ずっと考えているのです。私、いくつまで生きられるんでしょう。60年に1度の幸運期ってことは…。人生38年目の今年、1回目をもらっちゃったわけですが、次回まであと22年待ちってこと?え?遠くない? いや、ちょっと待て。宇宙のシステム、どうなってるんだ。
次回、60歳から2周目が始まると仮定した場合、じゃあどのタイミングで幸運期が解禁されるので?次のサイクル1年目でいきなり来ちゃう、ってぐらいの幸運もありうるので?「いいえ、もう一度60年待っていただきます」と言われた場合、次回120歳まで生きないと2回目もらえないので?
私の人生、60年に一度ほどの幸運期は、今回がラストの可能性がでてきました。
いや、さらにちょっと待て。生まれる前からの60年カウントにしてもらえたりしませんか。で、今年が60年目にあたる、みたいな。そしたら来年から新サイクル始まるから次回98歳で、みたいな?いや、それも遠い…。
せこいことをいうようですが、もういっそ「幸運ついでに次は30年短縮ボーナス付けちゃいます!」みたいな、それこそどえらい幸運は、ありうるので?
わからない。作りが。星の歯車が。
ユニバースのなんらかの理由でもし可能であれば、できれば今回が最後なんて寂しいこといわずに、もう1回くらいお願いできません?
と、すでに2度目の幸運期をせがんでいる、欲張りな私なのです。
だって、もし他の誰かが60年に1度の幸運期を迎えていると聞いたなら、
「そうかあ、きっと宝くじが当たって、キアヌ・リーヴスみたいな彼氏もできて、生い立ちが映画化されちゃって、長年やってたプロジェクトにはスポンサーがついて、ついでに美容の仕事が舞い降りて体験施術でニキビ跡がすべて消えちゃって全身赤ちゃん肌に生まれかわっちゃって…っていう1年なんだろうなあ」ぐらいは思ったと思います。
…キアヌ、どこ。
まあ、いいんですけども。
だって、とりあえずここまでの私の人生、ずっとものすごく幸運だったと感じられるんですもの。ええ、マジで。ぎりぎりアンラッキーもラッキーにずっとひっくり返ってきた、そう感じています。
幼少期、そもそもまず大阪に生まれたということ。日常生活からボケとツッコミ精神の英才教育を受け、どうでもいいことをスルーできない性格に。女としてはイメージで絶対に勝てない京都女子(主に母)に対し、進撃の巨人ばりの高壁にあたる府境の大阪側こと高槻市にて、早いうちから、なんらかの愛嬌を育む方向に切り替える生存本能が起動。
幼少期その2、ちんちくりんの小6アメリカ時代。すでにおっぱいが巨大に育ってデートなどを誘い合っているアメリカ人の同級生たち、第二次性徴軍団の影に隠れて登校。クラス全員が体育の課題など余裕で終えている中、バスケットゴールに100回投げてもボールが入らず、クラス最後のミニオンズとして「がんばれー」とかなんとか、野次か応援かわからないコールの中、失敗し続けるという屈辱に耐え。結果的に鉄のハートを手に入れる、など。
そして、ここ最近の人生に、猛スピードでフィルムを早送りしますが。
バンド5年の経験を積んだ上でのソロデビュータイミングでまだ20代前半、まさかのドリカム先輩のレーベルに拾っていただき、アリーナツーマンツアーまで経験させてもらい。ひょんなきっかけで始まったラジオレギュラーは11年も続けさせていただいているし、震災以降の東北や、特に福島県とのご縁は深まるばかり。「今日ここにいるという事ライブ」を主催するようになってからは、もうこの10年、感動しない年はありません。
いちばんしんどくなるよといわれた厄年も、実に面白かったです。不思議なことに、その年は正月の初詣から友達に付き合って連れていかれた縁結び恋愛の神様まで、とにかく1/1〜12/31までに引いたおみくじが大吉しかでなかったです。ちなみに私、子どもの頃から、一度も大吉を引いたことがありませんでした。それなのにこの年は、怖いくらい大吉だけ引きました。大きな病気もなく、ご機嫌に過ごし、次の年になった瞬間、パタリと大吉おみくじの波は止んで妙にほっとしたのを覚えています。
ということで、私ずっと幸運期なのでは。
むしろ、この60年に一度の幸運期といわれたこの1年は、ちょうどパンデミックと重なって、1番静かに穏やかに過ごしているのです。ライブは少なかったけれど、その分、体を見直して、人間ドックにいって、今までにないくらい自分に集中できた年。整え直した年でした。
「それ自体が幸運なんですよ」といわれれば、確かにそう。このメルマガも今年始まって、めちゃくちゃ楽しいですし。ですから、もちろんよみは外れてはいないんですけど、ただ、なんかイメージと違うんですよね。60年に1度といわれるほどの何かがあったのか…?といわれると、まだなんです。
つまり…!
お気づきですね、みなさん。私の幸運期、2月頭まで、らしいですから。
こっから。
怒涛の。 追い上げを。
まあ見ててください、2月の私を。
つるつるの全身赤ちゃん肌を惜しみなく晒すカクテルドレスを着て、キアヌ・リーヴズ(似)にエスコートされながら新作映画「西から来た!三姉妹物語」の制作発表にてレッドカーペットを歩き、SOMA BLUE プロジェクトには宇宙から帰還した前澤さんがスポンサーになってくれて、人知れず宝くじに当たってやるのです。
くはっ。楽しみすぎます。
そして、なんて浅はかなんだ。
心底くだらないのはわかってます。けど楽しみすぎる。本当になったらどうしよう、と、このアホほど忙しい年末に、妄想が止まらないのです。
たとえ、人生に1回しか訪れないとしても「60年に1度の幸運期」とやらの波に乗るべく、来年2月までまたいったんがんばって、15周年を3月に迎えようと思います。もう本当に楽しみで仕方がありません。引き続き面白がっていただけたら本望です!

苦しいときや悲しいときがなかったわけではありません。10代のときから、そうです。けどそのたびに、友人や親しい方々に救われています。そのことがとてつもなく1番の幸運だったのではと思うのです。だから何を今更、とも思ってしまうのです。
占いや星回りでいうところの「幸運」の正体って何だろう。って思ったことないですか?
私と、私以外の何かのタイミングがぴったり合っちゃうよ、みたいなことなのかなあ、と想像はしてるんですけども。
ずっと必要なタイミングで必要な人やものに出会わせていただいたと心底思う。最悪のときにこそ、最愛の方々に立ち直らせてもらったし、最高の瞬間に立ち会って目撃してくれる方々もいた。
失敗から立ち直るにも、大事な1曲が生まれるにも、十分な度胸や技術を身に付けるにも、何にせよ、物事にはそれに必要なだけ時間はかかります。それが1日のこともあれば、10年のこともあるでしょう。人によっても違うのでしょう。
…はっ。
そういうのが、今はいろいろ揃ってきてるよってことなんでしょうか。
流れる時間の中を諦めずに泳いでいたら、「あら、あんたも泳いでたの!?しばらく一緒に行く?」みたいな人が集まる、とか。そういうこと?
私にとっての1番の財産は、出会いだと昔から思っていたけれど、だとしたら、宝くじっていうか、出逢いくじ?1等前後賞合わせて、連番で当たっている気がしますし、その先に今があるということは確かに実感します。
努力は1人でもできます。
でも継続は1人ではできなかった。
幸運とは、その結び目の連続のことかもしれません。