LOVEのひろいばなし Vol.25「帰ってきたヨッパライ」

焼き鳥の串が並んでいるケースは、シミだらけ。かっこいい年季の入った木枠です。40年ぐらいはここにあるのでは。

カウンターに全部で7人しか座れない、狭くて古めかしくてめちゃくちゃ好みなお店です。椅子のすぐ背後、みんなそれぞれ引き戸を譲り合って開けて出入りしています。おかげで換気はいい。

中野で焼き鳥を食べました。

音楽室にあった、厳しい顔つきのベートーヴェンの肖像、わかります?あの白髪を、「ちょっと失礼しますね」とボサボサにして、マッキーで眉毛を書き足し、アイヌのお父さん風の上下を着せて、「その巻き方でいいんだっけ?」と一瞬不安になるような雑な感じにハチマキを巻けば出来上がり。

そんな風貌の店主は推定70代後半、寡黙で無愛想ですが、注文を聞き分けながら手際良く串を焼いています。一本気の江戸っ子っぽい。

このご時世ですから、引き続きアクリル板で席はしきられています。ペア、ペア、ペア、そして1席余りが端っこに。

このひとり席、目の前はまさに焼き鳥を焼くスポット。この狭さで目の前の店主とのツーマン、初見の客はちょっとやりづらいだろうなあ、などと思いながら、ひとり席の右隣に私と友人は座りました。

うちの相談役には「お酒弱いくせに、味はしっかりわかるのね」とお墨付きをいただいている私です。とくに日本酒なら、キリッとした東北のものが好き。荒れる海をものともせず船を出す漁師が浮かぶお味、うん、これがいいね、とその夜は宮城の日本酒「浦霞」ナイトとなりました。

他の席もすぐ埋まっていきました。20代前半の可愛らしいカップルが小1時間座っていた以外は、30代から40代のサラリーマンの同僚らしき人たちのしっぽり飲みが続いています。

かかっているBGM は、坂本九ちゃんだったり、ザ・ピーナッツだったり、懐かしい昭和歌謡の数々。なんだかやたら落ち着くなあと思ったら、この日の昭和歌謡セレクト、次から次へと私が小6の時に聴かされまくっていた父のテープとダダかぶりだったのです。

小6といえば、私は1年間両親とともにアメリカで過ごしています。

現地には素晴らしいラジオがたくさんあるにもかかわらず「ポップスはうるさい」とひと言で片付ける気難しい父が、車のなかで一貫してリピートしていたテープがありました。

すでに大学生だったため日本に残っていた姉達が、どうやら出発前に、父が好きそうなCDをテープにダビングして渡していたようです。おかげで、11歳にして私はオールディーズと昭和歌謡の英才教育を1年間受けることになりました。冬に少し遠出して、西海岸へドライブ旅行に出かけたときにもかかっていました。

偉大なるグランドキャニオンに向かう、砂漠、崖、岩。ひたすら乾いたまっすぐの国道。「アメリカ、でかすぎだよ〜」と、飽きるほどの圧巻な景色。

有名なルート66、給油にとまったガソリンスタンドには、映画で見るそのまんまのアメリカンダイナーがありました。油っぽいベーコンと甘すぎるチョコレートシェイクを食し、同じく併設のショップでソーダやポテトチップ、超・アメリカンな品々を買い込み、ビーフジャーキーなどをねぶりながらクールに乗り込んだ車内なのですが…。

山本リンダさんの「♪うーわっさを しーんじっちゃ いっけっないっよ」こと「狙い撃ち」とともに出発し、舟木一夫さんの「♪高校〜さんねんせい〜イイ」の渋すぎるこぶしに、「これ、絶対、高校生の歌じゃないと思う…」と後部座席で砂漠を遠い目で眺め。ただ森昌子さんがかかるときだけは「♪先生、チャラッチャラッチャ、先生、チャラッチャラッチャ、それは先生ェィ〜」と、色っぽいモノマネ込みで熱唱する小6でした。(ちなみに、当時の私はつなぎがベビー服に見えるくらいちんちくりん&瓶底メガネです)

というTHEアメリカ西部な景色を背景に聞き続けた昭和歌謡なのですが、ただ1曲だけ「なぜこの曲はこのテープに仲間入りできたのだろう」と違和感が残る曲がありました。昭和のぶっ飛び元祖オートチューンソングこと、「帰ってきたヨッパライ」です。

「♪おらは死んじまっただ〜ぁ、おらは死んじまっただ〜ぁ、天国に行っただ〜ぁ」

私の世代でも知らない人も多いはずです。お若い皆さん、YouTubeか、驚いたことにSpotifyにもありましたので、これを読み終えた頃にでもご確認ください。ザ・フォーク・クルーセイダーズの大ヒット曲です。

すごい歌です。とある男が酔っ払って死にまして、天国に行きまして、神様に怒られる、という内容です。小6の私は、それでも繰り返しこの曲を聞かされたので、途中のセリフも込みで丸暗記。完全なる一芸として修得しておりました。妙な子です。

とはいえそれも95年のことですから、帰国後はフルで聴く機会もなく。私はあのネバダ州の国道で、若干さっき飲んだチョコレートシェイクに「おえっ」と車酔いしながらそれでも歌えていた「♪おらは死んじまっただーぁ」以来、2021年の中野の焼き鳥家で、本当に久しぶりにこの曲を聴いたのです。

蘇るグランドキャニオン、だが私は中野にいる。

ちょっとこれ、吐き出さないと体が引き裂かれそうだ。

この日の焼き鳥を共に食していた友人はちょうどアメリカ出身だったので、ちょっとごめん、と話を遮ってまで思い出話を始めてしまいました。曲はあっという間に終わっています。

「どんな歌なの」

「あれ、厳密にはどんなだっけ。昔は完全暗記していたのになあ。よし、検索しよう」

この一連の友人との会話は英語でした。ですが、ここで私たちを見ていたアイヌ風ベートーヴェン、焼き鳥屋店主がカウンターの向かいから参加してきました。

「お若いのに、よく知ってるね」

さらにいつの間にか私の左隣には、常連客らしきいがぐり頭が座っていました。例のひとり席の極小スペースにジャストサイズのオヤジさん。スポッとハマっておちょこと徳利を前にちびちびと呑んでいます。聞いたらこの近くの鰻屋の店主だとか。推定74歳、もう何十年と通っているのでしょう。ここ、きっとあなた専用の席だったのね、納得。

「ほんとだねえ、外国の方がねえ、帰ってきたヨッパライを知ってるなんてねえ」

いやいや、鰻屋さん、私日本人です。またか、顔、そんなに派手でもないやろ。

続いて友人に向かって「あんたはどこの人?」と聞くので、金髪が「アメリカ人デス、イチオウ」と日本語で返し、オヤジさんが「あらあらあんたこそ日本語じょうずねえ」と褒め、金髪がまた「ソンナソンナ、タイシタコトナイデス」と実に日本人らしく謙遜したところで。

焼き鳥屋店主、鰻屋店主、私、金髪。打ち解けたこの4人でもって、改めて世にも奇妙なこの曲の歌詞を頭から見ていくことになりました。

「♪酒は旨いしネエちゃんは綺麗だ ワー、ワー、ワッワー」

そうそう、天国エンジョイするんだよね。で、この主人公ですが、そもそもなぜ死んだんでしたっけ。

私「飲酒運転だって!!!」

鰻屋店主(しみじみと)「そうなんだよ〜、いけねえよなあ」

焼き鳥屋(チャキっと)「いけないね、今の時代じゃアウトだね」

金髪(なぜか謙遜しながら)「ソウデスネ〜」

オヤジさん達のおっしゃる通り。あと、父よ、こんなもん、ドライブでかけなさんな。

この主人公、とにかく酒が好きすぎて飲みすぎて飲酒運転で死にますが、それでもまた天国で飲みつぶれているので、2番では神様に酒を取り上げられ、怒られています。神様のセリフが入ります。

「♪なあお前〜 天国ちゅうとこは〜 そんなに甘いもんやおまへんのや〜 もっとまじめにやれ〜」

この曲が大ヒットしてラジオとかでもかかりまくっていた昭和、気が狂ってる。とはいえ、戦時中の日本では許されなかった内容でしょうから、それはそれで高度経済成長と共に自由を手にした世代ならではのヒット曲なのかも。

続いて3番、それでも酒を飲み続け、神様のことを忘れる主人公。とうとう神様が「♪なあおまえ〜 まだそんなことばっかりやってんのでっか〜 ほなら〜 出て行け〜」と追い出します。そして来た道、天国の階段を降りて、足を踏み外し、どこやらに落ちてしまい…。

私「やばい、最後、畑で目覚めてる!!オラは生き返っただぁ〜、だって!!」

鰻屋店主(しみじみと)「そうなのよ〜、生き返るのよ〜」

焼き鳥屋店主(チャキっと)「うん、ダメなやつほど、しつこいからね」

金髪(なぜか謙遜しながら)「ワカリマス〜」

…だからタイトルが「帰ってきたヨッパライ」だったのか!と一同納得。

何十年もここで酔っ払いを見てきた焼き鳥屋がいう「うん、だめなやつほど、しつこいからね」と、まあまあ深酒しちゃってる鰻屋がヘラヘラ笑ってるこのリアリティ。

鰻屋店主の正確な年齢は76歳だそうで、焼き鳥屋店主はそれより兄貴だと最後に教えてもらいました。読みが大体、当たりました。いいなあ、70代店主同士の友情にも似た何かが漂う中野の一角。

AIがどれだけ進化しようとも、ドローンが空を飛ぼうとも、ヨッパライだけは1歩も進化しないという安心感。じゃあ今度はいつか鰻屋さんに伺いますね、とお名刺をいただき、我々は帰路につきました。

大都会、新宿駅での乗り換え。コロナ禍につきそれでもお行儀よくセーブしているらしきほろ酔いさん達が、2021年にも帰ってきた模様です。

焼き鳥と日本酒と「帰ってきたヨッパライ」。大変、味のある夜でございました。

 

ぶっちゃけ、森昌子さんの「越冬つばめ」が1番グランドキャニオンの壮大さには似合ってましたけどね。

「♪ひゅーるりぃ〜 ひゅーるりーららぁ〜 ついておいでと 泣いてますぅ〜」

「天城越え」とおなじくらい、私はこちらも名演歌かと思うのですがいかがでしょうか。サビはわかる人も多いのでは?歌い出しのAメロとか、どんな内容か覚えている方いらっしゃいますか。

「♪娘盛りを無駄にするなと〜 しぐれの宿で 背を向けるひとぉ〜 報われないと知りつつ抱かれ〜 飛び立つ鳥を 見送るわたしぃ〜」

不倫しとるやないか。

という1番よりも、2番のAメロのほうがさらに歌い甲斐がありました。もう1度いいますが、私、これ小6の時ですからね。適当に GAPのロンT、子ども服サイズ130の袖口とか噛みながら。

「♪絵に描いたような幸せなんて〜 爪の先ほど望んでません〜 からめた小指 互いに噛めばぁ〜 あなたと痛み 分け合えますかぁ〜」

ひとしきり昭和歌謡が終わって、オールディーズにテープチェンジするとき、とにかくほっとした記憶があります。そっちなら、映画スタンドバイミーのサントラのような、可愛らしい名曲シリーズだったので。子どもらしくキャンディーとかなめてられましたので。

しかしそんなにのんべえでもない私にとって、この中野の夜は非常に居心地が良かった。音楽が体に入っていたのでしょうねえ。で、音楽も大きな役割ですが、他にも私が気持ちよくお酒を飲むためにはいくつか条件が必要になります。

マイ、5ヶ条。

1.音楽がいい

2.お尻を触ってくるような下心系危険人物がいない

3.同じ空間に気を使わなくちゃいけない人がいない

4.よく寝た

5.明日やすみで心配事がない

音楽がいい、はジャンルというより主に音量ですね。焼肉屋の爆音K-POP、レベルでかすぎで心地よく飲めた試しがない。下心系危険人物は、とりあえずよく知らない男子全員だし、同じ空間にいる気を使わなくちゃいけない人というのは、大体が打ち上げで一部メンバーが連れてくる嫉妬心の強そうなガールフレンド勢やら、仕事の飲み会なのに人見知りで困っているか「人見知りなので」と会話の努力を放棄している年下勢など。よく寝た、は10時間ほどだし、心配事がないとは締め切りや練習が終わっていることです。

意外と5ヶ条、揃わないんですよ。

なので、「そこに酒があるから」の1条件だけで心置きなく呑める方々が本当に羨ましいです。誰とはいわないですけど。


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