LOVEのひろいばなし Vol.23「イスタンブールの同年代」

数年前のトルコ旅行をきっかけに出会った同年代の4人の女性を紹介します。

もともとはアイスランドに旅行しようと思って調べたルート、ちょうど乗換経由地がイスタンブールだったんです。西洋と東洋がつながる場所トルコ、1度は旅行したかった場所です。この機会に1週間ちょっとのお休みを、アイスランドとトルコではんぶんこすることにしました。

トルコの治安どうなんだろう。一応安全面を考えてジモティーの話が聞きたい、あるいはオススメの宿泊エリアだけでも教えてもらえたらと話していたら、新聞社の方からご紹介いただきました。東京在住のトルコ人女性、名をエブルさんと言います。

同年代ということで、リラックスモードで会いました。新宿のトルコ料理店で待ち合わせ、初対面ですが2人ランチ。すぐにわかりました、大変知的な女性です。

文化親交のNGOで働いてらっしゃいます。ヒジャブ(イスラムの女性がまとうスカーフ)は顔全体というより、髪の毛を見せないスタイルでまとってらっしゃるので優しいお顔はよく見える。ねえねえ、そのスカーフの中はどうなってんの。といった具合にイスラムの風習やトルコについて無知な私の失礼な質問にもひとつひとつ微笑みながらカジュアルに説明してくれました。私よりもはるかに品がある日本語で。ううう、頭が上がらない。

「あなたのフライトを教えてください」というのでお伝えしたところ、たったひとこと「お任せください」とニコリ。後日、空港に迎えが来ますからとご案内いただいた宿泊先は、「友人宅です」ってまじか!超親切!急なホームステイ、決定です。

アイスランドで大自然を堪能したのち、イスタンブールの郊外にある住宅街へ直行しました。迎えにきてくれたホストファミリーの旦那さんはロイター通信の記者、奥様は敬虔なイスラム教徒。ご家族で東京に駐在されていたこともあるとか。

到着が夜中だったのですが、旦那さんと静かに玄関に入ると、まだ起きていてくれた奥さんがベッドを整えてくださいました。こちらが2人目の同年代、イスタンブールのミセスです。

翌朝、改めてお会いしました。ミスターはお仕事に、お子さんは学校に向かったあとです。2人きりのキッチンにて朝食をいただきます。

あまり近しくなかった同じクラスの同級生の家に急に泊めてもらった感じ、とでもいいましょうか。一瞬気まずいものの、思っていたより話合うじゃん!みたいな。文化圏が違うとはいえ、親近感が湧きます。

キッチンに入ると、すでにヒジャブを身につけてらっしゃいました。家にいてもつけるんだ?…じゃない!客人としてもてなしていただいてるんだ!と気づいた私は思いっきりパジャマです。へへへ、すみません。

ちなみにあのヒジャブ、すごいですよ。巻き方を見せてもらいましたが、ピン1本でこめかみあたりをピッと止めるだけ。ほおお!どうなってんだ!って感じで、お見事な手際でした。

さあ、トルコ最初の食事です。テーブルには、色とりどりのフレッシュなチーズと、細長いミニトマトと、焼いた茄子のスライスと、パンが並んでいました。オリーブと卵もあったっけな。

食卓につき、これはなんのチーズ?と質問してみるも、ミセス、肩を竦めてニコニコするばかり。英語も日本語もトルコ語も、お互いに全く通じておりません。途中で2人して笑いながら会話を諦めました。

私は日本語で「美味しい!」を連発しながらもぐもぐ食べ、彼女もトルコ語で話しながら最後まで一緒に食べてくれました。でもよく笑いました。果たして私はあれだけたくさん、何のチーズを食べたのでしょう。とってもさっぱりしていて美味、新鮮な朝食でした。甘い紅茶も入れていただき、彼女のおかげでとても幸せな朝でした。

ミセス、徒歩で駅まで送ってくれました。道すがら、商店のガラスに移る我々、なかなかなツーショットです。ヒジャブと真っ黒のお召し物、古き良きイスラム女性。その横の私は、緑のショートヘア、革ジャンで…おい、ジーンズ破れとるがな。

さて、日中1人でプラプラしている私に合流してくださることになったのが、ご紹介いただいた友人たち、チームお医者さんです。医学生だというガールフレンドのレベッカさんも、また歳が近いとか。3人目の同年代です。

外科医の彼よりも一足先に仕事が終わったということでまずは女子2人でショッピング。彼女はモダンかつオープンな女性です。カーリーヘア、ヒジャブはつけておらず、ジーンズとパーカー姿でGAPのモデルさんみたいでした。

イスタンブールにも「新宿×渋谷」みたいな場所が、当然ながらあります。トルコのPARCO、トルコのH&M、トルコのSEIYUの2階風など。ほほう、ギャル系キラキラと、あとやっぱ生活感あふれるワゴンセールは万国共通なのだな。

レベッカちゃん、東京に行ったことがあるというので、どうだった、と聞きましたら、急にパンツ論がはじまりました。日本で売っているパンティーはなぜにあんなに布が多いのだ、と。

ほら見てみなよ、とすぐそこにある下着売り場を指差す彼女。次々と手にとって見せられるトルコのおパンツ。なるほど。これ、全部、おしりが半分以上ぷりっと出るスタイルですのね。確かに、日本の平均的なおパンツの1/3くらいの布量。見渡してもガードルなんてものはどこにもないですね。すごいね。

あなたがた、宗教上、肌とか髪の毛とか見せちゃいけないとかいって、2021年の世界の一部からは女性に対する人権侵害だともいわれている文化背景をお持ちでしたよね。なのに、おパンツはおしりを丸出しにされるのですね。そのおパンツを纏っている下着姿のマネキンですら、ヒジャブはかぶってます。なんでなん。

「ね?東京のパンツは布多すぎだよ」

これが東京の感想だそうです。もっと他にもあったでしょうが。

バーで1杯飲んで、ダーツして、彼氏も合流して。最後はトルコの三軒茶屋みたいな街のストリートレストランでわいわいと美味しいシーフードを食べました。

翌日、私は1人でボスポラス海峡の遊覧船に乗りました。かもめがひたすらついてきます。

海の近くにはスパイス・バザールがあって、とにかく通り一帯、大量のスパイス!エキゾチックな香りと潮風が混ざった香り、個性的なイスタンブールの街並みと一緒に記憶しています。その昔、胡椒やスパイスを運んで栄えたシルクロードを垣間見たような気分でした。

モダンで都会的な格好をしている人も見かけるけれど、ヒジャブで肌を見せずに歩く伝統的な女性たちも行き来しています。本当にほりが深く濃くて美しい。観光地エリアは気のいい商売人たちと、豪快なおばちゃんたちで溢れていて、なんだか大阪みたい。あなたフォトグラファー?写真をとって!などとおどけてくる人たちもキュートです。

そんな観光地のストリート、1本裏路地に入ったとき、道端に座り込む女性と赤ん坊を見ました。彼女が4人目の同年代です。名前もわかりません。

この女性、ボロボロだけど明らかに美人。キリッとした目で前を見ていました。私より少し若く見えました、そして赤ん坊は生まれたばかりのようでした。「最近、隣国シリアからの難民がちょっとずつ増えていてね」と聞いていた、超初期のシリア難民でした。実質はホームレスと同じです。

どうやってストリートで乳幼児を育てることができるのでしょう。女性は前を見据えて、赤ちゃんを抱いて体を揺らしていました。

ヒジャブのようにしっかりと顔や髪を隠すようなものではなく、ただゆるやかに汚れたスカーフを顔の周りに巻いています。これ、汚れてはいたものの、ものすごく刺繍の美しい立派なものだとわかりました。見るからにシルクでしたし、顔の周りを回って、上半身を包むにはたっぷりしたものでした。

彼女、難民になる前のシリアでは、東京での私の暮らしよりもはるかにいいところのお嬢さんだったのでは。歳が同じで場所が違えば、クラスメイトだったかもしれない。そんな女性が、こうしてトルコの道端に座り込んでいる、という意味が、直視してもよくわかりませんでした。

東京のNGOで働く、エブルさん。 古き良きイスラム女性、専業主婦のミセス。 医学生のレベッカさん。 シリア難民の、若い母親。 いち観光客の日本人、私。

みんな同年代です。

エブルさんは、教育を受けられて、目標を見つけて努力して日本へ移住されて今でも日本とトルコの架け橋に貢献されています。

ミセスは、伝統的な女性でありつつ国際的な考えをもつ記者の旦那さんを支えています。娘さんもあれからまた大きくなられたことでしょう。

レベッカさんは、ご自身は大変モダンでありつつも、伝統的な街の人々が訪れる地元の街の病院で働いています。

シリア難民の母親は、本当の経歴も、現在の生死も、知りようがありません。

私はあのトルコ旅行から数年たって、東京で暮らしながらアルバムを出し、ライブをして、また自分の次の未来を考えています。

比べようがありません。私があの時期にちょっと垣間見ただけの彼女たちの背景など、想像のしようもありません。それぞれに、それぞれの人生です。

ただ、いろんな人たちそれぞれの生き方が、途切れることなく今につながっているような気がして仕方がないのです。

私のトルコ旅行は2014年でした。

理屈などないけれど、エブルさん、ミセス、レベッカさん、そしてあのストリートの母親も、目に宿していた光がありました。それぞれの個人が生きる道が、何かにつながっていると思いたいだけかもしれないけれど、今思い出すだけでも数年を超えて届く何かがあるのです。

だから何、とか、理論的なことは特にありません。

ただ、ひたすら、自分を無駄にしたくないな、と彼女たちを思い出すたびに思います。

出会いには、そういう力があると思います。

 

同じ国の、同じ街の、下手したら同じクラスの、同年代を見て、同じであろうとする女性がいかに多いことか。

そう思って書いただけです。本編でほとんど目的を果たしたので、今日はあまりはなしの続き、ないんですけどね。

どれだけ自分を説得しても、繰り返し「人と比べるのをやめよう」と何度自分で思っても、環境がそうさせてくれないことも多々あります。なので、時々本当に環境を変えると良いと思います。旅行はその最たるもの。

それでいて、世界でどこにいっても似たようなことを人間はしています。布の分量が違うけど、結局パンツはくし。ごはんたべるし。楽しく笑うし。失恋したら泣くし。人に親切にもできるし。

私も、繰り返し「あ、人と比べてるなー、オイオイ」と自分と会話することはありますが、トルコのおパンツを思い出すと、どうでもよくなります。

だって、イスラムでいうところの、社会的に慣習的に女性に課された制圧というかマナーというか、そのシンボルのひとつがヒジャブでしょ。肌みせちゃだめよ。髪もね、っていう。

…でもさ。まじで、あのパンツ。もう価値観がラビリンス。

どうせ同年代と自分を比べるなら、大陸ごとに、とかで見た方が自分のためになりそうな気がするのでおすすめです。

大人になっても、他人との比較は続きます。年収、体型、持っているもの持ってないもの。住んでいる国、価値観の差など。がんばる理由になるなら良いけど、へこんだり焦ったりする場合には、もういったんトルコのおパンツに免じて、アホらしくなっていただくのがいいと思います。

同年代、それぞれに素敵にがんばりましょう。


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