LOVEのひろいばなし Vol.21「初めてだらけ」

「いつでも僕ら」という曲の中に、「幾年重ね その手をとる日まで いつでも僕ら 初めてだらけ I love you」という歌詞があります。

誰もが子どもの頃は、行く場所、食べるもの、経験すること、すべてが初めての連続です。赤ん坊が食べる初めての梅干しとか、レモンとか。何度見てもあの「なんちゅうもんを食べさせ…おあああ」の衝撃の酸っぱ顔、めちゃくちゃ可愛いですよね。世界中の赤ちゃんに、順にレモンを食べさせる仕事の派遣会社があったら登録したい。

初めての飛行機、初めてのキャンプ(なぜか超台風)、13歳で初バンジージャンプしたときのこととか、私もいまだに忘れられません。子どもの頃のそれはだいたいがキラキラしていて、ワクワクハラハラするようなことばかりです。そして思春期になってからは、初恋→初告白→初振られ→初ちゅどーん、など。そのあたりから、すこしずつ、失敗や悔しさにも出会っていきますよね。

初めて社会に出てからは、キャリアを積んでいくことになるので、まったくの1年生になれる機会はだんだんと減るかもしれません。

とはいえそれはそれで、初めてのデビュー、初めてのノルマ、初めての急性胃炎(締め切りを守れなければ死刑だと思っていました)、初・アリーナライヴ、初オノ・ヨーコさんにご対面、初・念願のアイスランド旅行、初・ひとりラジオ生放送にて緊張解けず5時間終わって爆泣き、などなど、それなりに色鮮やかな初めてを積み重ねてきた私です。

こう書くと色々やってきたなあと思うものの、とはいえ、日常の中ではどうしても「お!私は今初挑戦をしているぞ!」という感覚が減っていきます。みなさんもきっとそうなのでは。

他人からも、必然的に経験値が高く落ち着いていることが評価されはじめ、その分失敗も許されなくなりがち。だからまた大人は初挑戦をなんとなく避けていくようになるのかも。

ですが。

私たちの人生、たとえ一生を終えるときでも、それ自体が初体験になるんですよね。そう思うと、特に大事な方たちと見る景色や繰り返す日常は、実は一生初めてづくしで溢れかえっている。

そんなことを思って、0歳児「おぎゃああああああ」の瞬間からたとえ愛する人が亡くなった後でも何年たっても聴けるような一生分のラブソングを描いてみたい、と思って書いたのが「いつでも僕ら」でした。

そう、この視点で探してみれば、けっこうな頻度で実は「初めて」の経験が皆さんの日常にも隠れているんじゃないかと思います。特に、1日の最後に「ああ、今日は疲れた」と肩を揉んだ日、あなたは何かしらの「初めて」をやっていたのでは。たとえその日やったことが何度も何度も繰り返し慣れ親しんでいることだったとしても、知らず知らずのうちに何らかの初挑戦になっているのでは。

先日の1年半越しのリリースパーティー、私、久々に怒涛の初めて尽くしを経験しました。

1歳児がレモンと梅干しを口に放り込まれながら、オノ・ヨーコさんの前でバンジージャンプしている初体験をテレビ生放送していたような感じです。ナイスレモン!とかナイスバンジー!とかナイスヨーコ!とか、ありとあらゆる掛け声が、応援が、心の中で飛び交っておりました。

私の1番の仕事はボーカリストです。魂を乗せて歌に集中することが1番。で、次にバッキングギタリストです。自分が歌うためのギターですので、本当はアコギのカッティングぐらいがちょうどいい。その分、アコギカッティングのリズムには注力してきて15周年を目前にした今やっと自信があります。

ただしうぬぼれてなんていません。ええ、ええ。自分がジョンメイヤーじゃないことぐらいよくわかってます。エレキはまた別物。エレキを弾くのは大好きですが、フレーズとかソロとか、どっちかといえば「たのむ、誰か、弾いてくれ」派です。

そんな私が、エレキでスリーピースでLOVE名義のライブをするのは、実は初めてだったのです。

ベースTOKIEさんドラム山口美代子さんと組んでいるTHE LIPSMAXではそもそもスリーピースで曲作りをしているので、大丈夫。FUJI ROCKでもぶっちぎりました。ですが、ソロのおラヴさんの楽曲は「こんなもんどうやってスリーピースでやるんじゃい!!」という繊細なつくりになっています。

Co-producerの井上慎二郎さんの細やかな演出がかしこに効いていて、同時に無駄がないのでそのフレーズをカットしちゃうと違和感がある。厳密にそのまんまは再現できなくても、やるしかない。はい、初ギターソロ。初ギターリフ。初挑戦、喜んで。カッティングすら、アコギと同じ弾き方じゃエレキじゃサマにならないのね。体に入れ直し。

あと、そもそもおラヴさん、作るときはライブのことなんて考えずに無制限の可能性で曲を書いておられるので、ピアノじゃなきゃ雰囲気変わっちゃうじゃん、みたいな曲もありました。夜な夜な練習して、ご愛嬌でも今の最大限に初挑戦。はい、初・シンセ一曲、初・ピアノ曲を2曲。

コロナ以降、初・渋谷ですし。まあリリースパーティーだからバンドで新曲初披露ってのはもちろんですし。もう数年来知っているはずのベース御供さんが、別人くらいリハでお喋りキャラになっていて、初・本気でどうしようかと思ったし(本番は喋ってくれないタイプ)。そして、初・有観客&生配信ですしね。

いやー、おそるべし。力んで歌ったら配信だとアラが目立ちます。けれどライブだとそれが当たり前の歌い方だったりします。初「私に、同時にどうしろと」な気持ち。

それでも同時に、会場とオンラインの向こうにいるみんなにも分け隔てなく届けようとして、我々歌い手は当たり前のようにハートを使いまくり、込めまくる。演奏者も然りです。この1年半、先にライブを再開していたたくさんのミュージシャン仲間の努力もやっと体感できました。

そして1年半も待って、それでいて忘れずにきてくれた、観てくれた方々の存在。そう、何よりも1番凄かった初めてが2つあります。

その1は、「初・こんなにも皆さんの前で直接歌えること自体が嬉しいのか!」という気持ち。歴代1位でした。バンジージャンプ40メートル越えの感情。1曲目が終わった時点で、全身からブワッと湧き出た間欠泉のような喜びを噛み締めました。ナイス間欠泉!

そして、その2は、終わった後になってもっとじわじわと湧く温泉かけ流しのような感謝の気持ち。これ、歴代1位、でした。こんなにも多角度でありがたいと思ったことは初めてです。大袈裟じゃなく「自分もみんなも生きていてくれてありがとう」が本心で胸の真ん中から湧く、みたいな。嗚呼、ぬくい。あったまる。心が緩む。温泉卵もぐもぐ…。ナイス掛け流し!

「いつでも僕ら」の歌詞、2番のサビでは「どれほど伝え切れたと思っても いつでも僕ら あとからわかる I love you」と歌っています。

まさに、です。その場でも、いろんな人たちの気持ちを想像したり受け取ったりしてお礼を伝えたつもりでしたが。あとからまたどんどん感謝が湧いています。

会場で精一杯拍手をくださったみなさん、アンコールはないと伝えたけれど止まなかった拍手。逆光でシルエットだけだったけどTシャツを振って最後列で踊ってくれていた方々。終わってからも見直してくれている方、遠方からの感想をくれたオンラインの皆さん。そしてそんな皆さんに届けるために、音や映像を作ってくれたプレイヤーやスタッフのみなさんがいなかったらどれだけ孤独で無意味な1日だったろうと思います。

正直、やりたくてできなかったこともいっぱいあったし、一夜限りならではの初日らしいミスもみんないっぱいありましたが、それすら「できる」ということが、こんなにもありがたいとは思いませんでした。

また精進します。がんばります。ジョン・メイヤーは無理でも、いつかジェームス・イハみたいなリフを弾きながら、もっとしれっと歌えるようになってやります。クールな俺。ヘラヘラ笑わない俺。イントロ弾き直さない俺。

次の目標ばかりを見ているといつも自分に喝を入れたくなることばかりですが、振り返ってみればいつの日か「初挑戦」したことが知らぬ間にできるようになっている、そんな今でもあります。数年前の私ではできないライブでした。毎回完全にはキマりきらない自分がいつだってもどかしくもありますが、次の「初挑戦」のためにも、ありがとう、を大事に噛み締めました。

1年半、毎月のYouTube生配信ライブを続けてきた基礎のおかげで開催できた部分も大きいです。この新時代を、またRECスタジオからの生配信“ゾロ目の日ライヴ”を続けながら、来年迎える15周年にむかって参ります。何かしらの小さな初めてがまたたくさん待っていることに期待します。初めて、って終わりませんねえ。

みなさんはどうですか。1番最新の「初めて」はご自分で考えると、どんなことでしたか。きっと苦くても酸っぱくても、以前の自分ではできなかったことをできるようになっていて、もしくはそうなれるように起こった出来事ではありませんでしたか。

ご自分にも是非「ナイスレモン!」を。

 

ライブ当日なのに、全体打ち上げもない、このご時世!ワンマン後に直帰するのも初めてじゃない?

友人(Miss.DRKこと、DできないR理由をK解消してくれる健康マニア女子)とふたりきり、その日は楽器の積み下ろしを終えた我が家でうどんを食べました。ライブがああだったこうだったの話と、「遺伝子レベルでミトコンドリアを元気にしよう」というまた新たなネタのラビリンス。「最近やった血液検査の結果とかないの?ちょっと見せて、見せて」と謎のリクエストを受けながら、渋谷の夜を反芻するいい夜でした。

そして、だいたい本番翌日は爆睡です。その後メンバーやスタッフさんたちに感想やお礼メールを送ったりします。ドラムの佐治さんはもう次の日には福岡で藤井風さんのツアー本番やっていました。リハも本番も移動も、すごいハードスケジュールだったのに、彼の完璧な予習と曲への理解とリハへの取り組み。もう佐治さんの爪の垢を煎じて物販で売って、自分で買いたいくらいです。それでいてめちゃくちゃ楽しんでいってくれました。よかった…!

よく私の環境を「LOVEちゃんはもっといい環境でやるべきだ、そしたらもっと楽にできるでしょ」と、老婆心でいってくださるギョーカイの方がいます。私は、過去にドえらい恵まれた「スタッフ何人おるねん」みたいな環境で歌っていたこともありますので、仰っている意味はよくわかるのですが、いわれるたびに「だけど今の私が楽になるポイントはそこじゃないんです」と胸の中で思うのです。これはいってもなかなか伝わらないことなので、あと言葉を選んでくださったんだなと思うので、いつも「ありがとうございます」と頭を下げるようにしています。

PA、モニター、楽器、サポートプレイヤー、リハーサルや当日の進行など。フルバンドで、いい音環境で、リハーサルをもっと何日もやれたらスタッフもステージ上も一体となり、ミスも減る、本番はもっと良くなる。特に練習している音環境がいいと、演奏やアレンジを探ったり迷ったり気が散ったりする無駄がなくなります。これは真実なので、一生向上の余地があります。

ですが、私が1番楽になるのは、私自身がやろうと決めたことを早くできるようになること、ただそれだけなのです。そのための環境はよくしたい。けど環境やスタッフがどうこう、じゃない。(むしろ、やっていただけることに恩返しをとっととできるようになりたい。)

歌はある程度自由自在にできるけれど、演奏が上手くなって、経験値を積んで、余裕ぶっこいていろんなことができるようになることが1番私が楽になれるということ。これは自分次第。毎年確実に少しずつ楽になっています。でも一生修行は終わらないとも思います。

良かれと思って「LOVEちゃんはもっと周りに気を使わないでさあ」といってくれる人にほど私は気を使ってしまいます。そもそも、私が周りのご機嫌を伺ったり気を使わないで済むように、ご一緒する仕事人にはご自分の仕事に集中してもらえるようにしたい。思う存分楽しみながら私の現場に参加していただき、色々提案してくれたり、いいも悪いもご自分の意見を遠慮なくいってくれるような方こそ、私にとっては1番楽です。

ってこれ、実は難しいことを人に要求しているのだろうと思います。だから佐治さんのようにド集中してリハ初日から現場に来てくれる方の存在が本当にありがたい。

それぞれの分野での超能力がある人とやるのも楽です。センスや話が合う信頼できる方と仕事をさせていただき、その方の才能にお任せしたい。人数は少なくてもいいから、そういう家族みたいな環境を、少ない時間でも作りたい。私も必要なら3役くらいは喜んでやりますので、人間的か技術的か、どちらでもいいから1人2役くらいできるスーパーマンたちとだけ一緒に仕事をしたい。

こんなわがままなやつに付き合ってくれている方々こそがすごいのです。配信チームもそうだし、物販ガールはいつも私にアクセサリーを提供してくれるプチスタイリストでもあります。今回のピアスも可愛かったなー!

ソロアーティストにとって、バンドライヴはサーカスみたいなもの。毎回、違う場所で違う材料でテントを組み立てて、またいなくなる感じです。

で、あんまり感謝をいう機会がないのですが、誰よりも白目をむいてテントを組み立てているのはマネージャーである相談役です。人に聞かれる質問も1番多いし、突っ込まれることも1番多いはず。ですから、これも初かもしれませんが、この場を借りて公開感謝の刑に処したいと思います。1年半ぶりで色々な具合を思い出すだけでも大変だったはず。コロナ禍ならではの面倒な手続きも山ほどやっていただきました。本当にありがとうございました。ナイステント!


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