LOVEのひろいばなし Vol.18「当局」

「当局」って?
曖昧さゆえの、不気味さ。基本的に海外ドラマかスパイ映画でのみ、字幕のセリフで見かける「当局」。
私たち庶民が普段お世話になる局といえば、郵便局、ラジオ局、テレビ局ぐらいのものです。CIA、FBI、MI6あたりに直接ご挨拶申し上げる日は多分一生来ないかと。というか、来なくていいかと。
私がこれまでの人生で対峙した、一番大きな「当局」。それは実態の見えない、どこの機関なのかよくわからない、不思議な局でした。舞台は、数年前に友人といって参りました、チベット旅行です。
私と、私の大学の同級生(映画畑のフリーランサー)のミスDRKこと、おちよちゃん。ふたりで乗りこんだ中国西寧市からの24時間の夜行列車、てんやわんや旅の末に辿り着いたのは、乾いた空気が頬に冷たいチベットの首都、ラサでした。現地に迎えに来てくれたのは、同じく大学の同級生で、現地に移住した強者日本人、ミスチベットです。そんなきっかけでもないと、まずいかなかったであろう、僻地チベット。
平均標高約4000メートルを誇るチベット高原。首都部のラサでも標高3700メートル、チベット語で「神の土地」という意味だとか。富士山3500メートルよりも上空ですから、宇宙に手が届きそうなぐらい、太陽も近く光量が多いので日差しも強烈です。
そんな場所で数年越しの再会を果たし、きゃあきゃあとはしゃぐ元・女子大生3人組。それを横目で微笑ましく見ていたのは、今回のすべての行程に同行する現地ガイド、27歳のティーくんでした。
地元の歓迎の儀式で使うという白いスカーフを用意してくれていて、首に巻いていただき、ではいきましょうか、とドライバーさんのジイさんが待機しているバンに一同乗り込みます。元僧侶だというジイさんは60代くらい。
さて、このお2人、地元チベットの旅行会社所属のガイドさん&ドライバーさんなのですが「現地の方々にちゃんとお金が渡るように」とミスチベットが直接紹介してつないでくれました。
実はそもそもチベットでは個人の自由旅行が許されていません。私たちが旅行するためには、当局に許可証を申請し、取得する必要があるのです。こんなの私も知らなかったです。出た、当局。
ミスチベットから「特に報道関係者とか外交関係者には、渡航の許可証が降りないらしいから」とアドバイスを受けていたので、私は単に音楽家として申請。
「もう長い間ラジオ局で生放送のお仕事もしてますけど、それって厳密には報道関係になるのかな。あくまでも音楽番組だけど…いや、新聞社のコーナーもあるな。これ、許可降りなかったら、飛行機先にブッキングしたやつ、パアになるってこと?」
てやんでい、旅行会社経由の謎の組織、「当局」。直接やりとりをすることもできないので、細かい質問もできませんし、下手に質問もしちゃいけないような気がして、妙にハラハラします。別に嘘つくわけでもないのに。
通常なら数週間で届くはずの許可証ですが、旅行社から「党大会があるから1ヶ月以上かかるかもしれない」との返信が来ました。すごい、党大会ってなに?っていうかマジで当局って何の機関?中国?チベット?どっち?謎なまま、プロセス進行。
結果、我々はただの観光客(害なし)とみなされたのでしょう、飛行機のキャンセル日程ギリギリで許可証が届いたときにはほっとしました。出発前から無駄にドキドキするっつうの。
さあ、この許可証を持っていよいよ無事チベットに降り立った我々、到着直後からまた「当局」の存在を徐々に刷り込まれていくことになります。現地でも必ず許可証を身につけておいてください、とのこと。もちろん!そのぐらい、かまへんで!だって、空は青いし!友人との再会は嬉しいし! 別に悪いことしにきたわけじゃないし!
いざ、楽しい旅の始まりです。わーい。めっちゃ異国―。空気うすーい。最初に行った茶屋で飲んだミルクティーが超おいしーい。と思ったらいく先々で出される‘バターティー’が似て非なるものすぎて、すえた香りで超まずーい。けど「出された茶には口をつけよ」が絶対的礼儀らしくて、つらーい。おちよちゃん、口をつけたフリが秒でうまくなってて、すごーい。
さて、基本情報として、自由行動は許されておりません。宿泊先と訪問先、どの寺院にいつ行くか。トラッキングが可能なプランを我々は先に提出してから許可証をもらっているのです。行程のどこでチェックが入るかはわかりません。というのも、チベットのあちこちにチェックポイントがあるのです。
…チェックポイント。関門ですよ、関門。
ドライブしていたらおもむろに。観光スポットに向かう国道のかしこに、赤い旗がはためいています。
とはいえ、車を止められてもガイドのティーくんが全部対応してくれるので、特に我々がやることなどありません。後部座席にて、家族旅行中の小学生の子どもよろしくゴロッゴロ、だらっだら、ボリボリなんか食べたりしてるだけなのですが、一応、無駄に3割増でニコニコしながら通過する癖がつきます。
ミスチベットは昼間は語学学校に通っているため、日中のバンの中は、私とおちよちゃんと、ティーくんとジイさんの4人です。ご飯も一緒に食べるし、寺院も一緒に廻ります。フィーリングが合わなかったらただの気遣い地獄ですけど、幸い私たちすぐ打ち解けました。
最初の数日は、この高度に慣れる必要もあり、ひたすらラサ近郊の寺院を廻りました。
歴史的建造物であるポタラパレス。もしよかったらググってください。真っ白な壁が印象的で、とっても立派で美しい!どうやら、日本でいうところの「皇居×首相官邸×国会議事堂×平安神宮」みたいな、全部盛りスポットだそう。
改めてになりますが、チベットは1950年代以降、’中華人民共和国チベット自治区’という立ち位置です。もともとは北インドに位置するヒマラヤ山脈に囲まれた高原の国として1500年にわたり独自の発展を遂げていました。そして長らくその要となっていたのがポタラパレス。2つの塔があり、その最上階には議会があります。
というチベットの近代史も古代史も、前知識ゼロの私とおちよちゃん。パレスを歩きながら、ティーくんの解説でいちから勉強です。
「チベット密教って仏教とどう違うの?」「ダライ=ラマってどういう人?」「仏像、多すぎ。顔、ちょっと変じゃない」「この墓石、金銀ターコイズはんぱないね」「チベット、鉱物めっちゃとれるんだって」「最高じゃん、絶対なんか買って帰る」などと、ぶっちぎりでただの観光客っぷりを発揮していきます。いいたい放題、そして聞きたい放題。
ティーくん、全ての愚問に、完璧な解説を返してくれます。
もともとラマというのは、高僧や師匠など‘導く人’という意味。で、ダライ・ラマは宗教的最高指導者、パンチェン・ラマはそれに次ぐ政治的最高指導者、それぞれが肩書でもあり個人の名前でもあると。元来のチベットでは彼らが相談しながら国の行く末を決めてきたのだそうです。
議会にあたる最上階の部屋も拝見しましたが、思っていたよりこぢんまりとしていて、それでいて神聖な感じ。必然的に静かに回廊を巡った我々。1500年の歩みの重みを感じました。
「ラマが住んで、仕事して、人々がお参りにくる聖なる宮殿でもありました。再建されたので、今は元の姿を留めています」
総じてティーくんの解説はとってもわかりやすかったのですが、この「再建前、再建後」の説明だけがよくわからなかった。なんで再建されたの?壊れたの?と聞いたら、1950年代に入って「人民解放があったからです」「人民解放でチベットが自由になったからです」と妙にお答えもシンプルで、なんとなく行間が埋まらない。そしてこの話のときだけ、チラチラ周りを確認していました。周囲には観光客しかいないし、そのほとんどが中国本土から来た一般の人たちです。
こうやって中国の人たちが自由に行き来するようになるまでの長期間、それはそれで閉鎖的な世界だったチベット内部。政治汚職や腐敗に悩んだのは、ここも例外ではないそうで、隣国、中国本土からの人民軍による「チベット腐敗政治からの人民の解放」が行われたのだ、と説明されました。
そうか、この話、おそらく中国本土の人たちと地元チベット人の間では、心理的には解釈に距離があるのだろう、と察しがつきました。言葉を選ぶのも彼の仕事のうちなのでしょう。最初の数日、寺院を回るほどに、ティーくんの解説は奥深くなっていきました。仏教やチベットの歴史についての基礎コース。興味を持ってさんざん質問していた、精神世界にも明るいおちよちゃんが、試験前の学生ばりに凹凸の消えた表情で「もう、お寺、いい」っていい始めるぐらいまでは情報量が多かったです。
寺院巡りの後は、やっと楽しみにしていた大自然への遠出4人ドライブです。
さて、今回の旅の間、私たち専用になっていたこのバンですが、なんとダッシュボードの上に、カメラとマイクがついていました。こちらも「当局」へつながっていると。まあまあ驚きました。厳しいじゃないの。一観光客としても品行方正が求められるのね。
わかりましたよ、と理解したおちよちゃんと私、向かい合うように座った後部座席をベッドにし、膝を立て、爆睡し、起き、サキイカを食べ、 アゲアゲのドライブBGMに踊り、歌い…って完全にいつも通りに過ごしました。意外と大丈夫でしたよ。
乾いた国道を走ること数時間。
高原はやがて雪をかぶり、真っ白の銀世界に変わりました。曲がりくねった道の先でふと急に山々が左右に開け…。
広がった圧巻の景色、これが凄かった!
広大な湖が突如として現れました。標高5000メートルの山の先っぽから宇宙に向かって飛ぶための最後のトランポリンみたいな。もはや神々しい天上の海、と言ってもいいでしょう。
私たちは言葉を失いました。そしてあまりに天国めいた景色に現実味が湧かず、掘立小屋の食堂に入り、何かしらの麺をオーダーし、「またヤク肉だね」「そうだね、ナウシカに出てたヤクだね」「空想の生き物じゃなかったんだね」などとしばらくぼうっとしてから湖面に降りました。
手を伸ばせば宇宙に届きそうなほどのまっ青の空が、乳白色のブルーの湖の全面に反射しています。もう360度が、空みたい。ここは極楽ですか。私、生きてますか。雪に守られた遠くの山々とのコントラストで、白と青だけの世界。湖の向こう岸なんて、見えません。地の果てって奥行きですけど、これは宇宙に向かって、縦に伸びた、果てだ。
ここを秘境にしておかねばならないという使命感も湧くほどの体験でした。人間が軽々しく住める場所でも、住んでいい場所でもない。ましてや、資本主義の思想や私たちのような観光客が大量に押し寄せてしまっては、絶対にいけない。
ということで、この時点の私は、我々外部の観光客こそが当局に監視されている対象なのだと思い込んでいました。どうやらそうでもなかった、と気付いて唖然とするまでには、まだ数日かかります。
っていうと、ちょっと、不気味でしょう?ふふふ…。
結論として、最後まで「当局」がどういう組織なのかは具体的にわかりませんでした。イミグレーションではない。自治区としてのチベットの側の組織なのか、中国政府の何かの省に属する組織なのか、軍なのかもわからない。なにかしらの「局」。
チベットの旅話、続きはまたそのうち。

遠路のドライブ車内って、密室のドラマですよね。
車内BGM担当は私。お菓子担当はおちよちゃんでした。配れるようにと持ってきたはずのキットカットは、なぜか「キープ用だから」と簡単に配ってもらえませんでした。急なキットカットの格上げ。なんだよ。なんでなんだよ。
さて、バンの中に監視カメラとマイクがあるなんて気持ち悪い、と思うかもしれませんけど、意外と大丈夫です。ドライブレコーダーみたいなもんで。そんなに気になりません。
一応、エスニックジョークなどは控えめにしておきました。ダメな単語が音声登録されてて自動で検閲されるのかな?とか、いやいや実ははったりじゃないの、音は流石にねえ、とか。自動じゃなくて、やっぱ誰かがアナログで見んのかな?えー!監視室とかあって?モニターいっぱいあって、みたいな?とか、想像が止まりません。本当にこちらが悪いことをしているわけじゃないので、むしろ、楽しいくらいです。
おちよちゃんも最初こそちょっとカメラに顔をかくしがちだったものの、途中から完全に面白がってました。
日本語どんくらいわかっちゃうんだろうね。この映像を見る仕事つまんないだろうね。いやいや楽でしょ、ネイルしながら見てりゃいいんだろうし。「こやつら顔派手だな」とかきっと好き放題言ってるよ。いや、顔派手なのあなただけだけだから。じゃあ顔が派手ついでにここで一曲いきますか。お、プロが無駄にサービスしますねえ。
BGM担当の私、おそらく標高5000メートルまで行くなんて人生で一度あるかないかだろうと思っていたので、とりあえず‘頂上のLOVE’ってことでビヨンセの「LOVE ON TOP」は持っていきました…ダジャレな。
爆音でかけ、キメキメに踊ってウィンクを飛ばしたりして、散々っぱらカメラの向こうの監視者へ向けて熱唱。イントロのどすこい節みたいな「♪Bring the beat in〜」の語りから何から、NAOMI WATANABEばりに。あれ、単なる空気薄いハイだったと思います。
その様子を見ながら時々私に絡まれているティーくんは20代でもビヨンセを知りません。60代のドライバー、ジイさんも、もちろん元ネタを知りません。元ネタを知らないチベット人に、ゴリゴリの圧力でビヨンセを歌うことほど意味のないことはありません。楽しい人ですね、といわれました。 そんな私の様子を見ておちよちゃんは「サービスするねー」といってました。というか、この旅の間、ずっとおちよちゃんは私に「サービスするねー」といい続けてました。
ドライブ中、やっぱりドライバーさんにも話しかけるじゃないですか。「どういった経緯で元僧侶がドライバーに?」とか、「えーー!そんな過去があるんですか!」とか。ガイドのティーくんにも、「あなたは英語をどこで勉強したの?」とか根掘り葉掘り聞いて「へー、ふーん!」とか「独学!すごいね、素晴らしいね」とか、いちいちいうじゃないですか。
…で、まあまあ疲れるじゃないですか。
1日の最後におちよちゃんに「今日も疲れた」っていうと「はい今日もサービスお疲れ様でしたー」とクールにいわれます。そして半笑いで「だまってりゃいいのに自分から突っ込んでいくから」と。
わかってる。わかってます、自分の習性。仕事でもないくせににテンションあがると省エネできなくなるんです。エネルギー消耗するんです。 だからですよ。キットカット、食べたかったのに。配ってよね。