LOVEのひろいばなし #162「脱出劇」

俺は今、己の限界を超えんとしている。

頑丈な柵の隙間から外の世界を眺め、美味しいものを食べながらこちらを珍しそうに眺めているあの巨人たちに飼い慣らされて8ヶ月。この小さな部屋に甘んじて生きる気など、さらさらない。

いよいよ俺は暖めてきた脱出計画を行動に移さんとしているのだ。

俺が普段入れられる柵の部屋には、水色のふわふわの毛糸で編まれたカゴがふたつある。そしてその中には、この8ヶ月、やつらが騙し騙し足してきたプラスチックやシリコンのおもちゃが入っている。ある時はひっくり返し、ある時はひとつずつ取り出し、またある時はカゴの中に頭を突っ込んでやりながら、限りある資源で暇を潰してきた。だが、それも昨日までの思い出だ。

これまで、やつらはありとあらゆる手を使って、俺の集中力を特定の何かに仕向けてきた。

くしゃくしゃと音を出す謎の布。

しゃかしゃかと中の小さな玉が音を鳴らす楽器。

くるくると回る蜂や蝶のついた風車をモチーフした何か。

ほれほれとやつらがそれを俺の顔の前で見せるたびに、俺はついつい気をとられてしまう。とても悔しい。しばらく夢中になってしまったあとになって、そうだった、俺は仕事の途中なんだったと気づかされる。そんなことを繰り返しているうちに日は暮れ、俺は大量のあたたかい美味しい液体物を飲まされる。満腹感に自然と眠りに引き摺り込まれると、自動的に巨人たちが俺を寝床へと運んでしまう。翌朝にはまた空腹で目覚める。そうして、俺の毎日はなんとなくふわふわと、ぬくぬくと消費されてしまうのだ。

今日こそは、計画を実行せねばならない。これは俺のプライドと、己の存続に関わる問題だ。

さて、俺には同じ屋根の下に脱出劇の常連である先駆者がいた。

いつもは柵の向こうにいて、彼は彼の柵の中で暮らしている囚われものだ。必ずチャンスは逃さない。機会が訪れるたび、垂れたケーブルを噛み、カーペットを噛みちぎり、毎日小さな挑戦を繰り返しては巨人たちに見つかり牢に戻されている。

そんな姿を柵越しに見ていた同居人が、ある日突然俺のそばに現れた。

俺の部屋には巨人たちの座るソファがある。その下は俺には狭すぎて入り込めないが、ある日ごろんと寝転んでそちらを見たら、耳の長いけむくじゃらの彼がひっそりと身を潜めていたのだ。目があった。

「g yjッっyc zœ*::::::/ vMBん 4xz」

彼は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

「1c3###“ィーン1111x2””””””Q」

後輩の俺を品定めするような言い方だった。

巨人たちは必ずいつかミスを犯す。その隙を逃さず見つけること、忍耐強くその時を待つこと。それはいつの日か、抜け道になる。ぬくぬくとたくさんのおもちゃに囲まれているお前が、どこまで行けるもんかな。彼は鼻をヒクつかせて俺を挑発してきた。

「fhfbghん m,,,,Ⓜ️」

俺は手を伸ばしてけむくじゃらを掴んでやろうとした。だが、次の瞬間、巨人たちが来た。けむくじゃらは簡単に見つかり、巨人たちは何やら笑いながら彼を軽々と持ち上げ、元の檻へと戻してしまった。

あれから数週間、俺は注意深く観察した。この柵のはしっこはどこへ繋がっているのか。どこを押せばいいのか。

最終的には、俺はこの柵の弱点となるポイントを一箇所見定めることに成功した。巨人たちが、わざわざクッションでブロックして俺が通れないようにしたところだ。自ら教えてくれるとは、巨人たちもそんなに賢くはないようだ。

時は満ちた。

巨人たちは揃って風邪をひいて寝込んでいた。俺は今日こそがチャンスだと思った。

練習の成果あり、クッションを乗り越えるのは簡単だった。そしていよいよ、巨人たちが「ベビーフェンス」と呼ぶその屈辱的な柵をめいっぱい押してやった。

……動いた!!

背後でけむくじゃらが右左に忙しなく走る音が聞こえた。彼も俺の勇姿を見ているに違いない。

俺はゆうにクッションを乗りこえ、手で押した柵の隙間から外の世界へ出た。

巨人たちが出入りする、さらなる外の世界へのポータル、「げんかん」へとほふく前進で進んでいく。俺のスピードを侮ってもらっては困る。見た目より遥かに俺は早いのだ。外の世界まであとすこし。

その手前に、本棚があった。俺はこう見えてとてもアカデミックな好奇心を持ち合わせている。とりあえず手にしてみたのは、薄い冊子、チベットの絵画パンフレットだった。渋い。そして、物足りない。俺にはもっと大きな本を引っ張り出せるだけの力があるはずだ。

分厚く、正方形の立派な本に目をつけた。角に体重を乗せて……。ほうら、力持ちの俺にはこのくらいがちょうどいい。なになに、「DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007」だと。なんらかの写真集だった。

「2wzっwasz6y6ytg k5bh56y7g ,.[@;p^¥]」

背後からけむくじゃらが叫んだ。そんなことは俺だってわかっている。再び俺は「げんかん」に向かった。

が、……おっとこれはなんだ、ふわふわの茶色い塊が落ちているじゃないか。掴んで感触を確かめる。おそらく巨人の服だろう。気持ちがいい。ふわ、ふーわふわ、ふわふわぁー……

「2wzっwasz6y6ytg k5bh56y7g ,.[@;p^¥]」

ああ、わかっている!けむくじゃらなんかにいわれなくとも!こんなところで時間を食っている場合じゃない、と思ったところで体が浮いた。

しまった!巨人に見つかってしまった!

巨人はいとも容易く俺の体を抱き上げ、柵の中へと戻した。そして柵をもとに戻し、またも愚の骨頂ともいえるあのクッションを置きやがった。

このあと、俺は脱出劇に繰り返し挑戦し続けた。5回、6回。回数をこなすほどにスピードは上がったが、それは巨人も同じことだった。

そして巨人はけむくじゃらがソファの下へと潜り込むために見つけたルートを、プラスチックのパネルで塞いだ。けむくじゃらは何度もおなじところを掘り掘りしていたけれど、板張りのフローリングに穴があくことはなかった。

今、けむくじゃらは柵の向こうからじっとこちらを眺めている。同志としての無念さと、同じく逃げきれなかったことへのざまあみろ、そんな二つの表情が入り交る顔で、俺を見ているのだ。

俺はそれを無視するように、今日もパリパリしたおもちゃだとか、ふわふわのタオルなどで気を紛らわしている。

果たして、俺たちにとっての自由とは。

俺たちの挑戦は続くのである。


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