LOVEのひろいばなし #161「ツリーを飾ろう(Live at Haremame)」

「ツリーを飾ろう」を書いたのは、2007年デビューの年かその前年か。気づけば17年の月日が経つのですね。毎年欠かさず歌ってきました。

今年は、ライブテイクの配信リリースという形でみなさんにお届けできればと思います。2022年、オカンブレイク前の最後、代官山晴れたら空に豆まいてでのワンマン、アンコール最後に一人で歌ったものです。厳密には、一人とおなかに豆粒ひとつ、でした。

あの日のライブ、ガチで悪阻の真っ最中でした。とはいえチケットを購入してお越しくださった皆様にはそんなことは関係ないので、いつも通りぶっちぎって歌ってやるぞ!と気合だけはしっかりと。ただ、本当は十五周年ライブシリーズの締めとして春に開催する予定が、コロナ罹患で延期、またも延期にしてしまっては申し訳が立たないという後がない状況でもありました。やる方向で!と決めたわけですが、いやはや、しんど!歴代の歌姫様達はどうやって。

ビヨンセはMTVアワードで、リアーナはスーパーボウルで。さすがのかっちょいい発表をしたわけですが、おそらく安定期に入ってからのこと。そして何より、私はビヨンセでもリアーナでもなかった。そうだった。さてどうしたものかと。

ヤイコさんに相談してみることにしました。

相当久しぶりな上に、完全に個人的な相談で恐縮なのですが、と電話させていただいたところ、ヤイコさん、ファーストリアクションでものすごく喜んでくださいました。

そして歌だけならまだしも、3ピースライブのため他にコード楽器がおらず、ギターを弾くこと、歌うこと、ワンマンとしてできるものなのか、何かアドバイスはないものか。ヤイコさんはどうしてました?と聞いてみました。

「こう言ったら元も子もないけど、本当に人によると思うねん。植村花菜ちゃん知ってる?あの子はずーっとバリバリやってたで、笑。私は幸い先々に決まってるライブがないタイミングだったから、ラジオとか執筆とかの仕事だけにしたけど、本当に人によると思うんよ!」

ヤイコさんって、元気印のイメージなんですけど、とても繊細な方だと私は勝手に思っています。あれがいいこれがいいと決めつけるようなアドバイスはいっさいなく、でもとても気を楽にしてくれました。

ライブのギターの弾き方を見てもそう。リハーサルスタジオでよく会いますが、いつも自己練習でストイックにやってらっしゃる。今日ここライブにご出演くださったときも、しっかりと準備をして、あちこちに気を配ってから笑顔で登場される姿を目の当たりにしていましたので、話すだけで安心する。

「アドバイスっていうほどじゃないけど、とにかくリハで無理しないこと!いつもみたいに根つめて練習したりしなくていいねん。アレンジだけやって、歌はサボっとき。はよ帰ったらいいねん(笑)。ライブ当日のリハも適当に流すこと!だって、らぶちゃんももうある程度リハがなくたって、歌えるでしょう?」

確かに。とはいえ、そう言われてなかったら、心配な時ほどリハってみっちりやっちゃうんだよな。ヤイコさんに「歌えるでしょう?」と言ってもらえたら、歌える気がする。

そんなこんなでワンマンはやる方向で!と決めたわけですが、その少し前に東長崎のコーヒーショップでの生声ライブがありました。ちなみにwith悪阻スタイルではこちらが初めてのライブ。

トマトソースのパスタしか食べれなくなっていたので、事前にイタリアンをチェケし、母と食べ、直後駐車場で吐くなどしながら、「これどういう体のシステムやねん」と毒づいておりましたが、不思議なもんで本番中って大丈夫なんですね~。なんなんですかね~。

2ステージとも「ありがとー!」と会場をあとにして、住宅街に出て別途楽屋がある建物に向かって角を曲がった瞬間に、二つ折りになってほげーほげーとなりました。

なるほどな、1時間ほどのステージでこうなるということは、なるほど、ワンマン中は、1回は波が来るのを覚悟しておこう。

当日を迎えた、代官山晴れたら空に豆まいて。一度延期になったワンマンにも関わらず、再度調整してまたチケットをゲットしてくれ、お越しいただいた皆さんには感謝しかない。そしてその気持ちとは裏腹にとにかくお腹に力が入らない。ハイスツールに腰掛け、座りたいんか立ちたいんかどっちやねんスタイルでのワンマンとなりました。エフェクター踏みづらかったなー。

案の定、ちょうどライブの中間くらいで第一波が来ました。ポカリをガン飲みして押し戻してやりました。よし、いける。

そんなこんなで、一時間半ちょっとでしたでしょうか。ワンマンを無事終えることができたのは、ベースの真船さんとドラムスの佐治さん、お二方が完璧に予習してきてくれたおかげです。なんともしっかりとした演奏。会場のスタッフの方も、キッチンで私が持ち込んだトマトソースパスタをつくってくれました。たくさんのお気遣いをいただき、そして何よりお客さんが嬉しそうにしてくれていたので力がどんどんと沸き。

ダメだと思ったら途中で引っ込もうと思ってました。突如2部制にしちゃう手もあるなと。でも最後までぶっ通して歌うことができました。本当に良かった。

そしてアンコール。

予定をしていなかったのですが、一人で一曲出て行くことにしました。その年は12月にライブできないだろうなと思っていたので、まだ少し早いですが「ツリーを飾ろう」を。

このライブは2023年の10月12日でした。その5日前、10月7日には、ガザを実効支配するハマスがイスラエルを攻撃しました。

音楽フェスでの犠牲者は翌日の時点ですら250人を超え、その後数字は増える一方。一部人質としてガザへと連れ去られたとも報道がありました。みなさんご存知とおり、これまでも非人道的な攻撃の応酬が続いていた同エリアは、この日を境に2023年パレスチナ・イスラエル戦争、むごたらしい惨劇へとなだれ込んでいきます。

あれからたった1年です。イスラエルによるガザへの報復(いつのどこを始点としてなのかはもはや誰にもわからないのでは)は、これまでにないほど非人道的。正直、わたしはガザのニュースが辛くて苦しくて見ていられません。見なきゃと思うものの辛すぎる。寄付は続けていますが、それ以上のことは発信者としても向き合うのが辛すぎる。

あの日歌った「ツリーを飾ろう」。泣き叫ぶ人たちの姿が浮かんで浮かんで仕方がなく、後半で思わず涙が滲んでしまいました。一日中、悪阻コントロールに気を配っていた私が、最後にこの曲を歌っている間だけは我を忘れていました。

そんな音源なので、声も太くはないし、腹に力が入ってもいない。ボーカルが揺れてもいます、ごめんなさい。ですが、ミュージシャンのはしくれとして、勝手な願いなのは承地の上でリリースしたいと思いました。

子どもの頃に、湾岸戦争のニュースで見た夜の攻撃。

911で見たワールドトレードセンターから上がる煙。

ウクライナのブチャ虐殺の跡の景色。

ガザ、空から降る物資に駆け寄る大人や子ども達への爆撃。

惨たらしすぎて、大人になった今はもっと意味がわからない。でも私の周りの日本の12月は平和です。「平和な国にしか言えないこと、平和な時にしかできないことがある」という言葉が思い出されます。

「ツリーを飾ろう」が陳腐な綺麗事にならないよう、自分への戒めにしたいのかもしれません。もしくはいっそ綺麗事になるならばぶっちぎりに綺麗事になってもらって命を優先する世界に貢献できるように、悪あがきしたいのかもしれません。それならそれで、一人でも多くの方に一緒に悪あがきしてほしいとも思います。

歌詞の通り、ツリーを飾って、小さくても星を飾って、みんなで遠くの会ったことない人にも何かプレゼントを送りあえたらと心から願っています。

来週9日リリースします。2024年の12月が優しい月になるよう、聞いてツリーを飾ってもらえたら嬉しいです。


You may also like

VIEW ALL
Example blog post
Example blog post
Example blog post