LOVEのひろいばなし #160「ますます、ヒゲ」

ヒゲ。私は父をそう呼んでおります。

どうやっても正確に伝わらない、伝わるとまずい気がする。なのでなるべく人様の前で父の話をしない、を心がけておりますが、今週はヒゲの話です。

おやおや、書き出しに既視感が…そう、彼の人生のざっくりまとめについては、先日のひろいばなし150話「いよいよ、ヒゲ」にておおまかに書いたばかりです。メールボックスにある方は読み返していただいても、もはや「迷惑メールに移動」していただいても構いません。今週から初めてお読みの方は、ご登録いただいて早々に申し訳ありません、なんなら読み飛ばしていただいて構いません。

この春生まれた息子を連れて挨拶に行く、ミッション・ヒゲ。

引退した経済学者でありつつも自分が重要人物だと信じてやまないヒゲ。ここ10年は石川県は中能登におります。金沢駅からは電車もしくは車で1時間とすこし。無料同然で手に入れたという古民家を一部改装した、囲炉裏が自慢の家。小さな畑もあり、引退生活にはなんとも静かで理想的な暮らしです。

「来たことがないやろ、そらそんなもん、純和風やぞ。見て勉強しといたらいい」

なぜか「お宅訪問」という平和な話題が急に「和風建築の勉強と」いう課題に変わる点。および、私はこれまでにもう3回以上も行ったことがあるという点などはとりあえず飲み込み、「今回は初長距離移動だから赤子の具合も読めないし」と金沢市内で落ち合うこととなりました。

新幹線の改札の向こうで待機していた父との久々の再会の瞬間。

エスカレータを降りながら目をこらすと、改札の向こう、遠目にうごめく、たくさんの人たち。さあ、どこだ。ひと、人、ヒト、ヒゲ。いた、ヒゲ!

挨拶もそこそこに、参りましょう、久々のファッションチェックです。上から行きます。

グレーのハンチング。好きですね、イギリス紳士風……じゃない!なんだこの和風の刺繍は。なんだか珍しくて違和感。からの、上下藍染の作務衣をなんらかのセーターの上に着ていました。そして足元は、ジャッキーチェンがはいてそうなカンフーシューズ。

……ほほう。教授風情のツイードのパンツはどうした。トラッドなセーターとか、ハンチングも千鳥格子のとか、イギリス紳士風情はどうした。以前は渋滞するほど醸し出ていた彼のプライドが見て取れません。まさか柔和に歳をとって、ただのおじいちゃんに進化したのかと思いましたが、いや違う。よくみると随所に強めのこだわりがぷんぷんと漂っています。一体、どこで、そのカンフーシューズを。そして、なぜ。

さて、ここから9時間を共にした親子です。お昼ご飯を回転寿司で、午後は日本で唯一砂浜を車で走れるというなぎさドライブウェイをドライブし、夜は小料理屋さんのお座敷で夕飯をご馳走になりました。なんとも理想的な親子の再会でしょう。

早い話、私は2回ストレスのゲージがMAX振り切れました。ここ数年でこんなに心がストレスに震えたことは、ほぼ、ない。

まず、昼飯。回転寿司です。そして再会直後ですから、ある程度「赤子はどうだ」だの、「体はどうだ」だのが来て、「能登は今どうなっているの、大丈夫なの」の返しでしばらくいけるかと思いきや。

上下2列の回転寿司新幹線レールが背景にあります。日本海、金沢の海の幸が次々と小さな新幹線にのって、寿司が届きます。「わあ、みんなで楽しいなあ!」の図です。その手前、作務衣をきたヒゲが、どーんと鎮座。

上記の近況話などはなく、どあたまから、まるで水を得た魚ばりに話し始めました。ウッキウキの話題、主に「国連の予算について」です。

(嘘でしょう……!)

国連の常任理事国が居座る限り世界中の紛争は解決できない、とか。日本はいくら払ってると思う?いくらだと思う?言うてみろ?とか。出費がかさむわりに存在感もへったくれもないとか。アメリカが一番予算払ってないんやぞって、なんなんだ、この話題は。だめ元で、相槌きっかけで話題の方向性が変わらないか全力トライしてみました。

「炙りブリってこんなに美味しいんだね!」

「さすが金沢、のどぐろにちょっと金箔のってるんだね!」

「ええ何この貝、知らなかったなあ!」

「あんまり美味しいからもう一度炙りブリ、いっちゃおうかなあ!」

「赤ちゃんはまだ食べれないのが残念だねえええ!」

「でもミルク飲んでるとき、匂いが寿司だからぁ!!まるでお寿司味のぉ!!!ミルクをぉ!飲んでる気になったり、しないかなああああああああああああああああああああああ!!!!!」

努力も虚しく、わたくしすぐに限界を迎えておりました。

ヒゲが上下に動いて喋り続けます。そして、ときどき寿司がヒゲに吸い込まれていくのをぼんやりと見てました。国連話は視点自体が新しくもなく、気が滅入る以外のなんでもない話です。これ聞いて、乳飲み子一同、我々にどうしろと。

あと、影うすいかもですけど、赤子の父で私のパートナーの人間(別名ファントム)との、これが初対面なのですよ。一体、なんの会なんだと。なぜ私たちは国連について講義を聞かされているのだと。

回転寿司のテーブルが、ヒゲ・ヘルと化しました。

今度は急にボーイングだのなんだの企業を名指しして”民間民間”呼びながら批判めいたことを言い始めたのが気になりました。ついに私のストレスゲージが振り切れてしまい、やめておけばいいのに、我慢しかねて真っ当に答えてしまいました。

「あのさ。世界中の紛争から生まれる難民救済のためにUNICEFがあるけど、年間いくらいくらが寄付額の目標って発表してるんだよね。でさ、その紛争が起因するのはほとんどが国連の常任理事国で、彼らの国のトップ武器産業があげる年間利益を考えたら、UNICEF寄付目標額なんて余裕で端金で払える額なんだよね。その上そういう武器を扱う企業ってみーんな別途コンプラのために“社会貢献です”とかいって植樹とか地域貢献とかやってるわけ。その予算をせめてUNICEFに回すのが筋だよね。あと、民間とはいえ政府と一心同体状態でしょう、必ずしも意思決定が民間企業のみにあるとは思えない。結局、本来は解決できる決定権も持っているのに行使していない、罪滅ぼしもしようとしていない各国の政治家の責任も大きいとしか思えないです私は」

「何を言うとんのや、政治家がUNICEFになんぞ金を払うわけがないやろうが!無理や、わはは!だいたいわしがいうとるのはやな……(すごく長い、そして振り出しに戻る話)そんなことよりやな、味噌汁はまだか?」

そうだった、忘れてた。ヒゲは人の話は聞かないんだった。せっかくまともに返事した私が阿呆でした。モーレツに腹立つ。途中から、政治家と終わらない紛争と父への憤怒がない混ぜになり、こんにゃろう、と脳みそが噴火するかと思いました。あぶないあぶない、ヒゲトラップに引っかかってしまった。

夕飯でも全くこれと同じようなくだりが繰り広げられました。今度は「個人情報保護法とSNS」という題目で。終わらないヘル。ヒゲ・ヘル。

金沢っておいしいものいっぱいあるんですけども、食べ物にも料理人にも本当に申し訳ない。テーブルに並ぶ皿。「なんの因果で僕らは個人情報保護法の話の肴にならんといかんのだ」と悲しげな焼き魚。それでも食べ物は私を救ってくれました。私は今、高級魚のどぐろを食べている。名物のジブ煮を食べている。金沢の名物を……食べてい……(さえぎるヒゲ)。

「わしがブリティッシュコロンビアにいたころにはやな、サケの研究をしておったんやがな」

知らないです。あと、今、全然サケの話のタイミングじゃないです。あとサケの研究、絶対してないと思います。

「サケの研究者の第一人者に直に会いに行ってやな」

ほら、でしょう、あなたはサケの研究はしていない。だって経済学者だったのだから。あとブリテッシュコロンビアじゃなくてカナダって言ってください、わかりづらいので……(さえぎるヒゲ)。

「帰国後に富山の廃校になる水産高校に行ってやな、大量のサケの本をもらってきたわけや」

そうですか、それはよかったです……。ストレスMAXの私、20時までと覚悟していた夕飯、きっかり19:50に「もう無理!!今日はここまで!!!ありがとうございましたああああ!!!!」と口に出して立ち上がっておりました。

嬉々としてサケの話をするヒゲ。言い慣れていないTikTokを「テックトック」といい続けるヒゲ。赤子がヒゲに抱かれている間、一度として笑顔を見せていないことに気づかず上機嫌のヒゲ。実はこの作務衣、3万はしたんやぞう、と自慢げに嬉しそうなヒゲ。「年寄りを笑い物にするんやない!ぷんすか!」と急に起こり始めて本当にどうしたらいいかわからなくなったヒゲ。どういう神経なのか、能登の地元の人に「あの国道がそこにまだある、ない」のローカル論議を強気でふっかけるヒゲ。そして誰よりも早く帰りのエレベーターに乗り、「歳をとってわたくしも涙もろくなりましてっ!うっ!!またなあ!」とこちらの挨拶も待たずに下階へ消えていくヒゲ。そしてこの間、ずーっとカンフーシューズをはいているヒゲ(なぜ)。

覚悟を決めていよいよ会いに行ったわけですが、ますますヒゲでした。

疲れました。ものすごく(悪口ではありません、素直な感想です)。

ミッション達成。


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