LOVEのひろいばなし #153「初めての張り込み」

やっと、です。念願でした。初めての張り込みをやる日が来ました。いや、張り込みをすること自体が念願だったわけじゃないんですけども。

皆さんは、保育園やら幼稚園の子どもたちが数人乗せられて公園へと運ばれていく、あのバギーを街中で見かけたことがありますでしょうか。

それが六本木ヒルズでも、渋谷のど真ん中でも、平和な住宅街でも。保育園がある界隈には、必ずといっていいほど、いつからかあのバギーが行き来するようになりました。あんなものは私が子どもの頃はなかったように思います。

黄色い帽子なんかをかぶせられてドナドナされていくポテトたち。昔から、わたくし、見かけるたびに悶えておりました。

まだ歩けもしない赤ちゃん用なのでしょう、中がいくつかの椅子になってるタイプ。つかまり立ちの子どもたちがランダムにわさわさと入れられているタイプ。扉が開くものもあれば、先生が抱っこして上から子どもを入れていくタイプもある。赤や黄色のチェックなど、目立つ色合いにしてあるのはきっと交通事故などの防止でしょう。

あれは一体どうなってるの。どんな風に乗せるの。乗せて、どこ行くの、何するの。子どもたちは中で何をやっているの。そこからどんな景色が見えるの。それこそ中で芋の子のように転がったりしないの。

「乗りたい。一回でいいから。私も乗せてもらってドナドナされたい」

バギーの存在に気づいた時から、ずっとそう思って生きてきました。せめて……せめて!!ついて行きたい。バギーの行く先へ、私も行きたい。そのくらいなら許していただけませんでしょうか。いつしか、あのバギーを追いかけたい衝動を必死で抑えながら暮らすようになりました。

そんな私です、この度、息子氏のおかげで保育園というコミュニティー(っていうかあのバギー)に一歩近づくことができたことは大いなる進歩です。

ここぞとばかりに、送り迎えのたび、先生方に「え、これって大人も乗れたりしないんですか?あはは!」と自然に聞けるようなタイミングをずっと探しています(自然に、大事です)。でもたぶん無理だろうなとは、ええ、気づいてます。身長169cm、41歳、どうにもならんです。

「ク◯眠い。ああ、◯ッソ眠い」

朦朧としながら息子氏を保育園に送って行ったある朝のことです。

あまりにも眠いので、そのまま来た道を15分戻るのが苦痛すぎた私は、フラフラとコーヒーショップに入りました。元来、「来た道を戻る」ということが、コンセプトとして無性に苦手なタチです。遠回りしてでも違うルートを歩きたい。電車なんかもそう。無駄なこだわりでいちゃもんをつけちゃあ、何かと寄り道をしたりします。

とりあえず、2階の案内された席へ。お店の角に置かれたソファーに沈み込むように座り、ブレンドコーヒーとサンドイッチを頼みました。強制的に目覚めさせてくれ……コーヒーを待ちながら、ぼうっと窓の外を見ていたら、朝の忙しい空気が満ち満ちているようでした。信号が変わるたびに車が行き交い、歩道では街路樹が揺れていました。

はっとしました。肝心なことに気づいたのです。

これ、保育園から公園に行く途中、まさにバギー・ルートじゃないか。

ソファーの位置的に、沈み込んで座れば壁がちょうどいい具合に私の体を隠してくれました。なるほど、向こうからは見えないベストポジション。張り込むには完璧な席です。

くわ!っと目が覚めました。時間的にもぴったりだ。詳しくは知らないけど、朝のお散歩タイムがそろそろなはず。

見ててやる。あっちから来るはずの御一行は、そこの角を曲がって行くはずです。見逃すものか!このベストポジションで、心ゆくまで見届けてやることにしよう。

急に、ハフハフ。らんらんとした寝不足の目、すっぴんの私は向かいの歩道をがっつり眺め始めました。

「お待たせしました、ブレンドコーヒーと……」

一口目のコーヒーから染み渡るようでした。うまい。寝不足の朝にこんなに生き生きとした気持ちもなかなかありません。サンドイッチをつまんでもぐもぐしていたら、おもむろに黄色い帽子軍団が角を曲がってくるのが見えました。来た!!私はドラマの刑事ばりに身を潜めました。張り込みですからね。

ほほう、まずは年長さん御一行か。年中さんも一部混じっているな。

やつらはバギーには乗っておりません。二人ずつペアになって手を繋ぎ、先生の誘導にトタトタとついて行きます。秋めいてきたのでトレーナーを着ているポテト、もうジャケットを羽織っているポテトもいます。

余談ですが、私、お子の服事情がさっぱりわかっておりませんでした。長袖だからむしろいいだろうと思って登園させた息子を見た先生に「これ肌着ですよね」と言われ、「あちゃー!秋服、近々買いまーす!」とやりすごしてきたばかりでした。「肌着ってあかんのか。そんなんいうたら1枚目に着るやつ全部肌着ちゃうんか」と的外れなことをモヤる頭で考えていたところ。

おかげで何を着せたらいいのか、勉強になりました。張り込みって、なんて有意義なんだ。やがて彼らは角を曲がって公園の方に消えて行きました。

もぐもぐしながらさらに待機していると、私はあっという間に1杯目のコーヒーを飲み干していました。あれれ、一杯飲んですぐ出ようと思ってたのにな。なんなら飲みながら歩いて帰ろうと思って、持ち帰り用のカップに入れてもらったのに。

「すいません、おなじカップでいいのでもう一杯ください」

本当はもう全然いらないんですけども、「バギーのために2杯目飲んどるやないか(ニヤニヤ)」と悦に入りながら。私はカメラワークを決める映画監督ばりに、この後の段取りを頭の中で考えはじめました。

はい、バギーが角を曲がって来る。黄色い帽子が見えたら、その瞬間に2杯目を持ってお会計へダッシュする。からの、飛び出してバギーの後ろからついていく。先生たちに見つかったら会釈、なるべくフレンドリーに、ただし邪魔しないように。バギーにはなるべく近づく。御一行が向かう先は自宅の方向なのだから、不自然ではない。私は帰っているだけ。はい、カット!オッケー!

すぐにまた黄色い帽子のポテト軍団が姿を現しました。今度は2、3歳の幼児さんでした。さっきのポテトたちよりも歩き方がおぼつかないです。人ん家の外壁をてんてん叩いたり、クレーンを指差してやいやい言っていたり、先生やお友達と手を繋ぎながらも先ほどよりも統率のとれてなさ。幼児さんらしくて大変良い。きっとこのあと、先発隊に追いついて合流するのでしょう。さあ行くがよい、小ぶりポテトたちよ。

彼らを見送り、張り込みはいよいよ乳児さんたちをのせたバギーの登場を待つのみとなりました。この時点で、とっくに食べ終えたサンドイッチの皿を下げられ、店の時計を見たら1時間近く経っていました。ゆうべ充電しわすれたスマホは電池が底ついています。スマホを一度も見ないで1時間近くもハフハフしていたのか。期待値はマックスです。多少の緊張感すら出て来ました。

2階のこの席からなら、バギーの中まで見えるだろうよ。

そこには息子氏も乗っているだろうけど、申し訳ないがそれ自体はどうだっていい。わたしの目標はバギーそのものなのだよ。

いつだって飛び出せるようにクレジットカードも先にテーブルにだしておきました。準備万端で、張り込みはじりじりと続きます。すると、突如視界に何かが現れました。一瞬、目のピントが合いませんでした。

ぽつ。

それは、窓に筋を残した一粒の雨でした。

ぽつ、ぽつ。

一粒は、あっという間に数粒になりました。

ぽつ、ぽつ、ぽつ、しゃあああああああああ。

数粒は、一瞬で霧雨になりました。

……なんでだよ。と思った3分後、先発隊が2組とも小走りで戻ってきました。それはまるで巻き戻しビデオのように。ポテトたちはコロコロと転がり、来た角を曲がって、保育園の方角へとあっという間に吸い込まれていきました。

先頭で誘導していた先生はスマホを耳にあてて慌てたように話していました。もちろん園に連絡をしていたのでしょう。

「雨です、雨!うん、今ふってきちゃって!ええ、戻ってますんで!幼児さんたちも一緒です、はい。乳児さんたちはお部屋戻っててくださいねー!」とでも言っていたに違いありません。

ぱた、と伝票を手にし、すっと立ち上がった私は、お会計に向かい、無言で支払いをし、2杯目を入れてもらった持ち帰り用カップを手に店をでました。自動ドア、ウィーン。

……まあまあ降っとるやないか。

霧雨に打たれながら、帰路です。ノー・バギーです。見ることすらかないませんでした。初めての張り込み、収穫は「そろそろトレーナーが必要」とわかったことぐらいです。

私は一体何のために、わざわざ2杯目を。


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