LOVEのひろいばなし #150「いよいよ、ヒゲ」

ヒゲ。私は父をそう呼んでおります。

どうやっても正確に伝わらない、伝わるとまずい気がする。なのでなるべく人様の前で父の話をしない、を心がけておりますが、今週はヒゲの話です。

もちろん当人に向かっては父さんと呼んだり、さんづけで名前で呼んだり、また甥っ子が生まれてからはひげじいちゃんとも呼んだりもしています。ただ、こちら界隈での通称はもうかれこれ20年以上、ずっとヒゲです。

物心ついたころから父の顔には髭が生えておりました。上のほうは早くからずいぶんと薄いのですが、それを補うかのごとく、立派な髭面。センスのいい帽子やスーツやコートなどに身を包んだ父の姿は、なかなかな「教授」風情でした。

しかし、それも母の功績。そう気づいたのは、両親の離婚後のこと。

京都の山奥で一人暮らしを始めた頃、なんだかんだで呼ばれてしぶしぶ会いに行った時に見た父。たった数年でセンスがものすごいことになっていたからです。下から行きます。

「市場に魚を買いに行くからな」と、ゴム長ぐつ。

「イギリス紳士だからな」と一つ覚えの匂いがするツイードのパンツ。

「山は冷えるからな」と、イノシシ猟師ですら昨今では着なさそうなコーデュロイにモハモハがついたジャケット。

「教授だからな」と言わんばかりのハット。

いろんなプライドが渋滞していました。

我が父は、経済学の学者です。なんでそれ選んだ?という分野、「タックスヘイブン」が専門。長年これを研究し、ほぼ一般層は誰も読まない本を書き、いかに自分が重要人物かを語りたがります(悪意ではありません、ただの事実です)。

彼の専門を超簡単にまとめると、「大企業や有名人が、自国への納税を避け、国際法で抜け道を見つけて税金逃れするために、ケイマン諸島とかに時には架空の・もしくは実際に会社を設置したりしちゃうことー!えー!そんなことしていいのかなー!!」の研究です。

「その研究、いつ役に立つん」とずっと思っていましたが、2016年に「パナマ文書」事件があった際、初めて彼の研究が日の目を見「そう」になりました。世界中の現・旧指導者12人を含む資産家の、1970年台からの税金逃れについての膨大な文書が漏洩した事件です。世界的なニュースになりました。そのおかげで、ニュース23だったかな、どこぞの報道番組のテレビクルーから専門家のコメントをとりたいと連絡が来たそうです。

愛知県の町寺の次男に生まれたヒゲです。

将来住職になることが約束されて親戚一同から大事にされて育った長男と、自由奔放でかわいい妹との間で、なにをやっても注目してもらえなかった寂しさがこじれて肥大化。次男コンプレックスの塊にヒゲが生えたような人です。そのエネルギーをどうにか勉学と研究に費やし、70年ほど生きてきてやっと世の中が彼にスポットライトを!というタイミングがきました。やっと、です。もちろん「娘たちよ!見ろ、俺の勇姿を!!」とばかりに連絡がきました。

が、当時の時点で石川県の中能登に引っ越していたヒゲ、あまりの雪深さに取材班がたどり着けないことがわかり、取材は流れたそうです(可哀想なお話ではありません、ただの事実です)。そういう星のもとに生まれている気がしてなりません。

さて、そんなヒゲにもうすぐ私は会いに行かねばなりません。息子をつれてご挨拶に伺わねばならないのです。はあ。

「わしは死ぬぞ!もう死ぬぞ!!」

15年前から言い続けております。実際体も悪く、数年前には「本当に冗談抜きでいよいよ」だというので、姉たちと甥っ子たちと雪深い石川県に旅をしました。

本人は「わしは飯だけでいい!!」と言ってきかないので、私たちは温泉宿をとり、そこに集まってもらい、みんなで夕飯を食べました。甥っ子たちは、母たちにいわれたまま一つのカードに寄せ書きを準備していました。ひげじいちゃんからお小遣いをもらえるまでお行儀よくして夕飯をやりすごし、最後にカードを渡したのでした。

「闘病がんばってね」と書かれたカードを開いたヒゲ。うっ、と感極まったご様子。

あ、これ、泣くな。そうだよな。もう最後なんだもんな。だから会いに来たんだもんな。思春期の甥っ子含め、我々一同がそう思った瞬間。

若干芝居がかった政治家みたいな、いつものやつが始まりました。始まってしまいました。胸をはり、両手をテーブルにつき。

「えー!おかげさまで!!もうだめか、もうだめか。いや、だめだ、もうだめだと!!腹をくくって生きてきましたが!!みなーさんの!!応援――の!!甲斐ぃぃあって!!……ううっ(ため)。今回のっ!!レントゲンっの!!影は薄くなっており!!……うっうっ……医者も驚くほどの!回復を見せております!!うっうっ!!!」

その瞬間の、父の隣に座っていた姉①の表情たるや。

(……なおった?いよいよ死ぬからもう最後に会いに来いって言うから?一同連れてきたのに?これ、いくらかかかったと?ていうかもうこのくだり何回目??)

結局その日当日になって、「いらん!わしは泊まらん!」と言い張っていたはずの旅館にて「やっぱり泊まろうかなあ〜☆」とプチ混乱を巻き起こしたヒゲ。もはや空室あるない問題、そして誰が払うねん問題を考えることすら面倒になった三姉妹の連携は固く、会話をすることもなくちょっぱやでフロントへ。

「お連れ様はお泊まりにならないと聞いておりましたが……」「申し訳ありません、変更です、泊まります」「そうしますとこのお部屋しか空きがなくて、さらにお夕飯との兼ね合いで……」「もういいです、なんでもいいです、払います」と無感情白目で支払いをし、翌日の朝食を一緒に食べたのち、粛々とばいちゃして帰路についた我々です。

いやはや、生きていることは本当に素晴らしいことです、たぶん(嫌味ではありません、これもただの事実です)。

あれから数年。私はこの夏の間中、ヒゲからの連絡に耐えました。

「死ぬぞ!わしはもう秋にはおらんぞ!!いよいよ夏には死ぬぞ!!いよいよやぞ!!」

……夏は過ぎ風あざみ。そして、季節は秋に。

私は他人が親のことを話していたとして、一般論として「それでも親は生きているうちにどうこう」ですとか、「なんだかんだいっていいお父さんじゃない」などと声をかけることは一生ないと思います。なぜなら家族には家族にしかわからない背景がいろいろあるもんですからね。一般論を必要としていない親子も存在しますからね。

私が世界で一番苦手な生き物「えらそうなおじさん」のモデルケース、ヒゲ。なんとか折り合いをつけてきた、もしくはつけないようにしてきたヒゲ。遠方にてエピソードだけを聞く分にはネタとして面白いのに、近づけば近づくほど火傷しかしないヒゲ。正月の震災以降の能登のことも心配はずなのに、話のトーンが大袈裟すぎて結局何がなんだか不明瞭になるばかりで情報を頼りにできないヒゲ。E-mail、ショートメール、電話、どれもうまく繋がらないヒゲ。「電報みたいな上から目線の連絡を送るなと言われて少なからず意気消沈しました、すみませんでした」と今年になって人生で初めて私に謝ってきたヒゲ。

とにかくまずは連絡がややこしすぎるのでLINEをダウンロードしてくれと頼んでみたところ、久々に憎々しい名言がでました。SNSのたぐいはやらんのや、そういうものは情報漏洩が危ないやろうが、知らんのか、と笑いながら、こう言ってのけたのです。

「高給官僚と研究者はそういうのはやらんのや〜」

自分を高給官僚と並べるヒゲ。引退してなお研究者として重要人物であると信じてやまないヒゲ。漏洩してはならない何らかの情報を持っているらしいヒゲ。っていうか、「官僚」に「高給」をつけるあたりのセンスの悪さ、年をとってなおピカイチのヒゲ(悪口ではありません、社会人としてのいち感想です)。

近々、能登に行ってまいります。いよいよ、ヒゲ。


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