LOVEのひろいばなし Vol.15「私の体に先輩も後輩もない」

私は右半身の筋肉がとても弱いです。

側弯症、ってどのくらい知られているんだろう。15歳の頃から、背骨がややねじれて成長していまして、私の場合何をしても左半身が全身をかばうように働きます。結果、筋肉がすべて左に偏っています。

湾曲自体は軽度なのですが、いずれにしても筋肉がひっぱられて硬くなりやすい。長年付き合ってきたのでコツはわかっているものの、そろそろ自力じゃ限界かなと思ったタイミングで、去年から月に一度、とある‘ほぼ仙人’先生の整体に通っています。

はい、ほぼ仙人です。

この先生。年中、ほぼ水しか飲んでいません。

1日の最後に「明日早いけど、どうするう〜?」などと自分の体と相談。一度だけの食事をするなら量と内容を体に聞いて決めるそうです。‘いらなーい’って言われたら食べない。普段から、大変ポップなテンションでちょこちょこ絶食してらっしゃるそうです。

溌剌として筋肉隆々。以前は空手の世界チャンピオンに付いて仕事をされていたこともあり、アスリートの体を見る要領で、街のおばあちゃんから私のような者まで見てくださいます。ニーズがあれば朝5時から夜9時をすぎても、もりもりと人の背骨を整え続けています。

3月11日生まれ、という忘れがたい誕生日だったので、60歳になられた際にはおめでとうございますとメールしました。すると、赤いちゃんちゃんこならぬ赤いスキーウェアでスキー場を爆・滑走してる写真が送られてきたことがあります。フォーム、キレキレ。ゴリゴリじゃんっていう。あんた何者。どっから出るの、そのパワー。

というわけで‘ほぼ仙人’と呼んでいるのですが、その道を極めている人物フェチの私としてはこの上なく信頼を置いています。

右腕がしびれているのでまた側弯症の影響かな、と相談したところ、その理由を左の足首まで辿って、「あ、ここ捻挫したでしょ、昔」と一言。中2の冬のサッカーの試合で、島田珠代走りでディフェンスに失敗したときの捻挫を指摘されました。

「はい、ラップを思い浮かべて。ラップをビヨーンと両手で引っ張ったらよれよれに伸びちゃうでしょ。それが‘腱を伸ばしちゃった’って状態。で、元の位置に両手を戻すとくしゃくしゃーっとなるでしょ。そのまま長年放置したから、ひきつれたままカチコチになっちゃってんの。治ったと思ってたでしょ?治ってないからあ〜!!今からそれにアイロンかけてくからね〜ん」

説明もうまくてテンポもはやい。指で軽―く足首をすりすりされるだけなのですが、悶絶タイムが始まります。私が声にならない声で叫んでいるこの間に、先述の「島田珠代走り」がわからなかった方は検索でもしてください。「アホの坂田走り」を知っている人はそちらでイメージを代用してもらってもいいですが、ちょっと違うんですよね、本気度が。珠代ちゃんは本気で新喜劇の舞台からコースアウト、吹っ飛んでいくんで。私の左足首は名誉の負傷なんで。

さて、なぜ私がこの方を好んでいるかというと、「あなたの体専用のやり方を探そうね」という前提で診てくれるからです。同じ側弯症でも、それぞれのくせが違う。同じものは2つとないといいます。とにかく普段の姿勢から治していくのが1番だから、肩や骨盤の正しい位置をあなた自身が覚えて、筋肉に教えてあげなさい、という指導を受けています。

ジムにしても、パーソナルトレーナーにしても、ストレッチにしても。私も本当はしっかり通いたいのですが、普通の筋トレ指導だと、右半身用のトレーニングをしても左に筋肉がついちゃうから難しい。いつだったか、あれはボイストレーナーの先生だったけど、首のストレッチで意識を落とされてしまったこともありました。とても怖かった。だから筋トレやストレッチだけじゃなくて、同時に側弯症のプロでもいらっしゃる方との出会いを探して、たくさんの扉を叩いております。

「すんすん…しゅしゅしゅ…ハッ!!」という気功から、人間工学の銃を使う施術まで、密室の冒険を繰り返し、私はなぜか顔面の三叉神経に秘密のツボがあることがわかったりして。

できることなら、一度全部パーツをバラして洗って、組み立て直したい。中国の山奥深くにそびえ立つ、崖を渡ってやっとたどり着く、あの名寺の門をくぐりたい。そして1年後には、逆立ち開脚しながら山を降りてやるのです。ついでに花粉症も何もかも不調がなくなって、眼光鋭く私もいつの日か、あの爆・滑走スキージャンプで着地してやるのです。

というイメージだけ持って、月イチで海老反りの刑を受けているのですが、軽度とはいえうんざりしていたこの側弯症と、そして自分の体と向き合うことが楽しくなってきました。自分自身を少し好きになれたような感覚さえあります。

さて、この側弯症を例に上げつつ、ここからちょっと繊細な話になるかもしれません。体に心配があるとか、妊活中だとかでその話題に触れたくない方はここでそっとこのページを閉じてもらってかまいません。

ここからは体の個性についての話です。側弯症のように整形外科的なものだけじゃなく、病気・怪我・DNA・身長や体重・繁殖力・アレルギー耐性などなどあげればキリがない。ありとあらゆる体の個性のことです。

最近友だちから、「妊婦の先輩としていっておくね」や「がんの先輩として僕が思うに」などと人にいわれたフレーズが心に引っかかってしまうのだ、という相談を受けました。何が引っかかるのか自分でもわかんないけど、何かが引っかかって悲しい、と。

私はさくっと「うん、誰もあなたの体の先輩じゃないからね」といったのですが、考え始めたらこれ大事なことだったなと、私自身はっとしたのです。

私たちの体は、同じものがふたつとしてありません。持って生まれたものと、食べてきたものと、くぐってきた歴史、育ってきた環境が違うからセロリが好きだったり嫌いだったりするように、島田珠代走りをしたりしなかったりも、しますよね。

先輩ボイスはだいたい良かれと思っての親切心から。だから余計にでしょうね、いわれた方は何かの拍子に傷ついたとしても、ぐっと詰まって何もいえなくなったりして。

友人の気持ちが痛いほどわかる気がしました。こっちが聞きたくて質問しているならまだしも。 私もそんなふうに勝手に先輩ボイスをどこかで飛ばしたりしてなかったかな、と自分自身を振り返りたくなったのです。

女性も男性も、それぞれの体と人生はその人だけの条件下にある。子どもを持つこと、そして最近では例えば卵子凍結なども早い方がいいとは聞くけど、年齢に関係なく体質・条件・希望が揃わない場合もある。「いい」っていわれちゃうと、「できない」と「やらない」の居場所がなくなっちゃいそうで。

ましてやがん治療なんて。抗癌剤が奇跡的に早く効いた友人がいます。誰かがやると決めた時にはきっとアドバイスはくれると思うけれど、「早くあなたもやるべきだ」なんて彼は絶対にいわないだろうな、と顔が思い浮かびました。

みんなそれぞれ、何百億のコンビネーションでできあがった「あなた」という珍しい個体。そう意識を持っていれば、いらぬ先輩ボイスに出番はなくなるし、また無駄に人の言葉に傷つく必要もなくなるのではと思った次第です。

自分の体の可能性についてもっと知りたい、どうにかしたい。そう思ったときに、経験者やほぼ仙人みたいな方の知恵の扉を叩くのはとっても面白いことです。でも、ほぼ仙人でさえ、おっしゃる。「あなたの体専用のやり方を探そうね」と。

わたしの友人のように、時として空中から落ちてくる言葉に引っかかることがある方は、「私には私の島田珠代走りがありますので」と、こちらの呪文、自由に盾に使ってくださいね。…まちがえた、ここは「私の体には先輩も後輩もない」でいいんだった。

さて、8月に整体に行った時には、テレビでパラリンピックの試合が流れていました。自分の体のエキスパートになる、まさにその道を極めている選手たちの健闘。素晴らしかったですね。私にとっては、日頃の雑音を消してもらったような感覚でした。「自分に集中する」を突き詰めた方々の姿、めちゃくちゃカッコ良かったです。

櫻井翔くんが閉会式で言っていた、本心の「超かっこいい…!」にも何らかのメダルを贈りたいほどうなずきました。きっと櫻井さんも、その道を極めている人物フェチ協会のメンバーであり、ご自身も、‘櫻井翔である道’を極めるべく日々のお仕事をされているのだろうとお見受けします。

ほぼ仙人の施術台で逆さニワトリみたいな体勢で悶絶しながらパラリンピックを見て、なぜか自分のことと、自分の体が前より少し好きになる、そんな夏でした。

 

健康の話を長くできるようになると年がどうこう、っていいますけど、ちょっと待った!。

私が先生のところに最初に行ったのは、20歳くらいの時でした。少し行きづらいところにあるので、事務所の先輩だったJungle Smileのゐさおくんがバイクにのせていってくれました。私が先に施術を受けていたのですが、あまりに血の巡りがよくなるので、先輩の施術を待つ間、隣の床で毎回爆睡してたんですね。起こされるまで起きないっていう。

今回10年以上たってから久々に行ったにもかかわらず、「あ、寝てた子じゃん!赤ちゃんみたいに寝る子じゃん!」と思い出していただきました。すごい記憶力ですねっていったら「2秒で寝てたからあ〜」と笑われました。

さて、このほぼ仙人、めちゃくちゃよく喋ります。施術するにも手が忙しいだろうに。

「パラリンピックは選手も関係者も魂の気合が違うよね〜」から始まって、なぜか荒川と江戸の関係、歴史話へ。なぜ東京は、というか築地は液状化しないか、職人の気合とまちづくりの関係について。端折りますけど、非常に合理的な歴史話。

続いて、人口が多いと都会はどうなるか、の例えに鹿と狼の話。

とある島に鹿を何十頭放ってみたところ、天敵がいなくて何千頭まで繁殖してしまい、大量の鹿による採食がすすみ、森は荒れた裸山になってしまったそうです。ところがそこに数匹の狼を入れただけで、鹿は何百頭まで減った。狼は大繁殖することはなく、10頭ほどで止まった。【島の緑・鹿・狼】の数は、そんな、一定のゴールデンバランスで安定したんだそうです。その際、残った鹿はすべて逃げ足も早く、筋骨隆々とした立派な個体ばかりだったそうです。

「動物界でいうと、病気や怪我をしている個体は‘弱者’として淘汰されるでしょ。それこそが強い種を残す自然の慣しだけれど、現代の人間界でいうと?弱さとか強さってなんだと思う〜?もうね、もはや怪我とか障害とかそういうことじゃないから。わかる?らゔちゃん?」

私の心の声:

(って聞かれても答えられないし、先生自分で話したいだけだと思うんですけど。でも面白いです。あと痛いです)

「もうね、ほんと魂の気合いだけなのよ」

私の心の声:

(…といいますと)

「さっき言ったように、江戸時代の職人の魂の気合こそがね。築地あたりの埋め立てを液状化しないで今日まで持つクオリティに仕上げたわけ。一方、例えばバブルのときにお金をもらって仕事として施行された他の埋め立ては脆弱でしょ、地震も心配だし」

私の心の声:

(確かにそうらしいですね)

「ただでさえ世界的食糧難の時代に、こんな都会にさあ、鹿じゃないけど人間こんだけ密集して暮らしててさあ。天敵もいないわけ。そりゃあ魂の気合いがどんどん弱ってくの、わかるでしょ?お金追いかけるとそうなるのよ。そこに今回のパラリンピックよ〜!たまんないよね!」」

私の心の声:

(先生、魂の気合ですが、漠然とした捉え方でよろしいでしょうか)

「この人たちは強いよね〜!俺たちのほとんど、もし鹿だったら負けちゃってるよ〜!」

ほぼ仙人のいうことなのでわかったようなわからないような、なんですが、いわんとしていることは伝わってきました。

果たして、私は島に残れる鹿になれるのでしょうか。あなたたはどうですか。もはや体のことじゃない。魂の気合のこと、だそうです。がんばりましょう、みなさん。


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