LOVEのひろいばなし #145「イカみたいなの」

黙祷。

79回目の終戦の日。

黙祷して目を開けた一瞬、2024年の夏がとても現実感のないものに感じられました。

焼け野原だったんでしょ、東京も?今私がいるここはどうだった?

まるで嘘みたいです。

その時代の人は想像もつかなかったはず、今の東京。例えば国道を走るループなんて、未来の乗り物に見えるのでしょうね。1945年の若者よ。もし今の東京を見る穴かなんかがあったとして、今、あなたはどんな気持ちでこっちを見ているんだろう。

戦争で疲れ果てた末の、暑い夏の敗戦の日に見る、2024年の東京。

悔しさ余って、ふざけんなお前ら、といいながら私だったら泣いてしまうかもしれない。そのあとで、希望について考えるかもしれない。

でも2024年の私からすると、NOW & THEN、今と昔を隔てるほどの画期的な違いを生む何かは実はまだ生まれてない気がします。

さて、読者のみなさんは「メッセージ」という映画をご存知でしょうか。

私は好きな映画がたくさんありますが、アニメ「メトロポリス」などをのぞき、実写映画で好きなのは「インターステラー」「X-MEN」あたりです。いわば、自分の考え方に血肉があったとしたらその大部分が影響を受けた、みたいなのがこの辺です。

なんなら一番現実社会に近いのが、一見そうじゃなく見えるX-MEN。みんなそれぞれスーパーパワー(なんらかの才能や特性)があって生まれてるのは事実だし。そして、いまも世の中は未知なものを恐れては差別的なままだと思えば、メタファーとしてはとても的確で。そして、同じ差別的な社会に生まれても、自分を生かしつつ「他と共存」する方法を模索する人がいたり、開き直って利己的になっていく人もいる。ねえ、未来を教えてよウルヴァリンって感じです。

「インターステラー」は(※ちょっとネタバレしちゃう。ごめんね、見てない人は飛ばしてね)、惑星の重力によって時間の流れが変わっちゃうっていう設定が「ほほお!!!」でした。色々あって宇宙に旅立ったオトン。とある惑星での1時間は、地球での何十年分にあたるのに、ミッションでゴタゴタしてモタついてしまい、予想外に時間を費やしてしまってから軌道に戻ったものの……地球ではとっくの昔に娘が未来に行っていて自分はその過程をすべて体験しそびれていた。あの、悔やんでも悔やみ切れない喪失感。演技も含めて衝撃でしたが、「これ、なんで共感できるんだろう」と思うと、暗い重たい何かに引っ張られて自分を消耗している間に、本来体験するはずだったかもしれない自分の素敵で楽しい時間がなくなってた、みたいな経験と似ていたのかもしれませんね。

さて、「メッセージ」です。

こちら英題だと「Arrival」となっております。到着、という意味ですね。

まあまあ小難しいのでさほどヒットはしていないと聞いておりますが、原作小説はヒューゴー賞、ネビュラ賞、アメリカの二大SF小説賞をとっているし、アカデミーでは音響編集賞もとったくらい音響感も臨場感のある映画でした。SF好きの人たちの間では、芸術的で哲学的で良作品だと言われているはずです(私調べ)。

私は心底この映画を見ておいてよかったと思っています。20代の私の、肩に力が入りまくっていた生き方をずいぶんと楽にしてくれたのはこの映画です。

さて、ここからはまたネタバレ含みます。まだの方は、もしよかったら映画見てから読んでくれたら嬉しいし、SFに不慣れな方は以下を読んだ後に映画を見るくらいのほうが、すこしは理解が深まるかもしれない。すいませんけど、今日は如何せんちょっと小難しいでっせ。

設定は至ってSF的で、ある日突然ドーンと未確認巨大物体が地球の12箇所に降りてきて、空中で静止、ステイするんですね。何もしないので、脅威なのか、なんなのかもわからない。世界中の政府も軍司令部も、まじでわからない。

世界が不安に陥る中、アメリカの軍司令部は、娘さんをなくしてしまった母である言語学者と、独身男性の物理学者を、この浮遊物の内部へ送り込む協力要請を出すのです。

なんのこっちゃ、と招集された二人。いざビビりながら軍の仕切りに導かれて内部に入ってみると、まるで水族館のガラス越しに宇宙の生き物らしきものと会話できる部屋がありまして、そこでは - どうしても表現が浪漫に欠けてしまって申し訳ないですが - でっかいイカみたいなのが、墨を吐いて一面に美しい文様を描き出しているのです。

どうもその文様にパターンがあるんじゃないか、彼らは知的生物なんじゃないか、ということで二人の研究者が協力して解読に取り組むことになるんです。で、あとは映画をお楽しみいただくとして、結論に飛びますが。

この「イカみたいな」彼らが生きる世界では、「過去〜今〜未来」時間、という感覚がないらしい、ということがわかるのです。普通に映画を見ていたら、「え?は?」ってなる人も多いみたいです。映画の中では、言語学と物理学からそれが紐解かれるのでなかなか難解なのかもしれません。私はなんとなくの感性で「あーーーー!なるほど!わかった!」とストンと腑に落ちてしまったので、逆に説明が難しい。がんばってみるのでついてきてくださいね。

例えば、水彩画。

アーティストが、水を含んだ画用紙の上に、青のインクを一滴、落とします。

その後もいろんな色をつかって絵を描いたとしましょう。絵が完成した時、あの青の一滴があったかなかったかで、過程も結果も変わりますね。

ただしこれは、「完成した絵」を作品とした場合の考え方です。もし、この絵が出来上がるまでの動画が作品として撮影されていたとして。

展示室のスクリーンに上映されている水彩画の動画を想像してみてくださいね。ああ、綺麗。時々はカオスにもなるものの、変容する彩が、美しいわあ。

あなたは途中の青っぽい20秒を見て、私は後半で赤っぽく変容していた20秒くらいをみたとします。二人が見たものは同じじゃありません。でも、あなたがみた青っぽい20秒の時点で、私の見る赤っぽい20秒はもう未来で生まれてる。

逆説的に言うと、未来で赤っぽいのが生まれてるおかげで、過去では青っぽい一滴が必要で選色が決まってた、とも言えるのです。

例えばそういう発想。時間が一方向じゃないっていう感じ、伝わりますでしょうか。

家探ししてて、全然見つからないとき、ないですか?

「だー!!今ぜんぜんないわ!!」が青の絵の具で、「いつか知らんけど未来ではもういい感じの家に私が住んでる」が赤い絵の具。逆に言うと、いつか知らんけど未来の私が妥協せずいい感じの家を選んでくれたおかげで、今の私は中途半端なしょぼい家候補を右から左にパスしているという、そんな例えならわかりやすいでしょうか?

仕事もそう。

恋愛もそう。

そしていつからか、子どももそうだ、と思うようになってました。

もし私が素敵な人と出会っていつか子どもを持つのなら、もう未来で生まれているだろう。これが赤い絵の具。

そのおかげで、さっきデートしたイマイチな男の人とは二度と会わないのだろう、これが青い絵の具。

だけど、今この人とデートした努力がさらなる青い一滴になって、未来は少し変わったのかもしれないな、とか。

もしくは、子どもを持たないバージョンの未来も。私の70-80年分(くらい生きるとして)の動画の後半に子どもがいないとしたら、もう未来でそうなってるはず。その分何か違うものを育ててたりして、未来の私が楽しく暮らしてくれているおかげで、今の努力が無駄じゃなくなるんだろうな。みたいな。

楽になった!と私が感じた感覚って、うまく伝わりますでしょうか。

だってさ、もうなんでもかんでも「今の私」の努力次第とか辛いじゃないですか。

がんばるとか、婚活とか、仕事とか、家探しすら。そういう努力は、あくまでも青い一滴で、あるとないとでは絶対に未来は変わるんだけど、未来が赤なのか黄色なのか、どうなっているかによっては今その青い一滴もあったりなかったりするよ、と。

いかんせん私「運命は自分で決める」がモットーでしたから、割と「今の自分」に背負わせがちだったのかもしれません。もし今が理想と違っていようが、今の自分にだけ全て責任があって努力不足だとか、考えたらずだって焦るとか、理にかなってないんだぜ、と言われたような気がしたのです。

子ども持つ持たないとか、家を買う買わない、海外に住む住まない、歌歌ってるとか歌ってないとか、ラジオ番組が続いてるか続いてないとか、まだまだある夢とか。

多分、到着するものはすでに到着しているのです。未来に。

そのおかげで、今があって、過去があって、全部のおかげで未来もあるっていう。

で、今のわたしが新たな絵の具を一滴落とせば、さらにまた何か違うものが、もう未来に到着してるんだと思う。

実際に今年は私に子どもが到着してくれたわけですが、私も家族もこの子も長生きするとも限らないのです。でも私の人生がそういう作品だったなら、未来で泣いている私という色のおかげで、今の私がとても楽しく輝くのかもしれない。

この考え方を習得したら、時間が一方向じゃなくなったのです。本当に楽になった。生きることが楽しくなった。イカみたいなの、のおかげなのです。本当に。ありがとう、イカみたいなの、そして映画「Arrival」を作った人たち。

今日はそんなお話でした。どうかなあ、伝わったかなあ。

あ、あと、1945年の若者よ。穴からこっち、見てますかー?あなたは私たちにとっての青い一滴、そして私たちはあなたにとっての赤い一滴なのですよ。私たちの「作品」はまだまだ規模がでかいっぽいので、2100年くらいの人たちにとっては、今の私たちこそが、青い一滴でもあるね。美しい命の作品の一部になりたいな、と、今日は強く思います。

PS ブルーマンばりに顔を青く塗ったイメージの私から、最後にもう一つだけ言いたい。やっぱり英題の「Arrival」はそのままで良かったと思う、笑。素敵じゃないかー。「到着」でよかったじゃないかー。


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