LOVEのひろいばなし #144「復帰いたしました。」

さあ、ここから一時間、一本勝負です。
時刻は14:10に、はい、今、なった!
私は今、オカンブレイクが明けて復帰したTOKYOFMの番組ALL-TIME BESTの最初の週を終えて、最寄り駅まで戻ってきたところ。ラーメンを15分で完食し…って、何気ない日常を当たり前のように言いましたけど。
いやいや、言っときますけどね。この「お外で食べるラーメン」も4ヶ月以上ぶりですからね!!4ヶ月ぶりに食べるラーメンの味たるや、さぞかし美味でしょうとも!なあ、陳さんや!!夢中ですすりますよ!!
からの。お勘定をして「まいど!」とのれんをくぐり、次のコーヒーショップへ競歩で向かう道すがら。さぞかし大きな感動と満足感に包まれると思いましたが…約4ヶ月ぶりのラーメン「超、普通」でしたね。期待しすぎましたね。
そうなんです、もうね、どうでもいいそんな話も、日々のあれこれを意識して拾って行かないと、どんどん過ぎて行ってしまうのです。
乗っちゃいました、なんか、銀河を流れる七色の大河のような、早い流れに。時間の潮流ですね。
押されては跳ね上がる雫のように、きらきらと、そしてさらさらと、大河の両岸へと「時間」がこぼれていきます。まるで星屑のよう。4ヶ月ぶりのラーメンの味が超普通だったことも、そんなひとつです。「あああ月曜日よ、さようならあ…!火曜日もさようならあ…水曜日の午前もさようならあぁぁぁ!!」ってな感じで、宇宙の遥か深淵に私の時間がこぼれていきます。4ヶ月前と比べて変わったことといえば、そういうことでしょうか。どうも、とうとう宇宙を泳ぎ始めました、14:19のLOVEです。
こぼれる美しい日々の瞬間を、なくしながら、拾い集めながら。音楽に、そしてメルマガに留めていけたらと思います。ひろいばなしをやる意味がますますあるってことでしょう。
ただし、先に述べたようにですね、とにかく「私の時間」だったものが私のものではなくなり、大きな宇宙の七色の大河に属するそれ…月曜に書いたひろいばなしを熟考して書き直して木曜の午後に入稿するとか、そういうものはもはや贅沢品と化しました。
今日のように、アイスコーヒーをちょっぱやでオーダーして傍らに装備し、チョコクッキー(は食べるんかい)をお供に、一時間一本勝負!での新・執筆スタイル。このスタイルにいい命名はないものでしょうか。とりあえずのところは、一時間一本勝負と呼んでみることにしましょうか。
オカンデビュー、そして約4ヶ月のこの間はまるで新人研修期間のような。そして今週月曜からの生放送、いよいよの仕事復帰を「ううぇい!!」と楽しみにしておりましたところ、まるで祝うかのように、日曜の夜に赤子が盛大に高熱を出しました。まじか。新人研修を経て送り出された1発目の大仕事、みたいな気分でした。知らんけど。はい、14:30。
ええ、早い話がお子が熱を出して保育園行けてません。あと45分で帰宅せねばならんのです。クッキーもぐもぐもぐ…あ、やべ14:40。
訂正します、あと35分で帰(以下同文)。
我がファンの方々や読者の方々は、オカンになったらゔさんの何を楽しみにしてくださっているのでしょう。なんにせよ、私がオカンになる前にどんなことを考えていたか、を話さねばスタートが切れない気もします。お子が無事到着した今なのでやっと話せることもあるかもしれません。
さて、プレオカン時代、考えていたことは、ざっくり2つあります。
10歳の頃から数十年に渡り私がずーっと考えていたことがまずひとつめ。というか恐怖に慄いていたことです。
「そんなん痛いに決まってるやん…」
ですね。
小4の時に視聴覚室で見せられたリアリティーがありすぎるビデオが要因です。10歳のらゔ少女のやる気を根こそぎ奪っていくぐらいには壮絶な、出産の様子を勉強するための映像でした。ていうか、ほぼ叫び声。割といいスピーカーからいい音で、しっかりめのボリューム。臨場感がすごい。戦慄です。凍りつくらゔ少女。無理、絶対。
以降、私は「18歳くらいになったら養子をとることにします」というスタンスで暮らしていくことになります。
ところがいざ18歳になってみると、いやあ、今親になるなんてもってのほかだな、ってな感じでした。それ以降も方針は変わらずで、「無理、絶対。」&「そのうち養子をとる」方向で、私は30代後半まで生きることになります。
あ、方針とか方向とかいってますけど、言うなれば「感じるままに言ってるだけ子ちゃん」のテキトーさ加減です。私、17歳の時も、「文部省の大臣とか、外交官とかになる方向で。なんか、そういう方針で」といいながら、現実的な準備や努力はしたことがないというアレです。あとから「え、大学卒業資格がないと大臣無理なの?」レベルの阿呆、もしくは「感性だけで生きすぎ子ちゃん」でしたので。
そして我が人生は音楽活動と仕事一本の時代へと突進していきます。ふと顔をあげたら30代後半になっていました。その頃、私は生まれて初めて近しい友人を亡くしました。
彼女は2月に出産し、10月まで闘病しました。赤ちゃんが生後2ヶ月のときには、治療機器の関係で抱くことが叶わなくなりました。そこにいるのに。胸が張り裂けそうでしたが、それでも赤ちゃんが病室にいるときは本当に嬉しそうで、目に元気が漲っていました。
同じ頃、私の周りにはいろんな友人のカップルがいました。一部は不妊治療をがんばって鬱になりました。一部は、お互いの命を何より大事にしながらベストを尽くそう、と本当に愛のある会話をしていました。一部は、せっかくの不妊治療で子を授かったのに、治療中に仲がこじれて離婚しました。そしてそんな中、自然妊娠で子を授かり、ごく平凡に順調で幸せそうだった友人が、亡くなったのでした。
よく「結婚する or しない」「子を持つ or 持たない」「子ができる or できない」のベクトルで「人生の幸せ」について考える会話が繰り広げられるのを見かけます(なんなら同性婚希望者にとってはさらに選択肢に制限があったりもするのですが)。その狭間でいろんな思いをしている人たちがいて、表立って口にできないくらいの苦労をしてる時もあって、そうじゃなくてもうまくいくとは限らなくて。すべてがケースバイケースで、同じものはふたつとないことなのに。そこにある「幸せ」は誰にも定義しようがないし追い立てるようなことじゃないと思うのに、です。
私の友人たちは、いろんな事情があれど、誰一人として決して「不幸」ではないと当時も思っていたし、今でも思います。
さて、毎日は続きます。亡くなった友人の旦那さんはシングルファーザーになりました。他カップルも、辛い時にしっかりと心を通わせて、会話を重ねられるパートナー達ばかりでした。うまくいっててもこじれても、皆それぞれの物語の中で、いろんな経験を乗り越えようとしているようでした。
それぞれの境遇で、最大限をやってました。すごいなー、私自身はどうかな、と考えさせられました。
それまで私はどこかで「一人でいいや」と思って暮らしてましたが、「一人がいい」と確信して選んだわけじゃなかった。仕事が好き、ということはもちろんだけど、それは空いたところに置き換えられるようなものじゃないので、いうなれば「とにかく誰か他人と生きることに本気になったことがなかった」っていう感じ。
そう気づかされて、はっとしました。
音楽や仕事でそれをやってきたつもりでしたが、全く別物じゃないか。完全にビハインドだ。ここからでも、「私バージョンの物語」に本気になってみるしかないぞ。生きているのだから。
ふたつめに考えていたのは、そういうこと、でした。かくして私は軽やかに婚活を始めたのです。そういう心境になったのは、割とほんとに最近のことですね。
はい、15:10。一時間一本勝負、結構書けるもんですねえ。
というわけで! オカンデビューを経て、わたくし、ひろいばなしにただいま復帰いたしました。今週はここまで。また来週!