LOVEのひろいばなし Vol.129「羽根田先生のお悩み」

SOMA BLUEの次プロジェクトに向けて、「相馬の高校の卒業式の日付っていつなんだっけ?」と確認の必要にかられ、久々に羽根田先生にお電話差し上げました。

ご紹介しましょう。

2011年、震災直後のGW、時間を持て余している中高生を連れて東京に募金活動に来ていたのが、当時中学校教諭で福島県のバレーボールの名コーチである羽根田先生です。

その娘、真子も募金キッズの一員で、制服姿の彼女の箱に私が募金したことをきっかけに真子にナンパされたあの日から、私と彼らの故郷である福島県相馬市のご縁は深まっていったのです。というのを知ってくださっている方も多いでしょう。

で、はっきりいって十五歳も年上の羽根田先生ですから、もはや私が高校生のときにリアルに先生でもおかしくなかった、そんな歳の差。でありつつ、なぜか年々リアルな親戚より身内っぽくなっていく我々の仲。

東京に家族旅行で来たとご連絡をいただいては合流し、一緒にスカイツリーに登ったり。相馬に行くたびに羽根田家の居間でだらだらと私は昼寝させてもらったり泊めてもらったり。などなど。

長電話も時々します。入り口こそ敬語を使うものの、だんだんお互いタメ口になっていく。これはいったいどういう種類の友情なのか、もはやよくわからないけれど、貴重な友情であることは確かです。

っていうか、相馬市の卒業式の日程など、我が社長経由で高校に聞いていただくのが筋ですが、学校関連の内部事情は、だいたい羽根田さんに聞いた方が早い。

案の定、ものの一分で、福島県の高校は全て、何曜日であろうとも毎年三月一日に共通で卒業式が行われるのだとわかりました。オッケー。じゃあ、とスマホをスピーカーにしたまま、私はPCに向かって「納期はこれと、これこれであれで何卒」と、とある業者に見積もりのメールを返信しました。その間ちょっとした雑談もしながら。デスクの中村さんの業務です。

で、せっかくかけた電話ならとしばらく雑談が続くのも恒例です。

羽「そういえばね、今週ちょうど電話しようと思っていたんだよ」

L「なんすか」

羽「LOVEちゃんならどう思うかと思ってね。うちの今の学校で2年生と担任が揉めててさ。あいつら」

L「はい?」

羽「それはダメだって言ってんだけども。クラスで溝ができちゃってんのよ。生徒が担任に”○ね”とか言ったりしてて」

L「ええええ!?」

羽「俺のことは話がわかる先生だとかなんとか言って話にくるんだけども」

L「誰が」

羽「生徒がよ。で、話聞いてんだけども。その担任はさ、都会で十年教えてきたから俺はすごいみたいな感じで今年赴任して来て。春からそのノリでやっちゃってもう半年以上でしょ。で、子どもってそういうの値踏みして見抜くでしょ」

L「うん、そうだね」

羽「どうやらこないだ、他の部活の顧問が間違ったことを言ったらしいのね、部活なんか真剣にやらなくていいとかなんとか?言葉のあやだろうけど、頭にきた生徒が担任に抗議したらしいのよ。そしたら担任がすかさず顧問の肩を持って頭ごなしにしたのがこじれて、そっからなんだかんだ放置っつうか」

L「はあ」

羽「もうせっかく修学旅行とか、これからクラス単位で色々活動であるのにさ、そんな空気じゃ誰も楽しくないでしょ。これは俺の意見だけども、こういう時ってどっちかが折れ曲がるとか、譲るとかして話さないといけない。LOVEちゃんならどうするかなって。どう思う」

L「私?私ですか?えええ」

具体的な事情がほとんどわからないまま、ざっくり現状だけでベテラン教諭の方に意見を求められるの、ちょっとウケるなと思いつつ、羽根田さんに聞かれるならこっちも真剣です。ただし子ども周りのことは迂闊なことが言えないし、かといって詳しく聞いてもわかるかどうか。私のピンと来た限りで、逆にここはいっそ無責任に、感じたままにお答えしました。

L「担任と生徒たちが仲直りするにはどうしたらいいかってことだよね?」

羽「そうそう。もう保護者もね、生徒が授業妨害みたいにしちゃってるのにもうんざりしてるみたいでさ」

L「そうなんだ。でも正直、担任が初動間違えたんだよね?その後も対応力がなかったっていうか。そんな担任にあたった生徒の方が可哀想だと思うけど。仲直りするったって、最初に生徒の話を聞かなかった上に、頭ごなし的な感じで偉そうに担任が顧問の肩持ってその後も自分を正当化してる、みたいな感じなんじゃないの?」

羽「そういう風に生徒は思ってる」

L「で、生徒が再三抗議したけど、担任は折れず譲らず謝らず的な?」

羽「そうだね」

L「じゃあ未熟なのは担任じゃないん?大人の方が責任あるし。担任からまず謝るっていうか、腹割って話してくれないと。私が生徒だったら心開くわけないけど」

羽「だよなあ」

L「ただ、生徒が担任に”○ね”って言ったんだよね。それは完全にアウトだよね。羽根田先生も言われたりするの」

羽「俺とか他のビシッとした先生には、あいつら一切そんなこと言わない。普通の生徒だよ」

L「じゃ完全に担任だけをナメてるんじゃん」

羽「担任本人はそういう風に思ってないかもだけどな」

L「いずれにしても、やっぱ担任が先じゃないのかなあ。ちゃんと生徒に向き合って話した方が良さげ、謝るなり何なり。その上で、生徒には”どんな正当な主張があるにしても暴力的な言葉はアウト”っていうことは伝わるまで教えないといけないと思うけど」

羽「だよな。担任もしっかりそこは伝えようと叱ってるらしいんだけども」

L「信頼もないのに言葉遣いだけ叱られたって、”あいつが言うなら聞かね”みたいになるんじゃないの」

羽「なってるな」

L「私が羽根田先生の立場だったらさ、まず、その担任にここで成長の余地があるかをまず見るね。自己弁護なく話せる人か、その上で生徒を諭すことができる器があるかどうか。本来はそこまでが担任としての器であってほしいんだけど」

羽「ふむふむ」

L「で、こやつはまだ器が足りないと思うなら、もう第三者として羽根田さんがホームルームとかに同席するとかじゃない?で、ちゃんと生徒の前で担任が自ら初動の間違いを認める話をするところまでを、生徒と一緒に聞く。ほんで、あとは俺から話があるって言って、今度は生徒に”○ね”って言葉がいかにアウトかを羽根田流にビシッと」

羽「もう何度もそれは言ってるんだけど。でもそうなの、そこなんだよな」

L「だよね。思いが伝わらないからってそれ以上は暴力(的な言葉)って方法しか持てなくなったら、それってテロの構図じゃん。イスラエルとガザの双方の今の映像を見せて説明してまいそうやわ。生徒の皆さん、あなたがたがいう”○ね”ってこういうことと同意義になりかねないんだよ、何やってんだって」

羽「だよな」

L「それこそ羽根田先生に相談したこともそうだけど、いくら腹が立ったって他に方法は絶対にある的なことを繰り返し伝えるしかない気がするなあ。そもそも生徒側がそんなに苦労しなきゃいけないこと自体、は?とは思うんだけど」

羽「それで」

L「それで、ちゃんと誠意を見せた担任に対して、これからは生徒側も誠意を見せてくださいって、いうかなあ。嫌いな大人を、先生ってだけで無理に尊敬しろとは思わないけど、リスペクトできない人だからって(言葉の)暴力ぶん投げていいってわけじゃないことぐらいもうわかる年齢だろうし」

羽「だよな!よーし、俺と思ってたことは同じだ」

L「なんの確認ですの、これ」

羽「大事な確認だよ」

その担任と、顧問のことも、生徒さんのキャラもさっぱり知りません。無責任極まりない意見、正解か不正解か、偏ってるのか言い過ぎなのか、ただの正論か。全然わかりませんけど、どうやら羽根田先生のお役には立てた模様でした。よかった。

羽根田家の皆さんは、モノを超はっきり言います。まずばあちゃんからして、どえらい率直にモノをいいます。回りくどい自己弁護的なコミュニケーションを誰もしない。だからよく家族喧嘩してんのかなと思う時もあるんだけど、言い方が面白いから笑っちゃう。フランクで、人間らしくて面白い。そんな真子ちゃんとだから私も気があって羽根田家とご縁ができた、というのがそもそもなんでしょうけど。

ただ、羽根田さんが口癖のようによくいう言葉があります。学校のことだけじゃなく、復興についても、政府の対応についても、地元の意見の対立についても。

「これは俺の意見だけども」、「俺が正しいとは限んないけども」。

「先生」って言われる人たちって、間違っていちゃいけないみたいな社会からの期待もあるでしょう。だからかどうかしらないけど、「俺はこう思う」がはっきりしてる人ほど、「あなたは間違ってます」の空気感がどうしても出てしまいそうなもの。

生徒や子どもたちに限らず、私たちはそこを的確に値踏みしているような気がします。

中高生だった私にもちゃんと意見を話してくれる大人(先生)がいましたけど、そのあと「あなたはどう思ってるの?」と聞いてくれるだけで思春期のぐちゃぐちゃを整理する時間にもなったし。たとえうまく答えられなくても考えなきゃいかないから、結果何度も救われたよなあと思い出したりしました。

とにかく、先生の成長を待つのは子どもの仕事じゃない。そう思うと、だからこそ教諭って仕事はものすごい仕事だよな、と思います。

羽根田先生と「じゃあまた!」と電話を切ってから、みんながんばれー、腐らずに仲直りしてくれーと心から思いました。修復できますように。楽しい修学旅行を過ごせますように。

 

電話を切ったあと、なんだか色々考えさせられました。

今、もしかしたらこんなふうに「他人の話を聞いてくれる余白」ってやつが、世の中全体に足りていないのかもしれないなあ?なんてことまで飛躍して思ったりして。

「俺が正しいとは限らないけども、君はどう思う」って前置きして人の意見聞いてくれる政治家います?「論破=正義」みたいなタレントさんも増えました。それにスカッとする気持ちはわからんでもないけど、真似してTwitterで、一般人も「俺は正しい」合戦やってる人は反対意見を見下す感じも多い。

議論ってもっと自由でクリエイティブで楽しいものだったのに、なんでこうなっちゃってるんだろう?悲しいぜ!

「あなたはどう思う?」と考えさせてくれる機会って、安心感がないと追い詰められるだけなんでしょうね。正しいか正しくないか。自分がどちらの側につくのか。それによって立場が危うくなるような。そんなリスクありきの競争こそが「議論」です!

……みたいなイメージが固定されつつあるのかも。ああ、こっわ。まじで自分も加担しないように気をつけようっと!!!

羽根田家の普段の会話を「朝まで生テレビ」で流した方が世のため人のため、有意義かもしれません(放送できないくらい口悪い時ありますけど、笑)。

ばあちゃん、一言でいつも結論出してくれますよ。

「うだうだ言ってねーではやぐもっと飯食え」と。


You may also like

VIEW ALL
Example blog post
Example blog post
Example blog post