LOVEのひろいばなし Vol.121「東の魔女とカップヌードル」

心の友おちよちゃんとのツインルームに、やっとこさ戻ってまいりました。はあ、ほっとした。
恋の熱を沸騰させてしまった現地ガイドのティーくんに「別部屋をとったから来て欲しい」と最後の最後まで腕を引っ張られるも、おちよちゃんと現地留学中の「にこっとちゃん」という、私の数少ない大学の同級生チームにとにかく救われました、救っていただきました。
卒業から十年以上たって頭をさげて頼み込んだことが「一緒にヤツをまいてくれ」だなんて、情けない。
部屋に戻ってから小一時間は静かに寝支度を整え、寝たふりを決め込んでいたものの、ドアの向こうに気配がなくなったのを確認してから、我々やっと一息つきました。にこっとちゃんは、この間にベッドのはしっこでもう熟睡してしまいました。チベット最後の一日、永遠とも思えるほどに長い一日でした。いやあ、くたくたじゃないの。
時刻は真夜中をとっくに過ぎています。今、一番に感じることって何ですかとNHKのドキュメンタリーレポーターにでもインタビューされていたなら二人とも迷わずこう答えていたと思います。
「空腹、です」
おちよちゃんと私、あまりのドタバタ劇に、猛烈に腹が減ったのであります。
思い返せば、チベット到着直後に食べに行った「ヤク肉の鍋」や、標高五千メートルの湖のほとりで食べた辛い麺などはどれも本当に美味しかったものの。気づけば後半数日はバターティーでちねった大麦団子ですとか、国道沿いの謎飯など、食事に関しては比較的質素だった我々。
思い返せば最終日のこの日も朝から最後の寺院に連れて行っていただき、僧侶たちの合同食堂みたいなお食事どころで、人生歴代一位くらいパサパサの焼き飯的な何かをいただいて、夜は何を食べたんだか記憶も曖昧です。コンビニもありません。私たちの部屋には、水と、湯沸かしのポットしかありません。
またも、おちよちゃんが神でした。
「カップラーメン食べるでしょう?」
「食べるでしょう!!」
さすが旅慣れている映画人。僻地の旅先にとバックアップで持参していました。
初日にホテルで荷解きした際から「カップヌードルあるからね」とは言われていたものの、「せっかくだしなるべく現地のもの優先で食べる〜」などとほざいていた初期モードの自分。今となっては、この瞬間、神様えんま様おちよ様と土下座してすがりついてでもカップラーメンが食べたい。
嗚呼、チベットで見る、この懐かしきフォルム、愛しきデザインの日清カップヌードル。しかもふたつ、スタンダードと、シーフードがあるなんて。
パジャマ姿の二人、ベッドをソファ代わりにしつつ、ブランケットに囲まれながらカップヌードルを交互にすすり始めました。
もう、あなた、これが美味しいのなんのって。一口食べてのけぞりました。
ずぞぞぞぞ。
ずぞぞぞぞぞぞ。
ち「だから私、予言したでしょ」
私「うん、した」
ち「今夜きっとカップヌードル食べたくなるよって、今朝、世界で一番どうでもいい予言をしたでしょう」
私「はい、その通りです。おちよのよは予言の予」
ち「だめだ我慢できない、マジでおいしい(ずぞぞぞぞ)」
私「昼間のあの、パサパサのごはんのとき、チベットきてから初めてコーラ飲んだじゃん?あのくらいから、なんかおかしいなと思ってたんだよね」
もう我々はこの時点で半笑いで話してますが、この十日間を最高に楽しんだと同時に、後半戦はもう受け止めきれない情報量と荒涼とした“チベット感“に、若干チベットあたりしていたのも事実です。口には出さないものの、昼間のコーラ、そしてカップヌードルで確信しました。やっぱり資本主義ってやつは美味しいものなのだなと。
ずぞぞぞぞ、ずぞぞぞぞ……。
いろんなことがありました。この旅のアレコレが思い出されてきました。けどボムはやはり今夜のティーくんだったね、と話はそこに戻りました。
私「いや〜、若いってあれだね」
ち「いや、“男ってあれだね”だよ」
私「せめて何か次を楽しみにするとか、そういう段階とか」
ち「だから次がないからね」
私「……(そうだった)」
先ほど、帰りの車の中で酔い潰れて寝たフリをしていた私に、おちよちゃんとにこっとちゃんは爆笑しながらツッコミを浴びせまくっておりました。
「ハグとかない国で普通にハグとかするからだよ」「ガイジンか」「あ、そうかガイジンか?」「サービス精神が旺盛すぎるんだよ」「裏目に出てやんの」「ウケる〜」「自分で処理できないなら魅力をふりまくんじゃないよ〜」「墓穴だよー、ぼーけーつー」「あの子に罪はないよ〜」「東の国の魔女が〜」
思い出しながら、くつくつと笑いが込み上げてきました。
私「今後、二度と、ちょっと星空が綺麗だからってツアーガイドと二人っきりになったりしません」
ち「“人権守りたい”とかなんとか話してんの聴いて、どうせちゃんと真に受けてあげたんでしょう。単純だね。いいからね、そういうの。みんなそれぞれでいいんだからね」
私「その通りなんだけど。“世界の人権か……!”、みたいな。“二十代男子の夢がそこですか”みたいな。ってなんでわかるの」
ち「それはもう手にとるように」
私「今後の人生、私、たぶんおちよちゃんが必要です、何卒」
ち「なんていうかいつも思うけどほんと純粋だよ。あなたチベタンより純粋なんじゃない」
私「じゃあ来る必要なかったんじゃない」
ち「でも本当にすごいと思うよ。その場でちゃんと現地に馴染もうとしてね。話聞いてね。そういうのってすごい大事なことだからね。私、そこまでやらないけど、あなたよくできるなあと思うよ。本当にアーティスト肌なんだね(半笑い)。今日もがんばってたね」
出た、アーティスト肌いじり。出た。
おちよちゃんの何がすごいって、いじりながらも労ってくれている気がするところです。いつもなぜかズバズバと言われつつも救われるのはおちよちゃんの天性のコミュニケーション能力だと思います。
さて、ティーくんからは、渡されていた現地携帯にたくさんメールが来ていました。なんと、結局、別部屋はとっていなかった模様です。なんやねん。その代わりに「帰れない、とにかく行く当てもなく彷徨っているからどうしたらいいんだ」という内容が延々と。
「ねっちょりしてるねー」
これ、本当に行くとこないんだったら大丈夫なのかなあ、と言った私をおちよちゃんがバッサリとぶったぎってくれました。そういうところだぞ、さっき真に受けるなと言ったばかりだろうが、と。
「大人で現地人なんだから、大丈夫に決まってるでしょ」
そりゃそうだ。なるほど、確かに、こういうところだな。
この後、我々はカップラーメンを食べ終えた時点でずいぶんと満たされた気持ちになり、ざっくりとこの旅の総括をし。そのあとは、お通じがどうだの、最終日にして何で急に足がかゆいんだなどと、本当にどうでもいい話をウダウダしながら何味かわからない不味い歯磨き粉で歯を磨き、パッキングを完了させました。
そういえば、このホテルに到着する前に、にこっとちゃんに言われていたのですが、一応部屋の中にもマイクがあると思って会話してね、あんまり過激なことは言わないようにしたほうがいいからねと。
もしこの夜の会話を当局の担当者が仕事として聞かなければならなかった場合、逆にお詫び申し上げます。それはそれは屁のつっぱりにもならないくだらない内容だったことでしょう。
さあ、明朝はいよいよ帰国日です。
にこっとちゃんとも、ティーくんとも、ドライバーのジイさんとも、たくさん新しいことを教えてくれたこのチベットという土地とも、お別れです。いろいろあったけど、最後はまるくおさまるといいな。そんなことを願いつつ、私は電気を消したのでした。

やっぱ空港までいけませんでしたね。また次回!
今後、僻地への旅は私は絶対にカップラーメンを二つ持っていくことに決めました。この時ほど、あれを美味しいと思ったことはないです。
あの日の朝、本当におちよちゃんは出かける前に言っていたのです。「今夜あたりカップラーメン食べたくなると思うよ」と。
おちよの「よ」は予言の「予」、これ間違いありません。