LOVEのひろいばなし Vol.118「変なことは変だと言って良さげ」

今日はまたひとつ、あまり外で言わない本心です。
信頼できる友人たちと「日々私が話していることってこんなことだよ」程度のことですが、よかったらお付き合いください。一見明るい話題に見えないかもしれないけども、私は実際全然悪くない話だと思って書きます。
この数年の世の中の出来事を振り返ってみて、「どえらい社会になってた」とショックを受けて戸惑っていたことが、なんだか最近やっと腑に落ちてきました。
一見うんざりするような話題ばかりに見えるかもしれないけど、私は粛々とこれを見つめ、希望の兆しを感じはじめているのです。
というのも、ここんとこの「世の泥だし」、すごいですよね。
パンデミックで世界中が「人命を優先せざるを得なくなった」にもかかわらずそれがなんなのか簡単に答えは出ず。ロシアがウクライナを侵攻したことで、NATOも国連も機能していないという側面を世界中が目撃し。日本では安倍元首相銃撃事件からの統一教会と政治家たちの長年の関わりが明るみに出て。芸能人の不倫を叩きのめす世論がまるで正義のように蔓延したのち、SNSの誹謗中傷が著名人の自殺につながる現象が起き。芸能界では、これまで暗黙の了解とされていたジャニーズのあれこれにとうとうピリオドが打たれはじめました。
こう並べてみただけでも、きょえー。すごいですよね。 もっと、これどころじゃないんでしょうけども。 さまざまな価値観が、今移り変わるメタモルフォーゼ中。
単純に、変なことを「あれ?変じゃない?変だよね?」とものすごく素直に言いやすくなってきた、と私は思うのです。それだけでもすごい進化だと思うのです。
経済にしても、政治にしても、芸能界にしても。いろんな産業、世界のあり方そのものをみんなして「これでいいのかどうか」考え始めざるをえなくなってきた。これまで以上に頭を使う必要が出てきちゃったからちょっとカロリーが高くて大変、とも言えるかもしれないけど。
第二次世界大戦以降の八十年間ぐらいでしょうか。一つの方向を向いて、前のいくつかの世代が頑張れたこと、作り上げたもの。それがもうピークを過ぎたのかもしれません。
「常識」とか「暗黙の了解」などという漠然とした時代の「あり/なし」がこんなにも変わっていくこと、本当に面白いと思います。
ちょっと脱線します。だいぶ前になりますが、「トウキョウハナコマチ」というラジオ番組で知ったことです。江戸時代の話です。
当時の銭湯には男湯から女湯を見られるのぞき穴があって、女性もそれは承知していたそうです。殿方は女性の尻を覗き見して、あれはいい尻だ、どれがいい尻だ、あれは独身か、などと盛り上がり。その後の恋愛、お見合いになどにもつながった「覗き見」文化があったんだとか。
今では逮捕でしょう、笑。
そのぐらい、それぞれ時代時代に「あり」だったことがあって、かと思えば「なし」なことが生まれて。良し悪しの基準や価値観って変わっていくんですね。
そういえば、私は「老害」という言葉をポップに使っていた風潮が好きにはなれませんでした。「まさにその通りだな」と感じる方々でさえ、もしかしたら昔は「あり」だった時代があったのでしょう。時代の変化に対応できないことで人が実害を被る時、彼らはどのみち社会から弾かれていく人たちでした。わたしゃ人のフリ見て我が身が超怖いですね。変化に敏感に、できる限りがんばりたいですね。
ちなみに、昔も今も「なし」な人たち、人間的に姑息で卑怯な人たちっていうのは別グループで、一定数、いますでしょ。そもそも単にアウトな輩たち。そんな彼らには、逆に「老害」などと免罪符をあげないようにしたいです。
歳を取ることが悪いわけじゃないのに、言葉としてはそんな印象。他のお年寄りが嫌な気分になる言葉でもあるだろうなあ、と申し訳ない気もしていました。私たちも皆、長生きしたら老人になりますもの。
でもその前にやることがあります。私の世代でできることがたくさんある。
今、いったん、変なことを「変じゃない?」と言って良さげな時代がきてると思うのです。これまでは口に出すだけで周りから「意識高いですねw」とか「あんまり首突っ込まない方がいいよ」などと言われていたようなこと。
クビになったり、すぐに立場が危うくなるようなこと、昔ほどはもうないんじゃないでしょうか。少なくとも、そう思ってみるのはどうでしょうか。
法に触れてる人たちはもちろんながら、グレーゾーンでも。「変じゃない?」と思うことを「変じゃない?」と私たちが素直に言ったところで、長期的に見て損することはもうなくなっていくと思います。
五千万円の使途不明金、家宅捜索の際、会計資料が入ったPCをドリルで証拠隠滅していた小渕優子さんを岸田首相が新たに役職に任命するのは、普通に「変だよね?」だし。
TVやラジオが、選挙期間中、資金力のある政党のCMを結果的に数多く流していることも。公職選挙法で「すべての政党を同時に平等に放送しなければならない」というコンセプトとある程度矛盾していて、やっぱり「変じゃない?」だし。
芸能界でいえば、法を犯していなければOKなのかと言われたらそうでもないことも多々ありそう。他にたくさん功績はあるにしても秋元康さんがこれまで若い女の子たちと「握手」するためにCDを売るシステムを作り莫大な利益を上げてきたことも、「これって本当に大丈夫なのかな」と。今になってそう感じ直してる人も、私が思っていた以上にけっこういるみたい。
あと、私は個人的にとてもすごく好きだったアーティストが統一教会の信者さんだったことを知った時はどうしていいかわからなかった。個人で聞く分には私の自由だけど、音楽が好きだからって表立って応援していいのか、同時にこれまた何かを「後押し」することになっちゃうのか。「やっぱなんか変じゃない?」と悩みます。
日本国憲法で宗教分離が明確に定められているにもかかわらず、どうして公明党が堂々と存在し続けられるのかも。勉強不足なのかもしれないんですが、色々読んでもやっぱりまだ理屈がわからなくて「変じゃない?」と思う。
私のファンの方の中にも、統一教会の方、公明党支持者の方、ジャニーズや秋元さんファミリーが大好きな方もいらっしゃるかもしれませんよね。ご気分をただただ悪くされたら、本当にごめんなさい。複雑な気持ちにさせるな、と嫌われちゃうのかな。音楽だけ楽しませてくれ、とはこれまでも言われたことがあるからなあ。
ただ、もう盲目に何かを信じるだけの時代じゃなくなってきたことは、きっと誰もがどこかで感じているのではとも思うのです。どうでしょうか。
信じるものや、考え方、生まれ育ちなど、自分の存在意義を否定したり疑う必要なんてこれっぽちもないです。とはいえ、私たち自身が全員含まれているこの大きなシステム、これまで「あり」だったものがこれからも「あり」なのかどうか、私たちの世代に、検証タイムがやってきたように感じるのです。
「っていう時代を、今私たちは一緒に生きてるんだよね?」という前提で、たくさんの人たちが話をできれば、それだけでもだいぶましになるかもしれないよね。ただただ感情的にTwitterなどで怒っているだけの人たちも怖いしね。そんなことをよく友人たちと話しています。
「前世代との決別を、私たちの世代で、やっとやっていい」。そんな時代が来たんだと思うようにしたら、とても私は気が楽になりました。一見グラグラと不安定に見える今ですが、実は、とてもやりがいのある時代の入り口なのかもしれないです。
ちなみに、なんにしても物事は多面的だから、汚職疑いの政治家でも犯罪が立証されていないのだからちゃんとチャンスがある方がいいとか、国民的アイドルがどれだけ日本を実際勇気づけてきたかとか、秋元さんのあの歌詞めっちゃすごいなとか、宗教が心の拠り所や他者への優しさを諭す側面とか、それもすべて一方では同時に本心から思うこともあります。
ですから批判的なことだけをわざわざ声高には言わなくていい、とは心得ているものの、ふとしたときに胸のうちを人に伝えてもそんなに大惨事は起こらないと思えるようになってきた。それが、本当に気楽になったんです。(ちなみに、だいたいの惨事は怒ってる時に起きる、とも学びました、笑)
このゴタゴタの時代が大きな川ならば、私たちが今共にいろんな川岸にいるとして。いい流れに貢献するような仕事ができたらいいですね。溺れないようにしたいです。

真面目か!!
こんな話、曲にもならんわ!!
ええ、こんな題材で音楽なんか作れません。
曲は別途、より良い題材で作っておりますよ。
いやね、世の垂れ流し情報に晒されて、うんざりしている友人たちがいたもので。同じく一部の読者の皆様にも、多少なりともホッとしてもらえたりしたらいいなと思いまして。ユーモアも何もない回。おもんなくてすみません、笑。
ちなみに、例えば八〇年かけて腐ったものがたった数年できらきらに洗われる気ってしないですよね。こっから一世代くらいはかかるんだろうなと思うと、根気がいるよね、なんて話もしてました。
習慣とか常識って、自分を振り返ってみても、根強いもんですものねえ。
けどいつかは変わるし、終わるよ!もうそうなり始めてるよ!と思うとやってゆける気が少し湧く、かな?
普段みなさんは友達とどんな話をしてらっしゃるのだろう!