LOVEのひろいばなし Vol.113「かふきの誘拐事件」

脅迫状が届きました。
「か ふ き の は 預か つ た 。 返 し て ほ し け れ ば 一 億 円 振 り 込 め 。 警察 に 知 ら せ た 場合 、 命 は な い と 思 え」
わざわざ新聞の見出しフォントを切り抜き、貼ってあります。細かい作業、手先が器用。見事な出来栄え、お疲れ様です。
脅迫状に同封されていたのは、一枚の写真でした。浜名湖PAで、晴れわたる浜名湖を背景にカメラの前に立たされている人質の顔。表情は読めません。
それもそのはず。
犯人は、東京の会社に就職し、先に実家を出ていた十歳年上の姉①です。そして誘拐されたのは、小学校一年からの私の相棒であるうさぎのぬいぐるみ「かふきの」です。そうです、うさぎのぬいぐるみが、浜名湖をバックに掲げられて写真を撮られているだけですから。「助けてください」と言わんばかりなのか、「初めての浜名湖楽しい」なのか。私には知る由もありません。
CGではありません。当時スマホはありませんので、我が姉は使い捨てカメラの「映るんです」をわざわざ購入し、わざわざ浜名湖で写真をとり、わざわざ現像に出して、わざわざ郵送したということです。
大学時代の同級生も数名東京に就職したらしく、当時はよく仲間内で車を出して関西へと帰郷していた姉①。私が中学二年か三年になった頃のお盆だか正月だかのタイミングで、かふきのを誘拐していったようでした。そして、誘拐の証明として、帰路途中の浜名湖に寄ったということになります。手がこんでいます。そういう人なんです。
でもまあ面白いじゃないかと。私は私で大いにこれを楽しみながら、いつどうやってかふきのを返すつもりなのかしらね、と楽しみにしておりました。でもまあいったんこれで彼女の気は済んだはずですから、きっとどうでもよさげに次回帰郷時にトランクにでも詰めて帰ってくるのかな、程度に思っておりました。
が、後日、今度はかふきのがスキャンされて紙面にプリントアウトされたものが届きました。一体、これは。
コピー機に挟まれ、中で光をあてられて、閉まりきらないカバーとのすきまに浮かんだうさぎの陰影。ふうん、ぬいぐるみをスキャンするとこうなるんだ、という出来栄え。
なんの脅しなんだろうと思ったら、どうやら今度はただの趣味だったようです。会社に持っていって、誰にも見られないように一瞬でぬいぐるみをコピー機でコピーするというスリルを味わうためだけの。彼女の中だけでの趣味。その成果をせっかくなので妹に送りつけてみた、ということだったようです。
ちなみに姉①は、新卒直後から国際貿易物流会社、建機会社など、大きなお固い会社を渡り歩いております。日々数字と向き合い正確な会計っぷりをはじきだす腕の持ち主で、税務署員に「ミスがひとつもない帳簿でお見事だ」とお墨付きをもらったこともあるほど。歴代、どの職場でも非常に信頼されてきました。なんか数字に強い人って、逆に振り切れてる何かがあるんですかね。
学生時代まではそれこそファンキーなマドンナ大好き姐さんだったものの、社会人になってからは義理堅いど真面目キャラを貫いておられます。百七二センチの長身、迫力のルックスで、今となっては家族全員にとってのボス、上司のような存在です。
そんな人が初めて就職した物流会社。きっとまだまだ社会人としては新人時代。なんらかの心のバランスをとるのにお戯れが必要だったのかもしれないねとお優しい読者の方は思ってくださるでしょう。
でも、今回のはなかなかキテます。十四歳の私にもわかる、二十四歳の長姉による「ぬいぐるみの誘拐および会社への持ち込み」という、奇怪さ。
想像してください。大都会、東京の勝どきあたり。東京湾にそびえたつ摩天楼、キラキラと太陽を反射する巨大オフィスビル群の窓列の一角にズームインしてみると、ショートヘアーのOLさんが自分のデスクを立ったところです。
小さなカバンをもってスタスタとランチにでも行くのかと思いきや、そのままついたて裏のコピー機へぱっと隠れます。あたりを確認し、他に視線がないと確信してからパパっとかばんからぬいぐるみを取り出し、さっとコピー機に挟むのです。そう、むぎゅっと。
OLさん、そそくさとこなれた様子でボタンを操作します。白黒、一部、印刷。
カシャーン。
印刷物が出てきます。……違う、こうじゃない。
内部でスライドする光のバーが漏れるのを気にして、体でコピー機を隠しつつ、急ぐのよ、ぬいぐるみの角度を変えて、もう一部、もう一部……。
カシャーン、カシャーン。
お見知り置きください。これが私の姉①です。
さて、その後、一ヶ月ほどしてからでしょうか。かふきのの誘拐事件自体を忘れかけていたころになって、私宛にとある小包が届きました。
正方形で、二十センチ四方の、こじんまりした小包です。ですから、私もまさかそこにかふきのが入っているとは思いもよらなかったです。
封を開けると、体がふたつに折り畳まれ、頭部だけがこちらを向くように詰め込まれたかふきのが入っていました。うわ!かわいそう!こんなに詰めて!と思いましたら。下のほうには新聞紙がひいてあって、赤いマジックが塗りたくられていました。
なに、これ。どういうこと。
帰宅時を見計らって電話してみましたところ「どうだった!?わかった?ちゃんとわかった?」とものすごい期待を寄せられました。めちゃくちゃ楽しそうです。笑っています。いや、こちらはなんのことやらさっぱり。
「え、あんたセブン見てないの!?」
見てないです、お姉様。
「ブラピだよー。ブラピの手元に最後届くんだよー小包が」
ということで、私はこのあとデビッド・フィンチャー監督の「セブン」を見る羽目になります。大ヒットしましたから、ご存知の方はもうわかるでしょうね。
モーガン・フリーマンとブラッド・ピット演じる刑事が猟奇的連続殺人に巻き込まれていく内容のサスペンス映画です。高慢、食欲、肉欲、嫉妬、暴食、憤怒、怠惰。キリスト教における七つの大罪を罰するように起こるグロテスクな殺人の数々。世にも恐ろしいエンディングの展開で、ブラピの手元にひとつの小包が届くのです。その瞬間のブラピの演技も圧巻です。まだの方、よかったらご覧ください。えげつない話でした。
我が家のリビングのテレビに流れるエンドロール。
そしてそのへんに転がっているうさぎと、小包の赤い新聞紙。
猟奇殺人をモチーフに返還されてきたかふきのがもう同じに見えません。お姉様、一体あなたは何を。
もしかしたら上京して、少しくらいはホームシックだったのかもしれない。慣れない社会人生活、息抜きをしたかったのかもしれない。長女キャラの人はだいたいが甘え上手ではないから、これが彼女なりのコミュニケーション方法だったのかもしれない。だけど、本当にただただ面白がって、ニヤニヤと笑いながら、やりたいからやっていただけかもしれない。彼女にとっては、このどうでもいい遊びのために郵便局へ行くことすら、手間ではないのです。
人それぞれにコミュニケーションの方法は様々です。これも彼女ならではの独創的な会話の形かと。このような奇怪な出来事の積み重ねで出来上がっている我々のコミュニケーション。決して、よそ様のご家庭にかならずしもぬいぐるみを誘拐する姉がいるとは限らない、と私も心得ております。
姉①にはできれば歳をとってもまた手の込んだなんらかの仕込みをやってもらえたらと願うばかりです。会社でいくら真面目な人だと思われていてようと。いつまでもどこまでも、彼女独特の奇怪さを失わずにいてほしいものです。

映画セブン、ぎりぎりR-15指定。多分もうそのぐらいの年齢だったから見ても良かったんだろうけど、ショッキングな映画でしたね。
姉たちは大学時代にTSUTAYAだの近所のレンタルビデオ屋だので二人とも働いていたので、我が家にはいつもなんらかの洋画がたくさんありました。
それにしても、「セブン」だの、「ユージュアルサスペクツ」だの、「羊たちの沈黙」だの、「ボーンコレクター」だの。なぜ揃いに揃って姉たちは二人とも、あの時代のサイコパスムービーを好んでどハマりしていたのだろうと。夜中に起きるとだいたいどちらかが「ツインピークス」見てましたし、よく夜中にそんな寝付きの悪くなりそうなものを見れるなと思います。
私は基本的にはビビりなので、グロいものや悪趣味なホラーがとにかく苦手です。女優が金髪ならまだ大丈夫。黒髪になったらもう見れない。「呪怨」系はトレイラーすら最後まで直視したことないです。
ただ、犯罪もの、サイコパスとの頭脳戦など、インテリ犯罪類は大好きです。
それでいうとですね、古い映画なのですが、ロバート・デニーロとエドワード・ノートンが出ている泥棒サスペンス映画の「スコア」ってのがものすごく好きでした。平日のテレビ午後枠とかで五年に一回やってるかやってないかぐらいののマイナーな映画です。ちなみにエドワード・ノートンがリチャード・ギアと共演した「真実の行方」も同じく。共通点は、とにかく人を欺くエドワード・ノートンが怖すぎるという点です。
雑談でした。