LOVEのひろいばなし Vol.110「コミュニケーションおばけ」

あなたが犬を飼っているのなら、飼い主さん同士、散歩の時に話をすることもあるでしょ う。

あなたが仕事で他人と触れ合っているのなら、お客さんににこやかに話しかけることもあるでしょう。

うっすらとでも知っている近所の人たちなら、ゴミ捨ての時にでも会釈ぐらいはするでしょう。

でも、それ以外で、私たちはどのくらい「赤の他人」とコミュニケーションをとるでしょうか。

マンションの管理人さんは管理人さんですし、駅員さんは駅員さん。用がありますから、それは全くの「赤の他人」ではない気がします。

電車で乗り合わせた人、コンビニで後ろに並んだ人。そういう、まったく知らない人と話す機会なんて、そもそもなかなかないものです。都会ならなおさら。

こないだ、タクシー乗り場でタクシーを待っていたら、明らかにキャパシティーオーバーのママさんが前に並んでいらっしゃいました。小さな子どもを三人連れて、どうやって運んだのっていう食料品袋を五袋ほど持って、ふぅふぅいってらして。当然ですが、タクシーが来たタイミングで積み込みを手伝いました。

でも、話したところでツーターンぐらい。「すみません!助かります!」→「いえいえ」→「ありがとうございます!」程度のものです。

私はやたら喋ると人には思われているようですが、必要がなければこの程度。ラジオの仕事も長くなってきたので、関東では声で「バレる」ことも増えてきました。他人と関わる元気が少ないときなど、大人しくしております。電車の席を譲るときですら、ジェスチャーがあれば「どうぞ」とか「次おりますから」、などの一言で十分伝わるものです。

赤の他人と関わる。

そう、それは、特にコロナを経た今の時代において、繊細なものになってしまいました。

むしろご迷惑になってしまったり、良かれと思ったことが嫌がられてしまったりするパターンが怖くて、さらなる遠慮が生まれた気がします。みんな優しくないわけじゃないんだけど、だいたい初動に悩んで出遅れる。みなさんもきっとそんな経験をされたり、「誰かが口火をきってくれ〜」的な場面に出くわした事もあるのではないでしょうか。

ましてや、それが大混雑の三連休の最終日なら、なおさら。

京都駅ホーム、誰もが席を確保したくていきり立つ自由席界隈、乗車前のその殺気たるや。しかも、阿弥陀如来ですら「もう他人のことなどどうでもよろしい」と見捨ててしまいそうな猛暑日です。

赤の他人が押し合いへし合いしてどうにか乗り込んだ後も、無事席についた者同士は一度はライバルだった仲。そんなピリついた空気を乗せて、新幹線は走り出すのです。

そんな夏の熱気がむせかえるような車内で、久々に、清々しいほどの「コミュニケーションおばけ」を見ました。

七歳上の、我が姉②です。

身内話ですみません。今日は姉②の話です。

十歳上のクールな上司みたいな姉①とは違い、姉②は劇場型です。意図せずして、彼女が行く先々ではいろんな人間ドラマが生まれます。彼女は、どんな時でも常にニコニコしながら何かをふんふん言っている人です。朝イチでも、何か口に出してます。

「あれー?あれどこ行ったかな?たった二日でカバンの中がカオスすぎて〜。あとで整理しないと〜。あとって、いつ〜?てへ!ねむいね〜」

それは独り言なのか、こちらに発せられたことなのか。スレスレのラインと声量。

また、彼女はどんなに自分が疲れている時でも、必ず返事をしてくれる相槌の神でもあります。

ちょっと私が足が引っかかって「いたっ」とでも言えば、「うわ、どした!何、何!」と速攻で拾ってくれます。そのリアクションから危機感の波動が広がるので、周りの人たちも「どしたどした」と巻き込まれていきます。そして、なかったはずのドラマが生まれていくタイプです。本人はいたって普通のつもりで「あれー?大騒ぎになっちゃった!てへ」ってニコニコしながらぺこぺこしているタイプです。

こう書くとカワイイキャラ、もしくは若干ウザめのおとぼけキャラぐらいに聞こえるかもしれません。ただ、とにかく人がいいからでしょう、人に嫌われているのを見たことがありません。すごいことです。

そして、この人ほど強い人間を私は知りません。どんな不幸に見舞われても、眉を下げた困ったフェイスで「てへ!えー、どうしたらいいんだっけ?えーん、あはは!」と地獄を走り抜けていく能力を持っています。

元陸上部と水泳部。陸だろうが水だろうが、苦難をかき分けてひたすら前に進む生き物として、今日も生きています。他に言い表しようがない彼女のポジティブブルドーザーっぷりは、尊敬に値するレベルです。

さて、この三連休、我が家は、三十年ぐらいぶり?に母方の実家へ家族旅行に出かけました。

今となってはみんな東京住まいですので、京都の日本海側にある丹後半島なんて、大変遠いです。気合を入れて行ってまいりました。ただし姉①家族は欠席だったので、私、母、姉②、その息子二人の五人旅です。今回私はツアーコンダクターの役割。チケット類は私の責任です。

京都駅からローカルの特急に乗って向かいます。行きはすべて指定チケットを取っていたので問題なし。ただ帰りが流動的だったため、事前に押さえていた京都から東京への戻り新幹線指定席を乗変することになりました。

連休最終日、総勢五人ともなると何かとコーディネートが大変です。

みどりの窓口で、チケットを発券してくれる駅員さん。うまいこと五席分もまとめて席を見つけて乗変できる電車を提案してくれました。一時間半ほど時間も早まりましたし、ありがたいことです。私が「じゃあそれでおねが…」と言う前に、隣で姉②が口火を切っていました。

「わあああ駅員さんグッジョブ〜!もうそれそれ、それでいきましょう!いやあ、すごいですね〜!?ありがたい〜!ほんとありがたい〜!決定!よかったね〜!あはは!」

一気に五パターンくらいの返しをしています。

コミュニケーションおばけにもいろいろ種類があると思いますが、姉②は、何にでもピコンピコンと反応していく「妖怪クイックリアクション」なんだと思います。初動が早い。ちょっと早すぎるくらい、早い。

無事乗り込んだ帰りの新幹線、もちろんその車中でもドラマがありました。

通路を挟んで、同列に座っていた私と姉。

ちょうど私の後ろの席のお兄さんが、むせてしまったのでしょう、ゲホゲホと咳き込みながらデッキに走っていかれました。その際に、飲んでいたコーヒーのカップをまるごと通路に落としたのです。私たちのすぐ後ろで、コーヒーがとくとくと流れ始めました。

誰もが見て見ぬふりをする案件です。しばらくコーヒーが流れるのを見てから、誰かがティッシュを出したらいい方でしょう。

ところが、妖怪クイックリアクション、もちろん誰よりも先に、なんなら流れるコーヒよりも先に、独り言のように周りの皆さんに実況を始めました。

「たあーっ!あらら、コーヒーが、こぼれちゃいましたね〜、流れちゃいますね〜、大丈夫ですか〜」

こうなると誰も無視できないです。

で、こういう時の我が家はまあまあみんな早いので、さっと全員がティッシュを出して、バケツリレーがごとく手渡していきます。窓際に座っていた、むせ兄さんの彼女さんも「すみません」と言いながら一緒に床をふきはじめました。

ところがこぼれたコーヒーが思っていたよりも大量で。姉の席の後ろ、三人席の足元に向かって横向きにどんどんと流れていってしまいました。

「えっと、そっちに流れてますね、スニーカーが!あぶない!お荷物にもかかりそう!はいはい!これどうぞ!!」

その行き先を口頭で乗客にお知らせし、さらにティッシュを配る妖怪。

ところが、その親切心とは裏腹に、なんだか手前のお兄さん二人は機嫌が悪そうです。「めんどくせえな」と言わんばかりに舌打ちなんかしたりして。

私だったら心の中で「じゃあいいよ、高そうな靴、濡れてしまえバーカ」とでも言ってしまいそうなものですが、コミュニケーションおばけはそんなことより彼らの靴を心配するのが優先です。

多少ひるんだものの、「えっと、はい、足元が。お足元が危ない〜」とメゲずにご案内。結局、感じの悪いお兄さんたちの足をそろって上げさせ、その下に潜り込み、「えっと〜、すみません〜」とコーヒーをふいてあげていました。何より、一番奥にいるお姉さんの荷物を心配していたようで、そのヘルプをしていました。

また、同時並行でまだ床をふいている例の彼女さんに向かっても「お連れさん大丈夫ですかね?」と、多方面の気遣いっぷり。

すごい。マジですごい。

赤の他人、一気に四人制覇。

その後、騒ぎも収まり、平穏が戻った車内、やっと私たちの旅は終わりを迎えようとしていました。

私はゆったりと丹後での思い出なんかを呼び起こしてました。サザエが美味しかったなあ、海水浴も楽しかったなあ、いい法事だったなあ。あっという間に、もう東京に着いちゃうなあ。そうおセンチに浸っていたところ。

またも、姉②が座っている方面から聞こえてくるザワザワとした気配。そして響いてくる、いつもの「あはは」。

降車駅に着く前に、息子たちの荷物を上の棚から下ろしていた彼女は、なぜか他人の荷物をも下ろして配っていました。

「ああ、ごめんなさい!これうちのじゃなかった、すみません!間違えちゃった!あ、でも?ここで降りられる?そうですか〜、じゃあ一緒でしたね♡降ろしちゃって大丈夫です?あはは!それはよかった!はいどうぞ〜、すみませんです〜、でも結果オーライ〜、あはは!」

赤の他人、最後にもう一人、追加で制覇。

見事すぎて、もう笑ってしまいました。私は口元を隠しながら、マジですごいなあとしばらくツボっておりました。本物のコミュニケーションおばけ。

たった二時間ほどで、赤の他人、五人制覇。

歴代、彼女のコミュニケーションおばけエピソードは尽きないのですが、いつも私は話を聞くだけでした。久々に現場で目撃してみると、非常に見事な出来栄えでした。

私も時々は、「コミュニケーションおばけ」と言われることもありますが、それはほとんどが仕事柄のものです。この人を前に、自分がコミュニケーションおばけだと思ったことはありません。

彼女がいく先々、どたばたといろんなことが起こります。荷物を受け取っていたおじさんが、最初は苦笑いだったのに、最後は本当に笑っていました。それがすごい。

あなたの周りにもいませんか。

一見、その人は、ただのドタバタキャラに見えているかもしれません。ですが、彼らこそは、この世知辛い現代を和ませる使命を持って生まれてきた。コミュニケーションおばけ界の中でも稀有な、妖怪クイックリアクションなのかもしれないです。

 

彼女の何がすごいって、機嫌の悪いお兄さんたちのメンタル調整のためだけに、屁でもないかんじで「すみません」を連呼していたこと。私だったら絶対に言わないです。なぜこっちが謝らねばならんのだ、と。

私だったら、彼らの態度を見て、ティッシュ渡して、自分でふけば?なんなら協力しなさいよ、くらいのテンションになるかもしれない。

と思ったものの、すぐに気がつきました。彼女は、謝ってなどいないのです。

「コーヒーそっちいくよ」という意味のすみません、「足をあげてね」と言う意味のすみません、「濡れてもいいんですか?」のすみません。数を打てば当たる射的のように、とにかくニコニコしながら、すみませんを連打していただけなのだと思います。

そして、本当に射的の的みたいに、次々に不機嫌なお兄さんたちの足が上がっていくのを見ているのは、大変気持ちがいいものでした。

我が姉ながら。この人は強力な何かを持って生まれてきた、ものすごくポップな妖怪に違いないと思うのです。

一瞬だけ会ったプロデューサーの慎二郎さんも「あれは最強の営業マンだな」と言っていました。確かに。

長らく京都に暮らしていた姉②ですが、今では家族みんなで東京におります。よく働きます。ほとんど遊びません。なので、時々出かけると「ハラジュク!ハラジュークー!」と外国人観光客のようになってパタパタと喜びます。

行く先々で面白いことが起きる人なので、ぜひたくさん出かけて赤の他人と交流してほしいなと思います。


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