LOVEのひろいばなし Vol.11「天然という概念」

ないわよ、そんなもの。

一言目に申し上げたい。

なんなんだ、「大人になっても純真なの、私」キャラをブランド化し、その市場価値を持ち上げつづける「天然」大国日本。なぜなんだ。そして、いつからなんだ。

「‘天然という概念’に、輸出先など、ありませんよ!」

(相棒シリーズ、警視庁特命係の杉下右京さんのトーンでお願いします)

昭和のころには「おきゃん」あたりのお転婆娘が、近しいポジションを陣取っていたのでしょうか。いや、どうなんだろう。違う気がする。

平成以降の原宿と結びついたKAWAII文化は、意外と攻めの精神が宿ったファッションアプローチですし、外貨を呼び込んでもいるので日本のメリットになっている。良しとしましょう。

ああ、ふてぶてしく居座る「天然」。かつてこれほどに、本質を取り違えている上になんの国益にもならない概念があったでしょうか。「不思議ちゃん」も同意義語です。

特に「天然女子」を好んできた一定数の男性陣、この件に関してはほぼほぼあなた方に責任がありますからね。あなたが「天然」と可愛がる女子も、「不思議ちゃん」と言っておけば関わらなくて済むこじれ女子も、それが、富士山の湧き水よりも「天然」で、駄菓子の‘ねるねるねるね’以上に「不思議」だった試しがないことは、うすうす気付いているでしょう。

あなた方にとっての好都合と、それを逆手にとるぐらいには計算が働く女性達との、同意なき共犯によって「天然という概念」が現代に伝承されているのですよ。恥を知りなさい。

…さて、冒頭、右京さんにキメていただきましたが、「天然キャラ」って、輸出先が本当にないと思うんです。「あの子天然だよね」というニュアンスを、私はいつも外国の方に上手に伝えることができません。文化が違うのと、それを可愛いと思ってもらえる土台がないからです。

他人よりも少し頭が弱そうに振る舞うこと。

とぼけたキャラクターで可愛がってもらうこと。

自分のペースでしか会話ができないこと。

わざとであろうが、わざとじゃなかろうが。ただ<ただ「Dumb=頭が悪い」もしくは「Immature=幼稚」という言葉が似合うんだとか。残念!

需要がないから輸出できないし、してほしくない。「天然」と呼ばれることで自分のポジションを確保している女性陣は日本以外には居場所がほぼほぼないということになりますね。また、女性に「天然」を求めて安心するタイプの男性も、残念ですがあなた方もいずれはニーズがなくなると思います(なぜなら、なくなってしまえと私が祈っているからです…ふふふ…ほぼ呪いDAYO)。

お疲れの現代人が求めていたのは、単にイノセンスのはずです。演出にまみれた嘘っぱちのメディアや、競争社会、世知辛い浮世をやり過ごしていくための、心のオアシスのような癒しスポットとしてのイノセンス。

どうですか、右京さん。

とっくに成人し、満足に教育をうけた大人が知性をもった受け答えをしても、時にイノセンスを提供することは可能ではありませんか。それぞれの素質、「Unique=個性的」や「Original=独創的」を生かすことはおおいに可能なはず。なので、願わくば、受け取る側の人間の価値観をちょっと更新してもらえたらと思うんですけど、どうでしょう。

テレビの世界では、「おバカキャラ」も定着しましたね。競争率の高いテレビの世界で多面的に好感度をあげられる方って、他の人にはない姿勢や考え方をお持ちだったりして実は鋭い方も多いと思います。で、彼らがどうこうというよりも、そもそも「おバカキャラ」という価値が定着するのにも、「天然という概念」を良しとする風潮が土台になっていたのでは。

繰り返しになりますが、「天然という概念」、それは日本砂漠の幻想オアシスです。内需しかない上に、長期的には経済的損失を産むとすら思っています。って、ラヴさん、どうしたの、何、このトーン。

いや、マジで。

他人よりも少し頭が弱そうに振る舞うより、本当に知らないことを素直に学べたほうがいい。

愚かさを演出してふるまうより、優しさや知性で重宝されたほうがいい

自分のペースでしか会話ができないよりは、他人と分かち合える会話法を身につけたほうがいい。

それができる人間は、世界中、どこへいっても十分に魅力的で、よりいい仕事にもつけるだろうし、きっとお金も稼げるでしょう。また、そんな人にこそ心が救われていくという現代人らしいパートナーシップも今後きっと増えると思います。

「天然」産業や「不思議ちゃん」ビジネスは、そこらじゅうに潜んで「成長」を阻んでいます。甘んじないで、頑張りたいものです。

さて、今日は「はなしの続きの、さらなる続き」があるので、ちょい足しコースの方にも「話の続き」をお送りいたしましょう。

 

私はさんざん「天然」と言われてきました。

10代のころから言われるたびにちょっと嫌でしたし、「納得がいかねえ」と思っていました。

とはいえ、私がやらかしてきたいろんなことを「天然」で多めに見てもらったこともあったのだろうと理解しています。

たった一つだけ「天然」と言われて自分でも納得したエピソードをドロップしておきます。

…モスチキンって美味しいですよね。あの。クリスピーな衣。思い出してください。食べたことがある人ならわかるでしょう、モスチキンの食べやすさと満足感。他にはないあのサクサク感。

姉だったかな、ラジオのスタッフさん達とだったかな。モスチキンの話になってから数日間、そろそろ食べに行きたいなとうずうずしていたんです。長らくモス行ってないなと。引っ越したばかりの新しい街にはモスがあったから、よーし、じゃあ今日は生放送終わりでお昼に買いに行こう!と。もう完全に脳味噌も胃袋もモスチキン全受け入れ態勢になったわけです。お店に到着した私は、自分とモスチキンとの融合にむかって、一部始終を神々しく受け入れていきます。

緑の看板。うんうん。

すごいな、お店のロゴを黒板にチョークで手書きしているアレ、店員さん、絵がお上手だな。

メニュー見ながら、あった、チキンこれこれ、お願いします。

待っている間も、なんだかこ<こ、他の店内より上手にインテリアができていて可愛い気がする…などとふわふわとしながら。

さあいよいよです。お会計をすませ、ウキウキで持ち帰ったバーガーとモスチキン。ダイニングテーブルに座って開く、茶色い紙袋。お店のロゴが袋にスタンプが押してあります。ポテトもセットにしたし、つまみながら、満を辞して、いざモスチキン!ヘイホー!久しぶり!と食らいついたところ。

…ちがう。

なんか、違う。お前、誰だ?

わかった、衣がちがう。

うわ!なんで!?衣が違う!!!!!!

と、大慌てでテーブルを見渡したところ、袋という袋に「FRESHNESS BURGER」と書いてありました。

ひいい、薄ら寒い、自分が怖い…。

根本から間違うてるやん。手書きの看板でじっと見たロゴも「FRESHNESS」だったし、レジでメニューにも「FRESHNESS」って書いてあったし、食べる直前、袋のスタンプも全部「FRESHNESS」って書いてあるの見てたやん。

「モスチキンと思い込んでフレッシュネスのチキンを3口ほど食べられること。ただし男性の前で、ではなく、一人きりのときに」

これが「天然」の定義だったならば、ええ、そうです、私が天然です。色々言ってすみませんでした。とにかく謝ります。自分でも引くほどびっくりしました。思い込みってすごい。あまりのことにちょっと感動してたかもしれません。まさに天然の、まあまあ大きめの、素ボケでした。

ただし!!

くどいようですが。この話、「Funny=可笑しい」かもしれないし「Dumb=まぬけ」かもしれないけど、決して「天然=Natural」にはなりません…少なくとも私的には。

「素ボケ」でお願いします。

(天然だろ)

~はなしの続き、のさらなる続き~

急ですが、つい先ほど「天然という概念」問題、解決してしまいました。

これほどまでに納得がいく事案も久々だ、というくらい、解決してしまいました。

今、Netflixでドラマを見ていたのです。

明石家さんまさん企画&プロデュース、ジミーちゃんことジミー大西さんを主人公にしたドラマ。

「Jimmy -アホみたいなホンマの話-」、ジミーちゃん役は中尾明慶さん、明石家さんまさん役を玉山鉄二さんが演じておられます。

全9エピソードの導入部分は、ホンモノの明石家さんまさんとジミー大西さんが二人でスタジオでフリートークをしているところから始まります。ひと笑いあってから「どうぞ」と振られてドラマがスタートするという作りなんですね。

さあ、6話を再生したときのこと。

丸いテーブルを挟んで立っているお二人。ホンモノのさんまちゃんの語りから始まります。(ご容赦ください。関西育ち、愛を込めてついさんまちゃんと呼んでしまう。ジミーちゃんも同じく)

「今でこそ‘天然’という言葉が定着してますが」という出だしでした。

えっ?さんまちゃんは、この事案、お答えをお持ちで?と思いましたら。

はい、みなさん、ご想像の通りです。

まじか、と。

それ以上の答えがありますか、と。

ないでしょうね、と。

富士山の湧き水よりも「天然」で、駄菓子の‘ねるねるねるね’以上に「不思議」であれる存在、そりゃジミー大西さん以外に、ないでしょうね、と。

欽ちゃんこと萩本欽一さんが、ジミーちゃんを見て「天然」とおっしゃったのが元祖なんだそうです。

しかも今でいうところの「天然だね、(ほんわか)」ではなく、吐き捨てるように「天然じゃねえか」と。

爆笑いたしました。胸のつかえが下りるような、こんな清々しい気持ちになったのもいつぶりでしょう。まさにアハ体験。もう、そういうことなら、私、申し上げることなどひとつもございません。

それまでぶり(魚ですね)などに使われていた‘天然’は、萩本欽一さんによって初めてジミーちゃんに使われ、それから十五年後くらいから、気づいたら褒め言葉として使われるようになっていたんだそうです。

ご安心ください。私が書いている部分はひとかけらです。これからドラマを見られる方も、明石家さんまさんの極上の話術とジミーちゃんの実話語りは、私の書き物などよりも当然ながらものすごい威力ですので、十分にお楽しみいただけると思います。

今回のひろいばなしをすでに書き終えていた私です。

冒頭、「輸出先などありませんよ!」と贅沢にも杉下さんの口調までお借りしてぷんすかしていたのに。

話の続き、のさらなる続き。この場を借りてお詫び申し上げます。

元祖‘天然という概念’は思いっきり輸出され、世界を股にかける大活躍の画家でいらっしゃいます、ジミー大西さんのマルシーでございました。

「大変申し訳ございませんでした!!!」


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