LOVEのひろいばなし Vol.107「シーサイドオーケストラ」

「はう・あー・ゆー!!俺、石持ってる!もっとあるんだよ!」

青空ステージの上から、「てやっ!」とジャンプして見事な着地をキメた、見知らぬ少年(推定六歳)。なぜか急に英語で話しかけられました。顔が濃いから?そして、持ってる石を自慢されました。人に見せびらかせるほどの、なんらかの価値をこの石に見る少年の世界。その一粒が、私が生きる世界の何と同価値なのかを私は知りたい。

福島県相馬市、原釜地区。津波が到達したエリアは現在では居住禁止区域となり、二〇二〇年にオープンした子ども公園の芝生が広がっています。そしてその広場の中央横に、青空ステージはあります。

新たな復興のシンボルである公園オープンの際、「おめでとう」の気持ちを送るべく寄贈したSOMA BLUE アートタイルで装飾されたSOMA BLUEステージ。よく見ると「I ♡ SOMA」だとか魚の絵が描かれていますが、壁面に五百枚も貼られると、圧巻のひとつの青い壁になります。幅にして、十六メートル。けっこう大きい。子どもたちはその青空ステージの上にただただ登り、ジャンプし、走り、うろうろし、自由に遊んでいます。

希少なインミンブルーを使った釉薬で作ったSOMA BLUEアートタイル。二〇十九年の今日ここライブ(スポーツアリーナそうまにて開催)の時に、地元の方々や子ども達に手書きで絵付けをしていただいたものです。この公園エリアに震災前はもともと住居があった方々にも絵付けに参加していただきました。

ご提案は色々としたものの、アートタイルが実際に何の装飾になるのかは、地元の方々にお任せでした。まさかの青空ステージになるということが決まったときは、本当に嬉しかったです。いつかその青空ステージで自由に街の人たちが演奏し、子どもたちが歌でも歌ってくれたらどれだけ素晴らしかろう、と夢は膨らみました。

寄贈の日には、私も自分で描いたタイルをステージに貼り付けに行きました。地元のメディアの取材が入る中、地元の保育園児たちと先生がご一緒してくださり、「LOVEさんありがとー!」と、予想外の花束までいただいてしまいました。こちらこそ絵を描いてくれてありがとう!と、現場ではしばらくありがとうの応酬が続きました。

東京に戻りまして、部屋に飾っていたその花束。植物を育てるのが大変上手な母が、花束に入っていた緑の立派な枝を見て「これ、根付くんじゃないかな」と持って帰りました。数ヶ月後、二株に分けて根を生やしたその緑の枝を、母は鉢植えにして持ってきてくれました。一つは母が、一つは私が育てています。植物の名前はよくわかりませんが、「SOMA BLUE タイルで青空ステージが完成した日に子どもたちにもらった植物」と呼んでいるそれは、今日も元気に私の家の窓際で太陽を浴びております。

さて、その後コロナ禍に突入し、三年が経ちました。その間、今日ここライブファイナルは不開催となり、地元のお祭りもたくさんキャンセルになりました。

といいつつ、相馬市には毎度機会があるたびにお邪魔している私です、そのたびに子ども広場には足を運んでいます。SOMA BLUEステージは子どもたちの遊具の近くにあるので、特に週末は「てやっ!」「とうっ!」のジャンプが頻繁に行われている様子です。

そしてこの夏。いよいよです。この子ども広場でイベントが行われることにないりました。

去年までは違う場所で行われていた地元のお祭り「シーサイドフェスティバル」。まだ誰も歌ったことがない、この青空ステージのこけらおとし公演にもなりますね。やっとあのステージで音楽が奏でられることになったのです。やった!

私は、これまでもシーサイドフェスティバルに出演しておりますが、かりゆし58、井上苑子ちゃんなど、いつも誰かと一緒でした。

ところが、今年はプロはLOVEさんだけでお願いしますと呼んでいただくことになったのです。その代わり、地元の子どもたちとのコラボがたくさん用意されているようです。

去年もご一緒したみなと保育園の園児たち。とてつもないクオリティのお遊戯とともに踊ってくれる「SOMA BLUE」は、やばいです。特に去年は、コロナでおじいちゃんおばあちゃんたちもだいぶ我慢した後でしたから、やっと家族全員参加でビデオを回しながら見る我が孫の成長に、みなさん涙を浮かべておられました。そんな中、園児が絶叫する「そーまぶーーーーーー!」はやばいです。あまりに可愛くて、面白くて、爆笑しながら涙が出てしまうこのパターン。爆発的な喜びが生まれるアレです。

からの!今年は原釜幼稚園の子どもたちが独自の振り付け?か合唱?をしてくれているらしい「Go See The World」もコラボあり。相馬の子どもたちのために書いた曲を、こうして地元の演目にしてくださって。嬉しくてどうしていいかわからないほどです。

さらに、今年はもう一つ、とても特別なコラボがあるのです。とある女の子の願いが叶うかもしれない。

今年の春前、新たなSOMA BLUE PROJECT関連で相馬の高校生たちに会いに行ったときのこと。市内に二校ある高校が近隣の高校と合同美術展をやっているとのことで、その会場に足を運んだ私は会場で一つの絵と出会いました。

それは、バイオリンを構えた視点で、演奏家が音楽室をみている絵でした。私は中学三年間オーケストラの授業をとってバイオリンを弾いていたので、馴染みのある景色でした。バイオリンって、左の顎で楽器を挟むので、そのまま左手の方に視線がいくんです。

その日、美術部のみなさんとのミーティングが終わって帰る直前、おもむろに話しかけてくれた女の子がいました。

「あのう、以前、スポーツアリーナで!一緒に演奏したことがあるんですけど」

「え!!ブラスバンド?合唱!?」

「エル・システマのオーケストラです!」

その子は、今日ここライブ二○十九年(大黒摩季さんが出てくれた年)に出演してくれた子でした。この年は、中学生の合唱、高校生のブラスバンド、エル・システマという地元の子どもたちが年齢を問わず参加しているオーケストラが出演してくれて、各自プロのアーティストとのコラボを経験してもらったのです。

「ああああ!あの時は本当に素晴らしかったよね、ありがとう!楽器のパートはなに?」

「バイオリンです。あそこにあるバイオリンの絵を書いたのがわたしです」

「あああ、見たよ!そうなんだね!」

「あの……あのう。実はLOVEさんにお願いがあるんです」

もじもじとしながら、高校一年生の彼女は胸のうちを話してくれました。

「隣町とか、他のところでは、海沿いでライブしてるんです。でも相馬はまだなんです。私、それが悔しくって。海風が楽器に良くないとか、環境とか、いろんな理由はあるんだろうけど。でもせっかく相馬には海があるのに、公園もできたのに。なんでまだできないんだろうって。私、海沿いでどうしてもライブやりたいんです。LOVEさん、なんとかオーケストラのライブ、海沿いでできるようにしてもらえないですか」

シャイな彼女なりに、一生懸命話しているのがよくわかりました。

「そうなんだね。SOMA BLUEステージはまさにそのために作られたんだけど。まだライブで自由に使っていいって知られていないのかもしれないね?私に何ができるかわからないけれど、ちょっと聞いてみるね!」

「ありがとうございます!」

この女の子、震災の時には多分三歳か四歳かだったはず。心の中で、大きくなったなあと思いました。

バイオリンを習って、オーケストラに入って。中学生の時には今日ここライブで一緒に演奏してくれてて。今じゃしっかり敬語で私に頭を下げてくれて。まっすぐですごいなあ。今日にいたるまで、親御さんたちも、震災以降のわけのわからない大変な時期にも小さな子どもを抱えて、がんばられたんだろうなあ。

今回のシーサイドフェスティバルは私の主催ではないので、自由に何ができるわけでもありません。ただ、うちの社長から「こんな声がありましたよ」とご連絡をいれていただき、エル・システマ側にもご一報さしあげたところ。どうやら彼女自身が強くオーケストラ側にも願いを伝えていたみたいです。私も予想していなかったのですが、エル・システマ子どもオーケストラとのコラボを早速このフェスティバル主催者が決めてくださったそうです。

SOMA BLUEステージのこけらおとしとしては、これ以上にないほど本当に素晴らしい内容になります。保育園児から高校生まで。子どもたちが主役となってたくさんのパフォーマンスをします。そこに私はサポーターとして出演させていただけるのです。涙が出そう。

もはや、今日ここライブを私が主催する必要がありません。地元の方々が、あのフォーマットを生かして地元の祭りを作られるも同然なのですから。オーケストラとかコラボとか子どもたちが参加することによる安全のアレコレって、結構ややこしいので主催者側って避けたがるんです。でも、たった二年でも今日ここライブで前例を地元の人たちと一緒に作れたからスムーズにいったんだと思います。

相馬にとっての強みになってくれたなら嬉しい。こういう形でお役に立てること、めちゃくちゃ嬉しいです。しかも、エル・システマとのコラボ曲は、以前も一緒に演奏したことがある「1000日の夏」になります。

十三年たっても、亡くなった方々に会いたいと思う地元の方々の気持ちやご家族の気持ちが薄れるわけがありません。それでも悲しい出来事の上に積み上げてきた十三年分の時間。

この夏、たくさんの人たちの人生が相馬の子ども公園に集まって、子どもたちの成長を見ながら「また明日がんばろう」の気持ちに繋がっていくと思います。「1000日の夏」を誰かのために今年も歌えることを、本当に有り難く思います。

七月二十二日、もしよかったら、夏休みのご旅行がてら、ぜひ相馬市に遊びにいらしてください。シーサイドフェスティバル。高校生の女の子がバイオリンを弾くシーサイドオーケストラと共にお待ちしています。

PS ……で、このコラボシリーズ、今日この金曜にまだ情報解禁できるかわかんないんだって。あははは!フライングで書いちゃった!読者の皆様、公式の発表具合を見て、良きに計らってください、笑。

 

エル・システマって、もともと七〇年代に南米ベネズエラでスタートした活動なんです。犯罪や暴力から子ども達を守って、学業面もサポートする狙いがあったそな。いわば犯罪防止プログラムですね。

貧困地域の子どもたちに楽器を提供し、無償で全ての子どもたちが音楽教育を受けられるように考えられたシステムが発祥。

今では世界七十の国や地域に広がっていて、日本にもエル・システマジャパンがあります。今日ここライブに最初にご出演していただくにあたって東京にあるオフィスにご挨拶に伺ったときも、とても素敵な方々が運営に携わっておられました。

というのも、エル・システマジャパンは二〇十二年、設立。まさに東日本大震災後、東北での活動を最初にスタートされたんだそうです。岩手県大槌町と、福島県相馬市から。今ででは、長野、東京、大阪、京都など、活動の幅が広がっているみたいです。

でもなんで大槌と相馬だったんだろう。

被災した地域は広いのに、こういうものを呼び寄せる土地とそうじゃない土地があるのはなぜなんだろう。人口や規模感は当然の要素だろうけど、それだけじゃない何かがあるんでしょうか。いまだに不思議です。


You may also like

VIEW ALL
Example blog post
Example blog post
Example blog post