LOVEのひろいばなし Vol.104「カフキーノって何」

とうとうこの謎をバラす時が来ました。
「カフキーノって何?」
我が個人事務所を設立してから早十七年。人に聞かれっぱなしの社長が一番説明に困ってきたこの質問。そう、我が個人事務所の名を「カフキーノ」といいます。領収書の宛名は、「(株)カフキーノ」です。鳥ビア、四人で九千円てどういうこと。
最近、わたくしSOMA BLUE PROJECT関連で相馬の公園の参考のためにいくつか都内の公園に問い合わせておりました。
このような場合、「シンガーソングライターのLOVEです」と申し上げた途端に先方に「…は?」と、いったん負荷がかかりますので、あくまでも私はデスクの中村さんとしてやりとりをさせていただくことにしております。
「株式会社カフキーノの中村と申します。つかぬことをお聞きしますが、そちらに設置されている遊具について、復興支援関連の参考にデザインと建築の詳細などについて詳しい担当者の方、いらっしゃいませんでしょうか。お話をお聞かせ願えたら幸いなのですが」などと、我が社カフキーノが誇るデスク要員として、てきぱきと中村っぷりを発揮しております。
「今当時のことがわかる担当者がおりませんので、後日、折り返し差し上げてもよろしいでしょうか。えーっと、ご担当者さまもう一度お名前を…」
「株式会社カフキーノの中村と申します」
「かふ……かふちーの?」
耳馴染みのある’カプチーノ’あたりと混ざって、だいたい聞き直されます。何度か言ううちに、そこそこ覚えていただける程度の複雑さ。時間をかけて、じわじわと。馴染みの皆さまにはもう慣れた感じで我が会社名をお呼びいただけるようになりました。
「カフキーノ」。
これ、小学校一年生当時のらゔさんが作った、造語になります。
もちろん当時は会社名ではなく、元々は私の相棒であるうさぎのぬいぐるみに与えた名前でございました。
うわ、らゔさん、ぬいぐるみって!しかもうさぎて!そんなキャラちゃうやん、ファンシーやば!!
と、一瞬お引きになったみなさん。まだ出来上がる前の六歳の私なりに、この命名には譲れぬ思いの理由があったのでございますよ。
私の本名、そもそもが「蕗子」=「ふきこ」です。昭和、しかも初期の香りがプンプンと漂うこの字面と響き。THE・和風なこの名、もはや昭和後期に生まれた私の世代ではレアカードです。一度だけ別の「ふきこさん」にお会いしたことがあります。あれは地元大阪の高槻病院の待合室のことでした。
「やまもとふきこさ〜ん、やまもとふきこさ〜ん。三十三番にお入りくださ〜い」
初めての、ふきことふきこのニアミスです。
どんな子だろう!!友だちになれるかな!六歳の私、今か今かと三十三番診察室のドアをガン見しておりました。すると、五メートルの距離を一分くらいかけて進む、ヨッボヨボのふきこ婆さんが。
足音が、ペタ、ペタ、ペタ。
スライド式のドアを、そおーーーーっと。
ペタ、ペタ。診察室に消えるふきこ(老)と、後ろ手にしまるドア。
そして待合室に取り残される、半泣きのふきこ(小)。
なぜ私の名は、こんなにもなんらかの病状で病院にかかるお年寄りに似合う名前なのだ。同級生のあの子達のように、「はるか☆」とか「あやの♡」とか。なぜもっと可愛い名にしてくれなかったのだ。なんというか、渋さはあっても「可愛さ」にはかすりもしない。「ふき」ならまだしも、子がつくことでさらに渋さが際立つ気もする。子、邪魔だな。
ちびまる子がごとく、取り残された待合室にて顔でわらって胸で泣いた六歳児は、かくしてこの事件と同じ年、「一生の相棒」と出会うのであった。現在に至るまで長く傍に寄り添うことになるそれこそが、小学校の入学祝いに近所のオバハンがプレゼントしてくれた、うさぎのぬいぐるみなのであーる(元祖キートン山田さんのナレーションボイスで脳内再生よろしく)。
六歳児、考えました。私の分身になるであろうこの子にだけは。私のような苦しい思いをさせてはいけません。可能な限り、今風な、名前をつけてあげようじゃないか。「子」では終わらない、はる「か☆」や、あや「の♡」のような、気の利いた名を、つけてあげようじゃないか。
か。
ふき。
の。
「この子の名前、かふきのにする」
……挟んだ!!
家族には、「あ、そう」「ああそう〜」「不思議な名前ね〜」などとほどよくかまってもらい、ほどよくスルーされながら、かくして「かふきの」誕生です。
さて時は流れて、バンド解散後。二十台前半で独立を決意し、当時のマネージャーだった相談役に「個人事務所を立ち上げてほしい」と頼み込んで了承していただいた際のこと。会社名が必要とのことで。
簡単にギブアップしない、潰さない。そんな決意で、長く大事にできる会社にしたい。そのためには、愛着を持って呼べる会社名だといい。そんな思いで「かふきの」という名が脳裏に蘇りました。東京での一人暮らしアパートにも連れこられた実際のヤツは、押し入れの奥に、ぎゅっと押し込まれていて、大事にされているのかそうじゃないのか微妙なところですが。
まんまってのもアレだな。
伸ばすか。
「カフキーノ!YO!カフキーノ!」
……グルーヴィに口に出してみました。悪くない。
ヤツはうさぎです。うさぎといえば聞く耳です。音楽事務所としてもアリ。片方の耳を自分に、そしてもう片方の耳は誰かのために傾けながら、やっていきましょう。特に設立以来リマインドしてきたわけではないけれど、今となっては何より相談役の人柄もあり、女二人三脚でやってきた活動のポリシーとも揃っている気がいたします。
近々、物販で「Kafkino社員ハット」でも作って皆様にかぶっていただきたいと目論んでおります。ライブ会場で、「やっと社員増えたあ」って言いたいだけのアレです。
卯年の今年ですから、そろそろ書いてもいいかなと思ったこの話。本来ならお聞かせするに絶えないほど、ごくごく私情で生まれた会社名でお恥ずかしいですが、おかげさまで我が社は大波小波を酒のつまみに、時に白目を向きながら、どんぶらっこっこと十七期目を無事突き進んでおります。

「で、本物見せてよ」
当時、相談役にそう言われ、押し入れからひっぱりだして、パシャリと写真に納めた実物を見ていただいたところ。
「え?これ、ねずみじゃなくて?うさぎだったよね?これはねずみだよね?」
しどい!!うさぎです!もう何十年も洗濯機で回されて。耳を洗濯バサミで挟んでつるされて。確かにクタクタでもう中綿も偏って首も腕もちぎれそうですけども!!
……いや。ちょっと待って。もしかしてこれ、ねずみだったのかな。この間ずっと、うさぎだと思っていたけど、ねずみだったのか……ってその場合、ものすごいショックなんだが。
と、わたし自身が訝しく思ったほど、今となっては三十年前の古ぼけたぬいぐるみです。かふきの、推定、うさぎ。
ヤツとは数々のドラマがありました。それはまたいつの日か、またひろいばなしにて。