LOVEのひろいばなし Vol.101「お弁当パワー」

先日、ラジオ生放送の現場にて長年ご一緒させていただいている構成作家さんがお弁当を持ってきていました。曲げわっぱのとっても素敵な弁当箱。

いつもはパン屋さんでパンを買ってきていたり、時々は自動販売機のおにぎりなんかを私も食べたりしているので、スタジオの中で見る曲げわっぱの弁当箱がとっても新鮮に感じられて一瞬で幸せがぎゅわっと胸に広がりました。急に、涙がにじむほど「すごくいいなあ」と思いました。

らゔさん、弁当箱で?

ええ、弁当箱で。情緒がちょっとおかしいのかもしれません。

実際、コロナ罹患後の後遺症でしょうか、私、じゃっかんここんとこ情緒がおかしいです。

でも、そうじゃなくてもグッとくる何かがあったんだと思います。

聞いたら、娘さんが初めての遠足だったそうです。合わせて自分もお弁当にしてみた、とか。わああ、「初めての遠足」だなんて。またエモいキーワードが止まらない。

ここ最近、私の周辺では彼女のみならず、弁当がキテおります。

というのも、姉二人、それぞれ同い年の長男がこの春より高校に進学し、彼らも日々お弁当が必要だそうで。我が家のファミリーラインには、働く姉たちがどうにかして高校生の息子たちに毎朝作っている弁当の写真がピコンと登場したりしております。

単純に、すごいなーと思います。

毎朝、毎朝。米を詰め、おかずを作り、隙間を埋める。

のみならず、姉②は海苔文字をやっております。マジですごいと思う。めんどくさいの極みじゃないのか、そんなもの。

姉②の長男はギターを始めたばかり。というのもあって「コタエヨ GUI_ _ _ 」と、スペリングテスト海苔文字とか。猫を飼っているので、「MEOW」と猫型の海苔とか。我が身内からこんな人間が出てくるとは思っておりませんでした。

お弁当。

思い起こせば、私自身、中学高校と私学に通っており、食堂はあったもののお弁当が推奨されておりました。時々はお金をもらって定食を買って食べていたけれど、基本的に母は弁当を作ってくれていました。

歴代、三人もの娘たちに弁当を。

十歳差もあるもんだから、ひとり終わったと思ったらまた次から次へと後に続く弁当。この大変さ、子どもの頃には思いもしなかったです。食べることばかりで、作る側の苦労など。

ですから歴代我々は色々と母に文句を言う度胸すらあったわけです。

上の姉は、おかずの煮物の汁が白米にしみるのがものすごく嫌だったらしく、そう文句を言ったそうです。すると次の日からの弁当は、センターに梅干しが埋まった白米のみに。「嫌なら食べんでよろしい」方式。

「お母様、申し訳ありませんでした、おかずありに戻してください」と頭を下げたんだそうです。

私の中学生の頃のお弁当は、大人の男性用のバカでかいアルミボックスでした。みっしりと米が詰められ、なんやかんやとしっかりとおかずが詰まっていました。ところが成長期なもんで、中学二年生だか三年生だかのころは、その弁当を平らげた後に「うどん大」を追加で買って食べたりしてました。おかげで中学一年生の入学時には学年で一番小さい身長だった私が、一年に十センチずつ、めりめりと伸びて行ったのでした。

それもこれも、やはり弁当のおかげかと。

高校生になって、我が家のフォーメーションが不安定になった頃も、毎日じゃなかったけどそれでも弁当を基本的に持たせてもらっていたことを思い出します。

食は愛なのだとつくづく思った次第です。

一緒に食べるご飯から、巣立っていく先でそれでも持たせてもらえる弁当。作るのは父でも母でも姉でも兄でもばあちゃんじいちゃん、誰でもいいのですが。ごはんを作る、持たせるという行為そのものがものすごい実用的で最強の愛の形のひとつかと。

そして五人家族分、延々と米をスーパーで買っては歩いて運んでいた母親のことも思い出しました(我が父はなぜ米を運んでいないのだ)。長女が生まれてから、次女を経て、三女の私が十八になるまで、二十八年もの子育て。

我が母は後半などもう飽き飽きしていたはずだろうけど、構成作家の彼女が「娘が今日初めての遠足でね。やっぱ子どもと付き合うといろんな初めてがあるもんだから面白くてね」と言っている姿を見ていたら、そうか、うちの母にも娘に作った初めての弁当があったのだろう、と想像が膨らみました。

だから何、なんですけど。思わず胸がぎゅわっと。じわっと。

曲げわっぱの弁当を見た朝のワンシーン。一瞬のうちにかけめぐった想いでしたが、言葉で描いてみるとこんな感じでした。

弁当を作っている親御さんたち。数十年後にきっとまたその弁当話になるはずです、本当にお疲れ様です!

PS そういえば先週末は母の日でした。母上、長らくのお弁当を、誠にありがとうございました。

 

渡辺俊美さんが高校生の息子にひたすら弁当を作り続けた話は、マガジンハウスから「461個の弁当は、親父と息子の男の約束。」という本になって出版されて、その後映画にもなりましたね。

俺も休まず弁当作るから、お前も休まず学校いけるか?っていう。

高校生なんて、自分が何者かわからないし、恋もしたいし遊びたいし将来のことも考えなきゃいけないけど検討もつかないし、で。もう嵐のようなかけがえのない時間ですけど、やっぱり中学生とは違う、大人への変換期なわけですよね。

なんというか、楽しかったり苦しかったり、右に左に心がはちゃめちゃに揺れるあの思春期に、そのメンタルと成長のフィジカルを支えるにはブレないご飯がやっぱり絶対支えになっていたんだと。今になってつくづくそう思ったりします。

大人になっても、たとえお惣菜でも冷凍食品でも、誰かが準備してくれたごはんの味ってやっぱり違うって思いませんか。美味しい、そして、なんつうか、ありがたい。

最後に私がお弁当を食べたのは、このコロナ罹患中でした。れんこんの鶏団子と、筑前煮とおかゆでした。あと、洋風おじやみたいなの。やっぱり弁当はありがたかったです。

ちなみにもちろん家族がドアにかけてくれたものは、パックの白粥やらウイダーインゼリーも全部おいしかったです。

食の仕上げは、やっぱり愛なのかな!


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